秒殺ノックダウン

今日から高校生最後の年。それと同時に自分のクラスが発表される。朝練後、浮き足で昇降口の前まで行くと大きな紙にズラッと名前が記載されていた。

「あった…」

自分の名前を見つけ小さく呟くと、隣にいた友達が私の肩を凄いスピードでバシバシと叩く。

「ねえねえ、私となまえ一緒だよ。クラスまた同じ」
「!ほんと!?嬉しい」
「うん、ほんと嬉しいわ」

そう言って肩を抱き寄せる友達に笑みが溢れた。それから、毎年恒例になっている孤爪くんの名前を必死に探す。まずは自分のクラスから。中2以降同じクラスになったことがないから今回も期待していなかったのだけれど…。

「え…」

思わず声が裏返る。だって、だって同じクラスに好きな人の名前があるんだもん。

孤爪研磨
みょうじなまえ

自分の名前から少し離れたところに孤爪くんがいた。話すことが出来なくなって、クラスが離れて余計関わることがなくなって、ずっと後悔してた。数年もの間、自分の都合で気まずくなり孤爪くんを遠ざけたこと、もしかしたら彼に嫌な思いをさせてしまったのではないかとずっと考えていた。ちゃんと謝りたい。向こうは気にもしていないかもしれない。だけど、出来ることならちゃんと謝ってもう一度あの頃のように話をしたい。

高校に入学してからも接点がなかったことを言い訳にして、そのことからずっと逃げてきた。でも、同じ教室内で一年間も共にするのだから逃げずに、前のようにはいかなくても声をかけてきちんと謝ろう。そう決意した。

だけどそうするのは、自分勝手すぎるかな。わがまますぎるかな。そんな考えが頭を支配し、数秒前にした決意が一瞬にして揺らいでしまった。






「えーっと、今から始業式が始まるから体育館に移動なー」

まだ担任が決まってない今。仮の先生が教室にやって来てそう告げた。

どうしよ…。孤爪くんが同じクラスにいる。中学の頃とは違い金色に染まった髪を揺らす彼を視界に入れる度、胸が高鳴る。一度だけしか髪を染めていないのか、根本は黒髪に戻っているのが彼らしい。私は一番後ろの席だから、前の方にいる孤爪くんのことは周りに気付かれず盗み見ることが出来る。

「なまえ。どうした?なんか様子変だけど」
「えっ!な、なにが!?様子!?どんな様子!?」

教室を出て直ぐ。高校から一緒になった友達に訝しげに問われ慌てて返す。なんか変かな…!?で、でもいつも通りってどんなだっけ?孤爪くんとこんな狭い教室でこんな長い時間一緒にいるのなんて久しぶりだからどうしていいか分からなくて。頑張って普段通りにしてるように気をつけてるんだけど…!

「……大丈夫ならいいけどさ」

そう言って未だ納得していない曖昧な顔を向けられた瞬間、友達の隣を通過する背を丸めた孤爪くんが目に入った。

「っ!…だ、大丈夫ではないです」
「あ、そう?」

大丈夫。その言葉を否定してしまった。実は孤爪くんが言ってくれたあの日以降、大丈夫だとあまり答えなくなった。本当に大丈夫の時はそう言うけど、無理しては…というか、反射的に答えるのを止めたというか。

何でも出来る、というのは今もよく言って貰える言葉だけど、以前感じていたプレッシャーのようなものはなくなった。それはきっと孤爪くんが知ってくれていると分かってるからだと思う。こうやって関わっていない間も彼は私を救ってくれるんだ。

「まあ、なまえは大丈夫そうに見えて結構ダメだからねぇ」

友達がそう放った瞬間、前を歩く孤爪くんがほんの少しだけピクリと反応をした。

「そ、うかな?」
「うんうん。ダメって言われて喜ぶとこも大丈夫じゃないしー?」

思ったことを隠さず口にするこの友達は周りから毒舌なんて言われることもある。この子…トモちゃんとは去年から同じクラスで部活も同じ。中学は違うけど、部活が一緒だったから大会などで顔は知っていた。お互い部長だったのとよく練習試合をしていたのもあって入学式でトモちゃんを見かけた時は凄く喜んだのを覚えてる。



始業式を終え、クラスの決め事をしている時も孤爪くんが同じクラスにいるのが信じられなかった。髪伸びたな。身長も伸びてるし、筋肉もついてるし、なんか男って感じだ。いやいや、元々男子なんだけど。って、こんなこと考えるなんて変態じゃん。落ち着いて。落ち着くんだ。

