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翌日。今日から普通の授業が始まる。普通じゃないヒーロー基礎学というのも午後の授業にある。

「き、緊張……する」

いよいよ本気でヒーローになるための勉強をするんだ。朝の通学時間。満員電車の中で今日行われる授業のことを考えては不安が募るばかり。

あれから爆豪くんにちゃんと謝れていない。そもそも私に謝る資格があるのだろうか。「てめーが嘘つくのかよ」あの時言われた言葉が頭に張り付いて離れない。色んな嘘を視て、色んな思いをしてきた。そんな私が、嘘をつかないと、視られることなんてどうでもいいと言った彼に自分がされて嫌なことをした。爆豪くんは何気なく発したことだけれど、私はあの時の彼の言葉に救われたんだ。

謝りたい。だけど、謝るというのは私のただの自己満でしかないのかもしれないと思うと体が動かない。もう嘘はつかないと伝えたところで爆豪くんにとって何の得にもならないと思うから。

「!?」

そんなことを頭でグルグル巡らせ、またマイナス思考に陥っている時。下半身に何かが当たった。満員電車。誰かの荷物が当たったのだろう。そう思ったのだけれど、お尻に当たるそれは温かく器用に動く。

「っ、」

もしかして……。嫌な文字が頭を過り、その手から逃れるため動こうとするも身動きが取れず、ギュッと肩にかかるバッグの紐を握る締め、俯くことしか出来ない。
ゆさゆさ動くそれに鳥肌が立ち、早く……早く、次の駅に停まってと祈る。恐怖、吐き気がするほどの不快感に視界が滲み、次の停車駅のアナウンスが流れ始めた瞬間、その手はスカートの中に入ってきた。

もう……、無理。

そう思った時。次の駅に着いたのか電車が停まった。一刻も早くここから逃げたいと開いたドアに向かおうとするが、足に力が入らず上手く歩けない。おまけにギュウギュウに人が詰まっている電車内。周りの人は降りることなくその場に留まるため、扉付近にいるにも関わらず身動きが取れず外に出れなかった。次、電車が出発したら終わりだ。今にも泣きそうな顔で一歩踏み出そうとしたその瞬間。

「降りろ」
「っ……」

ホームからやって来た見慣れたツンツン頭の雄英生が人混みを無理やり掻き分け、私の腕を引いた。そして、いつの間にか先程の圧迫感がなくなり、ホームに出て来たのだと理解して直ぐ、私に触れていたであろう男の人も同じく横にいることに気付く。きっと爆豪くんが私とその人を電車から連れ出したのだろう。

目の前にいる男性はそんなに歳のいっていない人。距離を取ろうと一歩身を引くと、私とその人の間にいる爆豪くんがこちらに背を向けて私から相手が見えないようにしてくれた。

「おい、てめ「あーちょっとちょっと!危ないでしょう?扉閉まるギリギリに出てきちゃ……?」……」

扉が閉まる途中でのやりとりだったため駅員さんが注意しに来るがこの只ならぬ雰囲気を感じてか、顔つきが変わる。爆豪くんは震える私に聞こえないよう駅員さんに説明をしてその男の人は連れて行かれた。

「っあ……あの、ありが」
「てめェもそんなんだからやられ……」

お礼を遮られて放たれた言葉に両手を握りしめて下を俯く。すると途中で何も発さなくなり、そのことに不思議に思って目線だけを動かし彼の方を見たら何とも言えない微妙な顔をしていた。

そうしている間に次の電車が来る。このままじゃ遅刻してしまうとまだ震えが落ち着かない体を動かし乗ろうとした。

「っ!」

しかし、後ろから襟首を掴まれ身動きが取れずその間に電車は出発し、掴まれたまま後方へと引っ張られホームの椅子にストンと腰を下ろされる。

「ば、くごう、くん…?」
「……次」
「……?」
「次の電車で間に合う」
「う、うん」

次の電車だと学校に着く時間はぎりぎり。助けてくれたこと、こうやって一緒に待ってくれること、多分未だ落ち着かない私を見て一本遅い時間に乗ろうとしてくれること全部に胸の内が温かくなり速くなっていた呼吸も一定に戻る。


シンと静まる中、小さく「ありがとう」と伝えたお礼には何も返ってこなくて、ただやって来た電車に乗るため腰を上げゆっくり乗り込む後ろ姿を追いかけた。
さっきよりは密度は低いけれど、やっぱりこの時間は人が多い。人と接さないように扉と自分の背中で挟んで立ってくれる爆豪くんに心中でお礼を言いながらバランスを取るため手すりに掴まる。

「……ぃ」

あと一駅。さっきのことを思い出して段々気分が悪くなってきたけど、あと数分我慢すれば。

「おい!」
「!」
「それ。……力緩めろ」
「……あっ」

それ、と視線で伝えるのは私が握っている銀色の手すり。気持ち悪さを抑えようと無意識のうちに手に力が入り、真っ直ぐだった棒が少し変形していた。

やってしまった。パッと手を離し、ブレザーの裾を握る。そうして数分後。雄英の最寄駅へと着き、駅員さんに変形させてしまったことを説明している間、歪ませた箇所を弁償しなければならない、また父に迷惑がかかると冷汗をかいたがその必要はないみたいで、深く頭を下げて謝罪をしてから姿が既に見えなくなった爆豪くんの後を追うように学校へと駆けて行く。

「また、助けてもらった……」

ヒーローになろうとしているのに。いつも助けられてばかり。自分のことをどうにか出来ない人間が、他の人を助けられることが出来るのだろうか。入学して二日。既に弱気な考えが頭を巡る。

「まだあのことも謝れてない」

嘘をついたこと。ちゃんと謝らなくちゃいけない。拳を握りしめ、きちんと伝えるんだと意気込んだ。




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