16
「ほら、みょうじちゃんだけよ。入ってないの」
「む、無理そうです」
文化祭当日。最終確認をするため、誰かがお化け屋敷の中に入らなくてはならない。私以外の全員、一回は入ったみたいで。上手く避けていたのだけれど、最後にきて入っていないことがバレた。
入らないと周りの空気が悪くなっちゃうかな。でも、怖すぎる。そもそも、暗闇が苦手なのだ。それに加え驚かされるなんて、もっと。
クラスメイトでも、どこで誰が脅かすか分かっていても、怖い。
「一緒に入ってあげたいんだけど、午前中出番だからなあ」
仕方ないかぁと言う副委員長。入らなくて良いのかな…。
副委員長が言う午前中出番というのは、午前と午後に分かれて、当番を交代するということ。自分達の出し物をしながら他のクラスを回ったり、文化祭を楽しむために二つのグループに分かれ、自由時間をつくる。
今は午前中の人達の最終確認。私は午後で、副委員長は午前中の当番だから、中に入ってお化け役をするから一緒には入れない、ということ。
「あああ!!良いところにいた!爆豪くん!!」
すると、私の後ろから爆豪くんが歩いてきたらしく、副委員長は嬉しそうに彼に向かって手を振る。……嫌な予感がする。
「最終確認したくてさ、みょうじちゃんと一緒に入ってくれない?」
「は?」
「じゃ、私は中で準備するから!!」
そう言い残し、教室の中に入っていった。爆豪くんに対しこんなふうに言えるのは、副委員長だけかもしれない。と隣で不機嫌になる彼を見て思った。
も、もう、ここは覚悟して一緒に入ってもらうしか……。爆豪くんに歩いてもらい、服を掴ませてもらって目を瞑って歩こう。今は彼よりもお化け屋敷の方が怖い。
「い、一緒に」
「あ?入らねェよ」
清々しい程きっぱりと断られた。もしかして、
「爆豪くんもこういうの、苦手?」
「ぁ゙あ゙!?」
「ヒッ…!」
久しぶりに聞いたドスの利いた声に震える。禁句、地雷だったのだろうか。
「ンなわけあるか!!」
「あ、ま、まって」
どうやら中に入ってくれるみたいで、その後を急いで追いかけた。
中に入ると、頑張ってダンボールを敷き詰めた甲斐があったのか、真っ暗。こ、怖い。……爆豪くん、いる…?
前を見るが暗闇で何も見えない。が、前から舌打ちが聞こえてきたから、彼がどこにも行っていない事に安堵する。
触れてはこないものの脅かし方は様々で、見慣れたクラスメイトでさえビビってしまった。暗闇にも目が慣れ、爆豪くんの足元を見ながら耳を手で塞ぎ、ついていく。
そして、中に入って暫くして。ふと視線を感じ、横を見た後、直ぐ後悔した。
「………」
壁から顔だけを出し、こっちをじっと見つめる人が。悲鳴も出せず、膝がカクッと折れた。腰を抜かしてしまったのだ。そんなことになっているなんて知らない爆豪くんはスタスタと歩いていく。無い力を振り絞り、彼を呼ぶ。
「……ば、爆豪…く、ん」
震える声で呼ぶ私に異変を感じたのか、足を止め振り返ってくれた。
「……なにやってんだ」
「……こ、腰を抜かしちゃって」
立てない、という私に爆豪くんはまた不機嫌になった。
「みょうじさん!ほんっっとごめん!!」
「驚かすのが仕事だから、き、気にしないでっ!私こそ、その、本当にごめんなさい」
腰を抜かした後、爆豪くんが私の腕を自分の首に回し「自分で歩け」と言って運んでくれた。本当に不服そうで、途中からはお化け屋敷より彼の方が何倍も怖かった。
教室を出た後、驚かした男の子が来て凄い勢いで謝ってくれたけど、その姿にとても申し訳ない気持ちになった。
九時に文化祭が開催され、私は一人で食べ物屋さんをぐるぐると周っていた。お祭りの時のように手には大量の袋が。
副委員長とグループが離れてしまい、人見知りの人間があまり喋らない子達に混ざるというのは至難の技で、とりあえず昨日全員へ配られた紙のお金で買えるだけ買い、人が来なそうなところでそれらを食べようとしていた。
この学校の文化祭は現金で支払うことはなく、全て可愛く印刷された紙のお金。足りなくなったら、現金をその紙に変える仕組みだ。生徒は前日に紙のお金を配られている。それは使うように、と言われたのだ。
両手いっぱいに食べ物を持ち、周りを見回していたら良い場所を見つけることが出来た。日陰だし、人も来る気配がない。ここで良いかなと足を運ぶと、どうやら先約がいた。
……あれ?あの人、夏休みにお財布を一緒に探してくれた緑髪の……?
