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「なに、あれ……」

目に映る光景にそんな言葉が口から漏れた。



電車を降りた後、スタスタ歩いて行く爆豪くんのスピードに合わせて少し足の回転を速くし、日傘を差しながら半歩後ろを歩く。学校まで一緒に行きたいな、という願望は本人に伝えず勝手について行っているのだけれど、それに対して歩くスピードを速めるわけでもなく、ついてくるなと言うわけでもないから一緒に登校してもいいのだと都合の良い解釈をしてしまう。

一緒に行きたい。このことをちゃんと伝えた方がいいのだろうか。嫌なことははっきり断る人だから、今の彼の行動からすると嫌ではないのかもしれない。でも、やっぱり「学習能力皆無かよ」と言われた身からすると、ここは伝えないとと意を決して声を出したが、返ってきた言葉はこうだ。「ンなこといちいち聞くんじゃねえ!!!」……難しい。これは聞かなくていいのか。自分の頭の悪さに嫌気が差す。だから友達も作れないんだ、とグルグル思考を巡らせること数分。雄英校門前に着いた。



そして、冒頭の言葉。

「マスコミ……?なんで」

続けて小さく呟いた言葉は多くの記者達の声にかき消される。何かあったの?事件?そう不安がる私の隣で同じく一瞬立ち止まった爆豪くんは盛大に舌打ちをかました。

「どーせ、オールマイト絡みだろ」
「あっ、そういう」

一言発してから再び歩き出す爆豪くん。え、ま、まって……あの中に入るの……?雄英生……しかもヒーロー科の人はたくさん声をかけられている。もしかしなくても、オールマイトの授業を受けている私達はマイクを向けられる。め、目立つのは嫌。日傘を畳んで、先を行く彼を追った。

「オールマイトの授業はどんな感じです?」
「えっ、あっ……あの」
「……」

口元に突きつけられたマイクに肩をビクつかせると、隣では物怖じせず、普段通り歩くお友達。一人で慌てていたら、記者の人も私より爆豪くんに聞いた方が良い情報を聞けると思ったのだろう。こちらに向けていたマイクを今度は隣に向けて質問した。

「オールマイト……あれ!?君ヘドロの時の!!」
「やめろ」

ぐぎぎと歯を噛み合わせ眉を寄せる彼を横目に手に持っている日傘を握りしめる。周りの圧と聞き出そうとする気迫にどうすることを出来ず、肩を丸め下を俯きながら門を潜った。






「急で悪いが今日は君らに学級委員長を決めてもらう」
「学校っぽいの来たー!!!」

その発言に、一斉に挙手するクラスメイト達。飯田くんの案により投票で決めた結果。緑谷くん四票、八百万さん二票で委員長、副委員長が決定した。

「なんでデクに……!!誰が…!!」
「まーおめぇに入れるよか分かるけどな!」

皆が挙手する中、緑谷くんも控えめに手を上げていたのに気付いて彼に投票した。ここはヒーロー科。委員長は集団を導くというトップヒーローの素地を鍛えられる役だから全員が立候補するのは分かるけど、個人的に緑谷くんも手を上げるのが意外だったから彼の名前を紙に書いた。

爆豪くんにバレたら何か言われるかもしれない。そう思ったけれど、私の名前が黒板にないことなんて気づかないだろうと不安が少しだけ薄れた。







昼休み。机に座って授業の後片付けをしていると、弾んだ声で名前を呼ばれた。

「みょうじなまえちゃんっ!だよね!!」
「え、はっはい…!」
「今から食堂行く??」
「う、うん」
「じゃあ一緒に行こっ!!」

私、葉隠透!!と自己紹介をしてくれる彼女の個性は透明化だから表情も姿も見えない。だけど、話し方や雰囲気、声色からとても明るい子なんだと分かる。

手を引かれ、フレンドリーなこの子にあたふたしながら返事をしている内に食堂、LUNCH RUSHのメシ処に着いた。話が広がるような返しが出来ない自分に自己嫌悪に襲われるけれど、それを葉隠さんは気にする素振りを見せず楽しそうにお話ししてくれるからホッと息を吐いた。


