春休みに入る前日。私は目の前の光景に驚愕し、その場に固まった。びっくり仰天。マジでびっくり、仰天だった。
「うそ、じゃん」
これが腐れ縁というやつなのか。ここまでくると最早ホラー。野球部特有の大きめのエナメルバックを肩に背負った倉持洋一という男がチームメイトらしき人物と会話をしながら目の前を過ぎ去った。
「は、倉持…?」
ちょっと、待って。え?倉持って青道にいったの?東京の学校としか覚えてないし、てか聞いてなかったからどこの学校に進学したのか知らなかった。確かに青道は野球が強いって仲良くなった友達に聞いたけど。
え、ええええ。まじで?そんなことある??取り敢えず、家に帰ったら倉持にどこ高なのか聞いてみよう。ヤツはまだ私が東京に来たことを知らない。急に会いに来て驚かせようとは元々考えていた。けど、まさか同じ学校だなんて。私がびっくりだよ。驚きポイントしかない。春休み明け、声掛けてみようかな。倉持も私が自分と同じ学校の制服を身に纏ってるなんて思いもしないだろう。
「ププッ、どんな風に驚いてくれるんだろ」
倉持からの返答は「青道」だった。当たり前だ。だって、青道にいたもん。ドッペルゲンガー的なあれかなって一瞬思ったけど、あの独特の笑い方をする人はそうそういない。まさか、また同じ学校に通えるなんて思ってもみなかった。早く春休み明けないかなあ〜。
でも、その前に一度野球部が練習しているグラウンドに足を運んでみた。会わない間、たまに電話をしていたから楽しく野球をやっていることは知っている。それでもあの時発した「たかが野球だろ」の言葉が気になって来てしまったのだけれど、練習する倉持の姿、目を見て気にかけることではなかったとすぐ家に帰った。
「めっちゃ楽しそうに野球すんじゃん」
ケラケラ喉を鳴らして笑う。元々、あんな風にやっていたのかな。私は倉持が野球をしているところを見たことがない。でも、前がどうであれ青道でプレーをしている倉持は活き活きしてて、あの時の冷めた瞳はもうどこにもなかったから少しだけホッとした。って、これじゃあ、私めっちゃ倉持のこと心配してるみたいじゃんか!気持ち悪っ!!
そして、春休み明け。
「倉持洋一くん」
「?」
前を歩く二つの背中の小さい方へ声をかける。振り返ったその男は軽く後ろを振り返り、俯く私を見て首を傾げた。
「これ、貰ってください」
そう言って差し出したのは可愛い封筒に倉持の名前が書かれているお手紙。「倉持くんへ」ではなく「クラさんへ」と書いてある。それもクレヨンで。ちょっと形がクラクラしている文字で。一生懸命弟が倉持に宛てた手紙だ。倉持と同じ学校だと言ったら会いたいとお願いしてきた弟に練習で忙しそうだから後で聞いてみると言えば、それじゃあお手紙を書くー!と、はしゃぎながらはりきって書いたもの。
クラさん、の文字で気付いてよ?そう呼ぶのはきっと弟しかいないんだから。てか、ソラってすぐ気づかなかったら一回シメる。あの子が一生懸命書いたお手紙なんだ。
「お、おお…?」
動揺しながら受け取った倉持の横で眼鏡をかけたイケメンが目をぱちぱち瞬かせてこちらを見てきた。あれ?これって、もしかして倉持にラブレター渡してるみたくない??だとしたら、めっちゃ大胆すぎない?私。
けど、受け取った本人はカラフルに書かれた「クラさん」の文字に気付いたようで。
「は、これって……」
手紙と私を交互に見て、こちらを凄い勢いで二度見してきた。
「は、え、は?…んで、お前、ここに……はぁぁぁあ!?!?」
驚く倉持に俯いていた顔を上げ、歯を見せてニィと笑う。
「久しぶりっ!元気してた〜?洋ちゃん」
手をひらひら振り、もう一度驚きの叫びを上げる男に「知ってた?私達同じクラスなんだって。B組だよ?最悪すぎない?」と嫌な顔をすれば「待て待て、意味わかんねえ。マジ意味わかんねぇ」と頭を抱えだした。
「私が行くとこ、どこにでもいるのやめてよね!」
「それはこっちのセリフだ!」
「へえ、倉持と同中なんだ」
新教室に赴き自分の席を確認すると、倉持の横にいたイケメン眼鏡くんの隣の席だった。そのイケメンくん、御幸一也くんと横並びで席に座り、私の目の前に倉持が立っている。冬休み明けに転校してきたことを伝えれば、納得したようなしていないような何とも言えない渋い顔をされた。
「そうなのよ〜。よくカツアゲされてね。それはもう大変で、大変で…」
