ああ、もう焦れったい

ベースはマット。眉は平行、細くならないように。きらきらの大きめなラメが入ったアイシャドウを使い、オレンジとピンクでグラデーションを作る。黒いラインを長めにして、最後は上に伸ばすように引く。きらきらのアイシャドウで蓋をする。仕上げに、赤のリップにグロスを塗れば完成。チークやシェービング、ハイライトも忘れずに。


「完成ーー!チャイナ風、なまえの出来上がりー!!」

いつもより音を立てて喜びの拍手をするトモちゃんに笑みが零れる。

「凄くキレイにしてもらったけど大丈夫?私で大丈夫?これ」
「百人中一千万人が振り返るくらいの美女です!」
「その例え、いろんな意味で逆に怖い」

今は夕方。そろそろ高校最後の文化祭が終わる。完売しお店を閉めたクラスもいる中、終盤で盛り上がる一つのイベント。ミスコンの結果発表が今から始まるところだった。
発表の仕方は、票の多かった男女十人がステージにあがり、スピーチなどをしてから結果発表に移る流れ。

ステージにあがる時、それぞれ衣装を着ることが多い。学年が上がるにつれて凝ったものになる。去年は、アイドルのようなふりふりの衣装をトモちゃんが用意してくれた。一昨年は赤ずきん。そして、今年はチャイナ服。最初は恥ずかしくて出たくないと思ってたけど、三年目にもなると恥ずかしさはなくなる。恥ずかしいという気持ちを持つことを諦めた。
でも、良い結果を出せれたら友達が喜んでくれる。優勝するために一緒に頑張ってくれる。いろんな子から応援もされる。だから、私にとって最初は恥ずかしい、というより、照れくさいこのイベントも今では勝ちに拘り、やりがいのある楽しいものになった。

「今年もありがとうね」

この行事もこれで最後。今までの感謝を伝え、ステージに上がった。



「今年度選ばれたのは、みょうじなまえさんですー!」

マイク越しに呼ばれた自分の名前に小さくお辞儀をする。いろんな人に拍手をしてもらいながら、やっぱり物凄く恥ずかしい気持ちになる。孤爪くんに対しての恥ずかしさとはまた違ったもの。

「はい!では優勝した方には、毎年恒例のあれをしてもらいます!」
「……え?」
「え?って!!去年もみょうじさんはされてましたよね?」

去年も優勝をいただいて、やった。やったけど。

「さあ!告白の言葉をどうぞ!」

公開処刑だ……!そうだった。優勝した男女はステージ上で告白の言葉を言うんだった。去年は、好きですってシンプルに言った気がする。でも、今の私には告白という単語すら禁句で。みんなの前に立っているというのに、さっきまで忘れていた孤爪くんに想いを伝えたあの日のことを思い出して、泣きそうになる。

みょうじさん?とマイク無しで名前を呼ばれて、一瞬下に向けていた顔を上げた。

去年みたいに「好きです」と言えばいい。簡単なこと。前をしっかり見て口を開いた瞬間、見慣れた金色の頭が見えた。

「……ぇ」

染め直してなくて黒い部分が増えた髪。また仲良くなって理由を聞いたら、目立つからといって染めたと教えてくれた。後ろの方で背を丸め、こっちを伺うような瞳で見つめてくる孤爪くん。


バチッと目が合った。


「……すき」


やっぱりだいすき。姿を見ただけで、想いが溢れる。


「だいすき」


孤爪くん以外、視界に入らない。たくさん人がいるのに、声もなにも聞こえない。ただ、届いてほしい。それだけを胸に二度目の告白をした。


「あなたは私の初恋です」










周りがどんな反応をしたのか分からない。ただ、ふわふわ浮ついた足取りでステージを降りたのは覚えている。

孤爪くんが警戒する猫みたいに体を揺らしていたことだけは、鮮明に覚えている。


「っはぁ、はっ、はぁぁ……む、りぃ」

そして、今、逃走中です。着替えもせず、派手な格好のまま誰の目も届かないところまで走る。トモちゃんに一言だけ伝え、逃げてきた。数分前のことなのに、なんて発言したのか覚えてない。何から逃げているのかもわからない。ひとつ上げるとすれば、ステージ上での自分の失言から逃げている。

