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物間寧人は物心がつく前から一緒にいる私の幼なじみ。よく口にしていた幼なじみというのは彼のことで。祖母に教わり、その器用さからいつも髪を切ってくれるのは寧人だ。他にも色々、私にとって掛け替えの無い存在である。重いかな、なんて思うけれど、兄と寧人が私にはヒーローみたいなものだった。

寧人の個性はコピー。体に触れた対象の個性がコピー出来るというもの。私の二つの個性は寧人の"スカ"には当てはまらず、何故か兄のはそれに当てはまった。多分、兄は成長と共に力を付けていったため"蓄積"が必要とされていて、私のは個性発現時に既に全ての力が備わっていたからその性質をコピーできたのだろう。

以前、緑谷くんに食べることをエネルギーに変える、という問いに、その通りだと断言できなかったのは寧人が私の個性をコピーして使えるから。食べる量=エネルギーの方式だと蓄積の観点から寧人は使えないと思った。個性についてはまだまだ色んな説があるから本当のことは分からない。だけど、寧人がコピーしてくれることで私の心は救われた。


幼い頃。個性を制御するため、よく兄と寧人に付き合ってもらった。学生時代から四人で仲が良かった両親達のおかげで住んでいる県は違えど、寧人とはよく遊ぶことが出来た。私よりも器用、そして恐怖心で何も出来ない私の代わりに寧人が先に個性を使って見本を見せてくれたのだ。技術も精神面でも幼なじみに頼りっぱなしで、意地悪をする子からも守ってくれたりもして、情けない姿を見せる度「オリジナルがコピーに負けるなんてぇ?」と毒舌吐かれることもあったけど、いつも一緒にいてくれた。

寧人もヒーローに憧れていたが、周りからはその個性じゃスーパーヒーローにはなれないと言われていた。けれど、私にとって寧人はスーパーヒーローで、なれないなんて思ったことは一度もない。「コピーという個性ではスーパーヒーローになれない」「脇役の個性なんだ」って言われ続けた故に寧人自身もそう思うようになっていた。コピーは凄い個性だ。人を助けることの出来る個性。脇役なんてことは決してない。

私が個性の制御を頑張れたのは友達と仲良くなりたいだけじゃなく、二人に付き合ってくれた恩を返したいと無力ながら思ったのだ。それに、"視る個性"も使えてしまうため嫌な思いをするだろうに幼なじみはそんな素振りを一切見せず練習に付き合ってくれたこと、楽しそうに笑っていたことを今でも覚えてる。お礼を言うと必ず「なまえのためにやってるんじゃない、自分の為にやってる」と嘲笑うように言っていた。


とにかく、私にとって寧人は大事な存在でこれからもそれが変わることはない。




数ヶ月前に会った幼なじみの顔を見て心が落ち着いた。ここでやらなくては兄が入ろうとしていた高校には入れない。今は恐怖心に気づかないフリをしてプレゼント・マイクの掛け声と共に飛び出した寧人を含めた他の受験生達より数秒遅れて足を動かした。

そして、進んだ先に現れたのは1Pのギミック。まず、この一点から。

「……う、ごかない…」

一点でも多く取らなければいけないのに足が竦んで動かない。視線だけはキョロキョロと動かすことができ、目に入ったのは自分より大きな仮想敵を倒していく者や恐れ逃げる者、それからギミックにやられたのか倒れている者もいた。倒れている人を見て余計に怖さが倍増する。
怖い、倒せない、私なんかが…。機械音と同時に手らしきものがこちらに振り下ろされて、反射的に瞼を閉じた。

その瞬間、ゴンッと激しい音と共にギミックは壊れ、バラバラに崩れていく。

「寧人!」
「っなまえはここにっ、僕の手助けをしに来たのかい!?生憎、囮役は必要としていないっ」

既に何点か取っているのか息を切らしながらこちらに背を向けて話す幼なじみは首を少し捻り、視線だけを動かし私を捉えて、小さく呟いた。

「お兄ちゃんの代わりになるんじゃなかったの、ヒーローに」

その言葉にドクンッと心臓が鳴る。そうだ、私のやるべきことは何だ。思い出して。もう時間は半分程度しか残っていない。でも、ここでやらなきゃ兄の夢を、ヒーローになんてなれない。怖い。怖いけど、大丈夫。お兄ちゃんだったら戦うから。笑って戦うから、兄のように……兄になりきって敵を……


《あと6分2秒〜》

残り6分。また私の肩を触り去って行く寧人を見つめて仮想敵がいる場所へと走り出した。

最初に倒したのは2P。一度倒してしまったら次からは早かった。個性を使って相手の位置を確認し、後半鈍ってきた受験生達が取り逃したり、倒せないギミックを一回の攻撃で仕留めいく。それから助けを求めていたり、怪我をしている人がいたら駆けつけ危なく無い場所まで連れて行く。私だったら出来ない事で、兄がすること……というより、自分は兄だと言い聞かせて行動をすると何でも出来た。


しかし、残り数分。

「!?」

ギギギッと嫌な機械音が微かに耳に届いた。その方向を見ると建物を壊しながらこちらに向かってくる0Pのギミック。あ、あれは……無理…。隠していた恐怖心は圧倒的な脅威の前で隠しきれなかった。私のように震え固まる人もいるけれど、ほとんどが仮想敵に背を向けて逃げる。兄だったらきっと立ち向かう。例え、0Pだとしても。これくらい倒せなきゃヒーローになれねえ!とか言って。自分は兄だ、と思い込んでもあれに向かっていく度胸は私にはない。


