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「いってきます」

真新しい制服に身を包み、玄関からシンと静まる居間に向かって声をかける。誰もいないのだから当たり前の事なんだけど、この挨拶に返事はない。祖母がいた頃は毎日欠かさず、兄と私を笑顔で見送ってくれた。脳内で勝手に祖母の「いってらっしゃい」を思い出し、気持ちを切り替えて家から一歩外へ出た。

「よし、頑張ろう」






気合を入れてやって来たのはいいが、雄英の大きな門を前にして緊張と不安からか足が後ろに引いてしまう。

だ、だって、新しいクラスでしょう?知らない人ばかりだし。それに雄英に受かったということは皆凄い人だろうし。私は偶々寧人や他の人に助けられたのと、偶々あの仮想敵を倒すための個性の相性が良かっただけで。
あぁ、爆豪くんか緑谷くんと同じクラスだったらいいな。二人共一緒なんて贅沢は言わないからどちらか一人だけでも……!!寧人とは既に違うクラスと知っている。幼なじみと違うクラスという事実を知った瞬間のあの絶望感は今でも忘れない。人見知りの私にはクラス替えなんてものは恐怖に値するレベルのもので。まして高校など知らない人の集まりなのだから余計に。


でも、頑張るって決めたんだ。今日から私はヒーロー科。ヒーローらしく誰とでも……

「!……爆豪くん」

自分のクラス、1-A組のクラス札が鮮明に見えた時、学ランではなく見慣れない雄英の制服を着たツンツン頭の友達を見つけ、嬉しさのあまりそこまで猛スピードで駆け寄った。

「爆豪くんもA組……?」
「……」

期待が表情に出て、効果音が付くほど顔を明るくさせる私とは正反対に眉間の皺を深める彼は舌打ちと共に教室内へ入って行く。やっぱり爆豪くんと同じクラスだっ…!と口元が緩むのを必死に抑えながら後に続いて中に入ると流石雄英合格者。来ている人は全員席に着き、一斉にこちらに視線を向ける。普段なら目立たないよう後ろのドアから入るのだけれど、爆豪くんを追って教室に入ったため、当然目立つ前のドアから。よって、全員の視線を集めることになってしまった。

最悪なことに私はここから遠い一番後ろの端の席だから、これから共に学校生活を送るであろうクラスメイト達の前を通って自分の席まで行かなくてはならない。本人にバレないように爆豪くんを盾にし、ヒソヒソと身を縮こまらせてやっとの思いで席に着く。

腰を下ろして前席に姿勢良く座る品の良い美人さんにどこかの国のお姫様?それともお嬢様…?などと考え、その隣に座る白と赤のツートン頭をした男子は顔がかなり整っていてこれまたどこかの国の王子様みたいだと思った。けれど、その綺麗な顔と反して目つきや醸し出す雰囲気が少し怖い。以前、爆豪くんに対して感じていたものとはまた違った冷たい怖さ。ここにいる人とはどこか違うところを見ている、そんな感じ。


「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないのか!?」

後ろの席で身を縮こまらせていると、爆豪くんの席まで足早で向かい身振り手振り机に足をかける彼に注意をする眼鏡の人。

「思わねーよ。てめーどこ中だよ、端役が!」
「ボ……俺は私立聡明中学出身。飯田天哉だ」
「聡明〜〜!?くそエリートじゃねえか。ぶっ殺し甲斐がありそだな」
「ブッコロシガイ!?君ひどいな。本当にヒーロー志望か!?」

数席前で行われるやりとりに、やっぱり雄英ヒーロー科に入学する人は凄いと感心する。あの爆豪くんに注意出来るんだもん。二人の言い合いに終止符を打ったのはある人物が教室にやって来たからで。ある人物……、緑谷くんに気づき、私は「あ……」と小さく声を漏らした。


「あ…っと僕、緑谷。よろしく飯田くん……」

登校してきた緑谷くんと飯田くんの会話を聞きながら、また優しい彼と同じクラスになれたことに嬉しくなる。爆豪くんと緑谷くん。去年から同じクラスだった彼らと一緒になれてホッと胸を撫で下ろした。


「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」

それから女の子がやって来て元気よく緑谷くんに話しかけているのを眺めていれば、後ろから芋虫のような登場をした男の人が現れた。そして、ゼリーを一気に飲み干したその人はヌーと立ち上がり言うのだ。

「担任の相澤消太だ。よろしくね」






「「「個性把握…テストォ!?」」」

言われた通り体操着に着替えた私達はグランドにて説明を受けるとほとんどの人が声を張って驚く。そして、爆豪くんへ個性を使ってボールを投げるよう促すと、ヒーローらしからぬ発言と共に爆風に乗って遥か遠くまで投げ飛ばされた。

「まず自分の"最大限"を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」
「!」

先生の持っている測定機器には705.2mの表示。す、凄い……。その記録にももちろんびっくりしたけれど、それよりも「自分の最大限」という先生の言葉にビクッと肩を揺らした。

皆が楽しそうと盛り上がる中、私は一人でどのくらいならバレずに手を抜けるだろうか、とこの場に相応しくない考えをしてたら突然先生の雰囲気が変わり「最下位の者は除籍処分」と言った。


