アホはいくつになっても治らない

「よォ」
「……」

次、また会ったらそれ受け取る!と約束したあの日から数日後。またも仕事帰りに私服姿の人気ヒーローと出会した。
もう会うことはないと思ってした約束。自分から言ったけど、お金を受け取る気はさらさらない。そもそもこんな頻度で会ってしまうなんて思わなかったからあの宣言をしたわけで。

「メシ、行くぞ」
「え?」

どうやってこの状況を躱そうかと考えていると、ヤツは高そうな車を背景に食事の誘いをしてきた。頭上にはたくさんの疑問符がぼんぼん浮かぶ。

「こないだ貰ったてめーの金で食い行く」

それでおあいこだろ?とでも言いたげな表情をしているが、そんな訳あるか。私がお金を返されたくないと思っていることに向こうは気付いている。でも自分から約束はしたし……と考えているこっちの思考もバレている。諸々踏まえた上でのお誘い。こちらに向ける真っ直ぐな赤い瞳から逃れる程、私は真っ当に生きていない。

「横暴すぎでしょ。女の子にそんな誘い方したら嫌われるよ」
「ふーん。……お前嫌うンか」
「別に。今更でしょう」
「……」
「というか、前より全然マシじゃない?爆豪くん、丸くなったよね。あ、でも食べに行く所は私が決めるね」

我ながら可愛くない返し。まあ、相手が相手だから。これがお付き合いするかもしれない相手だったら違う対応をするだろうけど、爆豪くんだしね。
横暴には横暴を。あの時と違って今の私は食べたいものがある。お腹も減っているし、この世界から消えたいとも思っていない。なんなら良い漫画に出会えたばかりだから、小さなことでも幸せを感じるくらい。
お金に関して思うところはあるけど、それより今はご飯を食べたい。だからか、誰かと一緒に食べるのも、その相手が元同級生だろうと気にならなかった。

「おすすめのつけ麺屋さんがこの近くにあるの。凄く美味しいから早く行こう!」
「……」
「何してんの!はやく!お腹空いてきたよ!」
「……テメェの情緒どうなってンだ!!」

車はいらない。突然、中学時代のテンションで足軽にお店の方へ弾んでいけば、後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。あ、この感じ、懐かしい。



「らっしゃい」

店内に足を踏み入れれば、見慣れた店主が出迎えてくれた。いつもありがとね、と微かに口角を上げて、笑みを向けられたから、つい肩が跳ねる。まさか覚えてくれていたとは思わなかったし、来店してすぐお礼を言われたのは初めてだったから。若干ぎこちない動きで後ろについてくる爆豪くんを誘導して、いつもの席に座る。

「なに食べる?」
「みょうじは」
「私はこれ」

これ、と指差したのはこの店の定番メニュー。自家製秘伝のタレを使ったシンプルなつけ麺。今日はこの気分だ。

「じゃ、それ」
「え」

まさか同じものを頼むとは思わなかったし、「じゃ」なんて合わせるようなことを言われると思わなかったから、つい驚きの声が出てしまった。しかも、サラッと名前呼ばれるし。昔ならきっと「お前は」だった。
いろんな事に驚いたせいで、目をぱちくりさせてながら横を見た。対面で座ってたお寿司屋さんの時とは違い、随分と近い距離に向こうの横顔がある。相変わらず、黙っていれば整っている顔だなと十年前と同じことを思った時。眉間に皺を寄せ、訝しげにこっちを見つめた赤い瞳と目が合った。

「ンだよ」
「いや、こっちとかもあるよ。辛いやつ。好きでしょ」
「……」
「なに?」

今度はこっちが黙り込み、怪しむ番。ラー油を主にしたここの自家製スープ美味しいんだよ。中学の時、給食に麻婆豆腐やエビチリとかが出たら、誰よりも早くおかわりしてたよね?カレーが辛くないって文句言ってたよね?辛いの好きだと記憶してたけど。あれ?私、変なこと言った?