「おいっ……!」
「!?」

固まり腰が抜けそうになっているところにひとりの受験生に声を掛けられた。さっきの崩壊で落ちてきた瓦礫に下半身が埋もれているようで。

「い、いま…いく、か……!!」

困っている、あのままじゃ潰されちゃうと彼の呼びかけに応えてた瞬間、頭にモヤがかかったような感覚に陥る。そして、あのギミックが現れてから一歩も動けなかった私の足は誰かに操られているかのように皆と同じ方向へと走り出した。しかし、その途中倒されたギミックの破片に突っかかって倒れてしまい、その衝撃の影響かは分からないが意識が戻った。

「……今の、なに」

きっとさっきの人の個性だろう。私を助けてくれたんだ。何の個性かは今考えている余裕はない。振り返ると彼の数メートル付近まで近寄っていた巨大なギミック。あのままじゃ潰されちゃう。また、まただ。私のせいでまた誰かが…!

さっきまで恐怖で何も出来なかった脅威的な存在に自然と足が向かった。
脚に力を込めて地面を蹴る。文字通り体は宙に浮き、まだ崩壊されていない建物を飛び台に利用して一段と高く跳ぶ。そして、顔と思われる場所まで辿り着き、そのまま右足を振った。
 

「っ!!」

蹴ったその場所は砕け数カ所爆発するが、倒れず左右にある腕はまだ動く。ギミックの大きなふたつの掌が私の両側から挟むようにやってきて、吹き飛ばされると思い自身の両腕を顔の前でクロスさせた。しかし、痛みは訪れず破壊の音がするだけ。

「っんとに!!何でこれに立ち向かうんだよ!!!馬鹿でしょ!?0Pだろ!!」
「あ、ありがとう……!」
「お礼をっ!!言ってる!場合じゃないっ!」
「……う、ん」

降ってきた右腕を破壊してくれたのは幼なじみで、安心から顔が綻んでしまう。そして、左腕は…

「あんた、大丈夫!?」
「……えっ、あ、……は、はいっ、ありがと、ございますっ」

通常より何倍もの大きさの掌でギミックの腕を掴む綺麗な顔の女の子。捕まえているが力負けをされて押されているその子の持つ腕を寧人が破壊。もう一発蹴れば動かないと感じて私はまた地面を蹴り、ギミックの体の中心部に足を回した。


今度は後ろに倒れ、それと同時に終了の知らせが辺りに響く。

「……終わった」
「はぁ、僕の貴重な時間を「ごめん、ちょっと待ってて!」……」

何か言いかけた寧人を遮り先程助けてくれた人の元へ向かう。しかし、倒れていた場所には既にその人はいなくて、お礼を言うことは叶わなかった。また会えたらその時に……。会える可能性がどれくらいかは分からないけれど彼のことは覚えたから。それと、何となくまた会える気がした。





試験終わりの帰り道。

「今日はありがとうね。寧人がいなかったら私何も出来なかった」
「何を今更。まあ、あの0Pギミックに向かっていったのはいいんじゃない?」
「?……馬鹿って」
「馬鹿とは思ったけど。あんな巨大なギミックを0Pっていうのは何かしら理由があると思ったんだ。僕はあれを倒しに行かなくても合格点は取れていると踏んで行かなかっただけ。ヒーローはポイント稼ぎのために敵と戦う訳じゃない。倒せる倒せないにしろあれに立ち向かったことは評価に繋がってるよ」

例えば、救助ポイント的なものがあればそれに。戦闘力が全てじゃないからねと言われる。それだったらあの時私を助けてくれた彼にもつくだろうか。あの時、視える個性は発動しなかったから彼がどんな個性を持っているか知らないけど、私と似ているように感じた。

「?……あっ!だから、寧人は色んな人を助けてたんだ」
「はあ?やめてくれないかなぁ!?その言い方だと普段僕がヒーローらしからぬ、人助けをしない人間みたいじゃないか」
「そんなことないよっ」

ただ、本当の危険はないと分かっている場所でポイントより救助を優先し、自分のメリットにならないことをするとは思わなかっただけで。試験じゃなければ助けている。もしあの場でも、助けてと手を伸ばされたら寧人はきっと助けるだろう。

「寧人はヒーローだよ」

私を救ってくれている、昔からずっと。小さい頃から一緒にいてくれてありがとう。感謝の気持ちで表情筋が緩んでしまうと左右の頬を包まれ伸ばされた。

「い、たい」
「ハァッッ!!そんな間抜け面で雄英入学して大丈夫なわけえ?僕はなまえの面倒見てるほど暇ではないからね!」
「うん。でも、まだ合格したかは……」
「ふははははっ!僕達の活躍で合格出来ないなら雄英は見る目がない!!」
「そ、う……?」

高笑いをする幼なじみを横目に首を傾げる。でも二人で同じ学校は楽しみ。寧人と毎日会えるのは嬉しいな、と他の受験生とは違う意味で合格を願った。

「今日、ご飯食べてく?」
「夕飯なに?」
「肉じゃがなんだけど」
「あ〜、今日はハンバーグの気分なんだけど」
「ハンバーグかぁ」

でも既に作ってあるし、変えるのは難しそう。だけど、こうは言っても寧人はいつも食べるからこのまま一緒に私の家に帰るだろう。

「ま、元々泊まるつもりだったけど」

ふふ、だよね。「荷物は駅前のロッカーに入れてあるから早く取りに行くよ」と言う幼なじみに笑みが溢れた。




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