「どうしよう。部活行きたくない」
授業終了のチャイムが鳴り、各々荷物をまとめ席を立つ。これから掃除をした後、部活だ。男バレの隣のコートを借りて練習をする。今まではバスケ部が使っていたが、部員数的なあれでうちの部と交代になった。
「初めて聞いた。なまえが部活行きたくないって言うの。孤爪効果、凄いな」
「感心してる場合じゃないよぉ…」
隣が気になって部活に集中出来ない。というのはあるかもしれないけど、多分ない。勝つために練習をしているんだから好きな人が理由で集中出来ない、なんてことはあってはならない。だからこそ、だ。必死にプレーする姿をあまり見られたくない。だって、バレー部みたいに、他の子みたいにかっこよくなんて出来ないから。汗まみれで必死で、そういうのはあまり見られたくないと思ってしまう。
そんなことをウダウダ悩んでいても時間は待ってくれない。ジャージに着替え、体育館へと足を踏み入れた。
「あ、山本くーん!」
「!?……ハッははははいっ!!」
「今日から隣使わせてもらうことになったから。その…よろしくお願いしますっ」
「こっこちらこそっス」
バレー部とバト部が使うコートを半分に区切っているネット付近で準備をしていたバレー部主将の山本くんを見つけ声をかける。いつも通り元気な挨拶を返してくれる彼に小さく笑みを溢してから自分も用意を始めた。
「うっわ、凄い音」
休憩時間。隣でドリンクを飲んでいたトモちゃんがスパイク練習をしている彼らを見てそう呟いた。確かに、凄い音。2年生のハーフの子なんかちょっとジャンプするだけでネットからあんなに手が出るんだもんなぁ。普段女子にはオロオロする山本くんもパワーあるスパイクでバウンドしたボールが高く跳ねている。
全員凄い。全国大会に出場してるんだもん。凄いよなぁ。ゴクゴク喉を鳴らして私もそちらを見るが、やっぱり目がいくのは孤爪くん。たくさんのスパイカーがいる中、その全員にトスを上げている姿はあまりにも……うっ、やばい。だめ、かっこいい。今は部活中。休憩時間といえど、好きな人にうつつを抜かしてる場合じゃない。
「孤爪がバレー部ってなんか意外だね。てか、運動部ってイメージないわ」
「そうだよね。私も中学の時そのギャップにもやられたりもしたなあ。なんか友達に言われて入ったって言っ……」
「いいよいいよ。続けて?」
ニヤニヤとこちらに顔を向ける友達にグッと口を結ぶ。好きだとバレたからってこんな軽々と孤爪くんのこと話しちゃうなんて。しかも数秒前にうつつを抜かしてる場合じゃないとか思ったばっかじゃん。
「ていうか、本当に前は話せてたんだね」
「…はい」
「想像つかないや。…ふたりが話してるとこ見てみたぁーい」
「……」
そんなの出来ない。まだ謝ってすらいないんだもん。ああ、もう恥ずかしすぎる。一旦、取り敢えず、忘れよう。直ぐ近くに孤爪くんがいることを忘れよう。
練習も終盤。試合形式で各々対戦している最中、コートの外に落ちたシャトルを拾うため体育館を二つに区切っているネットに近づいた時、叫び声が耳に届いた。
「危ないっ!!」
「…え」
バンッと生々しい音と共に左耳に衝撃が走る。ジンジンと耳が熱くなり、左からは音が聞こえづらい。熱いそこへ手を添え顔を上げると背の高い男子が目の前に現れた。
「すみません!!!!わあ!?頭、大丈夫ッスか!?冷やすもの持ってくるんで!!すみません!」
「あ、いや。大丈夫だよ!!」
ボールが頭に当たったのだろう。思ったよりも痛くないし、これくらい大丈夫。本当に大丈夫だったから、そのことを伝えた。すると、近くにいたのか山本くんも謝りにくる。バレー部も試合形式で練習していたのだろう。ふたりが謝りに来ている間、練習が止まるわけで、私に当たったくらいで時間を無駄にしては申し訳ないと、気にしないよう強めに言ってしまった。
「ふぅ……なんか、疲れた」
「お、これまた珍しい」
部活終了後。部室で息を吐きながら脱力する私に珍しいと言うトモちゃん。悪い意味での疲れではないんだけど、孤爪くんとは教室でも体育館でも今までこんな長い時間同じ空間にいたことがなかったから。緊張でドッと疲れが…。
