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「わーたーしーがー!!普通にドアから来た!!!」

ヒーロー基礎学。担当のオールマイトが教室に入ってきた途端、騒つく教室。誰かが「画風が違いすぎる」と言っているのが聞こえてきた。……う、ん。オーラが全然違う。迫力も凄い。カリスマ性も……。
でも、オールマイトを実際に見て確信した。あの日、緑谷くんといた人はやっぱりオールマイト本人だということを。それと、緑谷くんが本当に無個性だったとしたら、オールマイトから個性を授かったのだということも。No.1ヒーローの個性の色がほんの少しだけ薄まっているように視えたから。


「うへ〜〜、要望ちゃんと書けば良かった」

女子更衣室にて、ヒーローコスチュームに着替え終えた麗日さんは自身の格好見ながら恥ずかしそうに両頬に手を添えていた。パツパツやぁ〜と間伸びした声で放つのを耳に入れながら自分をコスチュームに目を移し、同じことを思った。

要望ちゃんと書けば良かった。私も麗日さんと同じパツパツスーツ。その上にフード付きのマントを羽織るというメジャーなコス。日光を遮断する性能が付いていて、個性的に動きやすい格好が良い、とこのデザインになったのだろうけど体のラインがモロに見えて恥ずかしい。でも、マントについているボタンを止めれば隠せるから少しだけ安心する。




屋内での対人戦闘訓練。くじで同じチームになったのは斜め前の席の轟くんと身長の高い障子くん。一組だけ三人だから戦う上で色々と制限があるらしいが、順番が来たら伝えると言われた。

そして、最初はA対D。緑谷くんと爆豪くんのチーム。他の生徒は同ビル地下モニタールームで両チームの戦闘を見ることになった。

「なんかすっげーイラついてる。コワッ」

誰かがそう呟いているのが耳に届く。モニターに映る爆豪くんは今まで見たことのない顔付きで緑谷くんに迫っていた。両腕に付いている籠手に大爆発を起こしてからの二人の殴り合い、というより爆豪くんの連続攻撃にモニターから目を逸らしてしまう。

……痛い。怖い。爆豪くんに対してじゃない。彼がしていることが怖くて見れなかった。戦闘訓練だから戦うのは当たり前なんだけど、圧倒的な力の差があって一方的にやられる戦闘はまるで……

「リンチだよコレ!テープ巻きつければ捕らえたことになるのに!」

芦戸さんの訴えにビクッと体が跳ね、少しだけ昔のことを思い出してしまった。今のこの状況とは全く違うけど、痛がる緑谷くんの表情を見ると過去に感じた痛みがヒリヒリと体を刺激しているような気がして。痛い……。やり返してはいけない、個性を使っちゃいけないと思いながら耐えて、耐えて、耐え続けた幼い頃の記憶が脳裏を支配する。

「ちょっ、大丈夫か?」
「……」
「気分悪い?」
「え、あ……いや。だ、大丈夫です。すみません」

下を俯きいつの間にか微かに震えていた体に気付いて声をかけてくれたのは隣にいたヘルメットを被った人。名前は、確か瀬呂くん。人の名前を覚えるのは得意。友達を作るには先ずは名前を知ることって借りた本に書いてあったから。昔からいつでも話せるようにと新しいクラスになる度、必死に覚えていたからそれが今身になっているんだと思う。だけど、一番大事な自分から話すということは出来ないから喜んでいる場合じゃないんだけど。
瀬呂くん、優しいな。掠れた声で慌てて答える私に「なんかあったら言いなね」なんて温かい言葉をくれる。

駄目だ。しっかりしなくちゃ。昔のことを思い出してる場合じゃない。今もヒーローになるための訓練が行われている。しっかり見て学ばなきゃ。再びモニターに集中すると爆豪くんが何かを叫んでいた。内容は聞こえないし、なんて言っているのかも分からない。けれど、

「何であんなに……」

焦っているのだろう。私の目には余裕のない彼が映る。中学の友達やクラスメイト、私にもあんな風にはならない。緑谷くんにだけ。彼にだけあの色を視せるのだ。視たことのない色。あれが何を表しているのか私はまだ分からない。

双方。右腕を大きく振り、これが最後の一打になるだろう。あんなに一方的に攻撃を受けていた緑谷くんの目は全然弱っていなくて。それどころか真っ直ぐ相手を見据えていて。彼のそういうところが凄いと知り合った頃からずっと思っていた。



結果は、ヒーローチームの勝利。保健室へ運ばれた緑谷くん以外で講評を行い、次はB対I。一人多いBのヒーローチームは勝利条件が多くなる。敵チーム全員を確保、核を回収、そして時間制限も半分。というのがルール。

轟くん、障子くんの後ろを歩いて演習場まで付いて行く。ビル内に入り、相手の位置を確認する障子くんに轟くんは外に出るよう促し、そして、一気に個性で建物全体を凍らせた。

