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着いた先には、日陰にレジャーシートを敷いて小さなテーブルの上にある美味しそうなたくさんの料理を囲い、にこやかにこちらを見つめる爆豪くんのご両親がいた。

どうやら彼は一緒にお昼ご飯を食べるために私を呼びに来てくれたみたいで。来る途中の「あっちで食うぞ」とはいうのは誘いの言葉だったことに今理解した。

「一緒に、いいんですか……?」
「ええ、なまえちゃんが良ければ、なんだけど。ここに連れてこられたのも強引だったでしょう?」

この馬鹿がごめんなさいね。と断る逃げ道を作ってくれる爆豪くんのお母さんに首を左右にブンブン振り、「嬉しいです」と本心で返す。"この馬鹿"発言に突っかかる爆豪くんの隣に控えめに座り、お邪魔することにした。
私がここにいていいのかな。そう思ったけれど、光己さん達の表情からして嫌がってはいない、というかどちらかと言えば楽しそう?だし、爆豪くんだって私が座るスペースを空けてくれたのだから大丈夫なのかもしれない。それに嫌だったら声なんてかけないだろう。

紙皿や割り箸、紙コップ等を受け取り光己さん特製の体育祭お弁当をいただくことにした。

「〜〜っ!美味しいぃ……」

割り箸を持っていない方の手を頬の添え、本当に美味しさでほっぺたが落ちてしまうような感覚になる。幸せを噛み締めながら、装ってもらったおかずをパクパク口の中に放り込んだ。

「これよ!これっ!!作った甲斐があるわ〜」
「ぁあ゙!?俺への当て付けか!」
「そうね、あんたもこんな風に素直に言ってくれればね」
「素直だろうが!!!」
「ん?それは、なまえちゃんのお弁当??まだ食べ終わってなかった?」
「っは、い……、……父が作ってくれて!」
「あら。美味しそうじゃない!」
「あの、良かったら……」
「俺を無視すんじゃねえ!!」

息子との会話中、父特製弁当に気付いた光己さんの質問に口いっぱいに含まれていた食べ物を飲み込んでからお弁当の中身を見せると、美味しそうと言って唐揚げを一つ食べてくれた。そして、先程の私と同じく頬に手を添えたかと思えば「美味しい」の感想をいただく。皆のやりとりをずっと優しく見守っていた爆豪くんのお父さんにも同じように言って貰えて誇らしげな顔をしてしまう。嬉しくて、つい……。父のことを褒められるのは自分のことよりも嬉しい。

「爆豪くんも良かったら、」
「……」

無言は肯定、だと思う。仲良く?なってから学んだことのひとつだ。偶に間違えるけど。今の表情からして断ってはいないとお皿に唐揚げを乗せる。

「……」
「……ど、どうかな」

自分が作った時よりも緊張している。光己さん達は違うものを食べながら、ふたりで会話をしていてこちらの話には介入してこない。

「……悪くねぇ」
「!そっか。それ、お父さんの得意料理なんだぁ」

やっぱり嬉しい。爆豪くんに褒められた?ことに調子に乗って余計なことまで言ってしまった。しかし、そのことには何も反応をされなかったから別に言っても良かったのだろうと安堵する。だけど、皆優しいな。ほとんどのおかずを食べ終えてお腹がいっぱいだというのに、しかも光己さんが唐揚げを作ってきているのに食べてくれるなんて。

全て完食し、食休みをしていると思い出したかのように光己さんが口を開いた。

「あ、そうそう。出店やってるのよね。勝己、かき氷買ってきてくれない?いちご味」
「は?ンで俺が」
「確かコーラ味もあったわよ。なまえちゃんもかき氷好き?」
「あっ、はい。好きです」

じゃあ、二人で好きなの買ってきな〜。そう言ってお金を爆豪くんの手に握らせた。私は遠慮して、爆豪くんは普通にいらないのか、お互い違う意味でいらないと伝えるが、強制的にレジャーシートから追い出されてしまう。

「……チッ」
「あ、あの……私、買ってこようか?いちご味だよね」
「てめェ三つも持てんのかよ」
「え、……あ、持て「出来ねぇこと口にすンな」あ、うん」

ケッと吐き捨てて足早で目的の場所に向かおうとする後を追いかける。三つ、というのは光己さんと自分の分、それと私の分だろうか。爆豪くんのお父さんはお腹いっぱいだからいらないと言っていた。当たり前のように私を数に入れてくれたこと、やっぱり爆豪くん本人もかき氷を食べることに表情筋が緩む。



