チラリ。後ろを見てすぐに前を向き直した。何あの後部座席。何であれにしたんだろ?最初は助手席に座りたくなくて後ろのドアを開けたが、直ぐ閉めた。あれは人が乗る用なの?なんか、酔っちゃいそうな座り心地の悪さを安易に想像できる。荷物置き場として使ってるのかな?と思ったけどシートベルトはちゃんとあった。……うん、考えるのはやめよう。私には測りきれない彼の思考を考えるのは時間の無駄だ。きっと何か理由があるのだろう。ヒーロー名もなんかあれだったし。覚えてないけど小学生が付けたような名だった気がする。車には詳しくないからあまり見ない後部座席だなくらいにしか思わないが、ヒーロー名は確かにダサかった。
「ていうか、私がここ座って良かったの?」
「あ?」
「ほら、彼女の一人や二人いたらまずいなって」
「いねぇ。……し、二人ってなんだよ」
一人だわ、普通。とこっちを怪訝な目で見てきた。何だその目は。分かってるよ、爆豪勝己が二股かけるような男じゃないことくらい。でも、人は変わるじゃん。若いヒーローで、強くて、顔も悪くないっていったら女が黙ってないと思うし。私が知る限り、中学時代の爆豪勝己は女が近寄るタイプではなく、どちらかと言えば距離置かれてたタイプだったから、その反動で今は選び放題みたいな。しかも、彼は英雄でしょう。モテるでしょう。そんな疑いの目を向けなくても。……あ、もしかして。
「私も付き合うのは一人だよ?そもそも爆豪くんみたいにモテないしねぇ」
「……俺がモテるように見えんのかよ」
「うん、私の職場でもかっこいいって言ってる子いるよ。あとショートってヒーローが皆かっこいいって言ってる。話したことある?」
「お前……」
「?」
「あんまニュース見ねーだろ」
つーか、テレビ。とハンドルに両腕をクロスで乗せ、呆れた表情をしながら信号待ちをする爆豪くんが発した言葉にギクッと肩が跳ねる。図星を突かれ、動揺してしまった。そんな変なこと言った?
私はニュースを見なければ、バラエティ番組などメディアに関連するものはあまり見ていない。映画やドラマ等の物語はよく見るけれど、天気予報はネットで見るし、ヒーローが頻繁に出てくるようなニュース番組は見ない。だから世間がどうなっているか、何が起こっているかあまり知らない。今の発言でニュースを見ていないことが一瞬でバレたということは失言だったのだろう。ショートの話題が?話したことあるって聞いたことの方がまずかった?
世間知らずだと、一般常識を知らないダメな大人だと思われてもいい。そういう陰口を叩かれたこともある。ダメ人間だとしても、仕事に影響がなく、人様に迷惑をかけない程度なら私は世の中で起きていることは知りたくないし、ヒーロー活動も見たくないのだ。
「あまり見なくなったなぁ」
とだけ返しといた。これに対し特に突っ込んではこなかった。中学生の時は普通にニュースも見てたし、なんならバラエティー番組は好きな方でヒーローにも人並み以上には詳しかったと思う。話題を変えようとするも何も浮かばず、かといって探す程でもないため、とりあえずカバンを漁り、染み抜きを手に取った。
お店に行くから一応、乗車前に血で汚れたブラウスを拭き取ってみたが若干汚れが気になる。もともと目立つようなシミではなく、血が付いた範囲も他の人からすると気付かないくらいのもの。でもこういうのは自分が一番気にしてしまう。
最近、自分は結構服を汚してしまうタイプだと自覚し、染み抜きを持ち歩くようになったのが良かった。といっても、使うのは今日が初めて。
車内を汚すようなことは決してないが、人様の車に乗っているから断りを入れれば、了承の言葉と共に余計な一言も投げられた。「よく零すもんな」と。それは中学時代の話だろうか。私はその時からよく服を汚していた?気付いたのは最近だからそんなことないと思うも、よくよく思い返してみれば、確かに給食でカレーや麺類が出た日は制服を汚してしまっていたことを思い出す。けれど、向こうが言う「よく」ではない。たまに、だ。
そうこう色々と途切れつつも続く元同級生との会話は嫌な時間じゃない。気まずくないし、気も遣わない。相手が爆豪勝己だからなのか。それとも向こうが気を遣わないなら、こっちも気を遣わなくていられるのか。きっと両方だと思う。
「いらっしゃい」
爆豪くんのあとに続き店内に入れば、すぐ強面の店主のような方に挨拶をされる。それに爆豪くんも軽く挨拶を返し、店の奥へ足を進めるから不思議に思いながら付いていくと、辿り着いたのは数人しか入れないような個室だった。
