20
今日から三年生。中学校最後の年。

日傘を差し通学路に咲いている桜の木を眺めながら、これから分かるクラス発表に不安が募る。朝、昇降口に大きな紙が貼られ、そこで初めて分かるのだ。このクラス発表は何回やっても慣れない。そのせいか、昨日は緊張でほとんど眠ることが出来なかった。

いつもよりゆっくりと、のろのろ歩いてやっと目的の場所まで辿り着いた。自分の名前を確認した後、知っている人の名前を探すが、同じクラスになったことがない人ばかり。あとは小学校が同じだった人が数人。

「……あ」

そして目に止まったのは、爆豪勝己の名前。同じ、クラス……。

「よ、良かったぁ」

口に出た無意識の言葉に自分で驚いた。良かった、のか。去年は同じクラスにこの名前を見た瞬間、青ざめ震えたのを覚えている。一年前の私は彼と二人でお祭りやバイキングに行ったなんて夢にも思わないだろう。

更に下の方へ名前をたどると、緑谷くんと同じクラスだということが分かった。去年よく一緒にいてくれた副委員長とは離れちゃったけど、この二人がいるなら心強いな、なんて勝手に思ってしまう。



新しい教室に向かう途中、見慣れた後ろ姿を見つけて声をかけた。

「緑谷くん、お、おはよう。同じクラス、だね!!」
「あ、みょうじさん!お、おおおはよう!そうだね!みょうじさんと同じクラスで嬉しい……あ、これは深い意味はなくて!!」
「う、うん?……私も緑谷くんと同じクラスで嬉しい」

お互い新しいクラスに緊張しているのか、ごもってしまう。同じクラスで嬉しいと思ったまま口にしたら、緑谷くんは顔を赤くして慌てていて、その様子に首を傾げていると、今度は聞き慣れた声が耳に入ってきた。

「俺の道を塞ぐなんて随分と偉くなったじゃねぇか。なァ、ナードくん」
「か、かっちゃん!?……ご、ごめん!」

私達はどうやらいつの間にか教室のドアの前まで来ていたようで。後ろから緑谷くんの肩に手を置き、にこりと笑う爆豪くんがいた。初めて見るその表情に驚きと少しの恐怖を感じる。それは何となく雰囲気がいじめっ子達に似ていたからだろう。肩に手を置かれた緑谷くんはさっと道を開け、爆豪くんは一度緑谷くんを睨んでから私達の間を通って中に入っていった。

っていうか、今、緑谷くんはなんて言った……?爆豪くんのことをとても可愛らしく呼んでいたような。かっちゃん、と。それは、緑谷くんが呼ぶ幼なじみの名前。もしかして、緑谷くんの言っていた幼なじみは爆豪くん!?そうだ。爆豪くんの下の名前は勝己。だから……

「かっちゃん!」

小声で、って爆豪くんの事なの?と緑谷くんに聞こうとしたが、それは叶わなかった。

「ぁあ゙!?」
「ヒッ」

何故なら、振り向いた爆豪くんの表情が去年の夏休み前に後輩の子に向けたものと同じで、声もあの時と同じドスの利いたものをだったから。久しぶりに見たその姿に小さく悲鳴を上げてしまった。

「ご、ごめんな……さい」

こっちをじっと睨む爆豪くんは肩をビクつかせて謝る私を見て、更に顔を険しくさせた後、歩き出した。

「みょうじさん、ごめんね。僕が言ってなかったから」
「う、ううん。私が考えなしに言ったから」

調子に乗った。最近、爆豪くんに良くしてもらっていたから、何も考えず言葉を発してしまった。








しっかりしないと。せっかく仲良く?なったかは分からないけど、友達になってくれたのだから。朝の出来事を未だに引きずっている。少し気まずいと思ったからか、新しいクラスの最初の席は爆豪くんの隣だった。
隣に座る彼は、机に足を乗せ不機嫌な様子。私のせいもあるかもしれないけど、緑谷くんに対しては凄い。前に言ってた、幼なじみと仲良くないは本当だったんだ。そうは言っても、これは異常なんじゃ……。ってだめだめ。それぞれ事情はあるんだし、私がとやかく考えてはいけない。

眠くならないように頭を回転させようと考え事をするけど、さっきから爆豪くん達のことをばかり考えてしまう。今は五時間目。今日が進級初日でも午後からは授業があって、給食の後、それも昨日眠れなかった私には辛い。

