13
17時50分、公園前。
「…張り切りすぎてるよなぁ」
何がというと、私の格好だ。浴衣を着て髪をくくっている。全て乙ちゃんのお母さんがしてくれた。浴衣を貸してくれたのも髪をアレンジしてくれたのも。
爆豪くんと約束した帰り道、乙ちゃんに会い話の流れで彼とお祭りに行くと言ったら、今まで見たこともないくらい目を輝かせ「おしゃれをしていかなくちゃ!」と言われ、こうなった。
乙ちゃんの少女漫画好きは母譲りらしく、凄く張り切ってくれた。乙ちゃんのお母さんには、沢山の物を貰ったり借りたりする。嬉しいけど申し訳ないと断ることが多々あるけど、その度に着た・使った感想を教えてくれればいいと言ってくれる。今回はお祭りでのお話がレンタル料らしい。そんな乙ちゃん達が喜ぶようなお話は出来ないと思うんだけど、大丈夫かなぁ。
そんなことを考えていたら爆豪くんが到着したらしく、私の前に立ち止まりしばらくこちらをじっと見つめてくる。
「………」
「ちょ、ちょっと張り切りすぎちゃって」
「張り切ってんじゃねぇ!!」
「ご、ごめん」
さっさと食って帰る、と言って歩き出した爆豪くんのあとをついて行った。
「…うわあ、お祭りだ」
沢山の人とズラっと並ぶ屋台の光景に思わず当たり前のことを言ってしまう私に爆豪くんは怪訝な顔をし、その後焼きそばの出店へと向かっていった。そこで二人分を買い、続けてたこ焼き、お好み焼き、ベビーカステラ、わたあめなど手当たり次第に回っていく。全て二人分。
「爆豪くんもわたあめ食べるんだね」
意外だ、と口にした瞬間、勢いよく振り向かれた。わ、びっくり。
「ンなクソ甘ェもん食えるか」
「そ、そうなの?でも、これ、二人分」
あ、もしかして家族の人に。納得。
「てめェの分だ、クソカス!!」
クソ?……カス?あれ。今、私の分って言った?
「私の分……」
「そんくれー余裕で食えんだろ、大食い女」
「食べられる、けど」
「けどォ?いらねェなら返せ!!」
「いる、いります!」
他の買ったものも私にくれるみたいで、爆豪くんは本当に激辛ラーメンにしか興味がないらしい。
「先に、ラーメンいく?」
「あ?どうせ全部回ンだろ。戻るなんてクソ面倒くせェ事するか。さっさと食って帰る」
それってつまりラーメン屋だけじゃなくて、一緒に回ってくれるってこと?「さっさと」って全部回るから早く行こうってこと?
「なんだ、文句あンのか!?」
「ううん」
なんだろ、凄い。すごく……
「嬉しい」
嬉しくてついニヤけてしまった。そんな私を見て、爆豪くんは目を少し大きくさせてからケッと渋い顔で吐き捨てた。
その後も、その場で食べれるような物は食べて、持ち帰れる物は袋に入れてもらった。といっても冷めたり持ちきれなかったりで途中食べたりして、手元にはそんなに残ってない。
広島のお好み焼きを初めて食べたのだけれど、その時あまりの美味しさにテンションが上がり、「美味しい!爆豪くんも食べてみて!」と俗に言うあーんみたいなことをやってしまい、彼は眉を顰めるた後「自分で食えるわ!!!」と私から割り箸を奪って口に入れた。
爆豪くんは激辛ラーメンがあるから、そんなに量は食べなくて、ほとんど私が食べてしまった。二人分買ったのも私にくれると言ってくれたり、買った物も持ってくれて、浴衣で普段より歩くのが遅い私に合わせてくれたりといつもと違う彼に戸惑った。
隣を歩くわけではなく少し前を歩いてはいるが、私が離れない程度には歩幅を合わせてくれている。
「……あ」
そこで、ふと目に入った射的屋の景品に無意識に声が出た。あれ、欲しいなあ。
声に気付いたのか爆豪くんは私の視線の先を辿り、何も言わず射的屋に向かったと思いきやポケットからお財布を出す。そして何発か打ち景品を貰い、こちらに乱暴に渡された。
「え?く、くれるの」
黙って歩き出す彼にこれは貰っていいのだと理解する。渡してくれたのは、少し大きめなパンダのぬいぐるみ。上位の景品を簡単にとってしまうなんて、なんでもできるなぁと尊敬する。
「ありがとう」
「勘違いすンじゃねェぞ。俺はタダ飯が嫌なだけだ!」
「う、うん」
タダ飯……。もしかして、それで今日はいつもと違うの?逆に気を遣わせてしまったかな。ぬいぐるみも私が欲しいと思って、取ってくれたのかもしれない。
でも私が見てたの隣にあった、しゃもじ。なんて口が裂けても言えない。
射的屋から少し歩いたところにラーメン屋の出店があった。列に並び激辛ラーメンと餃子を頼む。
「あれ?あんたら、あの時の」
中にいたのは店長さんで私達のことを覚えていてくれたらしい。嬉しそうに、またありがとなと言って渡してくれた。
「二人とも仲が良いなあ〜。青春だな!!」