知る人ぞ知る老舗のような雰囲気。けれど、建物は新しい。きっとここもあの戦いで被害を受けたのだろうと想像した。
席に着き、メニューを眺めて思う。稼いでいる人が来るお店だって。筆で書かれたメニュー表と睨めっこして数秒。爆豪くんのオススメで、とお願いした。
「飲みもんは」
「お茶で」
それだけ言って会話は終わる。丁度よくやって来たお店の人に注文しているのを見て随分仲良さげだなぁと感じた。行きつけなのだろうか。
注文を終え、また二人になると向こうが先に口を開いた。
「あの辺に住んでんのか」
「うん、まあ……」
あまり住んでいる所を知られたくなくて、曖昧な返事になった。曖昧だとしても爆豪くんに声をかけられたあの付近に住んでいるのは明白で、ほぼほぼバレたと言ってもいい。
今、中学の友達とは誰とも連絡をとっていないし、連絡先も知らない。昔使っていた電話番号は変えてしまったから、今回みたいにたまたま遭遇したみたいなことがない限り、お互いの近況報告は知らずに終わる。
「中学の友達と会ったりしてるの?」
「そういや、こないだ同窓会あったわ」
「え、行ったの?」
「ああ」
静かに頷いた。ヒーロー活動で忙しそうなのによくタイミング合ったなぁ。スターである彼は同窓会中も皆から人気で大変だったんじゃないか。大騒ぎどころの話じゃない。そもそも同窓会という場に自ら行くのが驚きだった。
「緑谷くんも来たの?」
彼の幼馴染の名前を出してすぐ後悔した。そうだ、二人の仲は最悪だったんだ。爆豪くんが一方的に嫌悪しており、どちらかと言えば緑谷くんの方は嫌いというより彼に対し苦手意識がある、そんな風に中学の時は見えていた。誰もが知るあの大戦で共闘したことは有名で私も知っている事だけど、あの場では仕方がなかったことで、実際は昔のまま険悪な仲なのではないか。
しかし、私の心配を他所に爆豪くんの醸し出す雰囲気は穏やかなままで。
「アイツは来てねェ」
仕事が忙しいんだとよ、と納得いかないような表情で吐き捨てた。そこに負の感情はなく、どちらかと言えば拗ねた子供のような。愛のある嫌味な言い方。
昔は名前を出しただけで殺される勢いだったのに、えらい違いだ。そもそも未だに一度もキレられず、会話が出来てることが凄い。中学時代もこんな表情でお喋りしたことなんて数えられる程度だった。何往復もこのトーンでやりとりをしたことはない。これも彼が変わったからだろう。
「皆、元気だった?」
「……気になんなら来りゃあ良かったろ」
「まあ、うん」
「連絡先知らねえって、てめーの友達言ってたぞ」
「あー……確かに番号変えたの高校卒業してからだから、皆に伝えられてなかったなぁ」
私も同窓会行きたかったな〜と笑えば、訝しげな顔を向けられてしまった。何も突っ込んでこないでね、と心の中で願っているとタイミング良く戸が開く。
音を立てずテーブルに置かれた寿司下駄上にあるお寿司を眺めると、どれも新鮮で美味しそうで食欲がそそられる。連れてきてもらったものの、実際食欲はなかった。お昼から何も口にしてなかったが、あんな気持ちで、あんなことがあったのだから食欲なんて湧いてこないはず。けれど、目の前にあるお寿司はどんな味がするのか、食べたいと興味が湧いてきたのだ。心なしかお腹も空いてきた気がする。
一巻。ぱくりと口に入れる。続けて、二巻、三巻と口に運んだ。もう少しゆっくり味わって食べるものだと思う。だけど、なんて言うのかな。さっきまで、この世界からいなくなりたいと思っていた人間がお寿司を食べて凄くおいしい、と感じられる。それが、なんだか不思議で仕方ない。
「おいしい」
泣きたくなるくらい美味しい。笑ってしまうくらい美味しい。心が暖かくなる美味しさに、幸せと感じる料理にぎこちない笑みが溢れた。
複雑な感情全てが表情に現れながら「おいしい」と言ってしまった。取り繕う余裕は無く、眉の下がった笑顔を作って。
目の前に爆豪くんがいるのを忘れて、食事だけを楽しんだ。いつの間にかお会計は済まされており、入店した時に声をかけてくれた店主のような方に再び軽く挨拶をする爆豪くんに続けて「ご馳走様でした」と頭を下げて外に出る。
特に会話をするわけでもなく、車に乗り、揺れること数分。「家、どこだ」と聞かれた。
「え?あの辺に住んでる」
「……」
寿司屋で言ったと思うんだけど。そう思ったけれど、運転する彼の表情を見て察した。これは家まで送ろうとしてくれてる?
