17
夢をみた。

小さい頃の嫌な思い出。


"なんでわかるの"
"嘘つき"
"近寄らないでくれ"

"気持ち悪い"



私は生まれた時から他の人には見えない"色"が視えた。

分かりやすいのは、人。体の周りにオーラのような色、体の所々にまた違う色が視えていた。それは、コロコロと変色する。物にも色は視え、人とは違いあまり変わらない。使い続けると濁った色になり、壊れたりする。
最初は皆に視えるものだと思い、兄に言ったことがあった。そしたら、父からそれは自分の個性だと言われた。


私は、両親の二つの個性を受け継いだ。

父の個性は、相手のオーラを視てその人がどういう人物か分かるというものだ。しかし、私みたいに色は変わらない。その人の本質が変わらない限り変色はしないらしい。
多分、父の個性が変化し私に宿ったのだろう。私の目には色として人の感情が視える。体の所々に視えるのは、その人の弱点か強いところ。もしくはそこに強く感情が流れているか。
物に対しても同じ。感情はないが、不備があるところなんかは色で気付く。当時、幼いのもあり、この個性は凄いものだと思っていた私は、視える個性のことは他の人には秘密ね、という父の言葉が理解出来なかった。

感情が色で視えるが、それがどんな感情なのか最初の頃は分からなかった。私はただ"感情の色"が視えるだけで、人の心が読める個性ではない。たくさんの人を視て、その色がどんな感情なのかを知っていった。

しかし、視える色というのは十人十色で。単純な喜怒哀楽のようなものなどは皆同じ色だが、複雑な色で分からないものもまだたくさんある。それを分かりたいとは思わない。視ちゃいけないんだ、人の感情なんて。




私がまだ二つ目、鬼の個性が発現する少し前。兄と駅のホームで乗車する電車を待っていた時のこと。
反対から降車してきた二人が揉めているのに気付いた。というか、女の人が一方的に怒鳴り、父と同じくらいの年齢かそれ以上の男の人が青白い顔をして何か発していた。よくよく聞いてみると、どうやらその男性が痴漢したことで揉めていたらしい。だけどこの時、少し違和感を感じた。女の人は嘘をつく人と同じ色をしていたから。そして、悪いことをする人達とも同じ色。嘘をついる人の色はすぐに分かる。男性は本当に何もしていなかったのだ。

女の人は最初から周りにバレないように小さな声で話をしていた。近い距離にいた私達には何を話しているのか聞こえてくる。黙ってやるからお金を要求した時、兄の顔が曇った。兄は視えるわけではないし、本当のことは分からない。だから、声を掛けた。二人の元へ歩き出した私に気付いた兄が止めるのを無視して。

「おねーさん、なんでうそつくの?その人なんにも悪いことしてないよ?」

いきなりそんなことを言われた女の人は私を睨んだ。

「は?いきなりなに?分かんないくせに首突っ込んでくんじゃねーよ。ガキ」
「うそをついてる人はみればわかるの」
「!?……マジでなに言ってんの?うっざいんだけど!」

そこで初めて大声を出した女の人に周囲が気付き、揉め事かと多くの視線が私達に突き刺さる。視線に気付いたのは私だけでなく、女の人もだったらしく、足早にホームから去って行ってしまった。
それから。男性からはお礼を言われ、嘘が分かる個性なのかと聞かれたから少し違うと説明すれば、その瞬間その人の色が少し濁った。不思議に思いながらも男の人から視える色は「たまにいる!」と自信満々に放ち、「うそついているわけじゃないのに、なんでうその色してるの?」と質問すれば、その人は顔から大量の汗を流し、手でそこを軽く隠して作り物の笑みをし「……ごめん、見ないで。近寄らないでくれるかな」そう言った。

何故男性はああ言ったのか、あの色はなんなのか。それが分かったのは小学校高学年になってから。あれは不倫をしている人の色。知ったからってどうにもならないが、その色をしている人はたくさんいた。感情とその人がどういう人物か、色で分かる。だから、男性は視られることを拒んだ。

