23
中学最後の体育祭が始まろうとしていた。

「ここにお昼ご飯入ってるからちゃんと食べてね。それと水分たくさん取って」
「ゔん」
「ゆっくり寝ててね?安静にね」
「ゔん」
「じゃあ、いってきます」
「……なまえ」
「?」
「頑張ってな」

父ちゃん応援してる。いってらっしゃい。とガラガラ声で発する父に見送られ家を出る。今年は絶対に応援できるぞー!なんて昨日まで張り切っていた父だが、朝方、父特性のお弁当を作っている最中に熱で倒れてしまったため、今年の体育祭も来ることは叶わなかった。

悔しがりながら行けないことを謝る父に苦笑いしながら、まだ高校があるからその時にと慰めるが中学の体育祭に一度も行けないことにとてもショックを受けていた。前も緑谷くんに対して思ったけど自分より感情的になる人を見ると冷静になるというか、落ち着く。本音を言うと、来て欲しかったな、なんて少しだけ寂しい気持ちはあった。





派手な音が祭りの開催を知らせる。最後となる三年生はいつにも増して気合いが入っていた。まず初めに行われたリレーでは私達のクラスがトップで予選通過。去年より爆豪くんへのバトン渡しがスムーズに出来ている気がする。もちろん後ろを見ないで助走してくれるからそれもなんだか嬉しい。


そして。順調に種目が進み、次は三年男子の個人種目、借り物競走。去年は爆豪くんと走ったな、それなのに私は個性使っちゃったんだ、と一年前のことを思い出す。

クラステントの中から皆が走る様子を眺め、順番が初めの方だった緑谷くんは強面の体育教師を連れてゴールしていた。す、凄いな。いい先生だと知っていても私だったら緊張して声をかけれない。ぼーっと次々に色んな人を借りていく同級生を見ているとどうしてもお題の中身が気になってしまう。


《位置について、よーい……》

パンッとピストルが鳴ったと同時に凄い勢いで走り出したのは爆豪くん。一つ紙を手に取り、中身を見た途端眉間に深く皺が寄っているのが見えた。個性上、視力は他の人より何倍も良い。こういうのは見たくない、気付きたくなかったと思っても仕方ないことだと今はもう諦めている。
そして、自身のクラステントに向けた爆豪くんの顔はまさしく敵そのもの。

「ひっ…!」

恐ろしい顔で全速力で駆けてくる彼と目があっているような気がして身を引いた。勘違い、だよね。私ではないよね。そう思いたいけど自分の勘がそうでないと言っている。爆豪くんには申し訳ないけど、ここから離れようと背を向けて歩き出そうとした時。

「おい」

一歩足を出した瞬間、まだ後ろに残っている腕をガシリと掴まれ体が震えてた。

「……来い」
「え、わっ」


《おーっと?迷うことなく自分のクラス席に向かった爆豪くんが連れて来たのは同じクラスのみょうじさん!!何のお題か気になりますねぇ〜!!》


アナウンスが流れると同時にドッと歓声が上がる。手首を握られ、引っ張られる形で後ろをついて行くと「個性使ったらブッ飛ばすッ!!!」のお言葉をいただく。
必死に個性を使わず爆豪くんのスピードでついて行ったら最後、ゴール地点でゆっくり止まった彼の背中に顔面から突っ込んでしまった。

「ぶっ」
「っ、……ってェなァァア!!」
「ご、めん……なさい」
「ちゃんと止まれや!!」
「う、うん」

横に避ければ良かった。多分、止まることは出来なかったから。でも、繋がれた手を解かれないと爆豪くんを引っ張ってしまったかもしれないから背中に突っ込んだ方が良かったのかもしれない。そんなことを考えながら、走り終わった人の待機場所まで向かう途中、まだ握られている手首と前を歩く後ろ姿を交互に見ながら言った。

「あ、あの」
「あ?」
「え、っと……手、その、いつまで」
「……」
「……」
「死ねッ!!!!!!!!」

首を少し捻り私の方に顔を向けた後、手を乱暴に振り払い、ボンッと爆発音を響かせた。それから前に向き直して、体操服のポケットに手を突っ込んでヤンキーのように歩く後ろをついて行く。
お題、なんだったのかな。凄く気になるけどきっと聞いたら怒られる。だから、悪いことじゃなければ嬉しいなと願い、口元に緩く弧を描いた。




爆豪くんの走る順番が最後だったため、そのまま一緒に退出門を潜ると、懐かしい声に足を止める。

「あ、いたいた!おーい、なまえちゃーん!!勝己ー!」
「!……あっ、光己さん」
「……」

こちらに手を振る爆豪くんのお母さんとその隣には茶髪のほんわかした男の人。雰囲気は違くてもその人が爆豪くんのお父さんということは匂いで分かった。爆豪くんと同じ匂いがするから。

「こ、こんにちはっ!」
「こんにちは、相変わらず可愛いこと!!」
「わっ」

ご両親に挨拶をするとお家にお邪魔した時みたいに抱きしめれる。ま、待って。く、苦しい…!!息がっ……!どうすることも出来ず、手をあたふた動かす私を見兼ねて隣にいる爆豪くんのお父さんが声をかけてくれ解放された。

「勝己の父です。いつも勝己と仲良くし「てねェ!!……っ!」……いつも、ありがとう」
「はじめましてっ!みょうじなまえと言います。爆豪くんにいつもお世話にな「ッてねェわ!!!……っ!!」……てないです」

私と爆豪くんのお父さんの話すことに否定する彼は光己さんからゲンコツを一発食らう。「何すンだ!!クソババァ!!」の言葉にまたもう一発。そして、光己さんは頬に片手を添え、空いている方の手でお父さんが持っているビデオを触りながら嬉しそうに放った。

