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「できたーーー!!」
「うん!……それにしてもたくさん作ったね、乙ちゃん」
「今年は色んな人とあげる約束したからね!!」

明日はバレンタインデー。そのため、乙ちゃんの家で一緒にチョコを作っていた。今年は多くの友達にあげるみたいで、乙ちゃんのチョコは去年の倍以上になっている。

「あの人のは作ってないの?」
「あの人?」
「ツンデレのヤンキーだよ!!目つきの悪い!!」

爆豪くんのこと、だよね……?

「彼、甘いの嫌いみたいだから」
「えーあげないのー?……あっ!苦いのとかは!?」
「ビターとかってこと?」
「そうそう!絶対あげたほうがいいよ!!」
「そ、そう?」

乙ちゃんの不思議なくらいの気迫に圧倒されながら、少し考える。爆豪くんには、何かとお世話になっているし、日頃の感謝を込めてということで作ればいいのか。
苦いのは食べれるかな?そもそもチョコが嫌いだったらどうしよう。






「作ってしまった」

バレンタイン当日。数個のチョコをカバンに詰め込み、学校に来た。
結局、あの後家に真っ直ぐ帰らず、材料を買いに行き爆豪くん用のチョコを作ってしまった。……これ、貰ってくれなかったらどうしよう。私、ビター味は苦手なんだよなぁ。というか、渡せる機会はあるのだろうか。



私の不安は当たり、渡せないまま放課後になった。手元には二つ。爆豪くんのと緑谷くんの。緑谷くんとは文化祭以降話す機会が増え、とても仲良くなったと思っていて、爆豪くんと同じように日頃のお礼として作った。
トラウマからこの二人以外の男子と話すのはまだ苦手だけど、前ほど苦手意識は薄れてきたと思う。そういった意味でも勝手に感謝させてもらっている。タイプの違う二人だけど、どこか似てるなとこの頃思う。


「あ。……いた」

帰ったかもと思ったけれど、緑谷くんの教室を覗いてみたらまだ机の椅子に座っている緑谷くんの姿があった。他の人達は帰ったみたいで一人でいる。

「み、緑谷くん」

スマホ片手にあの分析ノートに何かを書いていたので、控えめに声をかける。

「っうえ!?……あ!みょうじさん!」

私の顔を見た瞬間、ぱぁと顔が明るくなり、どうしたの?と目をぱちくりさせる。……うっ、心臓が痛い。これ、乙ちゃんが言っていたやつだ。きゅん死だ。

「あの、これ貰って……ください」
「?」
「今日、バレンタインだからチョコを作ってきたんだけど、甘いの食べられる?」

文化祭の時、クレープを食べていたから甘いのは大丈夫だと思って作っちゃったけど、渡した瞬間不安になった。

「え?……〜〜っぼ、ぼぼぼボクに?!た、たたた食べれます!!え、あ、ど、どうして!?」
「良かった」

緑谷くんは今まで見たことないくらい顔を真っ赤にさせ、色々と慌てていた。ど、どうしたんだろう…?

「仲良くしてくれてるから、日頃のお礼も兼ねて作ったの。これからも、よろしくお願いします」
「え、あ。そ、そういうこと」

ふぅ…と肩を撫で下ろす緑谷くん。そういうこと?どういうこと?
その後渡した紙袋を見ながらボソッと「かっちゃん」ととても小さい声で言っていたのが聞こえた。もしかして……

「あ、あのっ!その幼なじみさんにも貰ってるよね…!私のは感謝の意味で渡してるから、そう言っていただけると……」
「え?」

爆豪くんにも渡さないといけないし、ペコペコと頭を下げて教室を出て行く。あ、あれだよね。仲悪いって、そのお互い思春期だから……。男女の幼なじみは中学生くらいからどちらかが、意識し始めるって乙ちゃんの漫画で描いてあったし。私がチョコをあげたことで何かあったら嫌だからなぁ。折角なら、仲が良い方がいい。そう思いながら、自分の幼なじみのことを思い出す。私達は、そういうのないかな。


「もしかしてみょうじさん、かっちゃんのこと女の子だと思ってる…?」









年始振りの爆豪くんのお家。インターホンを押せず、立ち尽くすこと数分。ど、どうしよう。爆豪くんいなかったら。そもそも家まで来て渡すなんて気味悪がられたらどうしよう。ポストに入れても大丈夫かな……?その方が誰からか分からなくて、嫌だよね。どうしよう。

「あ?」
「!!ば、爆豪くん」
「……」
「よ、良かったぁ。あの、これ良かったら」

背後から求めていた声が聞こえて振り向くと、こちらへ睨みかける爆豪くん。こ、怖い……が、渡さなくてはここに来た意味も作った材料も勿体ない。「ビター味で甘くない」「いらなかったら食べなくても大丈夫」「味見はしたよ」と言い訳でもしているように、色々と口から出てきた。爆豪くんはそれを無視し、チョコが入っている紙袋をじっと見つめる。

「……勝った」
「え?」

フッと鼻で笑い、いつもの勝ち誇った笑みを浮かべ紙袋を手に取った。


……勝った…???