「じゃ!私先帰るね!!」
「うん、気を付けてね。また明日!」
「なまえもね〜!」
昨日まで疲れで着替えるのも、のんびりだった友達が同じ人間とは思えない速さで身支度を整える理由は、観たいドラマがあるかららしい。私は数分後に部室を出て駅まで向かった。
これからこんなんで大丈夫だろうか。心臓がいくつあっても足りない気がする。もう少し要領よくしていかないと。周りには器用だね、なんて言われるけれど、私は結構要領が悪く不器用なのだと孤爪くんに助けてもらったあの日から自覚することが出来た。多分、隠すのは得意、なんだと思う。
まずはきちんと孤爪くんに避け続けたことを謝ろう。彼と話すのが恥ずかしくて謝ることすら出来なかったという理由以外にも、嫌われているかもしれないという恐怖心から臆病になっていたのだ。それを何年も続ければ、声なんてかけられるわけもなく。
「明日、ちゃんと言おう」
小さく呟く。すると「にゃ〜」と鳴く一匹の猫が道路の隅に座っているのに気が付いた。近づき腰を下ろして見つめれば、なんとなく孤爪くんに似ていると思い、その子に「私頑張るね」と伝え、その場を離れる。
今日は精神的な疲れが大きくて電車の椅子に座った途端、睡魔に襲われた。イヤフォンを耳に付け、最寄駅に着く時間帯にアラームをかけてから瞼を閉じた。
「…ん」
ピピピッと恐怖のアラームが鳴り、ゆっくり目を開ける。到着する数分前の時間に設定したため、まだ電車は動いており。けれど、端に座り椅子の壁に寄りかかっていた頭は反対側に傾いていて、隣の人の肩を枕にしていたことに気が付き、ハッと上体を起こした。
「っすみませ……え、」
「……」
「こ、づめ…くん?」
物凄いスピードで隣を見て謝罪の言葉を口にしかけた時、目に映ったのは視線を合わせず気まずそうに斜め下を向く好きな人の顔。もしかして、ずっと孤爪くんの肩に寄りかかって眠っていたの…?
「ごめんなっ……いっ!?!?」
「!」
「〜ったい…」
「……だ、大丈夫?」
孤爪くんの肩に寄りかかっていたという事実に動揺し、謝りながら後方に避けようと頭を動かすと壁にガンっと打つけてしまった。痛い、と掠れた声で放ち俯くと心配そうにこちらを覗き込まれ、あまりの顔の近さにまた頭を後ろに持っていってしまい、同じところを打つける。
「……」
「……」
情けない。恥ずかしい。みっともない。と思う反面、孤爪くんに触れていた意識のない自分が羨ましいと嫉妬する。もう脳内はぐちゃぐちゃで、このやらかしまくりの私はこの後どうしたらいいか分からなくなる。
取り敢えず、まずは謝罪だ!それを伝えるべく口を開いた時、孤爪くんの手がこちらに伸びてくるのに気付き体が固まった。
「どこ打つけたの?痛い?」
壁に当たった場所を探るように手を滑らせる孤爪くん。震えながら小さく「大丈夫」そう伝えれば「本当に?」と返され、頷くことしか出来ない。そして、今度は触れたまま頭の形に沿って、手を前に持ってきたかと思えば髪と左頬の間を縫うように動かし、左耳を覗き込み顔を近づけた。
「ここは?」
「え…?」
「ボール打つかったの、ここだよね」
結構スピードあったし、音も凄かったから。と心配そうに問われて、ゴクリと唾を飲む。早く大丈夫って答えなきゃいけないのに。左耳じゃなくて私自身が大丈夫じゃないから答えられない。ち、近いし。手が直に触れてるし、距離も近ければ逃げ場もない。心臓もバクバクいっていて脳内はパニック状態。言葉にならない声を出すだけになる。
「っ、あっ、の……あ、」
「?……っ!!」
頬は真っ赤に染まり、瞬きを数回しながら相手を見つめると孤爪くん自身も今の状態に気付いたのか、勢い良く離れていった。それと同時にアナウンスが流れ、電車も停まる。
同じ中学校だから降りる駅も一緒。気まずい雰囲気が流れる中、先に腰を上げた孤爪くんが「…じゃ、じゃあ」と下を俯きながら足早に去って行った。
今、私の顔、絶対赤い…。
それを隠すように両手で頬を包んだ。