27
私はいつもそうだ。大事な人を死なせてしまう。全部、私のせいで。



今日は父の誕生日、そして祖母と兄の命日。この日は毎年父と一緒にお墓参りに行き、夜はあの日出来なかったサプライズ、父の好物を食べるというのが恒例になっている。


「お肉買うの忘れてたっ!」

父の好物はカツカレー。カツ用のお肉がなければ話にならない!なんていう失態。今から買ってくると玄関を出ようとしたら父に呼び止められた。

「父ちゃんが買ってくるよ」
「それは駄目!!私が買ってくる」
「いいよいいよ。なまえやることいっぱいあるだろ?」
「でも、」
「ビューンって行って帰ってくるから、な?」
「うん、わかった。ごめんね」

父の誕生日だから本人に買わせるわけにはいかないという気持ちから自分が行こうとしたが、優しさに甘えて頼むことにした。こんなことは初めてだ。二人が亡くなってから、毎年ちゃんとやろうと思ってこの日は何かを忘れたことは一度もない。
もしかしたら、雄英に合格出来たことにホッとして気が抜けてしまったのかもしれない。ここからお肉屋さんは然程遠くない。だけど、あの日のトラウマから「早く戻ってきてね」なんて子供のようにわがままを言って送り出してしまった。






どこのお店で買ってもらうかは伝えてある。歩いて往復20分もしないで帰ってこれるだろう。しかし、父が家を出て2時間。未だに帰ってこない。すれ違いになったらいけないから家で大人しく待っていようと思ったけど、3時間が経過して日も落ち始め、辺りが薄暗くなってきたところで我慢出来ず家を飛び出した。


……おかしい。連絡もなしにこんな遅くなるなんて。しかも今日は二人の命日で、余計に心配をかけるようなこと父はしない。おかしい、絶対におかしい。嫌な予感しかしない。これが個性からなのか、それともトラウマからきているのかは分からないけど、帰ってこないという事実は変わらないし何かあったに違いない。


「っは、はぁはぁっ……」

いつも通るお店までの道を走り目的の場所についても父はいなくて、店員さんに聞いたら数時間前に買って帰ったよと言われた。昔からよく行っているからお肉屋さんのおじちゃんは私達のことを知っている。

じゃあ、どこに……?家やお店付近を探してもいない。スマホも私は持っていないし、家から電話をかけても父には繋がらず、五感が鋭くなる鬼の個性を最大限に使っても見つけることは出来なかった。どうしよう。どうすればいいの。兄だったらこういう時、どうす……

「……もう、いないんだ」

お兄ちゃんは…。私のせいで死んだんだ、お兄ちゃんもおばあちゃんも。いつもの癖で兄だったらどうするかと考えるけど、敵に襲われたあの日のことが鮮明に脳裏に浮かび、両手で顔を包んでその場にしゃがみ込んだ。お父さん……どこにいるの。なんでどこにもいないの。私だけじゃ見つけられない。誰か探す力を借りた方がいい。だけど、誰に……?警察に?ヒーローに?

「……寧人」

そうだ。寧人に。家に帰って寧人に電話して、それで、それで……


見つかったら、父が見つかったとして最悪な事態になっていたらどうしよう。寧人のことは信頼をしているけど、ここで無意識に見つけられる可能性が高い警察やヒーローに頼もうとしなかったのは探し出した父が無事ではなかった時のことを考えたくなかったから。
でも、もし今危険な目に合っていたら、いち早くこのことを伝えてヒーローを呼ばなくてはいけない。もう失いたくない、としゃがんでいた体を無理矢理起き上がらせる。

「え……」

口から震えた声が漏れてしまったのは視界に、あるものが映り込んだからだ。私が今いるのは地元の河川敷。少しだけ伸びた草むらに父の財布らしきものが落ちているのが見えた気がした。見間違い、ただの勘違いだ、同じものを持っている人なんて沢山いるよ、と自分に言い聞かせながら、恐る恐るその方向へ足を進めるとそれが細かい部分までよく見えて一歩近づく毎に父のものだと思い知らされる。

