弟のお兄さんになってください


「あれ?なんか二人共楽しそうだね」


二学年になって数日。朝、登校してきたらどこか楽しそうな雰囲気を醸し出す倉持と御幸くんに質問を投げかけて席に着く。どうやら面白い一年生が野球部に入ってきたらしい。倉持は寮の同室にその面白い子の内一人を迎えたらしく、いかにも後輩いじめをしてやろうと悪巧みの顔をしている。かわいそ…。


「そう言うみょうじもなんか楽しそうじゃねーか?」
「ふっふ〜、わかる??実は私気になる人と朝遭遇しちゃいまして……きゃっ!照れる」
「ふーん」
「へぇー」
「もうちょっと興味持って!?」


かくいう私も良い事があった。この学校のイケメンと朝からばったり出会した。自分から声はかけれていないけれど、名前と彼女の有無はリサーチ済み。タイミングが悪くなかなか話しかけにいけないが、今度会ったら思い切って愛をぶつけてみようかな。


「ねぇぇぇ、倉持ちょっと協力して!」
「は?なんで俺が」
「私達の仲じゃん!」
「こういう時だけ調子いいよなァ、お前は」
「えー、じゃあ御幸くんでいいや」
「え、俺?やだよ」


全然ノリ気じゃない、というか寧ろ興味のない倉持にガッカリして、御幸くんに頼んでみるがこちらも拒否される。さっきから関わりたくないオーラが出てましたよ、御幸くん。気付いてましたからね!私!


「俺にも頼むってことは、もしかして野球部…?」
「そう!」
「マジかよ。やめてくれ。先輩とかマジで勘弁してくれ」
「倉持にめっちゃ拒否られた。ちょっと傷ついたから癒して。ポテチ三袋で」
「ただ食いてぇだけだろ!」


御幸くんの問いに素直に答えれば、右手を額に添え凄く嫌そうな雰囲気を出す中学からのクラスメイトに少しムッとする。


「でも面白そうじゃね?誰なの?みょうじさんの気になる人って」
「エッ!そ、それはちょっとここで言うの恥ずかしい、な…」
「え、なんで急に照れてんの。この人」


私の方を指さしながら倉持に聞く御幸くんはそのまま続けて「つーか」と話し始めた。


「なんで倉持はそんな嫌そうなんだよ」
「あ?」
「嫉妬してるわけじゃねえよな。あ、もしそうだったらごめん」
「……こいつの告白の仕方がかなりあれなんだよ」
「あれって?」
「……しかも、」
「?」


そこまで言って倉持は口を閉じる。あれってなんだ。しかも、の続きは?黙って聞いていれば言われ放題。私の告白に文句あんのかコラァの意味を込めて睨んでみるけど、こちらを一瞥し、また御幸くんへと視線を戻すヤツに今度はかなりムッとする。


「倉持が人の恋を応援出来ない薄情者だとは思わなかったよ!元ヤン!足が速くてモテるのは小学生までって決まってんだよ!うんこ!」


飲み物買ってくる!そう叫び席を立てば、後ろから二人の会話が聞こえてくる。


「今、平然とうんこって言った。女子がうんこって言った」
「あいつは女子じゃねぇ」


うんこ、なんて女子でも言いますけど!?あれ…?うんち、かな?女子はうんこじゃなくて、うんちって言うかな?


「つーか、もうチャイム鳴んぞー」


って言葉を背中に投げかけられたと同時にチャイムが鳴った。えええ、うそぉ。流石に今から買いには行けない。倉持に言われた通りになるのは癪に障るが、ここは学校。時間通り行動しなくてはならない。次の休み時間に行こうと大人しく席に戻った。







そして、休憩時間。時間は少ないけど、飲み物を買いに行きたい。実は朝から喉がカラカラなのだ。


「今度こそ飲み物買ってくる〜」
「……」


隣の席の御幸くんにそう言ったのだけれど、無反応。もう一度、彼の近くによって「飲み物買ってくるね!」と言ったら「あ、ああ…」と動揺した返事が返ってきた。すぐにこちらにやって来た倉持と小声で「独り言だと思った。あれいちいち返事しなきゃダメなの?」「時と場合による」「あははは」のやりとりが聞こえた気がした。いや、聞こえた。
それを耳に入れながら、教室を一歩出たところである事に気付き、スタスタと早足で倉持の元へ戻る。