とにかく誰もいないところに行きたい。人通りが少なく、誰も使っていない空き教室に入り、膝を抱えてしゃがみ込んだ。額を腕に乗せて息を吐くと、ぽつぽつ負の言葉が口から溢れ出る。

「消えてしまいたい……」

あんな大勢の前で。情けない顔で、情けない声を出し、振られたというのに好きな人に二度目の告白をした。

「撮影を入れたら、三回目かな……」

泣きたい。さいあく。孤爪くんに向けての告白だって本人もきっと気づいてる。迷惑だろうな。困るだろうな。
せっかく用意してくれた衣装も、メイクも汚れてしまいそう。

後夜祭、出たくないな。クラスの打ち上げも出れるかな。あとのことを考えるも今は何も考えられない。下を俯き、泣くのを我慢して、ただぼーっとしているとゆっくり教室の扉が開いた。

だれ……?こんなところ来る人なんていないと思ったけど。少しだけ溢れてしまった涙をメイクが崩れないように人差し指で掬い、その場に立った。


「……こ、づめくん」

立ち上がり泣き顔を隠すために上から絵顔を貼り付けて、誰も気を遣わないここにいた理由を作り出して、準備をしたのに、入ってきた人物を見て用意していたもの全部崩れた。私を見て、ほんの少しだけ申し訳なさそうな表情になった彼には全てバレてそう。

「……っここ、使うよね。出て、いくね」

視界に孤爪くんが入らないように目を逸らす。早くここから出ようと動き出した時、腕を掴まれた。

「……まっ、て」
「……」

弱々しい声を放つのに、掴んでいる力はとても強い。離してもらおうと手を引いても、ビクともしなかった。

「はなして、ほしい」

泣いちゃうから。早くここからいなくなりたい。孤爪くんを見ると苦しくなるから、これ以上好きになりたくないからいなくなりたい。

「っ離し……」
「おれも初恋」
「え……?」

無理矢理にでも離れようと孤爪くんから距離を取ろうとした。背を向け、走りでもしたら手を離してくれるかなって。振り返ることなく逃げたい。そう思った矢先、孤爪くんの発言が耳に入り、驚くより先に彼の方へ振り返った。

どういう……?何を言っているの?さっき放った言葉の意味を理解しようと孤爪くんを見つめれば、私はあまり真正面から見れたことのない力強い目をこちらに向けられた。

そして、きれいな唇がゆっくり動いた。


「おれ、みょうじさんのこと好きだよ」


頭が真っ白になった。なにを言われたのかわからない。遠くから聞こえる人の声も、音も、たくさんの人の気配も全て時が止まったかのようにピタリとなくなる。

夢でも見てる?

ううん、これは現実。

そう思った瞬間、数滴の涙が零れ落ちた。

まだ言われたことの意味を理解出来ていない。理解するよりも先に涙が溢れた。

時間をかけてゆっくり。孤爪くんからもらった言葉が心の中にスーッと溶け込むと、ポロポロと雫が床に落ちる。そんな私を見て孤爪くんは掴んでいた手を離し、眉を下げ、焦った表情で私の顔を覗き込んだ。


「……うそ」
「嘘じゃない」

「しんじられない」
「ほんとだよ。中学の時からずっと好き、なんだ」

「罰ゲームとか……じゃない?」
「そんなのするわけないじゃん」


さっきまでの困り顔はどこに行ったのか。目を逸らさず真っ直ぐ見つめられながら言われた。罰ゲームと発すれば、なにそれ…と口を尖らせて拗ねたような表情を見せる。
いつも気まずそうに目を逸らすのに、なんで今はこんな淡々と普通に話すことが出来るんだろう。もしかしてさっきの告白は空耳?幻聴?と考えてしまうほど落ち着いている孤爪くんに私は混乱している。

だけど、

「っわたし、孤爪くんのことっっ……ずっと、好きだったの……」
「……う、ん」

ちがう。夢でもなんでもない。現実なんだ。孤爪くんが私を好きって言ってくれた。


孤爪くんは、わたしが好き。


熱が籠った両目から更にドバドバ涙を流しながら、何度目かわからない告白を口にすれば、目を少しだけ見開き頬を赤く染めた孤爪くんが「泣かせてごめん」「何回もごめん」とぎごちない動きで涙を優しく掬ってくれた。