川に、落ちたの……?今日は川の流れがいつもより早い。おまけに気温も低くて、こんなの流されたら……。考えるだけで恐怖から体が凍り付いた。大分暗くなってきて視界は良くないけど、目を凝らすと反対側の川の側面にビニール袋のようなものが引っかかっていた。その袋には父が買いに行ったお店のロゴがプリントされている。


「私が、買い忘れたから……」

私がちゃんと用意して。父に頼まなければ、こんなことにはならなかった。父が川に流されるなんてことなかった。混乱し、頭がパニックになっている私には判断能力も何もかも失い全部が悪い方向へ思考は進み、ただ父がこの川の中にいる、その自分が導き出した答えだけで水の中へ足を踏み入れた。

一歩、更に一歩進み、流されないよう脚に力を入れた時。

「ッにやってンだ!!!!」
「っ、」

後ろから耳鳴りがするほどの大きな怒号と共に二の腕を内側から掴まれ川から引きずり出された。誰が、というのは振り返らなくても分かったけれど、父をここから見つけ出さないと、という思いでそのことに反応している暇がなく再度川の中に入ろうとする。

「は?」
「はやく、いかないとっ」
「てめっ、頭イカれてンのか!ここは「お父さんが……お父さんがいるの」ぁあ゙!?」

爆豪くんに腕を掴まれて体が前に進まない。振り払おうにも彼の力には勝てなかったから、個性を使った。

「!?」
「はやく、」

初めてお友達になってくれた人を力任せに振り払い、軽く吹き飛ばしてしまったが、それにも気にせず川に入ろうとする私はやっぱり敵なのかもしれない。でも、それもどうでもいい。敵になろうが、何だろうが父がいなくなったら…

「……ふざけンなよ。俺があんな没個性のやつに吹き飛ばされるわけねェ」

小さく放たれた言葉は私の耳には入ってこなくて。「てっっめェェ!調子に乗ってンじゃねェぞ!!」という叫びだけが微かに耳に入ってきたかと思えば、今度はお腹部分を後ろから腕を回されそのまま後ろへ引っ張られる。

「離してっ、お父さんが「あ!?ンなとこにいるわけねェだろ!!」……流されて」
「!流されたって今か」
「今、じゃない……お父さんのお財布、そこにあって……買い物の袋もあって、家に帰ってこなくて」

耳元に爆豪くんの口があるから声が直で鼓膜を揺らし痛みを感じながら、必死に説明する。

「今日、命日で……私悪い予感しかしなくて、私が買い忘れたから……、おばあちゃんもお兄ちゃんも……お母さんも皆私のせいで死んで、お父さんもまた……。……お父さんいなくなったら、生きてる意味ない」


わたし、死ぬ


最後にそう言うと掴まれてる腕の力が一瞬緩み、その隙にそこから抜け出すことが出来た。そして一歩踏み出した時、腕を引かれたと思ったら肩を掴まれそのまま顔から硬い何かに打つかる。

「っう、」
「警察に連絡する。どっちにしろここにはいねェだろ」

数秒遅れて打つかった何かが爆豪くんの胸板だと理解し顔面から突っ込んだため、息が出来ず離れようとするも逃さないように背中に回された手が私の後頭部を掴み、彼の胸へと押さえつけられた。しかし、その一瞬の間で顔を背けることが出来たから、今度は自分の耳が爆豪くんの胸にあり、呼吸は何とか可能。

「あの「ウッセェ!!黙ってろ!!!」……」

爆豪くんの耳に当てられたスマホから一定のコール音と、それから胸に当てられた自分の耳に届く一定の彼の鼓動に何故か落ち着きを取り戻す。
警察との会話で個人的なことは答えられないが、とりあえず来て欲しいとのことになり電話は終了した。どうやらこの近くでスリが現れたらしく、敵は巨大化する個性で数人怪我をしてしまったみたいだが、命に別状はないとのこと。だから、もしかしたらそれに父は巻き込まれてしまったのかもしれないとだけは教えてくれた。