「……それにする」
「あ、はい」

素直に勧められたものを頼む彼は実年齢よりも幼く見えた。もっと言えば中学の時より中学生をしているんじゃないかと思えるくらいに。あまりにも自分の記憶にある爆豪勝己じゃなかったから焦ってしまい、返事が片言になった。

「いただきます」

ラーメン屋の回転率の高さは共通認識だと思う。すぐに注文したものはやって来た。
私の方が先に届いたため、お先にごめんねと声をかける。こういう時のためにヘアゴムを常備しているのだが、鞄を漁っても見当たらなかった。そこで先日ゴムが切れたことを思い出し、店内に置いてあるものをお借りした。自分の分と爆豪くんの分。

「使う?」
「使わねーわ!」
「そっか」

ふふっ。自然と口から声が溢れた。無意識だった。瞬間、こちらに睨みつけていた赤い瞳が微かに大きくなった気がした。懐かしいやりとりに気持ちが緩んで溢れた笑い。自分自身、驚きを隠せず動揺した。
勝己といると調子が狂う。まるで罪を犯していない中学の頃に戻ったかのよう。それはダメだと分かっている。気を取り直して髪を括った。

「なに?」
「別に」

髪を縛っている最中も、厨房へと向き直した瞳が再びこちらへと向けられたものだから、素直にどうしたのかと聞いた。決して責めてるような聞き方はしていない。横目で見られていた視線が瞬きと同時に、厨房へ方向を変えた。

「うわぁ」

二口目を食べ終えたところで爆豪くんのラーメンが出てきた。辛さMAXにしたそれは、見ただけで咳き込んでしまうほど。食べていないのに水をゴクゴク飲む私を隣に、彼は洗礼されたような綺麗な動きで両手を合わせてから、躊躇なく汁を先に口へと運んだ。辛そう……。

辛さを物ともせず、私より先に食べ終えた爆豪くんに続き、手を合わせてご馳走様をした。店を出る時、財布を出す暇もなく支払いを済まされたが、ここでまたお金を出しても前回と同じになる。奢ってもらうという借りよりも、またご飯に行く方が面倒な気がしてきた。我ながら最低な考えだと思うが、ここは素直に奢ってもらうことにした。
いや、彼曰く、私のお金で食いに来たのだから奢ってもらうではないか。うん、そういうことにする。これで、おあいこだ。そう思うことにした。



「変わったね、爆豪くん」

店内を出て、外の空気に触れながら並んで歩く空間は穏やかで、それを作っているのはきっと彼だから。思わず本音がぽろっと溢れ出てしまった。

大人になった。落ち着いた。余裕がある。そういう内面のところと、彼の社会での立ち位置もひっくるめて、変わったという意味。中学の頃のままだったら、こうはなってなかったよねって心の中だから好き勝手言ってしまう。我ながら何様なんだろう。

溢れ出した言葉に一瞬だけ後悔したけど、きっとこっちを無言で見つめるだけで何も言ってこないだろうと思った。しかし、そんな上手い話はなく。

「お前は変わってねーな」

ドキリと心臓が飛び跳ねた。自分で変わってないと自覚していても、他者から改めて言われると違うものがある。

「変わってないの、ヤバいよねえ」

口ではそう言いつつ、内心ではそこまで思っていないこと。変える気すらないことに何とも思わないことが、ヤバいのだ。
確かに私は彼みたいに何者にもなれていない。そんな彼に変わってないと言われて、悲しいのか、悔しいのか、惨めなのか。情けないのか。どう思っているのか、自分の感情がよく分からない。
だからか、足元に向けて溢れ出た笑みが、なにを表すのか自分でも分からなかった。

「ヤバくねェだろ」
「え?」
「変わんねーのは、別に悪い事じゃねえ」

ぐちゃぐちゃになった思考の中に、目の前の男は爆弾を投下してきた。どういう意味……?変わってないことが、悪いことじゃない?

「まァ、アホは治らねぇっつーことだな」
「悪いことじゃん!」

あの頃よりも大人の顔で、あの頃よりも余裕があって、あの頃はしなかったような煽り方をしてくるこの男に、このまま関わり続けてしまったら、この先ずっと振り回されるような気がして早く離れたくなった。

引っ越すまであと一日。


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