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受験生の夏休みが始まって数週間。外からは蝉の鳴き声が聞こえる中、父と対面し、これから告げることに手に汗を握った。


「私、雄英に入学したい」

目の前にいる相手の顔は見ず、テーブルに視線を向けて放ったことに父は数秒黙った後、ゆっくり口を開く。

「それはヒーローになりたいってことか?」
「……うん」

聞こえるか聞こえないかの微妙な音量で頷く。やっと言えた。ずっと伝えようとも勇気が出なくて言えなかったこと。顔を上げるとそこには複雑そうな表情をする父がいて、心配、不安、疑い……そんな感情が色で視えた。

「……なまえ自身がそう思ってるのか」
「うん」
「そうか」

なら、父ちゃん応援する。そう言って思っていたよりすんなり了承を得れてホッと気が抜けた。

「だけど、」
「……」
「もしなまえがヒーロー以外になりたいと思ったら、その時はそれになればいい。父ちゃんはいつでもなまえの味方だから」
「……うん、ありがとう」

ヒーローというのは危険が常につく仕事。今までのこともあり、応援するなんて言われるとは思わなかった。だけど、その言葉には少しだけ嘘があって。多分、父はヒーローになることにあまり賛成はしていない。心配しているんだ。私を含め兄や祖母のようにヒーローじゃない人間も敵には襲われるがヒーローともなると襲われる、というよりいろんな面で危険、死が他の人よりも段違いで訪れるから。

それに、私のこのびびりな性格からしてヒーローになるなんて言われるとは思わなかっただろうし、余計に心配しているんだと思う。きっと父にはバレてる。私がヒーローになりたいのは兄の夢だからってことを。気付いてて、応援すると言ってくれてるんだ。だから、もしものためにヒーローをやめる選択をしやすいように声をかけてくれた。


強くならなきゃ。父に心配されないように。もう父から家族を奪わないように。
そして、兄の夢を……ヒーローになった兄が救う筈だった人達を助けるために。強くならなきゃ。








私には朝のルーティンがある。そのうちのひとつに早朝のトレーニングがあり、これは兄がいた頃から一緒にやっているものだ。それに加え雄英の実技試験に向けてプラスでメニューを組んでいる。

そして、今日は気分転換にいつもと違うルートでランニングをしていたら、そこに夏休みに入って初めて聞いた同級生の声が耳に入ってきた。


「緑谷くん?」 

海浜公園。海の漂着物や不法投棄されたゴミで近所の人が寄り付かなくなったこの場所に緑谷くんがどうしているんだろうと気になり、何となく中に足を進める。
そこで目にしたのは緑谷くんとひとりの男の人。お父さん?親戚の人かな?背後からふたりの様子を見てたら、突然緑谷くんが苦しそうな声を出してから嘔吐した。

「!!」

それを見た近くの男の人はやれやれと呆れたような手振りをし、あまり気に留めていなくて。トレーニング用に持っていた水を手に持ち、気付けば緑谷くんの名前を呼んでいた。

「っみょうじさん!?……何でここにっ!?!?」
「あ、ちょっとランニングしてて。あのっ、大丈夫?」
「え、あっ!ご、ごごごごめんっ!汚いものをっ」
「ううん、これ良かったらお水を」
「え……?いや、だ、大丈夫だよっ!?持ってるから!でもあああありがとうっ」
「そ、そっか」

駆けつけ飲みかけのペットボトルを差し出すと頭が飛んでいってしまうのではないかというくらいの勢いで首を左右に振る緑谷くんに、人様に自分の飲みかけを渡そうとするなんて……と自己嫌悪に襲われた。それから、近くにいた大人の方に挨拶をしていないことを思い出し、そちらに向きぺこりとお辞儀をする。

「こんにちは、緑谷くんの同級生のみょうじと言います。緑谷くんにはいつも優しくしてもらっていて」

歳が近い人より離れている大人の方のほうが話しやすい。家族関係の人だと思い、スラスラ挨拶をしてる内にもしかしたら違うかもしれないという思考になって言葉が詰まる。しかし、相手は然程気にしていない様子で返事をくれた。そこでやっと相手の顔をマジマジ見ることができ、驚きで固まる。

……え?なんで、ここにこの人が……?
姿形は違うけど、私の二つの個性があのヒーローだと言っている。


「……オールマイト」
「「!?!?」」


緑谷くんと知り合い?なんでここにいるの?その姿は?と痩せ細ったNo.1ヒーローを見て動揺を隠せない。しかし、二人は焦りながら挙動不審に否定をするから、このことは知ってはいけない事実なのかもしれないと私も自分の発言を誤魔化した。

「じゃあ、またねっ」
「う、うん!またっ!!」

このまま長居をしてはいけない気がしてその場を足早に去る。速く足を動かしながら心臓はバクバクと波打っていた。自分の個性を信じるのならあの人はオールマイト本人。直接会ったことはないから匂いは分からないけれど、色がテレビで見る平和の象徴と同じで私の勘もそう言っている。加えて、嘘の色が視えてしまった。
何故、嘘をつくのか。考えるだけで悍ましく恐怖が心を支配する。だって、オールマイトが、平和の象徴が弱っている……いなくなるかもしれないってことでしょう。存在だけで敵の抑制になるヒーローがいなくなったら、この国はどうなってしまうのだろう。震え出した体を抱きしめるように両腕を回した。

私がヒーローになって皆を守る、という思考にはならなくて、ただ恐ろしいという感情しか芽生えなかった。こんな人間がヒーローを目指そうとしていること自体世も末なのかもしれない。

