「……眠い」
「おい。今、寝んじゃねえぞ」
私の小さな呟きに瞬時に反応したのは倉持洋一という男。
「昨日全然眠れなかった」
「……」
「あの野郎、次来たら殺す」
「……」
学校の食堂にて。普段はお弁当を持参してくるのだけれど、今日は寝坊してしまい学食をいただくことにした。何故寝坊をしたかというと、昨日眠れなかったからだ。何故眠れなかったというと、それはアイツが家に出現したからだ。
隣に座り黙々と昼食を取る倉持は、昨日私の頼みを無視し電話を切った。次来たら殺す、と言ったが、昨日のヤツは退治してある。退治と言っても後始末は出来ず、そのまま放置。帰宅してきた母にやってもらった。夜は退治した時の光景が頭から消えず、気持ち悪さでなかなか寝付けなかったのだ。
私のブツクサを黙って聞いているこの男の心情はきっと「どーせ殺せねえだろ」だと思う。今回はちゃんと退治出来たし!私やったし!でも、次来たら、私は、私は……!!
「……家に帰りたくない」
「そんなこと言ったら、ソラ悲しむぞ」
「ソラを悲しませる奴はぶっ倒すよ?」
「おうおう。自分のことぶっ倒せ」
「ソラと言えばさ、昨日私をアイツから守ろうとしてくれたの?凄くない?かっこよくない?お姉ちゃんときめいちゃった。弟の成長に泣いちゃった」
「へえ、あいつもやるようになったじゃねえか。まあ、昔から根性あったけどな!ヒャハッ」
「そうなの、可愛さを兼ね備えた男前なの。あの子は。……はぁ、こういう時、倉持の家が近くにあったらすぐ避難するのに。最低でも二泊はする」
「俺ん家を避難所にすんな!」
こちらを見もせずそう発しながらバクバク口の中に食べ物を運ぶ倉持。今日はこの男の好きなものだらけの学食メニューだった。ハンバーグとオムライスを悩みつつもハンバーグを選択にした倉持に対し、私はオムライス。中に苦手なグリンピースが入っているため、緑の玉を見つけては倉持の皿に移している。
こういうことをするのは中学から変わらないから、特に何も言われない。しかし、斜め前に座って定食を食べている御幸くんには不思議に思えたのだろうか。こっちをガン見していた。
「どうしたの?」
「……みょうじさんって顔可愛いよな」
「喧嘩売ってんのか。買うぞ、コラ」
予想もしていなかった発言につい荒い口調になってしまう。揶揄ってんな、こいつ。御幸くんに言われるとバカにされてる気さえおきる。しかも、顔がかなり整っている、誰が見てもイケメンと思われる男に言われると無性に腹が立つ。絶対、なんか企んでるな。隣でハンバーグを頬張っている元ヤンはこの発言にむせていた。
そして、もう一度。こちらをまじまじと見つめ、放つ。
「よく見ると黙ってれば可愛いんだな。黙ってさえいれば。色々と残念だよな〜」
「エッ……ちょ、なに、急に!?なんか、照れるって…!ありがとっ」
「お前、ディスられてんぞ」
普段言われないことだから今度は素直に照れてしまった。でも急に何故?隣に座ってる男は知っていそうだけど、まあ、いいや。
「ほらっ、御幸くんにもこれあげるんだからっ」
「……いらねーんだけど」
グリンピースを二粒お箸で御幸くんのお皿に乗せたら、真顔でそのまま倉持の方へ送られた。乗せられた本人は「さっきからいらねえんだよ!てめぇら自分で食え!」と怒号を上げ、乗せた方は「そもそも俺のじゃねーもん」と述べている。確かに。
そんなやりとりをしていると、急に落ち着いた声が耳に届いた。
「みょうじが食堂にいるって珍しいな」
「なんか、久しぶりだね」
そう言って、御幸くんの隣……私の前に座った去年同じクラスだった白州くん、その横にノリがちょこんと腰を下ろした。
