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夏休みが始まって数日。

あまりの暑さに身体中、保冷剤を当てて床に転がっていた。
人より暑さが弱い私がどうしてエアコンも扇風機もつけていないのかというと、どちらも壊れたからだ。よりによって二つ同時に壊れるって……。確かにずっと前から使ってはいたけども。今年一番の猛暑の日に壊れなくてもいいじゃないか。

もう少し経ったら図書館へ行こう。あそこだったら冷房効いてるし、静かで宿題も出来る。一石二鳥だ。ここから遠くないし、実は節約のために前から頻繁に利用させてもらっている。

そうこう考えていたら家のチャイムが鳴った。玄関のドアを開ければ、可愛らしい小柄な女の子の姿が。

「わあ、来てくれたの?」
「うん!なまえちゃん遊びに来た!」

この子は四年前に近所に引っ越してきた小学四年生のおとちゃん。少女漫画が大好きな何事にも物怖じしない積極的な性格。そして、元気いっぱいで自然と周りを明るくさせるような子。そんな乙ちゃんは私と仲良くしてくれて、よくこうやって遊びに来てくれる。

「せっかく来てくれたんだけどエアコン壊れちゃってて、家の中凄く暑いの」
「ちょうど良かった!!プール行こ!プール!!」
「……え、プール?」

突然の提案に驚く私を他所に乙ちゃんは透明のバッグをあさって、紙切れを勢いよく出した。よく見ると持っているバッグはプール用のもので。

「これね、パパが貰ってきたんだ!最近できたところの無料券!!」

だからなまえちゃん一緒に行こっ!と言う乙ちゃんは眩しいくらいキラキラな笑顔を作る。けれど、

「私でいいの??」
「なまえちゃんがいいの!!」











「なんでパーカー着ちゃったの〜」
「だって、これ……恥ずかしい」

言われるまま用意をしてプール場に来てしまった。

何が恥ずかしいかというと私が着ている水着。ここはメインが屋内のため、学校で使っている肌を露出させないウエットスーツのようなものじゃなくていい。だけど、これしか水着は持っていないからそれを持って行こうとしたら乙ちゃんに怒られてしまった。屋内で肌出していいなら出しなさいっ!と。

因みに、乙ちゃんのお母さんはデザイナーだ。私用に水着を頂いたのだが、それがビキニ。オフシャルが付いているから普通のお洋服みたいなんだけど、お腹は出している。そこが恥ずかしい。普段肌を一切出さない私からすると腕や足すら緊張してしまう。だから、少しの間だけパーカーを着ているのだ。

「乙ちゃんのワンピースタイプの水着可愛いね」
「そうなの!!ママの新作!後ろもねクロスしてて可愛いんだよ〜」
「ほんとだ!」

そう言ってクルクルと回りながら歩いていく。人が多くなってきたから前向いて歩こうと言おうとした時、トンッと男の人の背中に当たった。

「わっ」
「す、すみません!……乙ちゃん大丈夫?」
「うん。ぶつかってごめんなさい」
「ああ、俺は大丈夫。………あれ?みょうじさん?」
「え?……あ」

咄嗟に当たってしまった男の人に謝罪をするが、振り向いたその顔には見覚えがあった。爆豪くんとよく一緒にいる友達。どうやら三人で来ているようで、後ろには爆豪くんもいる。

「みょうじさんいるよ」

後ろを向いて私がいることを爆豪くんに伝える友達。え……、何で爆豪くんに言う!?

「あ?ンでこっち見んだよ。どーでもいいわ」

そ、そうなるよね。でも意外。こういう所にあまり来ないイメージがあったから。

「その子、妹?」
「え?あ……い、妹じゃなくて、お友達」
「あ、そうなんだ」
「はい……」

ぎこちない返事しか出来ない自分が嫌になる。相手はそれ程気にしている様子はなく「じゃ」とだけ言って去って行った。き、緊張したぁぁ。話しかけられるとは思っていなかったから。

「なまえちゃんのお友達?」
「ど、うなんだろ?同じ学校の人、かな?」
「そうなんだ!びっくりした!あんな柄悪そうなヤンキーとお友達かと思ったよ〜」
「あはは……」




それから数時間。思う存分遊び尽くし、帰る支度をしようと更衣室へ向かう途中でタオルがないことに気づいた。さっき荷物を置いてた場所に忘れてきちゃったかもしれない。

「乙ちゃん、私タオル置いてきちゃったから取りに行ってきてもいい?先行ってて?」
「うん!わかった!」

予想通りタオルはその場所にあって、急いで戻る。
もう更衣室で着替えているかなと思って早歩きをしたが、乙ちゃんはさっき私と一緒にいた所にいて、その前には体格の良い男の人が二人。片方の人は怒っているようで、怖い顔をして乙ちゃんの方へ手を伸ばしていた。

