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「えー、おまえらも三年ということで!!本格的に将来を考えていく時期だ!!……今から進路希望の紙を配るが、皆!!!」

プリントを勢いよく手に取り、それをばら撒く担任の先生。そして、当たり前かのように発した。

「だいたいヒーロー科志望だよね」



まだ桜が満開のこの時期。受験までには約十ヶ月あるが、三年になったということで進路を決めなくてはならない。ヒーローになりたいと思うことが当然のような時代に私みたい者は少ないと思う。ヒーローに対して憧れも、好きという感情も何もない人間は。


ヒーロー志望、の言葉にクラスメイト達は自分の個性を発動させ、それに先生が個性発動は禁止とやんわり注意する。

「せんせぇーー"皆"とか一緒くたにすんなよ!」

突然、隣から大きな声を出す爆豪くんに肩を上げてしまった。そして、没個性共と仲良く底辺なんざいかねぇよと言う彼に皆からのブーイングが。大勢からの批判を鼻で笑っているところに先生が爆豪くんが雄英志望なことを明かす。
そ、っか……。やっぱり爆豪くんは雄英にいくんだ。もし、私も受かることが出来たら、また同じ学校に通うことになるんだなあ。

「あのオールマイトをも超えて俺はトップヒーローと成り!!必ずや高額納税者ランキングに名を刻むのだ!!!」

いつの間にか机に乗った爆豪くんはとても凄いことを言っているような気がした。でも、将来それを可能にしてしまいそうだと横で眺めながら思った。高額納税者って、とても素晴らしいことだ。今までだったらこういう姿の彼を恐れて目を向けることが出来なかったから、動揺せずにいられる今の自分になんだか嬉しくなっていると、ふと視界に入った緑谷くんの様子が可笑しいことに気づく。頭を抱え、身を縮こませていた。

「……あ。そういやあ、緑谷も雄英志望だったな」

そうだったんだ。やっぱりヒーロー科なのかな?文化祭の時、ヒーローになるのかという質問に言葉を濁していたから、もしかしたら違う科を志望なのかもしれない。でも、そんなに生徒の志望校を皆の前で言ってしまうのは良くないんじゃ…?私だったら、嫌だな。自信がないし。雄英を受けるということは、まだ誰にも言えていないのだ。

もらった紙には雄英高校と書こう、父にも伝えようと小さく決意した時、周りから多くの笑い声がして目を丸くする。笑っていないのは私と……それと爆豪くんだけ。

「はああ!?緑谷あ!?ムリッしょ!!」
「勉強出来るだけじゃ入れねえんだぞー!」

馬鹿にしたように笑うクラスメイト達にゾッとする。この雰囲気は知っている。とても嫌なやつ。昔の記憶が蘇り小さく震えるが、緑谷くんは皆に何かを説明していて、なんて言ったかは笑い声で掻き消され聞こえない。強い、と思った。ちゃんと自分の考えを伝えられることとか、他にも色んな意味で。私なんかよりもずっと。比べることすら申し訳ない気持ちになる。

どうして笑うのか、無理と決めつけるのか。理解出来ないクラスメイト達の発言に、爆豪くんが個性を発動させ、放った言葉に驚愕する。

「"没個性"どころか"無個性"のてめェがあ〜、何で俺と同じ土俵に立てるんだ!!?」



無個性……?

緑谷くんは無個性だったの?それを知った時、頭を重い何かで殴られた感覚に陥る。私は彼になんて残酷なことを言ってしまったのだろう。ヒーローになるの?なんて質問を。
ああ、駄目だ。こういう考えになるというのは、無理だと馬鹿にするクラスメイト達と同じことだ。無個性はヒーローになれない、と。微かに聞こえた緑谷くんの"やってみないとわからない"の言葉に自分に対して嫌悪感を抱いた。






今日もチャイムと共に教室を出る。今度はちゃんとお財布があることを確認して。
校舎の外に出てから自分の教室へと目を向ける。緑谷くんに何も声をかけれなかった。というか、かける言葉が分からない。個性を持っている人間が何を言っても駄目なんだ。彼が無個性なのは変わらないし、個性をあげることなんて出来ないのだから。
私の個性が緑谷くんに宿っていたら、なんてまた失礼で最低なことを考えてしまい、両手で頬を叩く。