「おい、早くしろ。いつまで待たせンだ!!」
「ま、待って…………あの、どうしよう」

右足裏をトントン地面に叩きつけ貧乏揺すりをされる理由は、かき氷の味が決められないからだ。ブルーハワイとレモン。このふたつの味で暫く悩んでいる。偶然にも後ろに並んでいる人はいなく、私達だけだから気軽なく悩むことが出来るのだが。

「どうしよう、じゃねぇぇえ!ノロマがッッ!!」
「じゃ、じゃあさ、爆豪くんはどっちがいいと思う?」
「ンで俺が決めなきゃなんねェんだ!!」

今にも個性を使いそうな手振りをされ、必死に決めようとする。前に一緒に行ったお祭りの時はいちごにした。今回は……。どっちにしよう。こういう時の勘というのは働かない。いつも選んでいない方が良かったと後悔するから。
そうして、いつまでも悩んでいる私に痺れを切らした爆豪くんが自分のとお母さんの分を頼んだ後、続けて「レモン」を注文してくれた。

「ありがとう……!」

お店の人からレモン味のかき氷を受け取ってから、右手にいちごを左手に自分のを持ちスプーンを使わず豪快に上からかぶり付く彼を後ろから覗き込むようにしてお礼をした。

「こういうの選ぶ時、いつも選ばなかった方にすれば良かったかもって後悔することが多いから決めて貰えて嬉しい。レモン味、美味しい」

爆豪くんの半歩後ろを歩き、スプーンで掬って美味しさを噛み締めながらそう言うと、訝しげな顔でこちらを見つめられた。

「てめェがただ食い意地張ってるだけだろーが」
「?」
「……片方食ったから食ってねェ方を次は食べたくなるだけだろ」

強欲、と鼻で笑われ、言われた意味を理解するのに数秒かかった。そうだ、言われてみれば。私はなんて欲深い人間なんだ、と恥ずかしさで顔に熱が籠る。自分の羞恥を晒してしまったことにいつもの癖で謝ろうと口を開いた時、聞いたことのある声が耳に入ってきた。


「あれ?勝己もかき氷買ったんだ」

その声の主を確認するため、視線を動かすとそこには爆豪くんといつも一緒にいるお友達が私達と同じ食べ物を持って立っていた。だけど、白い氷の上には青色がかかっていて、直ぐにさっき悩んでいたブルーハワイ味のかき氷だと気付く。
ふたりが短い会話をして別れ間際、食い入るようにジッと手に持っているそれを見つめる私にお友達は話しかけた。

「えっと、……食べる?」

控えめに突き出された先程まで迷って手に入れることがなかった味。ごくりと喉を鳴らし、目の前のご馳走に判断能力は低下し、欲に忠実に腕を伸ばした。

「いい、んですか?」
「ああ、別にいいけど」

恐る恐るお友達のスプーンを掴み氷を掬うと、「えっ……」と驚きの声を上げられたことに疑問に思いながら、それを口まで運んだ。

「んぐっ……!?」

あと数センチで食べれるところで、後ろから体操着の首元を強く引っ張られその反動で変な声を発し、掬ったかき氷もスプーンから地面に落ちてしまった。ゆっくりとその犯人……爆豪くんの方へ振り向くと、珍しくというか初めて見るポカンとした顔で「……あ?」と言葉を漏らしていた。
この場にいる全員が現状を理解出来ず、シンと静まる空気を破ったのはこれを作った本人で。

「食い意地張ってんじゃねェ!!大食い女!!」
「!!」

そう叫び、ガニ股で不機嫌に歩いて行く姿を見て我に返った。わ、私はなんてことを……!折角買ってもらった自分のものがあるというのに人様の食べ物を分けてもらおうだなんて。やっぱり私は彼の言う通り食い意地の張った強欲人間なのだと、平静でいられず居た堪れなくなり勢い良く謝罪をしてから、爆豪くんの背中を追いかけた。




「きょ、きょ、きょうは、よよよよよろしくっオネガイシマスッ!!」
「よ、よろしく、お願いします」

午後一番の種目は二人三脚。あの出来事から緑谷くんには挙動不審に接せられ、気を遣わせてしまっている。私の不注意で起きたことだから、申し訳なさと気まずさとでこっちも気を遣ってしまい、周りから見ればお互いが変なやりとりをしているように思われるだろう。

それでも競技は待ってくれる訳もなく、入場をし自分達が走る順番まであと数ペアになってしまった。隣をちらりと盗み見ると走ることに緊張しているのか、あのことで気まずいのか、それともどちらもなのかは分からないが、いつもの何倍も様子が可笑しかった。
もしかしたら、最終走者として直ぐ後ろにいる爆豪くんの影響もあるのかもしれない。私達は最後から二番目のため、アンカーの前に並んでいる。緑谷くんがこうなったのも私のせいが大きいと感じて、何か気にならなくなるようなことを言おうと口を開いた。