「あ゙?!」
「……?」
店長さんの言っている意味が最初は分からなかったが、グッと親指を立てて「彼女大切にしろよ」なんて爆豪くんに言うのを見て、理解した。
そして、少し離れた人通りが少ない場所で爆豪くんは激辛を、私は餃子を食べる。
この限定も凄く辛そう。人よりも嗅覚が鋭いから辛さが鼻を通して伝わってくる。それを顔色一つ変えず、口の中にいれる爆豪くんは凄い。
「あン時より辛くねェ」
そうなんだ。確かに前の方が匂いがきつかったな、なんて思い出していると後ろから騒ぎ声が聞こえ振り向こうとした時、勢いよく何かが肩にぶつかった。
「邪魔だ!!!どけっ!!」
人だ。手にはバッグや巾着、お財布らしき物を持っている。その後に、「ひったくりーーー!!!」「敵だぁぁ!!」という言葉が聞こえてきたと同時に爆豪くんはニヤリと笑い、「俺の前に出てきて逃げれると思うなよ、クソ敵がァァァ!!」と叫びながら後を追いかけていく。
……あれ…?手に持ってたバッグがない。ハッと前を向いた時、頭に痛みが走った。
「っ!?」
……何これ。痛みが生じた先を見れば、アレンジしてもらった髪がほどけ、生き物のように動いていた。後ろを振り向くと他の人も私と同じようになっている。
あの敵の個性?時間が経つ毎に髪は更に動き、近くにあった鉄の棒に巻き絡まいた。
……痛い、……怖い。自分ではどうすることも出来ず、恐怖心が増すばかり。このままいけば髪が抜けるだけじゃなくて皮膚まで剥がれるんじゃ、と血の気が引いたが、一定の長さで引っ張られる感覚はなくなった。しかし、絡まっている髪は動いているわけで、借りていた簪がそれに巻き込まれているのが見てた。
このままじゃ、折れちゃう…!そう思って、指先に力を込め爪を伸ばし、勢いよく髪を切り落とした。
「よ、良かった…。何にもなってない」
地面に着く前に、簪を掴み取る。
「他の人は…!」
後ろにも何人か敵の個性にかかった人がいることを思い出し振り向と、やはり私と同じようになっている人達がいた。
髪切った方がいいのかな……?でも、ある程度の長さで止まっているし、その場を動かなければ怪我はしないかもしれない。髪が短い人もいるし、皆切られたくないだろうと頭の中でぐるぐると考えている内に髪の動きは止まった。ヒーローが敵を捕まえた?
そう思い、敵が消えた方を眺めていたら誰かがこちらに歩いてくるのが見てた。
「…爆豪くん?」
いつもより多めの汗を流す爆豪くんの姿。手には見覚えのあるバッグ。それ、私のだ。
「あ、ありがとう」
「礼言いたきゃヒーローに………なんだ、それ」
帰ってきた爆豪くんは少し不機嫌で、お礼を言うのに少し緊張した。ヒーローという言葉に、敵から取り返したのは彼ではないことが分かり、不機嫌な理由もなんとなく見当がつく。
そしてバッグを渡す時、戻ったきて初めて目が合い、彼の眉間の皺が更に増えた。「なんだ、それ」と言うのは、きっとこの髪のことだろう。綺麗にセットされた髪は絡まり爪で切り落としたため、長さはバラバラ。胸下まであった髪は胸上まで短くなってしまった。
「あの敵、髪を操る感じの個性だったから切っちゃって……」
そう言うと、爆豪くんは周りを見渡した。
「操るって言ってもある程度の長さで止まったから怪我人とかは出てないみたい」
周りを気にするような素振りを見せたから、てっきり他の人を心配したのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「なんで切った」
予想外の質問に一瞬固まる。周りの人達は髪を切っていないため、彼は疑問に思ったのだろう。
「この簪が巻き込まれて折れそうになっちゃったから…?」
普段深く突っ込んで聞いてこないから、返答はこれでいいのか分からなり、疑問系で返してしまった。簪が折れるから切った、というのに対し彼は、は?と口を開ける。
「あ、これね、借物で。だから壊さなくて良かった」
改めてホッとする私に、爆豪くんは意味がわからないとでも言いたそうな顔をした。
暫くして。騒ぎが収まり出店もほぼ全て回った私達は、他より先に帰ることにした。
この後、花火が上がるみたい。小さい頃、このお祭りには毎年来ていて、祖母と兄とたまに父と一緒に神社で見たのを思い出す。祭りの場所から少し離れたところにある小さな神社はあまり人が来なくて、けれど花火を見るには絶景の場なのだ。
今、私達がいるところからそう遠くない。爆豪くんの個性は花火と少し似ているな、と言う変な理由から一緒に見ないか誘ってみた。言って直ぐに断られるかと思ったけれど、二つ返事で見てくれることになり、誘っておきながら驚いてしまった。どうして??