眠気と戦ってやっと終わった五時間目。あと一時間頑張れば帰れる。が、今日はいつも行っているスーパーが特売日。ポイントも二倍の日だ。終わったら急いで帰らなきゃいけない。ああ、あと買い足さなきゃいけないものがあったのを授業中思い出したんだ。他のものと一緒にメモを取っておかないと。眠すぎて半分しか開いてない目で鞄の中にあるメモを取った。





爆豪の斜め後ろに座る緑谷からは、みょうじの姿がよく見えた。自分の前席ではない反対側の爆豪の隣。そのため、表情もよく見える。授業中、眠らないように必死になる姿を見て「意外……」と小さく口から漏れてしまった。
そして、授業が終わって休憩時間。メモ帳を取り出し、ボールペンで何かを書こうとしたところで違和感を感じた。

え、あれ。ボールペン逆じゃ……?

寝ぼけているのかペンの先が顔の方に向いている。そして、眠気の限界で目は閉じてかくかくと頭が動いていた。あのまま落ちたら、ペンの先が顔に刺さっちゃう…!そう思った瞬間、勢いよく頭がガクッと落ちるのを見て、危ないと席を立ち上がった。

「!!」
「馬鹿か、てめェは」

当たりそうになった直前、爆豪がみょうじの額を押さえて止めた。

「……え?……わ、あ、ありがとう、爆豪くん」
「こんなことで俺の手を煩わすんじゃねェ!!」
「う、うん。ごめんね、助かった」

何故か悔しそうな顔をする爆豪に「何回か刺しちゃったことあるから気をつけなきゃ」と小さく呟いたみょうじ。それが聞こえたらしく「あ゙ァ!?」と爆豪の眉間の皺が一瞬にして増えた。


その一部始終を見ていた緑谷の脳内はこうだ。

あのかっちゃんが……!?今、無意識で手を出したように見えた。少しみょうじさんの方に視線を寄せていたのは、こうなることを予想していたから?それも無意識だったからあんな悔しそうに…?前は二人でいるところが想像つかないと思ったけど今は何となく想像できる気がする。もしかして、かっちゃん……。みょうじさんに振り回されたりしてるのかな。

なんて。得意の分析を高速で行う緑谷は、幼なじみの意外な一面に両手で口を覆い、顔を青ざめるのだった。








放課後。鞄を手に取り、他のクラスメイト達より一足先に教室を出た。

「ああ!……お財布、置いてきちゃった」

一番乗りで校門に辿り着いたのだが、鞄の中にお財布がないことに気が付いた。メモを取った紙をお財布に入れようとして机の中にしまってたんだ。普段、入れないところにしまうから忘れてしまうんだ。

続々と昇降口から出てくる人達を避けながら歩いて、自分の教室の札が見えるところまで来た。もう皆帰ったかな……?廊下には数人の話し声が聞こえるだけ。

「あ?」
「……あ。爆豪くん」

お財布を忘れた時点で急ぐのは止めたから、自分の足元を見ながらゆっくり歩いていたため、前から歩いてくる人物が声を出すまで気が付かなかった。

「……」
「……」

朝のことを怒っているのだろうか。爆豪くんは無言でこちらを睨みながら立ち止まっている。もう一度、ちゃんと謝ろうとした時、先にあっちが口を開いた。

「お前、買いもんは」
「……え?な、なんで知っ「さっきメモってただろーが!!」……あ!そ、そっか!!うん、今から行く!」
「じゃあ、さっさと帰れ」
「うん…?」

爆豪くんの言っている意味がいまいち理解できないけど、早く買い物に行ったほうがいいのは分かった。だったら、早く教室に戻ってお財布を取りに行かないと。急いで彼の横を通り過ぎようとした時、片手で肩を掴まれた。

「あ゙!?」
「え?」
「そっちじゃねぇだろ。昇降口の場所も分かんなくなったんか、てめェは」
「わ、分かる!分かるけど、忘れ物しちゃって……」
「あ゙ァ?」

な、何でそんなに怒っているの?わ、分からない。

「…………俺とくれば買い物、付き合う」
「え!いいの?」
「だからさっさと行くぞ、クソ女!!」
「う、うん!じゃあ、忘れ物取ってくる!」
「は?」
「お財布、教室に忘れちゃって!!」
「おいっ!」

