間抜けな声を出したのは、勝己だった。と思ったら、一瞬でいなくなった。何事?……敵?
まあ、良かった。これで帰れると気持ちを切り替えようとした時、目の前に再び勝己が現れた。
「えっなに!?……っうわぁあ!」
「叫んでっと舌噛むぞ。黙ってろ!」
舌噛むって言われても!?急に消えたと思ったら、一瞬で目の前に現れて、俵のように肩に担がれた。そして、そのまま爆破の個性を使って急発進。猛スピードだ。髪がとんでもない方向に持っていかれるし、速すぎて視点も合わない。
「〜っせつ、めいっっ!」
「撮られた!」
「は!?」
「あんっのクソ盗み撮り野郎!個性使ってやがる」
クソ盗み撮り野郎とは。パパラッチ的なやつなのだろうか。それは、つまり。
「やばいじゃん!」
「だから追っかけてンだよ!つか、喋んな!」
クワッと顔を向けられて目が合った。こわ。なんて顔してんの?敵にしか見えないんだけど。というか、勝己から逃げれてる相手が凄すぎる。私を抱えているハンデがあっても、このスピード以上で逃げてるってことだよね。車より速いスピードだと思う。ここで落ちたら大怪我、運が悪ければ死ぬ。死ねる。
「今個性使ったら殺す」
「ハイ」
さっきとは次元が違う怖さで言われた。背筋を凍らすような低い声と表情。ここで"触れない"を選択したら、よくて大怪我、最悪「死」。私の思考を先読みして放った言葉に何も言えなくなった。
流石に勝己の前で死なないよ。
そう思った時、体の力が抜け、全体重を勝己に預けた。余計な力を入れず、流れに身を任せた方が体も楽なことにやってみて気付く。私の力みが取れたことに抱えてる本人も気付いたのだろう。瞬間、更にギアが上がった。ビュンッッ、と。
「っ、」
速すぎて呼吸が止まった。やっと息が吸えた時、既に対象の人物を捕まえたみたいで、私の体も静かに下ろされた。
勝己は脅迫のような言葉を相手に投げかけているが、頭がグラグラして入ってこない。酔いが回ってしまったのだ。
「むり、気持ち悪い」
「……おい」
「大丈夫、気にしないで」
ここで逃したら、再度追う羽目になる。私を気にかけることを拒み、目の前の相手に集中するよう促しながら離れた場所に行き、しゃがみ込んだ。
そもそも何で私を連れてきたんだろう。あそこにひとり置いてったら、また命を粗雑に扱うと思ったのか。私ってそんな死にたがりに見えるの?別に、死にたい願望が強いわけじゃないし、たまになんで生きているのか疑問に感じたりするだけだ。
「大丈夫かよ」
「私はだいじょ……うっ、ぷっおえぇ」
「……」
やば。吐いちゃった。しかも、向こうの靴汚しちゃったよ。
ふいに声をかけられ、顔を上げたのが良くなかったのか急に吐き気を催し、我慢できなかった。目の前には勝己しかいなく、捕まえた人は?と思うも、謝罪が先だ。
「ごめん」
「貸しひとつな」
「……はぁい」
そもそもアンタが撮られたからでしょうよ。あんなスピードで連れ回したのが悪いんでしょう、とは言わなかった。ペットボトルの水を差し出してくれたから。
「……あれ、警察来てる」
「個性の違法使用したからな」
そう言いながら、水を飲んでる私を他所に勝己は吐いた後処理をしてくれていた。本当に申し訳ない。
それにしても、いつの間に連絡を取ってたんだろう。既に警察への引き渡しも完了しているみたい。早い。コンビニで買ったであろう水も私の元へ来る前に用意したものだろう。早すぎる。
「良かったね、スキャンダルとかにならなくて」
「別に気にしねえ」
「気にしないの?じゃあなんで……あ、もしかして私のため?」
「……」
無言は肯定。さらに視線を外されてしまえば、それが本心だと確信がつく。
「私も気にしないよ」
「気にしろや」
一般人ならどうせ顔を隠しての記事になるだろう。しかも、私だと気づかれたところで、迷惑がかかる人はいない。あげるとするなら、目の前の男だけだろう。その男も気にしないと言った。
「まあ、スキャンダルくらいでダイナマイトの株は下がらないか」
思ったより挑発的な口調で発した言葉に、勝己は一瞬だけ目を見開いた。少しだけ口角が上がってしまった私に向こうは眉を少しだけ寄せるけど、怒鳴ったりはしてこない。
この男にとって、諸々踏まえても、これくらいのことで世間の評価が下がるようには思えない。ヒーロービルボードチャートというものが今どれくらいか分からないが、そもそも人格があれなのだから。これで下がるくらいなら、とっくの昔に地の果てまで落ちているだろう。
人格がなぁ、なんて口にすれば、それこそ怒号を浴びせられるだろうから黙っていたのに睨まれた。心、読まれた?
