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早くしなきゃ、急がないと間に合わない。

一昨日爆豪くんに髪を切ってくれる約束をして、今日。お昼前に私の家に彼は来る。お礼として、辛い食べ物が好きな彼に麻婆豆腐を作ろうと準備していたが、豆腐を買い忘れてしまった。豆腐がない麻婆豆腐って……あんまりじゃないか。
急いで近くのスーパーに行き豆腐を買い、走って家に向かっている。途中、買い忘れがないか不安になり走りながら袋の中を確認した時、勢いよく人とぶつかった。

「!?」
「わ!す、すすすみません!!前見てなくて!……大丈夫ですか?!」
「こ、こちらこそ、ごめんなさい。私も前見てなくて」

ぶつかったのは私と同じくらいの男の子。凄いあたふたしてる。

「あれ…?」

手に持ってたお財布がない。ぶつかった反動で何処かに飛んでいってしまったんだ。運悪く、周りには草や木、田んぼがいっぱい。キョロキョロと周りを見渡す私に男の子は心配そうに問いかけた。

「何か落としました、か?」

自分のせいだと思ったのか顔を青ざめる彼に慌てて答える。

「いえ!だ、大丈夫です」

うん。大丈夫。さっきまで手元にあったから近くにあると思う。

「……。ぼ、僕も探します!!どんなのを……?」
「あ、ありがとう、ございます。あの、財布を落としちゃって」
「財布!?ああ!!ごめんなさい」

見つけないと……とまた青ざめながら彼は必死に探し始めてくれる。結果、直ぐに見つけることができた。財布を見つけたのは男の子で、頭を深く下げ、謝りながら渡してくれた。

「わっ私も前見ていなかった、のでっ!ごめんなさい」
「いや僕が…!」

そう言って斜め下へ視線を向ける彼とは、さっきから目が合わない。凄く気を遣われているから、爆豪くんとは違う気を遣ってしまう。それより……

「時間、大丈夫ですか…?」

最初、男の子はとても急いでいるようだったから思わず聞いてしまった。

「え。……ああああああ!!時間!!今から行けばギリ間に合うかも。今日はオールマイトの新発売グッズが、他にもマイナーヒーローのグッズも出るんだったああああ早く行かなくちゃ。……みょうじさん、本当にごめんなさい!!」
「は、はい」

凄い勢いで何かを発した後、彼は走って行った。

……あれ?そういえば私、彼に名前教えた??
どうして知ってるんだろう。もしかして同じ学校の人だったのかな。でも同じクラスにはなったことないと思う。
そうだ、爆豪くんが知っているかもしれない。聞いてみよう。







「間に合った」

ふぅ…と一息ついたところでインターホンが鳴った。玄関を開けて、爆豪くんを家の中に入れる。靴を揃えて脱ぐ彼を見て、やっぱり爆豪くんは育ちがいいなぁ、なんて考えてしまう。そういえば、家に入ってもらうのは二回目だな。

台所をチラッと見る爆豪くんに、麻婆豆腐に気づいたと思って食べてくれるか聞いてみた。よくよく考えてみれば、これ断られたらどうしよう…。私食べれないし、辛めに作りすぎて父もいっぱいは食べられなさそう。
けれど、その心配は必要なかったみたいで、爆豪くんは食べると言ってくれた。


「お、お願いします」

そして、準備してあった椅子に座りビニール袋を上から被る。切ってもらう側なのに、少し緊張する。

「揃ってんな」
「うん。おばあちゃんが揃えてて」

揃っているとは、ハサミのことだ。って、そう思うということは、もしかして色々調べてくれたのかな…。爆豪くんって意外と、前々から思っていたけど、真面目なんだなあ。

「長さどうすんだ」
「え、っと……これくらいで、お願いします」

そう言って肩くらいに手を置く。それを見て短く返事をしてからハサミを持ち、切り始めた。

二人しかいない空間にハサミの切る音だけが静かに鳴る。

……眠くなってきた。

小さい頃から髪を触られると直ぐ眠くなっちゃうのだ。この前は混乱していたからそうはならなかったけど、爆豪くんは見かけには想像つかないほど優しく髪を触るから、余計に。……駄目、絶対寝ちゃ。そう思っているのに、意思とは反して私の瞼は重くなっていく。

「っ!!てッッめェェ……!!動くンじゃねェ!!!死にてェのか!!」
「ご、ごめん!!」

カクッと頭が落ちた瞬間、爆豪くんは私からハサミを遠ざけた。そして、額に左手を当て顔を固定させる。「次寝たらブッ刺す」と言われたので、眠気が吹っ飛んだ。

それから前髪も丁寧に切ってくれて、全て終わった後、彼は満足げに笑った。

「凄い…」

鏡で確認すると初めて切ったとは思えない程、綺麗に揃っていた。祖母と幼なじみとまた違う切り方に、人によって違うんだと改めて思う。幼なじみは自分の好きなようにやってくれるからなあ。爆豪くんは想像していた通りの仕上がりで、本当に何でも出来るだと感心する。


「…ど、どうぞ」

髪を切り終えたため、お昼の麻婆豆腐と他に作ったのも一緒に出す。味が心配で彼が食べるのを目の前で見つめる。当然食べた感想とかは言わなくて、だけど二口、三口とどんどん食べてくれるので、味は大丈夫だったかなとホッとする。

全て食べ終わり、食器を洗おうとした爆豪くんに自分がやるからいいと言ったものの、それを無視し私の分まで洗い物をしてくれた。そして、帰ろうと玄関の取っ手に手をかけた時、ボソッと言った。

「……後で麻婆のレシピ教えろや」
「え?あっ、うん。紙に書いて渡すね」

良かった。レシピ聞くってことは不味くはなかったんだよね。緊張の糸が解けたと同時に安堵の息を吐く。
それから、爆豪くんの姿が見えなくなるまで見送り、そこであることを思い出した。


さっきぶつかったヒーロー好きな緑髪の男の子のこと聞くの忘れた。




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