「す、凄い」

そうして手分けして葉隠さん、尾白くんに確保テープを巻き付け、最後に核に触れた轟くんが熱で氷を溶かす。私はただ轟くんの後ろを追って尾白くんにテープを巻いただけ。何も役に立てずに終わった。





「え!帰っちゃうの!?」

今日の授業が全て終わり、保健室にいる緑谷くんの帰りを皆で待つ。しかし、爆豪くんがそれに加わる訳もなく教室から出て行くのを数人が止めに入るけど、そのまま黙って歩いて行った。

それを見て私も後を追う。帰っちゃうの!?という爆豪くんと同じ言葉を誰かにかけられていたことに気付く余裕もなく、教室の外に出た。

「ばっ……」

彼について来たのも、声をかけようとしているのも無意識で爆豪くんの名前を呼ぼうとした時に我に返った。今の彼になんて声をかける?そもそも今は何も言わない方がいい気がする。そう思っても既に動き出した足は引き返すこともせず、ゆっくりと少しずつ前を歩く爆豪くんとの距離が開いていくだけ。

そうして昇降口で向かい靴を履き替えていたら、目の前を緑谷くんが駆けて行った。

「かっちゃん!!!」
「ああ?」

そして大声で幼なじみを呼び止めては続けてこう言う。

「僕の個性は、人から授かったものなんだ」

ドクンと心臓が動く。予想していたことだからあまり驚いてはいないけれど、本人の口から聞いて本当にオールマイトから個性を授かったのだと知ってしまった。
誰からかは言えない。そう自分の個性について話し出す緑谷くんが最後「君に勝つ」と告げると爆豪くんはゆらゆらと足を動かし、幼なじみの元へ近づく。

「何だそりゃ…?借りモノ…?わけわかんねぇ事言って……これ以上コケにしてどうするつもりだ……なあ!? だからなんだ!?今日……俺はてめェに負けた!!!そんだけだろが!そんだけ……」
「……」

氷の奴見て敵わないと思っちまった、ポニーテールの奴の言うことに納得しちまった。そう言って爆破の個性を出す時と同じように拳を広げ、クソと声を上げる。

「こっからだ!!俺は……!!こっから……!!いいか!?俺はここで一番になってやる!!!」

俺に勝つなんて二度とねえからな!!クソが!!涙を乱暴に拭い、その言葉を最後に背を向けて歩き出す後ろ姿を見つめた。二人の会話を盗み聞きしてしまい、罪悪感を抱きながら下駄箱に背を預けしゃがみ込む。

「……ここで一番になってやる」

彼らしい言葉。これから、本当に爆豪くんはここで一番になるのだろう。今の彼に声をかける勇気が、嘘をついてしまったことへの謝罪をする勇気が私にはなかった。






雄英から駅まで。微かに爆豪くんの姿が見える距離にいた。あの後、物凄いスピードで現れたオールマイトが爆豪くんの元へ向かい言葉をかけ、少し経ってから私は昇降口から外へ出た。

私の視力でもボヤけて見える彼の後ろ姿。足元を見ては、顔を上げ前を向く。また数秒俯き、前を向く、を繰り返す。

「……なにしてんだろう」

自身の行動に呆れる。何をしたいのかも自分でも分からない。ひとつ小さくため息を溢し、前を向いていた顔を地面へ下げた。

「……え」

俯くため首を動かした途中、視界の端に何かが映る。その何かは私の右肩に乗っていて、ササッと動いたような気がした。絶対いる。あの生き物が肩に乗っている。いる、絶対、いる。いる。

「っ、ぃやぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!」

自身の鼓膜が震える程の大きな声量で叫び、全速力で駆け出す。離れていた爆豪くんとの距離はあっという間に縮まり、直ぐに追いついた。

「ばっ、ばばばばばく、ごうくん」
「……」
「あのっ、……あのっっ」

猛スピードで走っても落ちることなく、それは私の肩に張り付いて離れてくれない。見てはいないけど、絶対にまだ顔の横にいるのが感じられる。眉を八の字に下げながら名前を呼ばれた爆豪くんは機嫌が悪そうに目を吊り上げる。また嫌な気分にさせてしまった。でも、今は……

「ここに、く、くくクモ……クモいる…?」
「……」

クモがいるであろう場所を震える指で差す。自分では見れない。恐怖心から数回瞬きをすると、涙を流したことにより充血した彼の目は更に吊り上がり青筋を立て、歯をギシギシ噛みながらこちらを睨む。

「ぁあ゙!?」
「ひっ…」

そして、ドスの効いた声を発し大きく振り上げられた右腕にギュッと瞼を閉じれば、耳横で衣服が擦れる音がした。

「……あ、……え」

取ってくれた、の?動揺してクモが乗っているという答えの分かりきった質問をしてしまったが、走っても取れないなら持っている日傘でどうにかしようと思っていた。でも、彼が手をスライドさせてクモを地面に振り落としてくれたんだ。

