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ヘドロ事件。

近くの商店街でオールマイトが事件を解決したとニュースになった。画面に爆豪くん達が一瞬映ったのに気づいて初めてあの時聞こえた爆発音は幻聴なんかじゃないことを知る。


「……あっ、お、おはよう…!」
「……」

昇降口で会った爆豪くんの顔には所々軽い傷があった。折角会ったのに挨拶をしないのは可笑しいと思い、声がひっくり返りながらも勇気を出しておはようを言うが、こちらを見向きもせず歩いて行ってしまった。
前は挨拶を返してくれなくても視線だけは向けてくれたんだけど……今は声をかけない方が良かったのかもしれないと反省する。


この日から、爆豪くんの様子は変わった。それと同様に緑谷くんも。前よりも更に独り言が多くなる緑谷くんに周りはノイローゼ?と馬鹿にするように笑うけど、そんな中一人だけ何の反応を見せないのは彼の幼なじみだけ。雄英志望だと皆の前で明かされた時も笑っていなかったのは爆豪くんだけだった。まるで、本気で雄英に合格すると思っているかのように。




「えーと、リレーのアンカーは男子爆豪くん、女子はみょうじさんで決まりました!」

パチパチパチと拍手が教室内に響き渡るのは中学校最後の体育祭で行われるクラス対抗リレーのアンカーが決まったからで。私なんかでいいのかと控え目に周りを見渡すけど、クラスメイト達は特に不服そうにはしていなかったからホッとする。けれど、腕をぶらりとさせ、背もたれに上体全ての体重を預けている爆豪くんとは視線が交わることがなく不安が募る。

今年は二回目だからそこまで緊張することなく、落ち着いて練習が出来るかもしれない。爆豪くんを不快にさせることはないかも。そう思ったけど、あの事件から数日彼と話すことはなく、どう接すればいいか分からなくなっている。
そんな不安の中、次に決まった二人三脚のペア。その相手は、緑谷くんだった。



「よ、よよよろしくオネガイシマッスッ……!!」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします……!」

誰かが自分より緊張している人を見ると落ち着くって言っていた気がする。初の二人三脚練習時間。緑谷くんは真っ赤な顔で挨拶をしてくれ、そのおかげで私は少しだけ冷静になれた。これがなくてもきっと彼なら悪い緊張をしなくて済むだろう。これも緑谷くんの出す雰囲気がとても優しいからだ。

「わっ!!」
「おわっ、ご、ごめん……!」
「私の方こそ、ごめんなさい!!合わせないといけないのに……」
「そんなことないよ。僕がいけないんだ」
「そ、それは違うっ」

初めての練習はお互いのタイミングが合わず、ほとんど前に進まなく終わった。そんな私達を見ていた数人のクラスメイトの声が微かに聞こえてくる。

「あーあ、緑谷のせいでみょうじさんが勿体ね」
「去年爆豪くんとペアでめっちゃ速かったのにね〜」
「こういう時くらいしかみょうじさん役に立たないのに……」

そんな発言が耳に届く。きっと緑谷くんの元には届いてないから安堵の息を小さく吐いた。
ちゃんとしなくちゃ。じゃないと私のせいで緑谷くんまで悪く言われちゃう。



そのことだけを考えて練習に励んだ。そして、体育祭予行練習の日。今年は抜かりなくきちんと日光対策をして挑み、体調を崩すことなく最後までやり遂げることが出来た。

「みょうじさんとの歩幅を考えて最高の速度を出すにはまず……ブツブツブツブツ」

予行練習が終わり体育祭前日になると緑谷くんはもうこの距離感にも慣れ、先日行った予行練習の反省点を分析し、より最高の走りが出来るよう考えてくれる。

「よし。じゃあ、さっき言った感じでいいかな?」
「う、うん!分かった」

聞いてなかった、どうしよう。さっき言ったことってなんどろう。あまり聞いていなかったのに、反射的に返事をしてしまった。聞き返しても緑谷くんは怒るような人じゃないのにそれが出来ない。


だから、こんなことが起こるんだ。

「わっ、」
「え……?」

緑谷くんとは反対の足を前に出してしまい、お互いバランスを崩してしまう。そのままそちらへ倒れ込み、踏ん張ることが出来ない私を彼は下から守るように手を伸す。そして、緑谷くんを覆い被さるようにして倒れ込んだ。