本当に同じ学校だったんだ、とその子を見つめてしまうと、視線に気づいたのかこちらを向いた後、彼はこの間みたいにあわあわしだした。見すぎたと今度は私が焦り、取り敢えずお礼を言う。
「あ、あの!……この間は、ありがとうございます」
「ぅえ!?あ、ははははい!!」
「……」
「……」
き、気まずい。え、えっと、こういう時、次はなんて言うんだろう。頭がぐるぐると変な方向に思考が回る。こういう時の私はおかしなことしか言わないのだ。
「良かったら、……い、一緒に食べませんか?」
「……え?」
ああ。すごく困った顔をさせてしまった。
失礼します、と一言声をかけて隣に座らせてもらう。たこ焼き、チュロス、ワッフル、ケバブ、揚げ餅、焼きサンド……など、どんどん袋から出てくる食べ物に、隣にいる彼の大きな目は更に大きくなる。
「どれか、好きなのありますか?」
「じゃ、じゃあ、これを……」
そう言って、たこ焼きを一つ取った。……ど、どうしよう。勢い余って自分から切り出したが、私この人の邪魔をしてしまったんじゃ……と今更後悔する。彼、スマホ片手にノートに何か書いていたし、勉強していたのかもしれない。
「あのっっ、僕……緑谷出久っていいます!!」
「あっ、私は……!みょうじなまえと、いいます」
沈黙を破ってくれたのは緑谷くん。そうだ、名前を名乗っていなかったもんね。まず、お互い名前を知らないと話が進まないもんね!!頭の中がパニクっている私はそのまま買ったものを止まることなく、パクパクと口の中に放り込む。
「たくさん食べるんだね」
「え?」
「あっ、いやっ!!ごめんっっ!!凄く美味しそうに食べているから、ついっ!!たくさん食べるのはみょうじさんの個性から来ているのかな、とか」
にこりと純粋な笑顔で言われたと思ったら、その後、口を手で覆い「しまった」と言わんばかりの顔で焦り出す緑谷くん。
「多分、個性からもあると思います……?食べなくても影響は出ないけど」
「そうなんだね!!みょうじさんの個性はオールマイトと同じくらいのパワーがあるって聞いたんだけど、あの力を彼と同じように出したら体が壊れちゃうんじゃないかって思ってて。もしかしたら違う方法で補っているって考えたんだ。いつも日傘とか帽子を被っているからそれかなって思ってたんだけど、食べ物をエネルギーに変えてるかもしれないんだね!……あ」
あの時と同じように物凄い勢いで話し、終わった後、緑谷くんは顔をサーッと青ざめさせた。
「ヒーロー、好きなの?」
というか、個性が好きなのだろうか。驚いて、敬語が外れてしまった。……先輩、ではないよね?勝手に君付けで呼んでしまっているし、先輩だったらどうしよう。
私の問いに彼は両腕で顔を隠しながら言った。
「す、好きです」
「……もし良かったら、私の個性のことお話、しますか?」
我ながらなんだその上から目線はと自分を殴りたくなる。しかし、そんな心配を他所に彼は、ぱぁあと効果音が付くんじゃないかってくらいの笑顔を見せてくれた。
「いいの!?」
凄い喜んでくれてると思いながら、首を縦に振った。それから直ぐに緑谷くんとは同じ学年ということが分かり、敬語抜きで話を始めた。
「期待されるようなものじゃないんだけど、」
「そんなことないよ!ずっとみょうじさんのこと気になってて!!……あ、あの個性がってことで、その、深い意味は」
「う、うん」
嫌な思いしちゃったらごめんなさい、と顔を赤くし謝る緑谷くんは表情がコロコロ変わって、癒されるなぁなんて思ってしまった。そういえば、こんな直ぐに男の子とお話できたの初めてかもしれない。といっても、話すのは爆豪くんくらいしかいないけど。