「……と、取ってくれて、あ、ありがとう」
「ってめェは、毎度毎度……」
「……」
「取って欲しけりゃそう言えや!!!!」
「ご、ごめ……っ!?」
「あ?」
「き、ゃぁぁあ!!ばっ爆豪くん、爆豪くん!!危ない!!」
「!?」

頭を下げ謝ろうとした時、爆豪くんの足元にクモがソソっと近寄ってきた。危険だと判断した瞬間、素早く腕を引っ張り自分の元へ引き寄せる。横からぎゅーっとしがみつき、クモから離れようと爆豪くんの体に腕を回したまま一歩後ろに引く。

「ひっ、ひぃぃ……こ、こっちくる……。な、なんで」

あっちに行って。こっち来ないで。というか、こ、こんなのが顔の横にいたの……。大きいし、模様も……何もかもが怖い。見れば見るほど背中がゾワゾワして、それから目を背けようと密着している爆豪くんの腕に顔を埋め、更に抱きつく力を強めた瞬間。

「離せッッ!!」
「うわっ」

思い切り振り払われた腕によって突き飛ばされ、後方に蹌踉る。そして、もう一度凄い剣幕で睨まれたとこで自分のした行動にハッと我に返った。

「ご、ごめんなさい……!」

声を張り上げ謝罪をすると、チッと小さく舌打ちをしてからこちらに背を向けて歩き出す。早くお礼、お礼言わなきゃ。

「あ、あのっあ、ありがとう!朝のことも、本当にありがとう」

ガニ股で歩いていく後ろ姿を見つめ、伝える。当たり前だけど返事は返ってこなくて、続けてあのことへの謝罪を口にした。

「嘘をついてごめんなさい」

声が震える。今度は頭を下げているから彼の姿は見えず、けれどさっきまで聞こえていた足音がピタリと止まり、ゆっくり上体を起こす。すると、顔だけをこちらに振り返った爆豪くんがいた。

「どーせまた、クソみてェなことに怯えてたンだろ。このビビり女が」
「……」
「俺はここで一番になってやる。自分の力も出すことが出来ねぇ舐めたヤツは俺の前に立つんじゃねェぞ!!!」

怒気の含んだ目。クソみたいなこと、舐めたヤツ、自分の力も出すことが出来ない、俺の前に立つな。全てが本当のことで、私はただ何も言えずその場に立ち尽くすことしか出来なかった。






駅のホームまで。さっき言われた言葉が頭の中で反芻する。そして、やってきた電車。今朝のことが脳裏を過るが、ここでビビって何も出来ないならこれから先ヒーローになんてなれないだろう。大丈夫、大丈夫。兄の代わりにヒーローになるんだから。こんなことで恐れている場合じゃない。

「……」

車両の扉が開く。少しだけ震えた唇をギュッと噛んで恐る恐る足を動かし、人の少ない端の方に寄る。混んでなくて良かった。でも電車というだけで胸がザワザワと嫌な気分になる。

「……え」

下を向かないで前を向こう。背筋を伸ばし顔を上げた時、馴染みのある匂いが鼻を掠めた。

「ば、くごうくん…?」
「……」
「どう、してここに」

外を眺めるように立っていると斜め後ろに眉間に皺を寄せた爆豪くんが無言で立っていた。私の問いかけに何も返さず、数秒経った後盛大に舌打ちをしてから低い声を出す。

「学習能力皆無かよ」
「え……?」
「……だァから!一人で乗りたくねェなら言やァいいだろが!!!」
「!」

いつもの爆音で言葉を放つから同じ車両の全員が私達に注目する。普段なら集まる視線に動揺してしまうけど、今はそれどころじゃない。ただ、不機嫌に顔を顰める友達に意識が集中し見つめた。

「あ、りがとう」

一緒に乗ってくれるの?きっと嫌、だよね……?でも嫌なことはしないって言いそうだし。お願いしたら最初から一緒に乗ってくれたのかな?良かった、一人は心細かったから。不安だったから。良かった、爆豪くんがいてくれて。色んな思いが脳内でゴチャゴチャになり、蚊の鳴くような声でお礼を言う。それに返事はないけれど、彼の優しさにもう一度心の中で感謝の気持ちを呟いた。



地元の最寄駅に着くまで近くにいてくれ、電車を降りてからはこちらを見向きはせず、歩いていく。その後ろ姿に別れの挨拶をするけれど、それにも返事はない。

家に帰り、寝る前に「明日も一緒に行ってもいいですか」とひとつメッセージを入れると既読はつくが、やっぱり何も返ってこなくて。けれど、次の日。駅の階段を降りると見慣れたクリーム色の頭が見え、振り向いたその赤い瞳が私を捉えれば、機嫌が悪そうに「来い」と言われ、人の少ない車両のドアの前へと連れていかれた。




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