砂時計が落ちる前に

音駒の文化祭は毎年二日間行われる。一日目が校内だけ、二日目が一般公開。今日はその二日目。

「孤爪くんと爽田くん、着替え終わったよー!」
「はーい。なまえちゃんキツくない?」
「……う、ん。大丈夫、ありがとう」

あと数分で文化祭が開催される。校門の近くには受付をする外部の人達がたくさんいた。

今日私がやるのは、孤爪くんと爽田くんと三人でいろんなところをぐるぐる回り、クラスの宣伝をする役割。午前中が当番で午後からは自由時間になる。

私にキツい?と聞いてくれたのは、ドレスを着せてもらってるから。宣伝中はこの衣装を着て回るみたい。孤爪くんや爽田くんも私と同じように前世の服装をしている。
着替え終えて教室まで戻れば宣伝用の看板を持った爽田くんと、爽田くんよりは若干小さめのまた違う宣伝用のボードを持った孤爪くんがいた。

「遅くなっちゃった。ごめん!」
「全然!相変わらず、なんでも似合うな!」

うっ、爽田くんが眩しい。純白で太陽みたいなキラキラした笑顔を向けられ、眩しさで目が細くなる。近くに孤爪くんがいるというのに、爽田くんだけ見てしまうのは許してほしい。感じが悪いのはわかってる。でも、彼を視界に入れたらまた泣いちゃいそうで。自分勝手な理由でまた孤爪くんを嫌な気持ちにさせてる。心の中で深く謝った。


「はいっ!じゃあ、三人頑張って来てね!!」

そう言って、三人の背中を押すのは前世役の演劇部の子。この子は私達と交代で午後宣伝役をしてくれる。行ってきますと挨拶をして教室を出た。






「こんなっ、声かけられるものなの……」
「昨日、映画観てくれたからかな?あと、みょうじはミスコン出てるから余計だな」
「爽田くんこそ」

始まって約一時間。外に出れば、たくさんの人に声をかけられた。話だけじゃなく写真もたくさん。主に音駒生が多かったけど、時間が経つにつれて私服姿の校外の方もたくさん。まるで芸能人になった気分。

みんな笑顔だし、嬉しい言葉ばかりかけてくれるから着慣れない服装でもいつもの倍疲れづらくはなっているけど、あまりの多さに驚く。それに加え、毎年出ているミスコンに今年も参加させてもらっているからプラスで応援の言葉もいただいたりして、嬉しさとちょっと照れくささがある。

音駒で行われるミスコンは、文化祭参加者による投票と一日目に行われたステージでのスピーチやパフォーマンスの結果で決まる。といってもパフォーマンス等は緩い感じ。
投票期間は二日間。音駒生の半分は一日目に投票することが多い。だから、投票したって伝えてくれる人達もいた。恥ずかしいけど、やっぱり嬉しい。
今はやることが多く、いろんな気持ちでいっぱいいっぱいで、忙しくて、私には丁度いいのかもしれない。孤爪くんに想いを伝えたこと、振られたことを一瞬でも忘れることが出来るから。

あの時の孤爪くんの困った顔は一生忘れないと思う。ああ、やっぱり言わなきゃ良かったって後悔した。
元々振られるとわかっていたから、なんて返事をされるのか予想がついていた。だから、孤爪くんがなにか言おうとした時、止めてしまったんだ。わかっていても、直接言われるのは耐えられないと思ったから。どこまでも自分勝手で嫌になる。


「あれ?爽田くんは?」
「……あっちにつれてかれてる」
「え、あっ、そ……っか」

半歩後ろにいる孤爪くんの声に心臓が忙しく動き出す。ドッドッドッとうるさくなる鼓動を必死に抑えようとするも全然出来なくて。
ポロッと口から出た疑問に孤爪くんが答えてくれただけで、好きが溢れそうになって、苦しくなる。

「あっ、おーーい!みょうじも一緒に撮りたいって!」
「あ、うん!今行く!!」

遠くの方からこっちに向かって手招きする爽田くんに助かったと安堵の息を吐く。向かった先で待っていたのは後輩の子達。爽田くんと私とみんなで撮る時は、孤爪くんがカメラマンになってくれる。もしここで孤爪くんとも一緒に撮れたら、私もその写真を貰いたいと未練がましく思う。