父からこの個性は他の人に秘密、と言われた意味をそこでようやく理解した。兄があの時行くのを止めたのは、私が傷つかないためだということも。そんな兄は二人が去った後、どうしてあんなふうに言われたのか分からない私の頭を撫で褒めてくれた。そして、続けて……なんて言ったんだっけ。


「…………忘れちゃったよ、お兄ちゃん」


その言葉で私は救われたんだ。








実はこの視える個性は、敵に襲われた小学三年生の時から視えなくなった。完全に視えなくなったわけではなく、常に視えないだけ。たまに視えたりはする。例えば、初めて緑谷くんに会った時や爆豪くんがリレーでごぼう抜きした時とか。後はリレーの時の副委員長とか。これは私の意思とは関係なく視えたり、視えなかったりする。私は何も視えない方が良かった。


しかし、今日みたいに夢を見た日は一日中視える。だから、学校ではなるべく下を向いて過ごした。視られる側の方が私の何倍も嫌だと思うから。

そうやって無事、一日を終えて通学路を歩く。そこでも思い出す。今日の夢のことを。駅でのこと以外にも今日はたくさん夢を見た。あの時から二回だけ個性について他の人に話したことがあった。

一回目は、鬼の個性が発現して皆が離れていった時期。保育園のものを壊した子が、違う子がやったと言った時。二回目は、小学校で初めてできた友達に「友達だから隠し事はなしね」と言われた時。内緒にすると約束してくれたのだけれど、次の日には皆が知っていて、そしてまた私から離れていった。

この個性のことを知った人は口を揃えて言うんだ。

"気持ち悪い"と。

だから私は同じ小学校の子が少ないこっちの中学校を選んだ。……やだな。こんなことを考えてしまう自分に嫌気が差し、早く帰ろうと歩くスピードを速めた。

「っぐぇ……」
「っぶねェなぁぁあ!!」
「……ば、くご、うくん?」
「死にてェンか!てめェは!!下向いて歩いてんじゃねェ!!!」
「あ……、ごめん」

下を向いて歩いていたため、渡ろうとしていた横断歩道が赤になっていることに気付かず、たまたま背後にいた爆豪くんが私の襟元を後ろから掴んで引っ張ってくれた。それからは、途中まで帰り道が同じだから爆豪くんの後ろをついて行く形となってしまい。

「ついてくんな」
「……家がこっちで」
「知ってるわ!!」

そ、そうだよね。知ってるよね。爆豪くん凄く苛々してるのが分かる。視えなくても、分かる。でも、彼は根っこの部分が優しい色をしているから。周りは自尊心やそれに似た色が多いから他の人からは気づかれにくそう。さっきも爆豪くんからは焦りと少し心配が視えた。苛立ちの方が多すぎて分かりにくかったけど。

「つーか、今日のお前。マジでうぜェ」

一日下を向いていたからかな……。目も合わせられなかったし。

「ごめ「あれ?!なまえ?」……え?」

謝ろうとした瞬間、爆豪くんの前から隣の中学校の制服を着た女の子が。その子は、今日の夢に出てきた小学校の時に初めてできた友達で、たまたまこの近くに買い物に来たと教えてくれた。

「え!なになに?!なまえ、彼氏できたの?」

私と爆豪くんを見るなり、物凄いスピードでこちらに駆け寄って来る。

「ち、ちが……」
「あっ!もしかして、これから!?ごめん!!」
「そ、れも」

爆豪くんは私達に興味なさそうに歩き始めた。しかし、彼の腕をその子が後ろから掴んで止める。相変わらず、凄いコミニュケーション能力だ。

「君さ、爆豪勝己くんだよね?結構有名だよね!!個性も強いって聞いた!!」
「モブが俺に話しかけンじゃねェ」

そう言って見向きもせず腕を振り払うが、その子はそんなの物ともせず、歩き出す爆豪くんに話し続ける。

「あ。そうそう!なまえも二つ個性あるし強いよね!」

その言葉に爆豪くんはピタッと足を止め、初めてこちらを振り返った。そうだ、この子が私の個性について皆に話すのは悪気がある訳じゃない。ただ、知っていることを話したいだけ。小学校の時もこの子の周りの友達が私と関わらない方がいいと言ったから、話さなくなった。二人の時はいつもみたいに邪気のない笑顔で話しかけてくるんだ。