「緑谷くんって、最近トレーニングとかしてるの?」
「……えっ?」
「なんか前より筋肉が……っていうか、逞しくなったというか……あっ!あの、違くてねっ…!その、なんていうか、二人三脚で密着するから、それで、あの、気がついて……」
「えっ、あ、うんっ……!」

そう。日に日に緑谷くんの体が逞しくなっているのは前から気になっていたことで、あのことから気が逸れたらいいと思ってかけた言葉だが、余計に変な空気になってしまった。私のような者が話題を変えるなんて高度なこと出来るわけないのに、調子に乗ったと反省する。

「!」

反省して俯き地面に顔を向けると微かに鼻を掠った香りがして、これなら話題を変えられるかもしれないと思い、この話題に確信が持てるよう緑谷くんの腕……肩辺りに鼻を近づけた。多分柔軟剤変えた、気がする。

「!?……えっ!?」
「んぶっ!!」

あと少しで匂いが嗅げるというところで緑谷くんの驚きの声と共に私の言葉にならない声が口から出てくる。その理由は簡単で、右側の顔を後ろから硬い掌で押されたからだ。緑谷くんが視界から消え、押された勢いで地面に軽く肘をつく。伸びてきた手の持ち主を見ようと動かせる範囲で首を回すと、そこには先程と同様ポカンと間の抜けた顔をする爆豪くんがいた。

「……あ?」
「か、かっちゃん……?」
「あ゙ァ゙!?」
「ヒッ……」

幼なじみ二人のやりとりに耳を傾けながら今も尚、掌を退けない彼に不思議がり硬直したまま、個性だけは使わないでとただ願っていた。そして、こちらに視線を寄越した爆豪くんは手を離し一言述べる。

「痴女かよ」
「!!」

いつもよりワントーン低めで放たれたものに喉の奥がヒュッと鳴る。去年と同じ過ちを犯してしまったのだ。

「わっ、ご、ごめんなさい……!!私はなんてことをっ!ごめんね、緑谷くん!!」

爆豪くんもありがとう……と動揺から普段の二倍は早く口を動かした。緑谷くんは吃りながら許してくれて、後ろにいる爆豪くんはペアの子から「女子に乱暴するなんてひどー」などと言われていた。

爆豪くんが女子と関わっているところをあまり見たことは少いけど、ペアの子は彼と小学校が同じで関わりが多かったのか物怖じしないで練習の時から接していた。その二人の姿を目に映す度、何故か心がチクチク痛むような感覚に陥り落ち着かない。今もそう。背後から聞こえて来るやりとりになんだか良い気分がしない。こんな感情になるなんて嫌な人間だと思ってもこれが消えることはなかった。





二人三脚の種目は無事終わり、圧倒的な差で勝利を収め、緑谷くんとはお互い気まずい雰囲気だったがそれよりも失敗したら爆豪くんに殺される、という恐怖心から今までで一番の速度で走り切ることが出来た。

そして。問題なく全種目が終了し、結果は私達のクラスが優勝。去年成し遂げられなかった爆豪くんが言った"全種目一位取っての優勝"となった。

閉会式後は片付け。前をスタスタ歩く爆豪くんを偶々追う形で歩いていると、彼のポケットから一枚の紙切れが落ちたのに気が付いた。

「なにか落と……」

それを拾い上げると見えてしまった文字。

「……手料理を食べてみたいor食べたい女子?」

マッキーペンで書かれたそれは去年私が出た種目で見たものと同じように思えて。まさか、これは借り物競争のお題……?と紙に穴が開くくらい凝視してしまう。

「わっ!?」
「っっに見てンだ!!!!拾ったもん勝手に見んじゃねえ!!」
「……ごめんなさい」

お題を言った小さな呟きが彼にまで届き、振り返った爆豪くんは私の手から乱暴に奪い、爆破させ紙を粉々にした。

「爆豪くんの好きな食べ物ってなあに?」
「……言わねぇ」

さっきよりも歩く速度を速めた彼に小走りで付いていく。爆豪くんは嘘をつかない。そのこととこのお題で自分が選ばれたことに調子に乗った私は強気な質問に続いて「またお家にご飯食べに来てくれると嬉しいな」なんて言ってしまうのだ。これに対し無言を貫き、顔を顰め少しだけ顎を突き出す爆豪くんには何の恐怖もなかった。




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