「わ〜、二人とも久しぶりだね」
「ああ。……ここ、大丈夫だったか?」
私の目を見て発する白州くんに頷くと共にカタッと軽く音を鳴らして椅子から立ち上がる。それから、後ろで左右の手を組み、体を揺らしながら「一緒に食べるの初めてだね、緊張する」と言うと、盛大にむせる御幸くんとこっちを化け物を見るような目で顔を険しくさせる倉持。ノリはこのやりとり見慣れているのかあまり気にしていない様子。
そして、白州くんの返しはこうだ。
「そうだな。俺も緊張する」
……好きだ。
若干、ほんの少し、柔らかいオーラを身に纏う彼は、意外にもこういうのにノッてくれる。これも数ヶ月同じクラスにいて毎日のようにやってくれたからだろう。私と何年も一緒のクラスにいた倉持洋一はチームメイトに同情の視線を送っていた。
「……白州。大変だったな」
なんだ、その物言いは。失礼な。けど、優しい白州くんは、退屈しない日々だったと言ってくれた。あ、照れる。
「でも、本当にみょうじがあの……よく名前が出てた人だったんだな。驚いた」
「俺も」
よく名前が出てた人。多分、御幸くんに言われた噂の〜のやつだろう。敢えて、直接表現してこないのが二人らしい。気遣いの出来る男達だ。パクパクとオムライスを口へ運びながら、元クラスメイト達は本当に優しいと、うんうん頷いた。しかし、引っかかることが一点。
「大変ってどういう意味だ、コラ」
「ヒャハハ、そのまんまの意味」
「そういう事なら私だって大変なんだからね!世話のかかる倉持と一緒にいるのってそりゃあもう大変なんだから!あーあ、大変だ!私にもっと感謝して欲しい!」
「世話がかかんのはどっちだよ!大変なのは俺だ!つーことで、それ寄こせ」
「はっ!?カツアゲ…!?カツアゲだ!!こんなとこでカツアゲしてきた、みんなぁぁ!」
「うるせ!」
「うぐっ…」
それ、と目で指したのはオムライス。元々、ハンバーグとオムライスのどちらかで迷っていた倉持は手に入れることが出来なかった方の食べ物を寄こせと強請ってくる。周りに助けを求めるため声を張ったら片手で両頬を掴まれた。暴力反対!と言いたいけれど、頬を掴まれているせいで口が回らない。ちゃんと言葉にならない。なんて横暴なヤツだ。
「うあわなきゃとりゃあっ!」
「あぁ?なんつってるか分かんねー」
ヒャハハ、と変な笑い声を上げながらグイッと顔を近づけ見下すように顎を上げるこの男に腹が立ち、口元にある手を噛んでやった。
「!?…てめっ」
そして、頭突きだ。
「いッ…!」
「ハッハッハ!油断したな、倉持。腕なまったんじゃない?」
そう言いながら仕方なくスプーンでオムライスを掬い、額を押え痛みに耐えてる男に渡す。
「はい」
「……」
しかし、スプーンに乗っている量では納得いかなかったらしい元ヤンは手渡されたそれを見て己の表情を消した。この絶妙な量取るの大変だったんだけど。ご飯一粒取るの意外と大変なんだよ?スプーン上にポツンとある赤色の一粒のご飯を眺め、ふう…と息を吐いた。
「仕方ないなあ、もう。はい、どうぞ」
「……」
「ほらね、私の方が世話してるでしょう?大変でしょう?やれやれ」
今度はいっぱいに掬って渡した。うぜえ、と文句を吐きながら食す倉持に、そんなこと言うなら二度とあげねえぞと内心思い、お礼と共に渡されたスプーンを手に握る。それから自身のハンバーグを箸で摘み、食べようとするヤツの口直前で今度は私がそれを奪うようにパクリと食べた。すぐ横にある倉持の瞳を下から睨みつけ、フフンと笑う。
「人の食べ物を奪うってなんて最高なんだ!」
「最悪だな」