写真を撮り終わっても次々と声をかけられた。相変わらず、モテるなぁ〜なんて爽田くんを見つめながら少し離れた場所に移動してすぐのこと。見た目が派手な大学生らしき人が数人。そのうちの一人と目が合った。

「……あっ」

あの人。音駒の卒業生だ。私が一年生の時に三年だった人。よく「付き合おう」と何度も言ってきた先輩。私服だし、髪も染めて見た目がかなり変わっていたけど、こっちを見るあの目つきと雰囲気はあの頃と変わっていなくて苦手だと身を縮めた。気づかないふりをして視線を逸らし、人が集まっている爽田くんのところに向かおうと足を動かす。地面を見て、出来れば関わりたくないと走り出そうとした時、私より大きな影に覆われた。

「……え」

視線を上げて影の元を辿れば、そこには孤爪くんの姿が。向こうからとこっちからの両方の線を断ち切った位置で止まった孤爪くんは何も言わずただ立っているだけ。視界には好きな人の姿だけが映し出される。
さっきまで離れた場所にいたよね……?なんで来てくれたの?もしかして気づいてくれたの?そんな疑問が脳内で飛び交うも自分の都合の良い解釈にしかならない。

「あっちで撮りたいって子がいる」

そう言って手首を優しい力で握られ、引っ張られる。さっきまで下を向いていた顔を上げ孤爪くんの少し丸まった背中を見つめて付いていく。視界の端に先輩の姿が映った気がしたけど、さっきみたいなマイナスな感情は一切ない。きっと孤爪くんが近くにいるから。触れてくれているから。相変わらず冷たい手で触れられても、私は冷えることなく熱くなるばかりだった。


「かっ、わいい〜〜」

撮りたいと言ってくれた子は、まだ小学生にもなっていないくらいの女の子。ふりふりの可愛らしいワンピースを着たその子は本物のお姫様みたい。

「こんにちは」
「おひめさまだ……!」

かわいい。キラキラした目で見つめられながら、自分の名前を一生懸命伝えるその子が可愛らしくて頭を抱えたくなる。
写真は一緒に来ていた保護者の方が孤爪くんも入れて三人で撮ってくれた。その写真貰えないですか?なんてお願いしたかったけれど、言えるわけもなく、最後に女の子と握手を交わす。そして、バイバイをする前に満面の笑みでこう言われた。

「おにいさんがね、おひめさまいるけどとらなくていいの?って言ってくれたおかげだよ!ありがとう!」
「え?」
「ちょっ!?」

ばいばーい!お幸せに!と孤爪くんを王子様役だと思ったその子の発言に再び体が熱くなる。珍しく声を荒らげて焦る孤爪くんを見れば、気まずそうな表情をしていた。もしかして、先輩から守ってくれようとしたの?さっきまで近くにいたあの人は周りを見渡してもいなかった。本当に、そうなの……?
……だめ。自分の良い考えにしかならない。

「あ、りがとう……!」
「……なにも、してない……から」

お互い一切目を合わせず、途切れつつも頑張って言葉を紡ぐ話し方は半年前に戻ったみたいだった。

もう、いやだ。好きすぎてどうにかなりそう。想いが通じ合うことなんてないとわかってて、報われない恋だと初めから承知の上で、それでも好きになった。元から両想いになれるとか、付き合えるとか考えたことはなくて、好きでいるだけでいいと思っていたのに、今は一方通行のこの想いがとても苦しく感じてしまう。
最初からわかっていたはず。けれど、同じクラスになって前みたいに話せるようになって欲が出てきてしまった。

一緒にいればいるほど好きになっちゃうから近くにいたくない。姿も見たくない。早く卒業したいとさえ思う。孤爪くんの嫌なところを探して、彼を嫌いになろうとしても好きなところしか見えない。どんどん好きになる。

好きすぎて嫌いになりたい。好きになりすぎちゃうから一緒にいたくない。この苦しさから逃げたくて仕方がなかった。



「すみませーん!この子と一緒に撮ってもらってもいいですか?」

ハキハキとした声に現実に引き戻される。振り返るとそこには二人組の後輩の子がいた。男バレのマネージャーの子とそのお友達。
いいよ撮らなくても…!と遠慮するマネの子に友達は楽しそうに笑いながら無理矢理背中を押していた。なんだかトモちゃんに似てる。