ボンッ

小さく自分の教室の方から聞こえてきた音に少し眉を顰める。私は耳がいい。意識をそちらに集中させていたから遠く離れたところからでもその音に気づくことが出来た。反射的に上を向くと、窓からなにかが落ちてくる。

あれって……。目を少し細めてみたらその正体が分かった。

緑谷くんのノート。

文化祭の時にメモを取っていたノート。下にゆっくり落ちていく先は鯉が泳いでいる池らしきところ。走って、手を伸ばすが爪に擦るだけで掴むことは出来なかった。素早く池から取り上げ無事か確認する。

「よ、良かった。そんな濡れてない、読める」

たが、水の中に落ちたため少しヨレている。表紙と裏面に焦げた跡がありこれは爆豪くんがやったと理解した。
ページ同士が張り付かないように広げて乾かしてみる。これは私の体験談。水に濡れたノートを乾かすのは得意だと情けない特技がここで発揮される。

それから、また上に視線を向けると微かに爆豪くんの声がした。

「来世は"個性"が宿ると信じて……屋上からのワンチャンダイブ!!」
「!」


最近、安心すると思っていた爆豪くんの声が……


一瞬にして頭の中から消えた。




"飛び降るとかして、来世に期待するしかねーんじゃね?次はそんな凶悪な個性に生まれないよう祈ってやるよ"

小学生の時にいじめっ子から言われたこと。
無意識にノートを握る手が強くなった。


ただ俯いて色んなことを思い出して、表情が消えていくのが自分で分かる。この世界は個性が全てなのだろうか。強い個性だったら偉いの?個性を扱える人は凄いの?無個性はどうして笑われるの?
嫌な記憶が脳裏を過ぎっていると、あることに気づく。公園で初めて爆豪くんを見たあの日、泣きそうになりながら震える足で間に入った男の子は緑谷くんだということに。やっぱり、私は……

「この世から個性なんてなくなってしまえばいいのに」

と思ってしまう。


「みょうじさん……?」

考えることに集中しすぎたせいで緑谷くんがいたことに気づかなかった。私の名前を呼ぶその表情はなんて表せばいいのかわからない。色も視えない。だから、どうしていいか分からず、持っていたノートを慌てて渡した。

「こ、これ!」
「あ……。あ、りがとう」

なんて声をかければいい。私はあの時、家に帰って笑顔で迎えてくれた家族に救われた。この人達を悲しませたくない、と。だけど、緑谷くんは私ではないし、状況も何もかもが違う。またこういう時に兄はなんて言う?と助けを求めてしまう。自分で伝えたい。緑谷くんには自分の言葉で。そう思って出た言葉がこれだ。


「また、明日!学校でね…!」
「!……うん」

なんて気の利かない言葉なんだろう。崩れるよう笑うその顔に、かけた言葉は不正解だったと思い知る。ぎこちなく手を振り、その場を去った。






買い物をして帰路に着く。玄関のドアノブに手をかけた時、遠くから数回爆発音が聞こえた気がした。

「……爆豪くん?」

気のせい…?だよね。色んなことが起きたから、幻聴が聞こえたのかもしれない。


ふと、もう一度、爆豪くんの言ったことが頭を過ぎる。私が言われたのと同じようなことを緑谷くんに発していた。だけど、同じでも込められた感情というのが私のとは全然違うような気がして。爆豪くんの姿を見ているわけではないのに、聞こえたあの言葉からは耳を通して嫌悪感と少しだけ恐怖の色が"視えた"。
彼は緑谷くんと関わっている時、見たことのない独特な色を出しているのを前に一度だけ視てしまったことがある。


けれど

きっと私はどんなことがあろうと、爆豪くんが緑谷くんに向けて発したあの言葉を忘れることはないだろう。


なのに、彼を嫌いになれないこの訳の分からない感情に戸惑ってしまうのだ。




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