ま、待って……


「あれ?知らないの?」
「ま、まって!!言わな「鬼の個性と人の感情が色で視えるっていう個性で、その人がどういう人物かも色で分かるらしいんだけど……。そういう関係だから知ってると思った」
「……は?」

ケロッと今まで隠してたことを言われたのと爆豪くんの纏う色が変わったから、どうすればいいか分からなくなり、何も言わず俯き二人の横を通り過ぎ、逃げるようにその場から去った。


爆豪くんの色は驚きから、怒りに変わっていた。








「学校、行きたくない」

怖い……。爆豪くんに会うのも、また他の人に個性のことが広まるのも、気持ち悪いって言われるのも、全部。彼が言い振らすような人じゃないって分かっているけど、怖い。


けれど、意を決して学校に行ってみた。爆豪くんとは話すことなく、いつも通り一日を終えられた。

違うとしたら、クラスの子に頼まれ事をして放課後一人で残っていることくらい。もうすぐ冬休みだから、そのしおり作り。夏休み前、これと似たような仕事をしてたら怒られたのを思い出していると、勢いよく教室の扉が開いた。入ってきたのはまさかの爆豪くんで。ズカズカと私のところに来てバンっと机を叩きいた。そして、そのまま手をスライドさせプリントを床に落とす。あ……プリントが……。

「あ、あの、ごめんね。昨日の個性が二つあるっていうのは本当で。でも、ずっと視えているわけじゃなくて、本当にたまに視えちゃうだけで。だから、不快な思いさせちゃって、ごめんなさい」

昨日は混乱して言えなかったことを伝え、顔を見るのが怖くて下を向く。

「これは頼まれたンか」
「……え?」
「用事があるって言われたのかって聞いてんだ!!」
「う、うん」

質問の意図が分からなくて、首を傾げる。

「感情が分かるンだってなァ!今まで雑用押し付けてきた奴のは視えたンか!?」

ああ。そういうことか。

「……うん」
「チッ」

多分、彼は嘘だと分かって仕事を受けたことに対して言っているのだろう。そういう嘘は必ず視えてしまう。もしかして、そのことで昨日は怒ったのかと都合の良い解釈をしそうになった。
昨日から色々ありすぎて、今日は爆豪くんに怒られるし、しおりの紙はバラバラになって床に落ちてるしで、心に余裕がなくなって漏れた。

「……っだ、だって、断ると色が変わるから。暗くなるから。それが、すごく、怖いんだもん」

今日初めて合った爆豪くんの目は見開いていた。多分、眉が下がりだらしない顔をしたからだろう。

「〜っもん、じゃねェェ!!怖がンな!!ビビリが!!!!」

そう言って落としたプリントを乱暴に拾い集めてくれ、ドカッと前の椅子に座った。……え?手伝ってくれるの?

「あ、あの。視えちゃう時は視ないようにするから……」
「あ?ンなことクソどーでもいいわ」
「え?」
「俺は嘘つかねェし、視られて困ることは考えてねェ」

個性の制御出来てねェなんてやっぱザコだな、と不敵に笑う彼を見て兄の言葉を思い出した。




"その個性持ってるってことは、男に騙される心配なくて、兄ちゃん安心!!"


当時は理解出来なかったが、少し経ってその意味を理解した。的外れなことを言われて、どうでもよくなったんだ。




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