「ハンバーグも美味しいね〜。今日の夕飯、ハンバーグにしようかなあ。どう、かな?白州くん」
「え?……ああ、いいんじゃないか」
倉持の方へ傾けていた上体を元の位置に戻し、体をゆさゆさ…くねくねしながら白州くんへ視線を控えめに向けて聞いてみる。彼は最初気の抜けた声を出すが直ぐにいつも通りの顔つきで返答をしてくれた。なんか、夫婦みたいな会話じゃなかった…?やだ、照れる。
でもいつもと反応が違う。って不思議に思ったけど次の御幸くんの言葉でその謎が解けた。
「コイツらの距離感いちいち気にしてたら疲れるだけだぜ」
「……そうか」
「付き合ってるわけじゃねーのに泊まりに行ってるみたいだし?付き合ってるわけじゃねーのに」
しつこく二回同じことを繰り返す御幸くんにムッとする。そんな彼の言葉にノリは噎せていた。頬張っていたご飯が口から出るのを必死に抑えている姿がなんとも可愛らしい。アア、エンジェル。
「泊まりに行ってるってなんで御幸くんが知ってんの?」
「だってさっき話してたじゃん」
ん?話した??話したっけ??横を向き倉持に視線で問いかけると、俺ん家に避難するっつったことだろと返された。それでか。ていうか、
「付き合ってないと泊まりに行っちゃダメなわけ!?」
「いや、別に?」
ぽけっとした顔で言われ、再び苛立ちが再浮上。だって二人きりじゃないし、洋ちゃん母もおじいちゃんもソラだっているし。夜二人きりってことはないから大丈夫だし。いやいや、倉持と二人きりで何か問題が起こるなんて、この男がソラより可愛くなることより有り得ないから。私がグリンピース好きになるより有り得ないことだから。
チッと心の中で舌打ちをしてから倉持を見れば、御幸くんの言葉にあまり気に止めていなく、バクバクご飯を口元へ運んでいた。これは、もう、言われ慣れてるな。去年のうちに相当野球部内でイジられたのだろうと同情する。でも元はと言えば、こいつのせいなのだ。私にも同情して欲しい。
そうしてやっと食事を終え、食堂を離れようとした時。
「あれ?木島だ」
懐かしの坊主頭を見つけた。おーい、と手を振りながら倉持の隣から離れそちらへ向かう。
「珍しいな、みょうじが食堂に来るの」
「お弁当忘れちゃってね〜。ねねっ、新曲聞いた?」
「ああ、その話をみょうじとしたかった」
木島とは去年同じクラスでオタ仲間。何のオタクかというと女性アイドルグループのだ。オタクと言っても彼ほど歴が長い訳でも深いわけでもない。そもそも木島から教えてもらってハマったわけで。たまたまアイドルのCDを白州くんに貸しているところに遭遇し、ジャケ写を見てつい漏れた「あ、かわいい」の一言がきっかけでそのアイドルを押され、力説され、落ちたのだ。
「木島の推しさん、ビジュ爆発してたね」
「いつも可愛いけど、最近は更に磨きがかかってる」
キャッキャ、キャッキャ盛り上がりながらもどんどんオタトークをしていると、ふいに視線を感じその方向へと目を向けた。すると、こちらをガン見している男子二人組が。……ん?……わたし?木島じゃなくて、こっち見てる??知り合いじゃない、よね?喧嘩売られるような事もしてないし。
「麻生達か」
頭に疑問符を浮かべていたら、木島が彼らのどちらかの名前を呼んだ。やっぱり私を見てたわけじゃなかったのか。木島だったんだ。危うく知ったかぶりをして、やあ!とか声をかけるところだった。ふう…、危ない危ない。
どちらがその麻生?くんか分からないが、背の低い方の彼がもう片方の人に話しかけてこちらに近寄ってくる。木島に用事かな?そう思い、この場から離れようと一言声をかけて歩き出そうとするも、何故か背の高い方の彼は私をじぃっと見つめている気がする。え、なに??喧嘩しようとしてる??でも彼とは接点ないし。そんなことを考えている内に二人との距離は徐々に縮まっていく。