「じゃあ、副委員長はみょうじでいいか?」
「はい…?」
「決まりだな。じゃあ、あとは委員長、副委員長のふたりに任せる」
「……はい」

孤爪くんがかっこいい。落ち着かなきゃ、なんて考えている間に副委員長になった。中学の時はよくやってたけど、去年と一昨年のクラスではやりたい人がいたからまさか3年になってやるとは思わなかった。まあ副委員長くらいいいかと教卓の前まで移動する。それからは委員長が色々と皆に声をかけてくれて、スムーズにクラス内での役員などが決まっていった。

委員会は前期と後期で、基本的にどこかしら入らなくてはいけない。各々席を立ち、定員割れしてる委員会についてはジャンケンなどをして決めていき、私が黒板へ委員会名の横に名前を記載する。

「みょうじー、俺図書委員ー」
「私は風紀委員に名前お願い!」
「はーい」
「あ、あああああのッ…オレッ俺はっ!た、たたいいくいいいいんでお願いしゃしゃすッ…!!!」
「山本くんは体育委員ね!去年もそうだったもんね」
「エッ…ハ、ハイ」

去年から同じクラスの山本くん。今年も同じクラスだと知った時は、今回こそは仲良くなれるかな?と期待を抱いていた。男子には普通なのに、女子が苦手なのだろうか。話しかけても気まずそうに目を泳がす彼はなんだか孤爪くんと少し似ているなぁ、なんて去年は思ったりもした。

山本くんもバレー部で、春高を観に行った時はやっぱり凄かった。彼らしい強烈の攻撃を繰り出すのに、守りの音駒と言われているその名の通り柔らかく、丁寧に、そして綺麗に孤爪くんへとボールを繋げる彼にも魅了されたのを覚えている。冬休み明けに山本くんに声をかけた時は目を見開き、充血させていたことを今思い出してしまい、小さく笑みを溢してしまった。

「え…?」
「?」
「アッ……イヤッ!」
「??」

思い出し笑いをして恥ずかしくなり、山本くんの方を向くと目を丸くしてこちらを見つめていた。首を傾げ疑問符を浮かべていると、いつも通り視線を忙しく動かした彼はなんと自身のチームメイトの名を叫ぶ。

「研磨!」
「「!?」」

その声に驚き固まったのは、孤爪くんと私。そんなことを気にしない山本くんは大声で「…っ、…みょうじさん、はっ、そのっ…忙しいんだから早く来い!!」フンッと息を吐き捨てそう言った。目立つ大声で言われたのが嫌だったのか、言われた言葉が嫌だったのかは分からないけれど、山本くんを見た孤爪くんの顔が微かに歪む。

初めて、見る顔。いや、初めてではない。何回かは見たことある。けど、こんな真正面から見ることがなかったから、その表情にドクンッと胸が鳴る。そして、ゆっくりと教室の後ろから俯き歩いてくる姿に山本くんは小言を発していたようだけれど、私の耳には全然届かなくて。きっと孤爪くんが近づく度、心臓の音が早く大きくなってそれどころじゃなかったんだ。

山本くんの方へ寄り、ピタッと立ち止まったと同時に私の呼吸も一瞬止まる。きっと自分の頬は火照ってる。各々席を立ち、委員が決まった人達は自由な時間を過ごしているから教卓にいてもあまり注目されないとは思うけど、孤爪くんに真っ赤に染まった顔を見られたくないと内心焦る。

「……美化、委員会…で」

視線は交わることはなく、孤爪くんは斜め下を、私は孤爪くんを見つめる。数年ぶりに私に向けて放たれた言葉に止まった心臓が瞬く間にドクドクと速まった。たった委員会の名前を発しただけなのに。何でこんなに心臓が壊れたように動くんだろう。そう思いながら必死に平然を保つように返事をする。

「う、うんっ!孤爪くんは美化委員会だね!」
「!」
「…ぇ」

孤爪くん。その名を久しぶりに口にした。しかも本人に向けて。平然を保つように必死だったけれど、微かに声が震えてしまう。それに反応したのか、理由は分からないけど自分の名前に孤爪くんはピクッと体を揺らし顔を上げた。そして、高校に入って二度目。目が合った。小さく驚きの声を上げる私に向こうは気づいてなくて、ただ初めて彼にときめいた時と同じく、その猫目がほんの少しだけ弧を描き細まった。

「うん。ありがと」

ああ。やだな。まただ。また苦しい。胸が弾き飛ぶような痛み。でもあの時とは違いこの苦しさの訳を知っているから胸に手を当てるのを耐えて、掠れた声で「うん」と返事をした。



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