行くぞと言って、私の肩をそのまま反転させ帰る方向へ向けられたが、お財布が無ければ買い物はできない。お一人様商品があるから爆豪くんがいてくれて、助かる。嬉しさのあまり、後ろで盛大に舌打ちをしていたのには気づかなかった。


教室の前まで来て、やっとさっきまでの爆豪くんの言動が理解できた。これを私に聞かせたくなかったんだ。
まだ教室に数人の女子が残っていた。初めて同じクラスになる人、そして小学校が同じの子。話してる内容は、私の個性について。小学校が同じでも、同じクラスにはなったことがないし、話したこともない子達。

私とは関わらない方が良い、こういう個性の子、そういったあまり良い話ではないことを話している。この子達が言ってることは最もで、彼女達は何も悪くない。今はコントロール出来ていても、前は出来ていなかったし、"視る"個性については現に制御しきれていない。だから、こういう話をされていても、本当のことだから何の感情も起きない。被害を受けるのは相手だから。

だけど、私が個性も人間関係ももっと上手に出来たら、個性関係なく仲良くできたのかな、とは考える。でも、そこまで気持ちが沈まないのはきっと爆豪くんがいてくれるから。この話を聞かせないために、ああいうことをしてくれたのかと思うと顔が緩む。自意識過剰だなんて思うけど、彼は根が優しいから気を遣ってくれたのかな…?と思ってしまうんだ。



私が聞いていたことに気づかれないようにするため、わざと音を立てて勢いよく扉を開ける。そして、すぐに目当てのものを取ってその場を去った。今来たって思ってくれたかな……。

早く行かないと爆豪くん、買い物付き合ってくれないかも。……あれ?教室に行かせない口実だとしたら、もうダメなのかな?でも、俺と来ればって言ってたし。なにより、一個お得に手に入るから一緒に来てくれると嬉しい。


「ば、くっごう、くん……!お、待たせ、しました」
「……」

校門に彼が歩いているのが見えたから走って追いかけた。ダメ元で聞いてみよう。

「か、買い物!!」
「しねェ」
「……俺と来ればって」
「……」

無言になる爆豪くんに、やっぱりダメだったかぁと肩を落としながら隣を見ると、顔を段々険しくさせた彼が思いっきり舌打ちをした。

「?」
「さっさと来い!!ノロマが!!」
「……わっ、いいの?ありがとう」

一緒に付き合ってくれるみたいだ。




スーパーまでの道のり。無言が続いているが、なんとなく爆豪くんがさっきのことを気にしてるように感じる。気のせいではないと思う。"こういう勘"を感じるのは個性の一つだから。勘が当たっても、この後どうすればいいかは分からない。聞いたことを言ってしまったら、せっかく聞かせないようにしてくれたかもしれないのに、申し訳ない。かと言って、嘘をつくのは嘘をつかない爆豪くんに対して失礼な気がする。

「あ、あの」
「……」
「さっきは、その、ありがとう」
「……何もしてねぇわ」
「話を聞かせないようにしてくれたん「ンなことするわけねぇだろ!!!」そ、そっか」
「あっ、それでね。あの、私、全然気にしてないから!本当のことだし、自分が悪いから。被害を受けるのは相手で、それに言われ慣れてて!」

うん。言われ慣れてるし、個性で噂されるのも見られるのも恐れられるのも慣れている。そう自分に言い聞かせる。本当は怖い。周りから色んな感情を乗せた視線が体に突き刺さるあの感じは何度経験しても、怖い。けれど、さっきのようなことは慣れている。怖いけど、慣れた。それよりも私が言われたことで他の人が気にしてくれたり、嫌な気持ちになることの方が慣れないし、嫌だ。爆豪くん相手に少し強がってしまっただろうか。

自分が宿したこの個性に、悲劇ぶっているつもりは少しもなくて。だって、自分がもっと上手く出来ればいい話で……。こ、これからは自分から色んな人に話しかけてみようかな…。緊張、するけど。いつまでもこのままじゃダメな気がする。

「ふざけ「それとね、爆豪くんが知ってくれてるからそれでいいかなって。皆から好かれる人なんていないし」」

話を遮っちゃった。今の言い方、嫌味っぽいかな?捻くれた言い方だったかな?

あ。スーパー着いた。


「付き合ってくれて、ありがとうね」


買い物カゴを取り、爆豪くんの顔を見てお礼を言うと、彼は眉間に皺を寄せた。





「……言われ慣れてんじゃねぇよ」

小さく呟いた爆豪の言葉は本人に届くことはなかった。




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