「ねえ、倉持どうしよう」
「?」
「私、自販機の場所よく分かってないんだった。なにも奢らないけど付いてきてくれない?……ううん、違った。付いてきて私にオレンジジュース奢ってくれない?」
「なんでだよ!」
「なんでって、転校してきてそんな経ってないし…」
「そういう意味じゃねぇ!お前が奢れ!俺、コーラ」
「えええ。まあ、いいや。ここは一先ず、奢ってあげるって言って、向こうに着いたらそんなの聞いてないなぁってしらを切る作戦でいくよ。はぁ」
「……相変わらず、ウザいな。お前」


そうは言うものの、オラ行くぞと歩き出す倉持に小さく笑い、後ろを付いていく。


「俺、アクエリよろしくー」
「はいよ〜!覚えてたらね!」


ちゃっかりおねだりする御幸くんに振り返り返事をすると「こいつ三歩歩くと忘れるから期待しねえ方がいいぞ、御幸」なんて前を歩く男に言われてしまった。


結局、飲み物は倉持が買ってくれた。この男は数回に一回こうやってご馳走してくれることがある。あとは理由をつけて奢ってくれることも。今日のオレンジジュースは、入学祝いだ感謝しろ、だそうだ。ちゃんと御幸くんの分も買っているあたり律儀だなぁと一年前と変わらない姿に小さく笑みが溢れる。体は大分鍛えられて変わったというのに。


「めっちゃ鍛えてるよね。シックスパック?」
「おい、捲んな!」
「ほほう!」


インされてるシャツを捲ろうとしたら阻止されてしまったので服の上からペタペタ触ってみる。硬すぎるっ!並んで歩きながら何度も色んな角度から、色んな触り方をしていると、急に倉持の背筋が伸び、触っていた手を振り払われた。


「ちは!」


本場の野球部らしい元気と礼儀のこもった挨拶をする元ヤンキーに目をぱちくりさせる。相手は先輩だろうか。頭を下げている方向へ視線を送るとそこにはヤクザ顔負けの強面教師が立っていて、私もすかさず頭を下げた。


「ああ。……みょうじ、学校には少しずつ慣れたか?」
「!はいっ」
「そうか」


きゃー!!!!かっこよ!?かっこよすぎて、野球部並の返事をしてしまった。転校してきて半年経っていない私と自分が所属している部の監督に関わりがあると思ってない隣にいる男は目を見開き交互に私達を見る。片岡先生は一年の授業を担当していなかったから私と先生の間に接点があったことに、不思議に思うのも当然だろう。

私が何故、この先生の事を知っているのかと言うと、それは気になる人が片岡鉄心先生だからだ。向こうも私の名前を知ってくれていて、学校に慣れたか?と聞いてくれる理由こそが先生のことを気になりだしたきっかけ。そのことを倉持は察したのだろう。そわそわしだし、一歩前へ踏み出した私にこの世の終わりのような顔をして「おまっ…待て…!」と焦り声を上げた。

けれど、私の耳には届いていなく。


「片岡先生!弟のお兄さんになってください…!!」


両手を前に出し、ガバッと頭を下げ、私流の告白を伝えた。


「……」


自販機から教室に戻る途中の廊下。複数人の生徒が周りを行き交い、何事だとこちらをチラチラ見る。返事がないことに視線だけを上に向ければ、片岡先生は真顔で無言。どんな感情なのか読み取れない。


「……どういう意味だ」


低く困惑した声色。言葉通り、素直に意味が分かっていない様子。それとも、理解しないようにしている?直球に想いを伝えようと、私と付き合っ……まで発したところで横から伸びてきた手によって口を封じられた。


「すみません、監督。コイツ、ちょっとあれなんで。頭がかなりあれなんで。すみません、気にしないでください」
「〜っんんん!?!?」


ちょっ!?なに!?私の一世一代の告白を気にしないでください!?勢いよく口を防がれ、言葉が出ない。そして、そのまま後頭部へ手を回し、頭を思いきり下げられる。ちょっと!?手加減ってものを知らないのか、こいつは。てか、掌、硬っ!?ゴツゴツしてない!?