「ん〜美味しいっ!!ランチラッシュの料理を学校で食べれるなんて、雄英入って良かったよー!!」
「うん、そ、そうだね……!」

両手でガッツポーズをしているであろう葉隠さんはきっと幸せそうな笑顔で食べてるんだろうなぁ。私も頬が落ちそうなくらい美味しくて、きっとだらしない顔をしているだろう。ここは大盛り無料だからそうしたかったけど、やっぱり初めて一緒にご飯を食べる子の前では猫を被って普通の量にしてしまった。

「そういえば、なまえちゃんって《ヴヴーーーー》え、なに!?」
「!?」

《セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外に避難して下さい》

突然の大きな警報の後、この恐怖心を抱いてしまうアナウンス。各々が食事を止め、席を立ち走り出す。

「なまえちゃん!私達も行こう!!」
「う、うん」

急ぐ彼女の背を追いかけて出口に向かうが、そこは人が密集していて混乱状態。色んな声と音と、不安、恐怖、焦り、混乱、そんな色が一気に視えてしまった。

「うわぁー!!!!」
「!葉隠さんっ…!」

人混みは元々苦手。それに加え混ざり合った色に少し目眩がしていたら葉隠さんが人の中に流されていった。手を伸ばすも掴むことが出来ず、声も聞こえなくなる。でも流されていくのなら出口に近くなるのだから大丈夫だろう。私は人の少ない食堂へと戻る。

皆が外に出てから行こう。私は最後でいいや。そう思い、この混乱している現状を変えようともせず、ただ皆が避難していくのを眺めていた。

誰もいない食堂。誰か逃げ遅れている人はいないかと視線を彷徨わせていると、ツートン頭のクラスメイトの姿を捉えた。轟くんだ。避難しないのかな。どこか冷たい雰囲気を持つ彼の遥か遠くを見つめているような鋭い眼差しは少し怖い。今も窓の外を眺めている。何かいるのだろうか。不思議に思い、そっと近づいた。

「え、マスコミ……?」

今朝いた報道陣の人達。耳を澄ませば、オールマイトの名前が聞こえた。敵じゃない。皆このことを知らないんだ。未だ混乱状態にある方向へ視線を向けれるが、私が何かを伝えられるわけもなく、ただどうしようと心の中で慌てるだけ。

「最初から気付いてたわけじゃねえのか」
「え」
「……」

隣にいる轟くんに声をかけられ、勢い良く彼の方を振り向く。まさか話しかけられるなんて思ってもみなかったから。

「あ、え、えっと……気、づいてなかったです。……ごめん、なさい」

爆豪くんとはまた違う威圧感に目を泳がせながら答える。こちらをジッと射抜くように見られ、ビクつきながら最後に謝罪をしてしまう。この場にいたのに報道陣だと気付かなかったことに呆れているのだろうか。次になんて言われるのかビクビクしながら控えめに相手を見つめ返した。

「何で逃げなかった」
「え」
「……」
「……皆が逃げ終わってからでいいかなって」

それだけ言って耐えられず視線を下へ逸らす。そうする前、彼の表情が少し険しくなったのが見えてイラつかせてしまったと焦ったその時。

「大丈ー夫!!!」

飯田くんの叫びが耳に届いた。出口上部の壁に体を預け、ただのマスコミと伝える彼によりこの騒動は収まった。






そうして飯田くんが委員長になったA組は翌日。午後から人命救助の初授業が始まる。

委員長の指示により番号順に並んでから車内に入ったが、想像していた椅子の並びではなく私は轟くんの隣に腰を下ろした。誰にでも人見知りはするからあまり関わったことのない人の隣に座るだけで緊張するのだけれど、彼はそれ以外のことでも気を張ってしまう。