「オラ、警察さっさと行けや」
「う、ん……っ!」
「……」
「……あの、安心して腰が抜け、」
「父親の確認もしてねェくせに安心すんのが早すぎンだよ!!!」
「え……、お父さん無事じゃ、」
「〜〜っ……あ!?クソ無事だわ!!!クソがっ!!」
「わ、」

さっさと行ってこいと突き放され、後ろによろけ尻餅をついてしまう。起き上がるため踏ん張るもなかなか足に力が入らず起き上がれない。結局、その通りだけど「安心するのが早い」の発言を聞いて、不安になり声が震える私に爆豪くんはキレながら背を向けてしゃがみ込み、体を彼の背中に無理矢理預けるような形にさせられる。所謂、おんぶをしてくれたのだ。
そして、二、三歩進んだと思えば、舌打ちをしてから一度地面に私を下ろし、自分の上着を真顔で脱ぎ始めた。

「え、」

その行為をじっと見つめていたらまた同じようにおんぶをされて、脱いだ上着を私の肩に掛けた。

「あ、ありがとう」
「あ!?ただ俺が着るところにてめェが付いてただけだ、勘違いすんじゃねぇ!」
「……うん」

そして再び歩き出す爆豪くんの首元にギュッと腕を回し、そこに顔を埋めた。

「……おい、締めんな」
「うん」
「……」
「爆豪くんの匂い、安心する」
「嗅いでんじゃねぇ」
「うん」
「……」
「……お父さん、無事だよね」
「ああ」

爆豪くんが言うならそうだね。と言うと、私のせいでびしょ濡れになった爆豪くんはぶっきらぼうに「冷てェ」と零した。










その後、警察に行き事情を聞くと父は右足を怪我して今は病院にいると言われ、爆豪くんと分かれてから警察の人に連れて行ってもらった。やっぱり川に落ちていたのは父の私物だったみたいで、スマホも一緒に落ちて駄目にしたらしい。代わりに新しいものを買うためショップに行く父に付いていくと、高校生になる私にも買ってくれた。

そんなに使わないのとお金もかかるからという理由で遠慮をしたけど、今回のことを含め持っていた方がいいと言われた。このことがなくても元々高校生になったら買おうとしてくれてたらしい。
でも使い方が難しい。父もそんなに詳しいわけではないからどうしようと悩んでいたら、ひとつ良い解決法が思い浮かんだ。




「あ。……爆豪くん、ですか?ちょっと今時間ある?」
「ねェ」

大きいお家のインターホンを鳴らすと《はい》の低い声が聞こえ、目的の人物だと思いそのまま時間があるかを尋ねてしまった。答えはノー。答えるのが早い。だけど急に訪問したから仕方がない。というか、急に来たのが悪いのだから帰ろうと踵を返すと、インターホン越し…ではなく、家の中から光己さんの怒鳴り声が聞こえてきた。そして、数秒後、眉間に皺を寄せた爆豪くんが玄関から出てくる。

「爆豪く「てめ、くだらねェことだったら殺す」……えっ、あっ」
「あ゙ァ!?」
「っ!!」

こ、殺される。だ、だって、くだらないことだと思うから。スマホの使い方を教えて、だなんて。私にとっては大事でも爆豪くんにとっては、くだらないことだ。それでもこのまま何も言わないのはもっと怒られる。そう思い、勢い任せで口を開いた。