何度掬ってもらっても止まらなく落ちる雫。隠し続けていた孤爪くんへの想いも止まらなかった。


「わたし、孤爪くん以外の人好きになれないって思ってたの」
「……」
「これから先、孤爪くん以外好きな人なんて出来ないんだろうなって思ったの」
「……」
「だって好きになったの孤爪くんしかいないから。孤爪くんが私の初めて好きになった人なの」
「……」
「きいてる?」
「う、ん」

さっきと立場は逆転。腫れた情けない双眼で相手をじっと見ながら、何度も好きという。今まで我慢してきた分の想い。伝えないといけない。伝えなきゃ。そんな思いで必死になれば、今度は孤爪くんが視線を忙しく動かして気まずそうに顔を逸らす。何度も見た表情。いつもの孤爪くんだ。気まずそうに目を逸らす。

気まずそう、というか照れてるみたい。あれ、照れて……?そう思った途端、ドキドキ速く動いている心臓が更に加速した。

もしかして、今までのあの顔は照れてたってこと……?じっと孤爪くんの方を見つめれば、顔を背けた彼の細い髪の隙間から見えたほんのり赤くなった耳が答えをくれた気がした。

「っ!」
「?……みょうじさん?」

ボッと私もつられて赤くなる。急に黙ったことにより孤爪くんは不思議そうにこっちを見た。更に体温は上がる。

照れていたかもしれないって思ったこともそうだけど、それよりも勝手に自分の良い解釈をして舞い上がってしまったこと。想いを伝えなければならないという焦りから何度も圧のある好きを言ってしまったこと。聞いてる?と確かめてしまったこと。
全てに対して、恥ずかしくなった。我に返るのが遅すぎるし、早すぎる。気づけないのならもっと遅く、孤爪くんの前じゃない時に気づきたかった。

「ち、違うの!ごめん!!」
「え?」
「〜っだから、そのっっ、う、嬉しいっ!うん、嬉しかったんだ。それだけ!ありがとうございます!じゃ、じゃあ、とりあえず一回出て行くね!?」
「……は?」

珍しく孤爪くんから低音の声を聞けて普段なら喜んでいるところも、今はそんな暇がない。どうすればいいか
わからなくなった私はとりあえず教室から逃げ出そうとした。

「だめ」
「っ」
「外にたくさん人いるから」

扉に手をかける寸前。また腕を掴まれる。外にたくさんいるって。廊下に人の気配は感じない。もっと遠くの方からしか声は聞こえない。自分の言動が一番可笑しいくせに孤爪くんは何を言っているんだろうと不思議がっていると、それを汲み取ってくれたのか続けてこう言われた。

「みょうじさんを探してる人がいっぱいいる」
「そうなの……?なら早く行かなきゃ」
「……」

さっきまでの出来事がなかったかのような態度を取ってしまう。
たった数分でさまざまな感情が心の中でぎゅうぎゅうに押し合って可笑しくなったのか。それとも、いろんな気持ちと急な体温の変化に疲れてしまったのか。今はとても冷静であり、何も考えられず、ただ言われたことだけが頭に入る状態になっていた。

早く行かなきゃと動き出そうとする私に孤爪くんは眉を顰め、口を尖らせ、不機嫌な顔になる。そして、ボソッと呟くように言った。

「探してるのは、ほぼ男だよ」
「え?……ああ、写真かな」

これも毎年恒例になっているんだけれど、衣装などを着て珍しい格好をしているのもあり、ミスコンの結果発表が終わるのと同時に、いろんな人との記念撮影が開始する。複数人で撮ったり、ツーショットで撮影したり。ミスコン出場者全員、写真をお願いされるから私も例外ではなく。去年も一昨年も、たくさんの人達と撮った記憶がある。

「女子も一緒に写真撮りたいって人もいたけど。男はみんなみょうじさんに告ろうとする勢いだった」
「……そんなことは」
「それでも行くの?」

大袈裟すぎる物言いに否定しようとするも、じっと獲物を捕えるような双眼で見つめられてしまえば、黙るしかなかった。そして、答えはひとつしかない。また、いつもと違う雰囲気。小さな音を立てて唾を呑んだ。