「…そうか。授業に遅れるなよ」


あっ、待って!納得しないで!?その叫びは倉持の手によって阻止され言葉として外に出ることはなく、ただ先生の大きな背へ手を伸ばすことしか出来なかった。








「あっはっはは!!ひぃーーー、やめてやめて。あははははっ」
「笑い事じゃねえぞ、御幸コラ。こっちはマジで冷や汗かいたんだよ」


落ち込んで戻ってきた私と魂が抜けたような顔をして戻ってきた倉持に、不思議に思った御幸くんは授業が始まる間近、私に聞いてきた。告白の邪魔をされた、の一言だけを伝え、次の休憩時間にさっきの出来事を詳細に邪魔をしてきた男が説明して、今の状況。


「酷い。二人して笑うなんて。邪魔してきた倉持はもっと酷い」


机に項垂れ、悲しみに昏れているというのに御幸くんは爆笑。倉持はため息を吐くだけ。


「倉持の言ってた、あれの意味が分かったわ……ククッ」
「……」
「監督に弟のお兄さんになってくださいって…」
「……」
「あ、あれ?これ、マジなやつ……?」
「御幸くんって性格悪い」
「……ごめん」


こんなにも笑われては傷付く。乙女心ズタボロだ。ポテチ五袋分くらいは傷付いた、と心の中で零してから笑う御幸くんをスルーし、顔から机に伏せていれば今度は焦ったように謝罪をされた。全ての元凶の倉持は何も言わず、ただこの光景を眺めているだけ。


「いーよ。謝んなくて。どうせ、マジなやつじゃねえんだから」
「……」
「監督も忙しいんだから、あんま迷惑かけんじゃねーよ」
「……かっこいい、とは思ったもん」


何も言わないと思ったら今度は本心を突かれてギクッと固まる。本気で付き合いたいとは思ってなかったし、ちょっと…ちょーっとだけどんな反応するんだろうって興味があったのは事実だけど、かっこいいとは思った。

色んな方面で片岡先生、あと他の先輩方、野球部面々にも迷惑をかけるなって倉持は言いたいんだと思う。分かってるけど。自分が悪いのは分かってるけど!なんか、倉持が大人になってて悔しい!!しかも、片岡先生は普通にタイプ過ぎて、話しかけにいきたい!!お喋りしたい!これが迷惑なんだろうけども!!分かってるけども!!すみませんでした!


「はぁ、……おら、ポテチ。限定味買ってきてやったぞ」
「!?!?ポテチィィ!!!いつの間に!?やだ、もう、倉持男前!!よっ!頼れる男!!好きーーーー!!」
「単純だな、オイ」
「はははっ。ほんといつの間に買ってたんだよ」
「昨日」


タイミング良かったわー、と眉を八の字にさせて、こちらをバカにしたように見下す倉持の言葉はポテチに夢中で聞こえなかった。ただ、片岡先生からポテチへ愛が移ったのはここにいる誰が見ても分かることだった。



「倉持、気付いてたの?みょうじさんの気になる人が監督かもって」
「いや、最初は先輩って思ったけど、みょうじは基本的自分のことを好きにならない人をかっこいいだの、好きだの言うからな。野球部っつってたから監督のことは抜けてたわ。でも、みょうじと監督が接点あるって分かった時はすぐ気付いた」
「へぇ」
「アイツは元々誰とも付き合う気ねぇんだよ」
「それって倉持とも?」
「あァ?何でそこで俺が出てくんだ!!」
「えー…」
「ウゼェ!」


近くでこんな会話をしていたのもポテチに夢中の私の耳には届くことはなかった。




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