少し歩いて石段を登り、着いた頃には花火は始まっていた。
「……うわあ、派手だ」
数年振りに見たこのお祭りの花火は、凄く派手になっていた。とても綺麗で、派手。
隣にいる爆豪くんは無言で眺めていて。少し経つとスマホを弄り出した。や、やっぱり興味なかったのかな…?でも彼だったら行きたくないなら、きっぱり断るはず。いろいろ考えても仕方がないと思い、私はまた花火を見ることに集中した。
「おい、そこ座れ」
「え?」
「そこ」
急に投げかけられた言葉に首を傾げる。そうさせた張本人は近くにあった木製のベンチをクイッと顎で指し、私は訳もわからず言われた通りベンチに腰を下ろした。
「触んぞ」
え、え?どこを?今までにないくらい混乱している私を他所に爆豪くんはバラバラの長さに切れた髪を手櫛でとかす。
「ゴム」
「は、はい」
今度は、後から伸びてきた手にゴムを差し出す。
「簪」
「……はい」
これは、どういう状況?私がベンチに座り、その後ろから爆豪くんが立って髪をアレンジしてくれて、いる??
「おら」
そう言って彼は隣に座り、花火を見た。髪を触ると綺麗にまとまっていて簪も刺さっている。凄い…。頭が追いつかなくて、爆豪くんの方をじっと見つめてしまった。
「うぜェ、見んな」
「ご、ごめん。……あの、ありがとう」
「てめェがウジウジしてっからだろ」
もしかして、私が髪を気にしてたの気づいてくれたの?切ったのは何とも思ってなかったけど、折角綺麗にアレンジしてくれた後ろめたさから、無意識のうちに何度か髪を触ってしまっていたかもしれない。
そっか。気にしてくれたんだ。
「……ありがとう。あの、妹とか、いるの?」
「いねェ」
「そ、そっか。すんなり出来てたから、誰かにやってたのかなって」
「やり方見れば出来んだろ。つーか、俺に出来ねェことはねェ」
え、じゃあさっきスマホを見てたのはやり方を調べてたってこと?驚き過ぎて、口をぽかーんと開けてしまう。
「じゃ、じゃあ、髪切るのも出来る…?」
「あ!?出来る訳ねェだろ!!」
突然大きな声を出されたため、ビクッと肩が跳ね上がる。さっき、俺に出来ないことはないって言ったから……。
「そういうのは、ちゃんとしたとこで切れよ」
「そ、そうだよね」
何言ってんだこいつ、みたいな顔で言われたから少し焦る。私はそういうところには行ったことがない。
祖母が亡くなる前は祖母に。実は、私には物心つく前からの幼なじみがいて、その後は幼なじみに切ってもらっている。祖母は資格を取るのが趣味みたいな人だったからいろんな免許をもっていて、その内の一つが美容師の資格。幼なじみは器用な人だから、祖母から色々教えてもらい、私の髪を切れるようになった。上手すぎて、資格を取れるんじゃないかってくらいには。
「自分で切ってンのか」
私が挙動不審に返したせいか爆豪くんは少し目を開いて聞いてくる。
「自分では切ってない切ってない!!」
「………」
「幼なじみがいるんだけど、その子にいつも切ってもらってて。あっ、そうだ!私達と同い年で男の子なんだけど、爆豪くんみたいに器用なんだよ!」
その幼なじみは県外に住んでいるため、会う回数は限られる。初めて同級生にその子のお話をしたから、いつもよりテンションが高くなってしまった。
そして、何故か彼は"幼なじみ"の言葉に眉をピクリと反応させる。
「………ゎ」
「…え?」
「切り殺したるわ!!!!」
切り、殺す???
突然吐かれた暴言のようなものに数回瞬きをする。
けれど、一つだけ理解出来たことがあった。
爆豪くんが髪を切ってくれるらしい。
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