「いかない、です」

そう口にすれば、納得したように私から視線を外す。

「それに…………」
「?」
「付き合うとか、……そういうの、聞けてない」
「……え」
「……」
「……そういうの、興味ないって思ってた。言ってた、から」

中学の時、孤爪くんは確かに言った。私のこともそういう対象じゃないって。そうだ、言ってたんだ。過去のことを今になって言うのは良くないとわかってる。それでも、聞かずにはいられなかった。

「孤爪くん、私のことそういう対象じゃないってことも言ってた」
「そんなの言ってない、けど……」
「中学の時、バレー部の木村くんに言ってた」
「……覚えてない」

自分で言ってて泣きそう。だから、好きと言ってもらえても実感がなくて、告白されても関係が変わることはないと思ったからすぐにここから出ていこうとしてしまったんだ。
今、孤爪くんが告白してくれたのに、過去のことを思い出して泣きそうになるなんて世界一面倒な女だ。

「えっ!?」

大きな声を出したのは孤爪くん。またポロポロ泣き出す私に焦る姿はかっこいいし、好きだと思ってしまう。こんな時までそういう思考になる自分が呑気すぎて、嫌になる。でも、許して欲しいと自分にお願いした。数年我慢してきた強い想いが今溢れ出ている途中だから。

「……お、ぼえてないけど、多分みょうじさんを好きって自覚する前だったんだと思う」
「じゃあ、興味は、あるの……?」
「うん」
「そんなこと言われたら私、欲が出ちゃうけど、いいの」
「うん。たくさん出して」

温かくて、静かで、落ち着いてて、優しくて。でも、芯のある孤爪くんの声がだいすき。


「付き合ってくれる?」


そんな大好きな声で、幸せな質問を投げかけてくれる。


「よろしくお願いします」


返事をする時、手が震えた。恥ずかしいから、それを隠すため両方の手で止めようとする。それでも震えは止まらなく、今度は背中で隠そうとした。けれど、そこまで持っていくことなく孤爪くんの手に捕まった。優しく、握られる手はやっぱり冷たかったけど、震えは治まった。

すごく好き。こういうことをするの、すごく狡い。苦しい。

いつも私を見つけ出してくれるのは、孤爪くんだった。


「あ、の……だいじょうぶ」

でも、やっぱり震えてるのは恥ずかしい。みっともないと思われたくない。

「ほんとに?」
「……」

なのに、孤爪くんは全てを暴くように普段なら止めてくれるところも、今日は深いところまで攻めてくる。そう感じてしまう。

「え……っと」
「おれは、大丈夫じゃない。みょうじさんといる時、いつも緊張して手が冷たくなる」
「えっ」

握られてる手に力を込めながら放たれた言葉に驚きの声が出る。触れた時、いつも冷たい孤爪くんの手の真実に胸がぎゅーっと苦しくなった。
そんな私を他所に孤爪くんは続けて聞いてくる。

「みょうじさんは今、大丈夫?」

小首を傾げて聞かれてしまったら、もう逃げられない。

「大丈夫、じゃない」

震える声が口から出ると納得したように、ふっと笑う。そして、「かわいい」と言うのだ。

「〜〜っ!?!?ず、ずるい!ずるいずるい!」
「え?」
「なんでそんな強気なの!?」
「……」

こんな孤爪くんはじめて見た。山本くんや黒尾先輩とかと話す時ともまた違う。これは私だけが見れる特別なのかもしれない。

「すき。好きなの。孤爪くんが、すき。好きすぎて苦しい」
「っ!?!?」

胸を抑えて、苦しいと言う。今でも近い距離にいるというのに、更に近づいて一歩。下から孤爪くんの目を覗き込んで、思ったことを好きなだけ相手にぶつければ、警戒する猫のように体をビクつかせ、距離を取られてしまう。

「〜っずるいのはどっち……」

弱々しく小さい音量で吐き出された言葉に、今度はこっちが「え?」と首を傾げる番。

さっきまで震えていた私の手を包み込んでくれた孤爪くんのそれは今、彼の口元を隠している。男子にしては色が白く、微かに震えている手を今度は私が包み込んだ。
触れた瞬間、やっぱり孤爪くんの手は冷たくて、その理由を知ってしまったから照れてしまう。


「わたし孤爪くんのことが、だいすき」


にこりと綺麗に笑えた気がした。孤爪くんは少しずつ目を大きくさせて、顔を背ける。それに対して返事はなかったけど、真っ赤に染まった頬が答えを教えてくれた。




fin.



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