この世から個性がなくなれば皆幸せになるのだろうか。そんなことはないけど、今よりは良くなるだろうと架空の世界を思い浮かべ、憧れた。










月日は流れ、試験当日。雄英ヒーロー科を受ける爆豪くん、緑谷くんよりも一足先に会場に到着していた。

実技試験会場として用意された場所は地元の公民館などより何倍も大きくてそれが受験生の多さを示した。こんな大人数の中から合格なんて出来るのかな……。倍率だって300を超えてるし。
不安ばかりが募る中、背後から安心する声が聞こえ振り返った。

「……あ?てめ、なんでここに」
「あ……ば、爆豪くん、おは「あ゙!?」……」

ここにいる理由。雄英ヒーロー科を受験することに気付いた爆豪くんは眉間に深く皺を作った。受かるかは別として彼は私達の学校から唯一の雄英進学者になることが大事なのだと風の噂で聞いたことある。
だから、私がここにいること自体よく思われないのだろう。何か言われると覚悟していたが、それは無意味だったらしくひどく驚いた様子でこちらを指差した後、一つ舌打ちをしてからは何も発さず、先に会場の中に入って行った。


「え、みょうじ……さん?」
「あ、緑谷くん、おは……」
「お、おはようっ!……え、あの、何で……?」

続いて後ろから名前を呼ばれ振り返るとそこには緑谷くんがいて、誰にも雄英に受けると言っていなかった私がどうしてここにいるのか分からない様子でさっきの爆豪くんと同じ顔をしていた。一言、説明しようと考えるも緑谷くんの姿を目にして思考も身体も全て動きを止めてしまった。

「……オールマイトと同じ、色」

瞬きすら忘れて驚愕し私から出た発言に緑谷くんは「……色?」と首を傾げる。前も同じことを言った気がする。でもそれは彼の纏うオーラで、個性が宿る体内から視えた色ではない。今視えているのはオールマイトと似た考え方をする緑谷くんの色ではなく、個性の色がどこなく似ている……というか、ほぼ同じに感じるのだ。私は感情が色として視えるけれど、それは感情のない物にも色として視えるから、どんな個性なのかというのも色で目に映る時がある。






《今日は俺のライヴにようこそー!!!エヴィバディセイエイ!!!》

ステージに現れた一人のプロヒーロー、雄英の講師を務めるプレゼント・マイクが受験生達を盛り上げようとする。

「ボイスヒーロー"プレゼント・マイク"だ。すごい…!!ラジオ毎週聞いてるよ。感激だなぁ……雄英の講師は皆プロのヒーローなんだ」
「うるせえ」

席には爆豪くん、緑谷くん、私の順に座っている。さっきの色のことは我に返って誤魔化したのと開始時間が迫っていたことで話が逸れた。
どうやら入試要項通り模擬市街地演習を行うようで、三人とも会場が違うのを確認した爆豪くんは不機嫌そうに放った。

「チッ……てめェらを潰せねえじゃねぇか」
「「……」」

その一言に固まる私達。怒ってる…。緑谷くんは顔を引き攣らせて爆豪くんの方を横目で見ていて、私は逆に目が合わないように顔を逸らした。


雄英の敷地は広い。校内にある演習会場でも距離があるためそれぞれバスに乗って向かうらしい。自分の会場へのバスに足を進めていたら、近くにロボットのようなガチガチの動きをしている緑谷くんがいた。

「き、緊張、するよね……」
「うううううんっ!ソウダネ」

どうにかして自分と同じ気持ちであろう彼を励まそうとしてみるもかけた言葉を間違えてしまった。あああ……!全然ダメダメだっ!何やってるの私は!!余計なことを言ってしまった…!どうしよう、どうしよう、と人生を左右する大事な試験の前に本人にとってマイナスになるようなことをしてしまったと焦る。そして、すぐさま閃いた!と顔を明るくさせ、ある行動を起こした。

「えっ、みょうじさん……な、なななに!?」
「えっと、あの……おまじない?」
「……おまじない」

おまじない、と言っているのはこの手のこと。緑谷くんの両手を自身の両手で包み込んでいる。これは、祖母がよくやってくれたおまじない。

「こうすると緑谷くんの緊張が手から私に伝わって半減するんだよ」
「え……」
「一人で何かを抱えるより分けた方がいいでしょう?そのための方法なんだって」

更に力を込めて握ると赤くなっていた顔が徐々に落ち着き、目を丸くさせる緑谷くんが破顔させ「ありがとう」と照れたようにお礼を言った。それに私は「あっ、でも……!私の緊張も緑谷くんにっ……!ご、ごめん」と謝ったら「そ、そんなことない!!うんっ、ありがとう!!」なんて眩しい笑顔を頂く。それから直ぐ、試験官に早くバスに乗るよう促された。

「おまじない、効いたかなぁ」




そして、演習会場。

「……広い」

想像していたより何倍も広いこの場所に圧倒され足が震え出した。本当に戦うんだ、個性を使って。……やれるのかな、私が。個性に批判的でヒーローへの気持ちも何もかもここにいる人達より薄い私がここにいていいの?仮想敵だとしても襲ってくる相手に立ち向かえるの?自分より大きいものを倒せる精神が私にはない。
考えれば考える程、負の感情に心を制され動けなくなる。呼吸だって浅くなっていった。

しかし、次の瞬間。突然肩に重みを感じた。勢い良く後ろを振り向くと。

「!!」
「あははははっ!!お前がここにいるってことはもう僕に入学して欲しいってことかな?雄英は」

その重みが肘だと分かったのは相手の顔を見てから。

「何を深刻そうな顔してるのさ、なまえ」

企みを含んだ見慣れた笑みを見るのはいつぶりだろう。悪い顔をしていても久しぶりに会った幼なじみの存在に先程の感情は薄れていった。

「個性借りるよ」
「……寧人」




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