「スマホの使い方を教えて下さいっ!!」
「……」

両手にスマホを抱え頭を下げるが、数秒黙った後「くだらねぇ」と背を向けて家の中へ戻って行く。そう、だよね。もう自分で頑張るしかない。でも、これ使い方難しそうだし、

「教えるのだって難しいよね」

労力も使うだろうし。自分で納得して頷き、帰ろうとしたら「……待てや、てめェ」とドスの効いた声がした。

「え……?」
「俺が教えられねェだと?」
「ち、違うよっ」
「教え殺したるわ!!」
「!……ありがとうっ」

どうやら教えてくれるらしい。





「わあ!凄い!!こうやるんだ!!」
「こんなことも知らねぇとか、クソだな」
「うん!」

公園の屋根付きのベンチに座り、操作を教えてもらう。爆豪くんは色んなことを知っていて、たくさん知識を得れた気がする。

雄英に受かった緑谷くん達と共に三人で職員室に呼ばれた時は、爆豪くんは異様な雰囲気を醸し出し、それからは一言も話すことはなかったからどうなることかと思ったけど、こうやってまた話せて嬉しいな、なんて思う。その後に先日の父のことで関わったけど、事態があれだったら。
職員室に呼ばれた後、緑谷くんは爆豪くんと二人で話があると行ってしまったというか、連れて行かれていたが大丈夫だったらしい。何も出来ないけど心配で何となく付いていってしまったのは、どんなことがあろうと誰にも言わないと決めている。


「あの、この間はありがとうね」
「……次やったら川に沈める」
「うん」

父の無事を確認してから爆豪くんには電話をかけて、体の状態とお礼を伝えた。あの時は見苦しい姿を見せてしまったと今でも反省している。

「あのさ、爆豪くんの連絡先教えて貰いたいんだけど、いいかな……?」
「は?いいわけねェだろ」
「そ、そうだよね」

連絡先を交換するのがお友達のやることかな?なんて思ったけれど当然断られたから、下を俯き自分の真っ黒の画面を眺めていたらひとつ舌打ちをされた。

「……チッ」
「えっ」
「連絡よこすンじゃねェぞ!!」
「わ、わかった!ありがとうっ!」

そして隣からスマホを奪われ、慣れた手付きで自分の番号を入力してくれる爆豪くんにお礼を言う。

ほとんどの操作の仕方を理解し、爆豪くんもこれ以上教えることはないと腰を上げたその後ろをついていく。ふと思い出したかのように立ち止まった爆豪くんは背を向けたまま言葉を放った。

「お前みてェなザコ精神のザコが何でヒーロー目指そうとしてンだ」

ザコ精神。確かにこんなビビリが何でって疑問に思うのは当然だ。爆豪くんに嘘をつく理由もなかったため、思っていることをそのまま話した。

「お兄ちゃんの夢がヒーローになることだから」

そう言うと低い声で「あァ?」と口にしながら首だけを動かし振り返った後、何も言わず帰って行った。




家に帰り、早速教えてもらったメッセージを使ってお礼を伝えることにした。私の頭の中には「連絡をするな」の言葉は既にすっぽり抜けていて、初めてメッセージを送るということにソワソワしながら文字を打つ。

爆豪くん、今日はありがとう。ゆっくり指を動かしていくと間違えて「爆豪」を「馬鹿」と打ってしまう。まずい……!すかさず文字を消そうとボタンを押すが、焦ったせいで送信ボタンをタップしてしまった。

「!?」

トーク画面には「馬鹿」の文字が映し出され、直ぐに"既読"の表示が。これは文字通り既読されたということなのだろう。どうしよう、怒られる。訂正しようとも打つスピードはかなり遅く、もしかしたら爆豪くんから何か送られてくるかもしれないという気持ちから少し様子を見ていたが、何の反応もない。これはこれで怖いし、よくクラスの子達が言っていた既読無視というものなのだろう。

急いで謝罪をしなきゃ。そして、次に送ってしまったのは「爆豪くん」だけ。相手からすればいきなり「馬鹿爆豪くん」と言われたことになる。それも直ぐ既読がついてもう間違って送らないように慎重に指を滑らしていると、爆豪くんから一言送られてきた。


殺すぞ


「ヒッ…!」

本気の殺意を感じ早く訂正せねば、と頑張ってたら続けて「つか、連絡すんなって言ったろ」が送られてくる。多分、言ったろ!!!とこんな感じで後ろにはびっくりマークが付いているんだろうと想像する。
数分後に「爆豪くんごめんなさい。間違えて送ってしまいました。今日はありがとうね。とても助かりました」そう送ると、秒単位で「連絡してくんな」「こんなのも使い熟せねぇの雑魚だな」なんてきたので、これは返した方がいいのかと首を傾げた。




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