「生徒の如何は先生の"自由"。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」


あっ、除籍処分は嘘だ……。




第一種目:50m走

3秒04!5秒58!とロボットが記録を告げる。緑谷くんとお話をしていた彼、凄く速い。隣で走っていた蛙のような子も無駄な動きがなく速いスピードで飛び跳ねていた。

続々と各々新記録を出す中、とうとう自分の番になってしまった。二人一組で走っていたが、順番的に私は一人だけ。体操着に付いている日焼けのフードを被り、スタート位置につくと全員からの注目を集め、それだけで身を縮こめる。

《よーい》

走る構えをする。さっきの彼よりは遅くて、爆豪くんのスピードと同じくらいで走ろう。ふぅと気持ちを落ち着かせ、合図と共に走り抜けた。

《4秒12!》

告げられたタイムは爆豪くんより0.01秒速いものだった。この調子でやれば良い。そう思った時、低く鋭い声が私の名を呼んだ。

「みょうじ」
「……は、はい」
「俺は合理性に欠くことが嫌いなんだ」
「……」
「これは自分の最大限を知るテスト。お前が今出した記録は何の意味も持たない。もう一度チャンスをやる。次、本気でやらなかった場合、みょうじ。お前を除籍処分とする」
「!」

先生の隣で数人が、なっ!?と驚きの声を上げていた。除籍処分。今度のこれは嘘をついていない。本気で除籍にするつもりだ。

はい。と返事をしてもう一度顔が隠れるくらいフードを下に引っ張る。位置に着こうと先生の後ろを通り過ぎる時「地面が凹もうが割れようが本気で走れ」そう言われ、ちらりと一瞬爆豪くんの方を見ると、眉間に皺を寄せてこちらを睨みつける姿が目に入った。

《よーい》

放たれた合図と共に地面を蹴った。鈍い音がした、と思っている途中でゴール位置に着いたと同時に頭から落ちたフードを身に付ける。

《2秒04!》

ゆっくりと先生の方を向く。驚くわけでもなく、ただ何を考えているか分からないやる気のないような目でこちらを見つめるだけ。私の記録に目を見開く周りの人が視界に入りそっと顔を逸らした。

逸らす瞬間、誰かが口を開いたように見えたが、それよりも、目も口も開けて驚愕する爆豪くんに不味いと冷汗をかく。彼には中学の授業で個性を使った際、本気でやったと嘘をついてしまったから。2秒台が出たことに、「凄い」「速い」「どんな個性なんだろう」とこの個性を見ても批判的なコメントを言う人は一人もいなくて少し安堵するけれど、今の私には怒りの色が視えてしまった爆豪くんが気になって仕方がなかった。



第二種目:握力 結果:測定不可

第三種目、第四種目と続き、第五種目のボール投げ。緑谷くんは未だ個性を使っていない。そして、彼の順番になりボールを投げようと腕を振り上げた瞬間、先生の髪が逆立つ。

「"個性"を消した」

そう言う先生のヒーロー名はイレイザーヘッド。鋭い目つきで緑谷くんに近づき、最後に「おまえの力じゃヒーローになれない」と告げているのがここから微かに聞こえた。

結果、緑谷くんは先生の見込みなしを覆し700m以上の記録を出す。入試試験で一緒だった人達だろうか。朝、緑谷くんに声をかけていた女の子は喜び、眼鏡の彼は可笑しな個性だと呟く。そんな中、彼が無個性だと知っている同じ中学の私達は目を見開き固まった。

個性がある、とかじゃない。パワー系の個性。オールマイトと似ていることに、私はただあの時立てた仮説が真実なのではないか、と口を開けて驚いた。入学試験の時、個性の色が視えたあの日。無個性の彼が個性を持ったとしたら、それは誰かから受け継いだものではないかと。あり得ない話だけれど、そもそも個性というもの自体が曖昧で、未知なものだから、そういう"譲渡できる"個性もあるのだろうと考えた。


「どーいうことだ、コラ。ワケを言えデクてめぇ!!」

物凄い剣幕で幼なじみの元へ駆ける爆豪くんに、自分に向けられたものではない筈なのに恐怖心から半歩後ろへ身を引く。

走って向かった爆豪くんはあと一歩のところで先生の首に巻いていた捕縛武器というもので動きを阻止され、その場に止まる。そして私達に時間が勿体無いからと次の準備をするよう促され、緑谷くんを眉間に皺を寄せて睨む爆豪くん以外の人は言われた通り動き出した。

そんな彼が気になって足を止めて振り向けば、バチリと目が合う。そして、更に眉を寄せた爆豪くんはこちらに近づき怒号ではなく小さな声で私に言った。

「てめーが嘘つくのかよ」
「っ!」

小さく放たれた言葉だけど、そこには嫌悪、軽蔑、不快、拒絶。そう言った感情しか込められていなかった。

「ご、ごめんな……さ」

謝ろうと爆豪くんの顔を見た。けれど、彼の表情を捉えた瞬間、ヒュッと喉が鳴り言葉が詰まる。こっちを見ることなく遠くを見つめるその瞳はとても冷めきっていたから。


個性把握テストの結果。私は二位だった。




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