「鬼と同じことが出来る個性で、単純に力が強いっていう感じ、かな?あとは人よりも身体能力とか感覚、五感が優れていたり、皮膚も個性を発動している時は硬くなったり。爪もこうやって伸ばせる。ツノ、牙とかも出るかな?怪我も人より治りが早いと思う。……こんな感じなんだけど」
こんなに個性について人に話すのは初めてだから不安になって隣を見たら、ブツブツ何かを言いながらノートにメモを取っていた。速すぎて聞き取れないが、所々戦闘の仕方とか、救助にはどのようにこの個性が役立つかなど言っているのがなんとなく聞こえてきた。
「はっ!うわぁぁぁ……また僕は!ごめんねみょうじさん、凄く良い個性だから」
「……そのノート個性について書いてあるの?」
「うん!ヒーローとか他にも気になった個性の人とかはここに……あ、嫌だよね、書かれるの。消すね…!!」
「消さなくて、大丈夫。……嬉しい」
緑谷くんみたいに言ってくれる人は初めてだ。
本当は自分の個性のことはあまり話したくない。嫌なことを思い出すから。でも、ヒーロー好きな彼に言ったらヒーローとして私の個性を見てくれると期待してしまったのだ。
「緑谷くんはヒーローになるの?」
なんの躊躇もなく、質問をしてしまった。言葉を濁す彼に疑問を抱く。
「緑谷くんはヒーローと同じ"色"してる。しかも、オールマイトと似てたから」
「……色?」
そこまで言ってハッと我に返る。私は何を言ってるんだろう。いくら彼が優しいからといって……。
それに、緑谷くんは悲しい顔をしてたじゃないか。ヒーローになるのなんて質問、無神経すぎる。
「な、なんでもない!!ごめんなさい!」
「えっ、ぜ、全然大丈夫!!だよ!」
そして、また気まずい雰囲気が流れる。
「そ、そういえばっ、髪切ったんだね」
「あ、うん!この髪、爆……」
「……うん?」
あ、ぶない。爆豪くんに切ってもらったなんて言おうとしちゃった。絶対これは黙っていたほうがいい。爆、まで言っちゃった。大丈夫だよね?そもそも二人が知り合いかわからないし。
「いつも幼なじみに切ってもらってるの」
「そ、うなんだ。凄いね、髪を切れるなんて!器用なんだね」
「うん。緑谷くんは、幼なじみとかいるの?」
この質問は大丈夫だろうと思ったが、また複雑な顔をされた。あれ…?
「いるけど、みょうじさん達みたいに仲良くはないかなぁ」
「そ、そっか」
ははと苦笑いする彼にもっとマシな話題を出せないのかと自分に訴える。
「で、でも……。かっちゃんは僕の身近な憧れみたいな存在なんだ」
「……かっちゃん」
今度は少し照れたように話す緑谷くん。仲はそんな良くないのにあだ名?で呼ぶんだな。
……ん?ちゃん呼びってことは女の子??
「あっ、そろそろ時間だ。行かないと!!先行くね、みょうじさん。今日はありがとう!!」
「うん。こちらこそ……!」
緑谷くん達のクラスって何の出し物をしているんだろう。走っていく後ろ姿を見送りながら気になった。
「みょうじさん、さっき爆まで言ってたよね。爆がつく人ってかっちゃんくらいしかいないよな。……まさかみょうじさんの髪切ったのって、かっちゃん!?」
体育祭あたりから噂などで二人が仲良いのは何となく知ってた緑谷。
お祭りに行ったのもたまたま聞いちゃっていたし、皆デマだと思って広がっていない「祭りの次の日、爆豪がみょうじの家から出てきた」ていう噂も知っている。が、二人でいるところを見たことない緑谷は、波長が合うのか、一緒にいるところが一ミリも想像つかなかった。
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