「二人の走りを見れるなんて私感動しちゃったわ〜!ここにバッチリ撮ってあるからね!!」
「撮ンなやッ!」
「うん。ダビングするから良かったら貰ってね」
「ダビングすンなァア!!」

両親の言葉に一つ一つ反応をする爆豪くんからは普段の怖さが感じられない。年相応に見える姿に少しだけ頬が緩んでしまう。

「で」
「あ?」
「お題なんだったのよ」

急に真剣な面持ちになった光己さんは先程の借り物競走でのお題を問いた出す。しかし、爆豪くんはその質問に口を結び険しい表情をするだけで答えない。私も気になっていたことだから少し期待を寄せ、そわそわして答えを待つ。あ、でも、もしかしたら悪いお題かもしれないから、期待はしないほうが……。

「なによ、そんな言いたくないお題だったたわけ?」
「あぁ?ンな訳ねェわ!!」

す、凄い。爆豪くんが押されてる……。流石お母さんだと感心しながらも慌てて間に入るお父さんに続き、私も口を開いた。

「まあ、いい「私は去年、料理が上手な人で爆豪くんと走らせて頂きました!」……え?」

いきなり叫んだ私に三人は全員同じ顔でポカンと口を開き、光己さんの話を遮ってしまったことに一度謝罪をする。

「いいのいいの、気にしないで。そうよ、確かあなた達去年も一緒に走ってたわよね?」
「あっ、えっと、はい。私が出した借り物競走のお題がそれでして……」

ちらり。視線だけを動かし爆豪くんの方を見ると複雑そうな表情をしていて、つい謝罪の言葉が出そうになる。料理が上手な人、の発言に理解が追い浮いていないご両親に風邪を引いた時、家にやって来てくれたことを伝えようとしたら、口元を乱暴に防がれた。

「だ ま れ」
「……」

ゆっくり一文字ずつ。耳元でドスの利いた声を発せられ、コクコク首を縦に振る。それを見た光己さんは勢い良く爆豪くんの頭を叩き…というか、ぶん殴った。女の子に乱暴してんじゃないよ、と。そして、一変。声色も顔付きも優しくなった光己さんがこちらに振り向き、言う。

「あ。今からお昼休憩よね?」
「はい」
「もし良ければなまえちゃんのご両親に挨拶をしたいのだけれど、どこかにいるかしら?」
「あ、……え、えっと……。今日は風邪を引いてしまったので来れてなくて。でも、そう言ってくれると親も凄く喜ぶので後でこちらからもご挨拶させて下さいっ」
「そうなのね。お身体は大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です!」
「じゃあ、また今度お話し出来たら嬉しいわ」
「はいっ!」

ペコリ、と何も聞かないでくれる光己さん達に頭を下げてから別れ、父特性のお弁当を手に持ち先生達が食べるテントへと向かった。
そこでは、去年と同じく先生達からたくさんのお菓子を貰う。メジャーなものから食べたことがない珍しいものもくれるから凄く嬉しい。こんな考えをしているとまた爆豪くんに食い意地を張るな、と言われてしまうだろうか。最近では、近くにいなくても彼のことを考えてしまうことが多い。


「……おい」

噂をすれば何とやら。噂ではないが、私の心の中でその対象になっていた人物が目の前にいる。ご飯食べ終わったのかな…?でも、お昼休憩になってそんな経ってないし。どうしたんだろう?

「爆豪くん……?」
「来い」
「……え」

借り物競走の時と同じ怖い顔で私をただ上から見下ろし来いと言う。どこに?と問う前に食べかけの手に持っていたお弁当を乱暴に取られては歩き出きだしてしまい、すぐさま立ち上がって後を追った。

「お腹、空いてるの?良かった。今日はお弁当たくさ「違ぇ」……そ、そう」

お腹が空いてるわけじゃない。だって、きっと光己さんが美味しいお弁当を作ってくれてる。そう分かっていても機嫌が悪そうに前を歩く彼の行動が理解出来ず、変な質問をしてしまった。

「……ババァが作り過ぎたんだよ」
「え?」
「あ゙ァ?一回で聞き取れや!!耳イカれてンのかァ!!」
「ご、ごめん!全然聞き取れなくて」

とても小さい声で、それに前を向いていたから全然聞き取れなかった。他の人より耳は良いはずなんだけど。大事なことを聞き逃すなんて駄目駄目だな。前を歩く背中から自分の足元に視線を移すと、額にコツンと何かが当たる。

「わ、ご、ごめん!!」

またやってしまった。さっきよりは軽くだけど、同じように爆豪くんの背中に頭をぶつけた。怒鳴られる…!目を瞑って心の準備をするが、かけられた言葉は意外なもので。

「メシ。…」
「……」
「あっちで食うぞ」
「え「あ゙ァ?文句あンのかゴラァ!?!?」な、ないない!!ないよ…!!」

あっちで食う。と言うのは一緒に食べてくれるということなのだろうか。それなら先生に一応伝えとかなきゃ。そう思い、爆豪くんに声をかけてから駆け足で戻り、頂いたお菓子片手に歩き出していた彼の元へ向かった。少しだけ首を捻り、こちらを振り返っては「食い意地張ってンじゃねぇ!」と怒鳴る。

「爆豪くんも食べよう……!」
「いらねーわ、ンなもん」

ケッと吐き捨てる姿に目を見開く。暖かい色。心底いらなそうに声を低くして発するが、醸し出す色は暖かく、それが一瞬だけ視えてしまった。どんな思いで声をかけてくれたのかは今の私には分からないけど、きっとこの答えが個性を使わなくても分かり、理解出来るそんな日が来るといいな、なんて緩む口元を必死に結んだ。




prev | back | next