09
最近、変な噂が流れているらしい。最初は気づかなかったが、色んな人から見られているような気がする。それを同じクラスの子に聞いてみたら教えてくれた。その噂というのは……。

「みょうじなまえ先輩ですよね?少し聞きたいことが……」

また、だ。

「……はい」
「あのっ爆豪先輩とお付き合いしているというのは本当ですか?!」
「つ、付き合ってません……。本当に」

爆豪くんと私が付き合っているという噂だ。

何故こんなことになっているのか、それはおそらく体育祭の時。色々と近くにいることが多かったのと誰が見ていたかは知らないが、ラーメン屋から二人で出てくるのを見られていたらしい。私はというと、この噂が彼の耳に入っていないか怖くて仕方がない。

爆豪くんは目立つし、ごく一部の人にモテる。それは主に下級生から。同級生にはほぼいない。彼のことを知れば知るほど、好きになるなんてあり得ない、と皆が口を揃えて言うのだ。
そして、彼のあの性格からか告白はされない。というか、出来ないらしい。まず呼び出しに素直に応じない。そのため自分に好意を向けている人がいることに、本人は気付いていない可能性も。故に、彼への想いを心に秘めている人も多々いるとか、いないとか。これは全て副委員長情報。

そもそも爆豪勝己という人間が女子と一緒にいること自体あり得ないこと、らしい。

「でも最近ほんと仲良いよね〜二人」
「そ、そんなことないよ!とんでもない!!」

移動教室から帰ってくる途中、副委員長とその噂について話をする。

「爆豪くんとご飯行ったのは本当なんでしょう?」
「あれはたまたま会っただけで……。それに、私が強引に」
「強引に?……それにリレーの時もさ、バトン受け取る瞬間、爆豪くん後ろ振り向かないで走ってたじゃん?ずっともらう時、振り返ってたのに!みょうじちゃんが休んだ日も本当は私が家に行こうと思ってたんだけど、自分からプリント届けるって言われてびっくりしたもん!」
「あっ、そうだったんだ」
「うん、みょうじちゃん倒れちゃったの自分のせいかもって思ったのかもね」

いや、それはないと思う。……うん。でも、確かにリレーの時は後ろを振り返らないでくれて、なんだかあの瞬間だけ信用してくれてるみたいで嬉しかったな。今までで一番スムーズに出来たと思うし。

けど、取り敢えずは噂にもなっているし、爆豪くんには近寄らないでおこう。








そして、昼休み。爆豪は友達の一人、黒髪の男と話をしていた。

「そういえば、勝己ってみょうじさんとの噂知ってんの?」
「あ?ンだそりゃ」

最近何かと接点があるみょうじの名前に反応してしまう爆豪。男はあの爆豪が女の名前を覚えていることに対して驚いたのと、聞いても大丈夫なのかという不安から言葉が詰まった。

「勝己とみょうじさんが付き合ってるっていう噂だけど」
「ハッ、くだらねぇ」

けれど気になってしまったものは仕方がない。迷いながらも口に出すと返ってきた一切疑う余地の無い答えに、やっぱただの噂か、とちょっとだけ残念そうに男は納得した。







みょうじなまえという名前は昔から知っていた。

なんでも齢四歳にしてオールマイト並の個性を持っているんだとか。オールマイトを超えトップヒーローになるため、その個性を持っている奴に完全勝利し、俺が一番という事を証明しようと思っていた。

しかし、その考えは本人を見た瞬間、消え去ることとなる。初めて見たのは小一の時。数人でヒーローごっこをした後、そいつの学校付近に行った時、偶然見かけた。周りに言われるまで気づかなかった。何故なら、あまりにも弱く見えたから。そいつはランドセルの紐を両手で握りしめ、下を向きノロノロと歩いていた。女ということは知っていたが、歩くその姿がひ弱で非力に見え、本当にオールマイト並の個性があるとはとてもじゃないが思えなかった。戦うまでもねぇ、と。

それから数ヶ月後、公園で二度目。全身びしょ濡れで同級生らしき男数人と対面していたかと思いきや、そこに庇う様に敵顔の男がやって来て男達を追い払っていた。そして。二人になった途端、女は泣きじゃくる。その姿に強力な個性を持っているというのは、ただの噂なんじゃねぇかと思った。

次に見かけたのは小五の時。特売日か、詰め放題だったかでババアにスーパーの買い物に付き合わされた日。その女は両手にパンパンのビニール袋を持って歩いていた。いつも一人。見かける度、自信無さ気に下を俯き歩いているそいつが何故かこの日だけは何の感情も無い、まるで死人の目をしていた。

そして、中学。またぼっちかと思いきや、そいつは数人の女と一緒にいた。周りに気を遣い、ぎこちない面に理由もなく苛立ったのを覚えている。またある時、放課後一人で雑用をし、終わると急いで帰る姿を見て虫唾が走った。それをやる担当は遊びに行くとかどうとか言ってたクソな情報を耳に入れていたからだ。

中二で同じクラス。前後席になった時。今まで以上に苛ついた。配布物を回すだけでビクビクし、少し声を上げるだけで後ろでビクビクし、終いには立ち上がるだけでビビる。そのくせ、意味わかんねぇことをペラペラと。クソ舐めてンのかと苛ついた。


みょうじなまえと付き合っている、という噂から爆豪は無意識にみょうじのことを思い出し、眉間の皺が何倍も増えた。





そして、放課後。帰宅しようと下駄箱に来た爆豪だったが、忘れ物をしたのを思い出して、一度舌打ちをしてから乱暴にシューズを投げて履き直した。

教室へ向かう途中、女二人組が嫌な話をしているのを聞いてしまった。教室に行くと予想通り机の上で作業をしている生徒が一人。無視しようにもそいつは自分の後ろの席のため、嫌でも視界に入る。さっさと忘れ物を取って帰ろうとした時、痺れを切らした。

「それ、てめェの仕事じゃねぇだろ」

なまえがやっているのは夏休みの宿題らしきものを数枚まとめてホチキスで留める作業。彼女はその科目の係でもないし、今日は日直でもない。先程の聞いてしまった嫌な話というのは「今から遊びに行く」「なまえが代わってくれた」というもの。

なまえはまさか爆豪から話しかけられるとは思っていなかったのか、一度肩をビクつかせてから答えた。

「……たまたま、頼まれた子が用事あるって言ってて、代わりに」

特に今日は何もないし、と言う彼女に爆豪は顔を顰める。彼女は彼女で爆豪が不機嫌になっていくのを感じ、理由も分からず怯える。

「その用事、遊びだぞ」
「そ、そうなんだ」
「あ゙ァ!?」
「ヒッ……え、あの。ご、ごめ……ど、どうしたの?」
「どうしたの、じゃねぇぇ!!!嘘ついててめェに雑用押し付けてんのがわかんねぇンか!」
「……え、え?あっ、大丈夫!今日遊ぶ約束とかしてないから!」
「そう言う問題じゃねぇ!!」

そう言って爆豪は使われていない方のホチキスを手に取った。

「5分で終わらせる」
「え、……手伝って、くれるの?」
「あ!?文句あんのかコラァ!!」
「ないですないです!!……あの、ありがとう。」

ケッと吐く爆豪に思わず「5分で終わるかなぁ」と口を滑らしてしまったなまえにキレるまであと3秒。




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