爆豪くんがあの時言った「勝った」の意味が分からないまま一ヶ月が過ぎ、ホワイトデーも過ぎた。

こちらから一方的にあげたからお返しとかは気にしてなかったのだけれど、緑谷くんが美味しいケーキ屋さんのクッキーやマドレーヌなどの焼き菓子の詰め合わせをくれた。美味しかったなぁ。というか、私があげたチョコにあのお返しはなんだか申し訳ない気持ちになってしまう。


そんな事を考えながら、公園で爆豪くんを待っている。今日は土曜日。昨日の帰りに予定があるかどうかを聞かれ、「ない」と答えたら時間と場所、それと「甘いモン食いに行く」とだけ言われてここに来た。

甘いものに引っかかる。爆豪くんは苦手だよね……?もしかして、お返しなのかな。でも、甘いの嫌いな人からしたらそういう場所に行くのも嫌なんじゃ…?私がチョコをあげたばかりに。そう思うと思考はだんだん悪い方向へいき、顔色が悪くなっていった。

「あ、爆豪くん」

こういう時程タイミングというものは悪く、待っていた人物が現れる。

「さっさと行……あ?何だそのツラ」

爆豪くんが気付かないわけもなく、顔色が悪いことに突っ込まれた。

「な、なんでもない…!!あの、甘いものって爆豪くん大丈夫なの?」
「あ゙ァ?てめ、またンなくだらねェこと考えてんのか?!俺は嫌なことは死んでもやんねェんだよ!覚えとけ!クソが!!」
「ご、ごめん」

そうだよね。そんなこと考えている暇があるなら楽しいことを考えよう。そう思ってスタスタ歩いて行く爆豪くんの背中を追いかけた。



「え?え…!これ、これ全部食べていいの?」
「だからバイキングだっつってんだろ!!何回も聞くな!食い殺したれや!」
「うん!」

食い殺す。その言葉に疑問を持たない程、テンションが上がっていた。連れてきてくれたのはケーキバイキング。ケーキ以外の食べ物もたくさんある。死ぬまでに一度来てみたかったから、凄く嬉しい。


ここのバイキングは90分制。「食い殺す」その言葉通り、残り5分となった今でも食べるスピードを変えない私に、爆豪くんはかなり引いていた。たくさん食べることは分かっているけど、甘いものを連続でこんなに食べるとは思わなかったのだろう。デザートは別腹ってよく言うよね…?

そうして終了の時間になり外に出た。爆豪くんは甘いものを数個だけ食べていた。あれ?甘いの苦手なんじゃなかった……?それともケーキバイキングにせっかく来たから少しだけ食べたのだろうか。実際お店を出る時、ケーキに視線を一切向けようとはしなかったし、というより見ないようにしてた気がする。それに、早くあの空間から出たそうにしてたからやっぱり甘いものが苦手なのだろう。

外の空気を吸い、満足げに「幸せ」と言って息を吐く私に爆豪くんは視線だけをこちらに向けて言った。

「あの女に誘われたら行きゃいいだろ。ンで断んだ」

それは副委員長のことだろうか。どうやって入手するかは聞いたことないが、たまにバイキングのチケットが余ったからって友達を誘う時がある。私も誘われたことがあったけど、断っていた。誘われたのは一回なのに、よく分かったなぁ……爆豪くん。

断った理由。それを言ったらまた怒られそうだけど、言わないのも怒られそうだ。と意を決して言おうとしたら、隣で「クソみてェな気ィ使うな」と睨まれた。な、なんで分かるんだろう。爆豪くんはエスパーなのかと、この頃思う。

「あの、ね。なんていうか……大食いなの黙ってて。その、恥ずかしくて。ずっと食べてるから気を遣っちゃう」
「俺なら気ィ遣わなくていいってか」
「えっ!今、遣わなくていいって言った…!」
「あ?てめェ言うようになったじゃねェか」

理不尽だ……。そう思いながらも、前みたいな恐れはないことから何故か胸の奥が痒くなる。



帰りは家まで送ってもらった。挨拶をしないで帰る爆豪くんの背中を見送りながら、彼らしいなと無意識に笑ってしまう。

あと少しで春休み入る。もしかしたら来年は違うクラスかもしれない。そう思うと、勝手に口が開いた。

「ば、爆豪くん!!」
「………」
「次も同じクラスだといいね!」

いつもより少し大きな声で言うと、首だけ振り向いた爆豪くんの顔が険しくなった。


「あ。勝った、の意味聞くの忘れた……」




爆豪宅。

「あーおかえり。あんた、ちゃんとなまえちゃん連れてったんでしょうね?」
「連れてったわ!」
「ったく。何が勝った、よ」

バレンタイン当日。生意気な態度を取った爆豪に「そんなんじゃなまえちゃんにチョコなんて貰えないわよ〜」と挑発をし、貰って帰ってきた瞬間、紙袋片手に「勝った」とドヤ顔する息子にため息をつく光己さんであった。




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