邪魔にならない場所まで避けた。

「研磨さんも写真なんて撮りたくないですよね!?」
「別にいいけど」
「……いいんですかい」

二人並んで写真を撮る姿を外から見つめる。モヤモヤした醜い嫉妬と、孤爪くんと一緒に撮れていいなぁ〜っていう羨ましい気持ちが心を支配していると、ふいに背後から名前を呼ばれた。普通の人よりかなり高めの位置から。

「みょうじさん、こんにちは」
「あっ、こんにちは!!」

へらりと掴みどころのない笑みを零して私を呼んだのは、孤爪くんの幼馴染である黒尾先輩。隣には真っ白な笑顔でにこにこする男の人がいた。バレー部の副主将だった人だ。ぺこりと頭を下げれば、微笑みながら向こうもお辞儀をしてくれた。

「映画作ったんだって?ドレス似合ってんね」
「はい、良かったら観に…………やっぱり来ないで下さい!」
「え!なんで!?」
「いや、そのっっ、恥ずかしいので!」
「えぇぇ」

黒尾先輩に観られるのは恥ずかしい。孤爪くんのことが好きってバレているからこそ、観られたくない。自分達で映画を確認した時、私の顔には孤爪くんが好きですって隠すことなく書いてあったから。

「それに孤爪くんも照れちゃうと思います」
「あ〜、まあ何やるか教えてくれなかったしな。山本が教えてくれたんだよね」
「そうなんですね」
「研磨は聞いても一切教えてくんねーの。最終的に、しつこいって怒られた」
「……」

孤爪くんに怒られるのいいな。いいな。私も怒られたい。なんて一瞬思うもすぐに現実に引き戻される。こういうことを言ってないと午前中一緒にいる時間が耐えれそうにないから。
自分が観られたくない故に照れちゃうと孤爪くんを使ってごめんなさい。深く心の中で謝罪する。

「?みょうじさん、なんかあっ」
「クロ」
「おー、研磨。お前も似合ってんなぁその服」
「なんで来たの。来ないでって言った。絶対、映画は観に来ないで。帰って」
「辛辣」

いつの間にか写真を撮り終えた孤爪くんがこっちにやって来た。
徐々に近付き下から睨む孤爪くんに怯むことなく、ケラケラ笑う黒尾先輩。隣にいた海先輩の「他にも面白そうなところあるからそっち回ろうか」と穏やかな空気で言うと、目の前にいる孤爪くんも睨むのを止める。
いつもみたく、守ってくれてると錯覚してしまうかのような動きで間に入ってくれたから、視界いっぱいに好きな人の背中が映し出される。こういうところも、だいすきなの。孤爪くんの言動ひとつひとつに鼓動は速くなる。

「そういえば、君ら二人で撮ったの?」
「……」
「え?」
「写真」
「「……」」

別れの挨拶をする前に、忘れ物をするところだった、みたいな言い方で問われ、二人して固まる。
そんなの撮れるわけない。今のこの状況で撮れるわけがないんだ。一番気まずいのは確実に孤爪くん。さっきみたいに先輩に向かって、早口で睨みながら断ってほしい。でも、本当は断らないで欲しい。一緒に撮れるなら撮りたい。
矛盾ばかりの思考はここ最近ずっと私の脳内に居座る。

「ほらほら、並んで」
「えっ、あのっ……」
「……」

運動会の親御さんみたいな動きで私達を並ばせる黒尾先輩に焦って、上手く言葉が出てこない。変な汗が流れるだけで、ぎこちない距離を取って並ぶ。それには何も言われず、ただ私達を見る先輩方の口角が優しく弧を描いただけ。

なんで、孤爪くんは何も言わないのっ……!なんで、大人しく隣に並んでくるのっ……!なんで、すんなり自分のスマホ渡してるの!?

数々の疑問を抱きながらも、カシャカシャ何枚も連写されていることに気づき、何枚撮るんだというツッコミをする余裕はない。満足げに撮り終えたスマホを本人に返した黒尾先輩は、ボソッと孤爪くんに何かを伝え、楽しそうに歩いて行ってしまった。

ちらり。孤爪くんの顔をこっそり伺えば、そこには覇気のない目をしてため息を吐く好きな人の姿がある。なんて言われたんだろう……?



「写真代として映画観てもいいですか?」

と聞かれていたなんて、一生私が知ることはなかった。



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