「爆豪くんが車停めてたとこで大丈夫だよ。送ってくれてありがとう」
それだけ言うと、「そーかよ」と素っ気ない返事がくる。そして、しばらく走ったのち辿り着いた目的地で降ろしてもらった。
「ご馳走様。ありがとう」
シートベルトを外してから発したお礼の言葉。鞄を手に持ち腰を上げると同時に、もうこんなこと二度とないんだろうなと思った。楽しい思い出として忘れないようにと強く胸に刻んでおこう。
「おい」
「?」
「舐めてんだろ」
「……」
楽しい思い出として。そんな穏やかな気持ちでサヨナラ出来ると思ったが、爆豪くんの不機嫌な声により一気に不穏な空気に。原因は彼が手に持っているお札というのは分かっている。それは数秒前まで私のお財布にあったもの。奢ってもらうという借りを作りたくなくて車から降りると同時に助手席のドアポケットに折り畳んで入れたのがバレてたらしい。今までも何回かやったことがあるけど、これは結構私の特技みたいでバレたことはない。
「さっすがヒーローだ〜」
なんてふざけてみても、ちょっと不機嫌に吊り上がった目が鋭く吊り上がるだけ。
「奢ってもらいたくないから、ね?じゃあね」
「…………ろ」
「ん?」
「これ受け取ってやるから連絡先教えろや」
「……」
なんだコイツ……。
「やだ」
「ならこれは受け取らねえ」
今度は向こうがシートベルトに手をかけ身を乗り出してくる。現役ヒーローと鬼ごっこ?勝てるわけがない。瞬時にドアを閉めて走り出した。車から降りてて良かったと心の底から思った瞬間、すぐ目の前にあの男の姿が。
「勝てるわけないじゃん」
個性、瞬間移動?ってくらいの速さだった。そりゃあ、世界を救った英雄だもんね。逃げれるわけがない。ため息混じりに吐き捨てれば、ハッと鼻で笑われた。
「んでどっち」
「……どっちもイヤ」
ついイラッとして感情のまま吐き捨てる。続けて、次ついてきたら本気で怒る、と自分でも驚くくらいの声音で怒りをぶつけた。
今日職場で先輩に言われたこと、敵に襲われたこと、元同級生に会ったこと、会って食事をしたこと、断れなかったこと、無性にそれら全てにイラついて、爆豪くんにぶつけてしまった。察しの良い彼はそれ以上何も言わず、私が自分の横を通り過ぎても引き留めない。ただ、何か言いたげな顔だけが脳裏に焼き付く。
数歩進んで足を止め、振り返った。
「次、また会ったらそれ受け取る!」
変なことを口走ったと自覚した時には既に遅い。大ボリュームで発した私の失言に、向こうは目を丸くしたのち、ふっと笑った。
そんな笑い方も出来るんだ。……まあ、いいや。もうこんな風に爆豪くんと会うこともないだろうし。一週間後にはこの地を去るのだから。