「なんか用か」
「……」
木島も訝しげに背の高い彼に問い掛けるが、答えは返ってこない。代わりに隣にいる柔らかな雰囲気を纏っている男子が答えてくれた。
「麻生がみょうじさんと話してみたいって。な?」
「みょうじと?」
私…?つい木島と同じ反応をしてしまった。喧嘩じゃなかったか。良かった。
「俺は関。よろしくな!こいつは…」
「麻生尊だ。転校してきてまだ分からないことが多いだろうから、困ったことがあったら頼ってくれ」
ギラリとした眼差しでそう言われ、目をぱちくりさせてしまう。関わりがないのにどうしてそう言ってくれるのか不思議に思ったけど、好意は有難く受け取っておく。それに、なんかこの人面白そうだ。
「みょうじなまえです。二人ともよろしくね。困った時は頼らせてもらう。ありがとう」
二人とも雰囲気的に野球部なのだろう。ここの野球部は面白い人達ばかりだ。倉持の話を聞いていた限り、野球に必死な人ばかり。部員のほとんどは野球をするためにこの学校に入学してきたらしい。その中でも他県からくる人はたくさんいる。親元を離れて、野球漬けの毎日を送るって私じゃ想像もつかない世界。熱中するものがあり、目標があり、覚悟がある人はどこか周りと違って見えるし、尊敬する。
数分前。みょうじが木島の元へ駆け寄る背後で倉持は口を開いた。
「野球部と仲良いな」
確か木島は白州達と去年同じクラスだったからみょうじともクラスメイトになるんだろうが、中学時代は基本的自分と一緒にいるイメージがあった倉持は少し違和感を持った。一緒にいたと言っても、ずっと倉持と共にいたわけではない。みょうじは女子と。倉持だって仲間達といる時ももちろんある。でも、二人が腐れ縁になってからは自然と他の人より一緒にいる機会は増えていた。
「なんだ、やなの?」
「ちげーよ!」
「木島が勧めたアイドルにみょうじがハマったみたいで、それからは結構そういう話をしてるらしいよ」
ニヤケ面で放たれた御幸の言葉にキレる倉持に川上がフォローを入れる。それを聞いて、アイツ結構影響受けやすいからな、とみょうじを見つめながら言う倉持の目はどこか穏やかで。周りにいる三人はそれを見て各々驚いていた。
「あ。麻生」
みょうじ達の方へ近づく麻生らに気付いた彼らは昨日の新情報を知っているからか興味を示しながら見つめていた。最初に気付き、麻生の名前を呟いた御幸も意外にも若干興味を抱いている様子。
そんなに遠くない場所にいる麻生達の会話は聞き耳を立てなくても届いてくる。全員が、カッコつけたなと同じことを思い、御幸、白州、川上は倉持の方へとチラリと盗み見る。
付き合ってない、好きじゃない、と言ってはいるが、内心どう思っているのかまだ分からない。もし少しでも特別な感情があるのなら、「モロタイプ」と言っていた麻生のことを意識したくなくても自然と気にしてしまうものだろう。もしかしたら、倉持の表情でみょうじに対する気持ちを読み取れるかもしれないと三人は考えた。
しかし、読み取ることは三人には出来なかった。何故なら、倉持の表情は温かく、柔らかなものだったから。何を思ってこんな表情になるのか。彼ら、野球バカの球児達には理解不能だった。それは倉持本人も理解していない。自分がこんな顔をしていると思っていないからだ。
ただ、木島、麻生達と話すみょうじの姿はどこか嬉しそうで、楽しそうだったから。この学校で楽しめているのならそれで良い、と素直に安心したんだ。