「あなたの個性オールマイトに似てる」

そう蛙吹さんが発した瞬間、緑谷くんと共に体を揺らし挙動不審になる。それから始まる個性の話。切島くんが自身の個性について地味と称してから派手な個性の話へと変わっていく。

「派手で強えっつったら、やっぱ爆豪と轟だな」
「ケッ」
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」
「んだとコラ、出すわ!!」
「ホラ」

急に大声で怒号を上げる爆豪くんに驚いて肩を跳ねさせた。前席でこんな大きな声を上げてるというのに隣にいる轟くんは平然と目を閉じている。寝てはないよね……?それよりもさっき爆豪くんのこと、ちゃん付けで呼んだ。なんか違和感が凄くあって変な感じ。

「……爆豪ちゃん」

怖さが半減するかも。いいな、ちゃん付け。小さく呟いた名前は無意識で、近くにいる耳の良い本人にはちゃんと届いたようで。

「てめェ、気色悪りぃ呼び方すんじゃねえ!!!」
「え、あ……。ご、ごめん、なさい」
「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」
「てめェのボキャブラリーは何だコラ。殺すぞ!!」

物凄い剣幕でこちらを振り返り、上鳴くんの言葉に今度はそちらに顔を向けて怒鳴る。またやってしまった。無意識に口に出してしまうのは悪い癖だと考えていたら後ろからトントンと肩を突かれた。

「葉隠さん。ど、どうしたの…?」
「昨日から聞こうと思ってたんだけどね、登下校いつも爆豪くんと一緒だよね!もしかして、付き合ってたり……」
「し、してないしてない!!爆豪くんはお友達!!!」

中学の時のような誤解が生まれてしまう。今からそんなんじゃこの先更に誤解を招くと必死に否定するが、必死になりすぎて大声を上げてしまい、皆の視線が全身に突き刺さる。やってしまった、と注目を浴びていることと爆豪くんの顔を見るのが怖いのとで、後ろへ回転させ葉隠さんの方へ向いていた体を前に向き直すことが出来ない。

「爆豪ちゃんとなまえちゃん、仲良しなのね」

朝一緒に登校してたの私見たの、と背後から聞こえる蛙吹さんの言葉にギギギッと首を鳴らしながらそちらへ振り向く。視線が集まる中、今度は上鳴くんが軽い口調で発した。

「うぇ〜みょうじ大丈夫?爆豪になんかされてない?」
「えっ!」
「なんもしてねェわ!!!!!」
「みょうじ、良かったら今度俺と飯行かね?」
「え、あ、あの……」
「なまえちゃんが困ってるわ、上鳴ちゃん」

爆豪くんをスルーするという鋼のメンタルを持ったフレンドリーな上鳴くんに何で返せば正解なのか、挙動不審になっていると代わりに蛙吹さんが返答してくれた。で、でも……

「あの……」
「?」
「爆豪くん、凄く優しいです」

私の小さな声を拾ってくれ耳を傾けてくれる上鳴くんの目を見て、ふわりと笑う。人見知りのせいで、慣れるまでいつもぎこちない笑みしか相手に見せることしか出来ないけれど、分かりづらい優しさをたくさんくれるお友達のことを考えると意識しなくても勝手に表情が柔らかくなる。

「それに爆豪くん。かっこいいよね」

上鳴くんに向けていた視線を本人へ移す。人気出るよ、きっと。と続く言葉は胸に留めて置いた。首を少しだけ動かしこちらを見る爆豪くんは眉間に皺が寄っていて、歯をギシギシと噛んで何も発さず睨んでくる。

「あ……。ご、ごめんなさい…!」

シンと静まる空間、そして彼の表情を見て我に返る。椅子から立ち上がり、爆豪くん含め皆に頭を下げると前方にいる先生に「立ち上がるな」と注意を受け、それにも謝罪し腰を下ろす。

恥ずかしすぎる…!静寂からの騒がしくなる車内にまた先生から「いい加減にしとけよ」の注意をいただき、全員の背筋が伸びた。




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