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「お、おはよう、爆豪くん。昨日はありがとうね」
「……」

次の日の朝。爆豪くんと偶然昇降口で会い、昨日のお礼をする。それに返事はなく、ただこちらに視線だけを向け、彼はそのままクラスの方へ歩いて行ってしまった。

やっぱり、怒っているのかな…。昨日終わった後、爆豪くんに「断らねェから何度も頼まれんだ」「舐められてる」と言われた。そう言われたのに対し、「私は頼まれてもいい」「私が変わってその子が喜ぶならいいかな」と良い子ぶってしまった。本当は断れないっていうのもあるんだけど。でも、ああいう仕事は別に嫌いじゃないし、喜んでもらえるとやりがいがある、というか。

それを聞いた爆豪くんは、まるで苦虫でも噛み潰したような顔になっていた。






 


「夏休みに入る前に席替えをしようと思います」

六時間目。突然の先生の提案にクラスメイトは歓喜の声を上げる。私もあの噂のことがあるから内心ほっとする。昨日も二人で放課後残っていたから、そういうのもこれから気をつけないとと思った。

悶々と頭の中で考えながら、席替えのくじを引く。手に取った番号の席は廊下側の一番後ろ。自分の机と椅子を新しい場所へ移動させたと同時に、隣からガタッと荒い音が聞こえてきた。

「……え、」
「あ?」
「…………」
「……チッ」

……うわあ。

隣を見るとそこには爆豪くんが。今度は隣の席のよう。隣って、日直は一緒にやるし、他にも音読、小テストの採点など関わりがたくさんある。
教科書を忘れた時なんかは隣の人に見せてもらうしかない。私は他のクラスに借りられるような友達がいないから特に。そのため忘れ物は絶対にしないよう心掛けているから大丈夫だとは思うけど。

チラッと隣に座っている彼に目を向けると、私を見るなり機嫌が悪くなっているような気がした。
喋らなかった頃に比べれば少し慣れたと思うけれど、苦手意識はまだ残っているし、近くにいるだけで心臓の音が速い。これから、大丈夫かな……。








不安を抱きながらも数日が経ち、今日は終業式。

ここ数日で爆豪くんの新たな一面を見つけた。
まず、頭が良い。小テストは基本、隣の人と交換をして採点を行うのだが、今のところ彼の用紙にバツを付けたことはない。復習テストは勿論満点だけど、予習をしていないと出来ないテストでも満点。休み時間に予習をしている素振りはないから、家でやってきているのだろうと予想し、その意外な真面目さに驚いた。

そして、几帳面。A型なのだろうか。そう感じた理由は、赤ペンのインクを切らしてしまい青ペンで丸をつけていいかを確認したら、こちらを睨んだ後自分の赤ペンを貸してくれた。他にも、ノートの取り方が凄く綺麗で見やすかったり。これは前の席の時から思っていたことだけど、授業中に寝ている姿を見たことがない。

一番驚いたのは、音読が凄く聞きやすい。普段大きな声を出してるイメージがあったから、ずっと同じ声量でスラスラ読むことに変な感じがした。あとは、魚の食べ方が綺麗だとか、色々とギャップに驚いた。

それに、隣の席だからといって話す機会が増えた訳でもない。体育祭があったからか前の席の方が話していたような気がする。とにかく、終業式も終え、明日から夏休み。何事もなく終わったことに安堵し、帰る準備をしていたらコトンと机から物が落ちた。

「これ、爆豪くんのだ…」

爆豪くんの赤ペン。や、やってしまった。返すの忘れてた。

今日渡さないと次会うのは夏休み明けの始業式。爆豪くんは少し前に教室を出たばかりだから走っていけば間に合うかもしれない。そう思い、自分の荷物を持ち走った。……これ、怒られるかな。

少し走って昇降口を出てすぐ。ツンツン頭が見えた。

「爆豪くん!!」

早く返さなきゃという焦りから周りを見ないで大きな声を出してしまった。運良く人はあまりいなく目立つことはなかったが、少し後ろを振り返っている爆豪くんは誰かと話をしていたようで。相手は女の子。この前、私に噂のことを聞いてきた後輩の子。二人が話してることに気付いたのは爆豪くんのすぐそばに近づいてから。

「ご、ごめんなさい。お話中に……」

空気が読めないことに私は今、二人の間にいる。雰囲気も普通ではなかったから、話し終えてから離れようとしたがそれは叶わなかった。何故なら、爆豪くんが私の腕をガシッと思い切り掴んだからだ。

「こいつと行く」
「え……」
「……え?」

……どこに?後輩の女の子も有り得ないとでも言いたそうな顔をしていた。爆豪くんはそれを無視し、女の子の横を通り過ぎる。


あっ、ペン返さなきゃ……!

「つーかもう二度と話しかけて来ンな。俺を見ンな。うぜェから」
「ヒッ……」

首だけ振り返り、真顔で掌を数発爆破させる爆豪くん。私の後ろに後輩の子がいたから自分に向けられているように感じ、恐怖で声が出た。いや、もしかしたら私に言ったのかもしれない。……と、とりあえず、これだけ返しに。

歩き出した背中に、いつも以上に心臓の音が速くなりながら、必死に声をかけた。

「これ!ごめんなさい」

歩く爆豪くんの隣に行って、ペンを両手で持ち頭を下げながら渡した。

「てめェが持ってたンかよ」

あ、あれ?……普通だ。怒ってない?

「ごめんなさい…。あ、のさ、さっき言ってた行くってどこにいくの、かな?」

今日はスーパー寄って行きたいし、出来れば違う日のほうがいいなぁと考えていれば、爆豪くんが思いきりこっちを睨んだ。うわ、怖い。

ああ、そうか。その表情を見て理解する。女の子に何か誘われてて断る理由でああ言ったのだろう。そんなことも気が付かないで、また私は余計なことを。
それにしても意外だった。爆豪くんなら普通に断りそうなのに。何回も誘われたのかな。

「別に」
「そ、そっか。………あああ!駄目!!」
「は?」
「誤解!誤解しちゃったよあの子!それに、爆豪くんと私が付き合ってるっていう噂もあるし………あっ」
「………」

う、うわあああああ。間違えた、口滑らせちゃった。爆豪くんにだけはバレちゃ駄目だと思ってたのに!!

「あのっ、あの、最近変わった噂が流れててね!聞かれた人には違うって言ってるんだけど!!ご、ごめんね!だから、なるべく近寄らないようにす「ぁあ゙!?」……」

ひぃぃ……お、怒ってる……!やっぱり怒ってる!!噂のこと言ってしまった自分に後悔する。

「ンでこっちが合わせなきゃいけねェンだよ!!てめェのそういうとこ腹立つなァ!」

……え?そ、そこ?

「爆豪くんは嫌じゃないの?」
「クッソくだらねぇ!!」
「……そっか」

意外な答えに拍子抜けしてしまう。あまり気にしていないようで良かった。夏休み明けには皆忘れてくれてて欲しいな、と心の中でお祈りした。




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