「てめェは、」
「?」
「……もうちょい自分大切にしろや」
再会してから初めて核心を突くような言葉を投げられた。不意打ちすぎて、ドクンッと心臓が飛び跳ねる。
逃げ場のない真っ直ぐな眼差しで言われているのに、どこか不貞腐れているような空気が纏っている気がするのは、ただの思い違いか。
何に対してのことなのか、思い当たる節がありすぎて、どれのことか分からない。命を軽んじてることか、世間にヒーローとの熱愛が晒されるのを気にしないと言ったことか、セフレのことか。この状況的に一つかもしれない。
「セフレのこと?」
あ。間違えた。勝己の顔が思い切り歪んだ瞬間、答えが分かった。
「全部」
「はい」
全部、ね。分かった、ちゃんと頭に入れとく。元同級生からの心配としてきちんと受け取らせてもらう。
でもきっと、私はダメな人間だから変われないと思うし、変わろうとも思わない。明日、あの男に誘われたら迷わずついていくだろう。
勝己だって私が変わらないことに感情的になったりはしない。最近の流れ的に気にはかけるだろうけど。あれ?そもそも何でこんなに気にかけてくるんだろう。やっぱり初っ端があれだったから?
脳内で自問自答を繰り返していると、目の前の男がぽつりと呟いた。
「アイツじゃなきゃダメなんか」
アイツ? ああ、あの性悪男のことか。体の関係を持つ相手がアイツじゃなきゃダメかって?
「いや、別に誰でも。でも付き合い長いし、お互いのこと興味ないから楽っていうか。あと、普通に……」
相性良いし。
と続く言葉は飲み込んだ。あっぶなかった。私は中学の同級生に何を言っているんだろう。少量だとしてもお酒を飲んだから気が狂ったのかも。二度も「酔っぱらいの虚言」を晒すところだった。
恥ずかしくて今なら死ねるかもしれない。消えたい。そう思った瞬間、向こうが更に上の爆弾発言を投下した。
「俺がそれ変わるっつったら」
「…………は?」
向こうはそれ以上言葉を発しなかった。ただ黙ってこっちを見つめるだけ。冗談には見えないし、こんな冗談を言うタイプじゃない。そもそもこんなこと言う人じゃない。だから焦ったし、取り乱した。動揺から、体中の熱が一瞬にして上がった。
「〜〜ッバカァァ!!もっと自分大事にしなよ!?」
「そっくりそのまま返すわ」
「本当だね!さっき言われたね!でもアンタはそういうのしないタイプでしょ!!」
好きな人としかしないじゃん!体だけとかそういうのしないでしょう。
「はい、わかった!もう、しません。体をちゃんと大事にします」
「別にセフレがいるから体大事にしてねェって言ってんじゃねえ」
「あ、そうなんだ」
「……俺がヤなんだよ」
「へえ」
なんで勝己が嫌なんだろう。まあ、いいや。もう考えるのは止めよう。相手の気持ちなんて本人から教えてもらわない限り正解は分からないのだから、考えるだけムダ。
「だから今からてめーん家行く」
「は?」
「それか、俺ん家」
「いやむりむりむり。板チョコを一枚食べきっちゃった時とか、ポテチ一袋食べきっちゃった時くらいに罪悪感」
「俺は板チョコかポテチってか!?」
「そんな感じ」
無理だから、絶対に。家に来てなにするの?嫌なことはしないだろうし、無理やりなんてことはない。まさか、私をそういう気にさせる策があるの!?というか、勝己だって嫌でしょうよ!
悶々と大騒ぎの脳内は、既に冷静さを失っている。そんな私に、更に追い打ちをかけてきた。
「これ」
そう言って指差したのは、私に汚された靴。ここで借りを返せというのか。最低男じゃないか。
「つか、さっきから何考えてっか知らねーけどよォ。これ、貰ったからお前ん家で食う。好きだろ」
「なんだよ!紛らわしいんだよ!言い方が!好きだけど!」
あの話し方は、今からヤりますぞ!みたいな流れだったじゃん。ややこしい接続詞を付けるな。完全に勝己が悪い。
私の家で食うと言って見せられたのは、袋に入った生魚。中学時代から魚と肉が大好物だったのを勝己は覚えていたらしい。若さもあってか昔はお肉の方が少しだけ好きだったけど、今は魚の方が好き。
「なんで魚持ってんのよ」
「ばあさんにもらった」
「どこのばあさん!?」
どうやら警察引渡し直後に、応援してますと言っておばあさんから魚を頂いたらしい。それを私の家で食べる、と。
「なんで私の家なの」
「俺ん家入りたくねーだろ」
まあ……。図星を突かれ、言い返せない。勝己の家にいくなら私の家に来てもらった方がまだいい。
「横暴すぎる」
「今更なんだろ」
以前ラーメンを食べに行った時の私の発言をそのまま返された。嘲笑うかのような言い方が余計に腹が立つ。言い返せないし、あっちのペースに呑まれてる。はっきり嫌がれば勝己は引き下がるというのに、家に来ることを断れない自分が意味分からない。勝己って呼んじゃってるし……。
はぁぁぁ、もう、やめよう。
何もかも、考えることをやめる。
思考オフ。
「部屋、汚いけど。それでもいい?──勝己」
無意識ではなく、初めて意図的に名前を呼んだ。勝己は数秒、目を丸くしてから顎を上げ、挑発的な笑みを浮かべて言う。
「ハッ、それのが今更だわ」
なんだって?