「んなわけあるか」
「いてっ」
「はは」
軽く私の頭をチョップする倉持に典型的な愛想笑いをする御幸くん。こんな心のこもってない笑顔を作る人初めて見た。倉持この人と仲良いの?意外だ。飛び蹴りとかしてそう。同じ部活らしいけど、野球やってなかったら関わっていなさそうな二人。って、私も腐れ縁がなければ倉持と喋りすらしなかっただろうから何があるか分からないか。
「そういえば、みょうじさんって倉持の地元の彼女のこと知ってんの?」
「?」
「げ」
げ、ってなんだ、「げ」って。
「倉持、地元に彼女いたの?だれだれ?」
「……」
「……あれ?なんか俺まずいこと言った?」
身を乗り出して近づく私と黙る倉持を交互に見て、苦笑しながら気まずそうに人差し指で頬をかく御幸くん。どんな顔をしていてもイケメンは様になるから羨ましい。まあ、それは置いといて、だ。
「え?まさか隠してたの!?酷いっ!!私にはポテチ食べたことすら逐一報告しろって言うくせに…!」
「それはテメェが俺のお菓子を食うからだろ!!」
「あ〜あ、……どんな子だろうとムカつくから飛び蹴り一発ね」
「だからいねぇよ!そんなヤツ!」
前屈みになる私に向こうも同じようにこちらに距離を詰める。お互いヒートアップし、声が大きくなり周りから注目されるが、そんなのお構い無し。俺は関係ない、と知らんぷりをし始めた御幸くんの「あ」という呟きが、意外にもこの争いに終止符を打った。
「「あ?」」
二人で声を揃えて彼の方を向く。それに対し、今度は「はっはっは!」と愛想笑いではなく本気の笑いを見せたところで、こう発した。
「地元の彼女。じゃなくて、地元の嫁、だったな」
わりィわりィ、間違えたわ。と意地悪そうに言う御幸くんに倉持が低い声で「テメェ…」と睨んでいた。この一瞬で確信した。絶対、御幸一也くんは性格が悪い。絶対そうだ。というか、このやりとり、どこか既視感が。懐かしい。既視感。
「なんで嫁なの?」
嫌な予感がして、御幸くんに聞いてみる。
「ん?…ああ、その地元の彼女、年の離れた弟がいるらしくてな。よく倉持も一緒に面倒みてたんだって。こいつ、たまにスマホ覗いてると思ったらその弟の写真見ててさ」
「弟……」
「いやー、わり!すぐ気付けばよかったな。地元の彼女……じゃなかった、嫁ってみょうじさんのことだって。ごめんごめん」
片手で謝るポーズを取り、歯を見せながら謝罪をするこの男は面の良さも相まってイラつきが何倍も跳ね上がる。なんだ、このイケメン。腹が立つ。それに、私は嫁じゃねえ。中学より更にランクの上がった立ち位置にこめかみをピクつかせ、怒りを露わにした。
「私は嫁じゃない」
「あ、そうなの?」
「そうでしょーよ!てか、何で同じ学校じゃないのにそんなふうに言われてるわけ!?倉持コノヤロー」
「いや、お前がことある事に電話してくるからだろ」
「え。なにそれ。やめて!?まるで、私が倉持のこと大好きみたいじゃん!!半分はソラとの電話でしょ!?私ではない!訂正しといて!!」
「半分はみょうじさんなのかよ」
「半分の半分が私で、もう半分は倉持からだから!」
「あ、はい。すみません」
カッと目を見開きながら勢いよく隣に顔を向けて訂正すれば、眼鏡の奥の瞳がスンッと静まった気がした。
「でもまあ、ソラが可愛いのはわかるよ。写真見たくなるのもわかる。癒されるもんね」
「ああ、疲れた時はよく見る」
「なんの写真見てた時にバレたの?」
「サンタの格好してた時の」
「あれは反則級に可愛い」
「だよな」
いつの間にかブラコン魂が溢れ出て、二人して弟の可愛らしさについて話していたら隣から「お前らやっぱ夫婦だろ」と楽しそうに言われた。
「ちげえ!!」「ちがう!」
息ぴったり。声を揃えて否定する私達に今度は腹を抱えてゲラゲラ笑い「あー…ここでも退屈しない日々が始まりそ」とかなんとか言い出した。
「てか、御幸くんも見てみなよ。ウチの弟、食べちゃいたいくらい可愛いから」
「いやいや、俺は遠慮しとくよ」
「あ?私の弟が可愛くないって!?」
「え。いや、そんなこと一言も……あ、ちょっ、いたっ、痛い」
「ヒャハハッ!こいつ弟のことになると容赦ねえから気をつけた方がいいぜ」
胸ぐらを掴み、御幸くんの体を揺さぶりながら弟の可愛さポイントをいくつか説明すると、「カワイイデス」と片言で返ってきた。