「あの。この子に何か」
「あ……、なまえちゃん」

乙ちゃんを庇うように二人の間に入る。本当はこういうの怖くて逃げたいけど、乙ちゃんがいるからそうも言ってられない。
身長の高いその人達は上から私達を見下ろすから威圧感が凄い。小さい頃を思い出して、少し体が震える。

「あー君その子のお姉さん?俺、今その子に酷いこと言われたのよ。心ズタボロなのよ。わかる?だからさ、………一発殴らせてくんない」
「……」

代わりにお姉さんでもいいよと私の手首を掴む男の人。隣にいるもう一人は「完全に八つ当たりだよな〜」とか言いながら汚く笑う。……怖い。どうしよう。

個性を使うわけにはいかないし、上手な避け方が分からない。丁度、ここは監視員さんの死角になっていて、周りに人もいない。と思っていたら、見慣れた頭が通り過ぎた。爆豪くんだ。友達は一緒にいないみたいで一人。視線を向ければ私達に気づいたのか、じっとこちらを見つめた後、眉を顰めそのままスタスタとどこかへ歩いて行った。

……そうだ。爆豪くんみたいに。怖い顔をすれば、睨めばいい、そう思い実践をしたのだが、相手は癇に障ったようでますます腕を掴む力が強くなった。

「なまえちゃんを離してよ!!」

なかなか離してくれないその人に乙ちゃんは声を荒らげ、私から相手の手を剥がそうとする。男の人はそれを一度睨み、掴んでいない方の手で乙ちゃんを殴ろうとしたのを止めた。個性を使って。まさか止められるとは思っていなかったのか、目を見開いた後すぐにニヤリと怪しく笑う。
 
「ほォ…もしかしてあんたもパワー系の個性?」

……も?

「……いっ!」
「俺の個性、握力なんだよ。人の何倍もの力を出せる。先にそっちが個性使ったんだから仕方ないよなぁ」

強い力で握られ、これは折れるだろうなぁとあまりの痛さと怖さに他人事の様になっていた。すると、そこで聞き慣れた声が耳に届いてくる。

「おい」
「……誰、お前」
「個性使ってるっつーことはてめェ敵だなァ。敵っつーことはぶっ飛ばしてもいいンだよなァ!!」
「は?誰が、」
 
 え、なになに? 喧嘩? いや、さっき敵って言ってなかった? ヒーロー呼んだ方がいいんじゃね。 とりあえず逃げよ。 監視員は? そっち見なちゃダメよ。

爆豪くんの声が大きかったらしく、周りに人が集まってきて敵だ、喧嘩だと騒ぎ立つ。それに焦った男は舌打ちをし何処かへ逃げていき、周りもその様子を見てただ揉めていただけなんだと散っていく。

よ、良かった……。

「乙ちゃん大丈夫?何もされなかった?」
「私は大丈夫。でも、なまえちゃん……手が」
「大丈夫だよ。見た目より痛くないから」

握られた手首は変色して腫れている。骨に異常はないと思う。見た目ほど大したことはない。乙ちゃんが何もされていなくて良かった。爆豪くんにもお礼をしないと。

「爆豪くん、ありが……んっ!?」
「てめェのこれは飾りか?あ゙ァ!?」

片手で私の頬をがしりと掴み、恐ろしい顔で怒鳴る爆豪くん。彼の言っている事がよくわからない。飾りってなに?……口?私がちゃんと言い返せなかったから?考え込んで黙っていると、それに痺れを切らした彼は続ける。

「助けが欲しいならそう言えや!!」

予想もしていなかった返答に口をぽかんと開けてしまう。

「………助けに、来てくれたの…?」
「ッちっげェェェ!!てめェがグズグズしてウゼェからだろーが!!」
「そ、そっか。……ありがとう」
「……チッ」

舌打ちをした後、彼は納得いかない顔をして「俺がクソビビり女のことなんざ助けるわけねーだろうが。勘違いすんじゃねェぞ!!クソが」とまた大きな声で吐き捨ててからここから去って行った。


「………ツンデレヤンキーだ」
「え?……ツンデレ?」

まるで不良のように歩く背中を眺めながら乙ちゃんはそんなことを口にする。少女漫画の王道ね、と言う乙ちゃんの言葉に首を傾げた。


あとから聞いた話によると、乙ちゃんはナンパに失敗して苛立ってた男の人達がゴミをぶん投げているところを見つけて注意した、とか。注意出来るその行動が凄いと年下の子へ尊敬の眼差しを向けた。




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