助けてくれてありがとう。そうお礼を言いたかったのに、それが出来なかったのは唇に何かが触れていたから。温かいもの。それは緑谷くんの唇で。あ、こういう事故、乙ちゃんが貸してくれた少女漫画にあったな。なんて呑気に考える。
数秒触れて、我に帰りゆっくり体を起こした。

「ごめんなさい!!」
「……」
「あ、あの……、本当にご「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」み、緑谷くん……!?」

お互いの足が繋がっている状態から必死に頭を下げる緑谷くんにどうしていいか分からず、慌てる事しか出来ない。

「わ、たしは、その……気にしてない、からっ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…!」

大丈夫と伝えても何度も頭を下げる彼になんて声をかければ良いのか分からない自分が情けなくなる。今日は日差しが強く気温も高いため、私の個性を知っている緑谷くんが気を遣って日陰で練習をしようと言ってくれたから、周りには誰もいない。誰かに見られた訳じゃないし、私としては事故だから大丈夫なんだ。
それよりも、もしかしたら緑谷くんは好きな人がいるかもしれない。なのに、私はなんてことを…!!

「ごめんなさい!緑谷くんの好きな人がっ!!」
「僕の方こそごめんなさい!え、好きな人……?」
「私なんかと事故でも、その……しちゃったりしてごめんなさい。不快だよね……」
「いや!不快とか全然なくてっ!あっ、そういう深い意味はないんだけど…!」
「私は本当に大丈夫だからっ!幼なじみとかとよくしてたし」
「よく!?!?」

そう。幼なじみとも小さい頃は何度かしてたし。それを伝えるとひどく驚かれたから、小さい頃だよと付け加えて言うと、肩を下ろし納得していた。

「え、と……怪我はしてない?」
「うん、支えてくれたから。ありがとう。緑谷くんは?」
「僕もない。と、取り敢えず、みょうじさんはリレーの練習だよ、ね……ハヤク、イカナイト」
「う、うん。わかった」

目を忙しく動かして視線が合わせず、最後は片言になる緑谷くんは足元のゴムを取って足を解放してくれた。ど、どうしよう…。気まずくなっちゃった。何か気の利いたことを、なんて考えるがやっぱり何も出てこない。頭を下げてその場を去ることしか出来ない。本当に情けない。こういう時、兄はどうするか。考えるけど、どうするのか全く想像が付かず私は眉を下げながらリレー組の方へ向かった。


「おい」
「……」
「……おい」
「……う、わっ、」
「……チッ」

爆豪くんとの練習中。緑谷くんになんて言えば正解だったのか。そればかりを考えて、心ここに在らず状態で放心していた。それを見兼ねてかは分からないが、爆豪くんは乱暴に私の額に手を滑らせ、突然のことで驚いた私は頭が後ろへ傾く。

「なンもねぇクセに紛らわしい態度とんな、クソがっ!!」
「え、あ。うん!ごめ「謝んじゃねェ!!」う、うん」

久しぶりにちゃんと会話が出来たことに嬉しくなる。多分、また私がこの太陽にやられ体調を崩していると思ったのだろう。

「あ、りがとう!!」
「は?何がだ!!!つーか、てめェ熱出して本番出れねぇなんてことあったらタダじゃおかねぇかンな!!」
「うん!それは大丈夫!!」

首をブンブン縦に振り頷く。それを横目にもう一度舌打ちをする彼の方を見る。じっと視線を向けるのは顔……ではなく、少し下にある唇。もし、さっきの事故が爆豪くんとだったら……。あの唇に自分のが触れていたのか、と口元に手を添える。
爆豪くんの上に覆い被さって……って!!な、何考えているの!?私は…!!これじゃあ、本物の痴女じゃないか。恥ずかしい。消えてなくなりたい、消えたい、そう思う気持ちが顔に出てしまった。

「……ってめぇ」
「え、」
「やっぱ熱あんじゃねぇか!!あ゙ぁ?!」
「そ、それはない!ない、よ!!」
「適当ぶっこいてんじゃねえ!顔が赤ぇンだよ!!!」
「違う!これは違う!!」
「あ゙?」

どう説明すればいいのか。その答えが分からず、私はただ自身の生温い手で赤くなった頬を必死で冷やした。




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