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「なあなあ、みょうじって食べ物何好きなん?」
「え、えっと……」

バスを降りて直ぐ。こちらに近づいてきた上鳴くんに質問を受ける。何が好きか。その質問は私にとって難しいもので。一つなんて選べない。もし、食べ物全部好きだと答えたら、引かれてしまうだろうか。それでも控えめに「何でも好き」と言うと「おっけい!」なんて弾んだ声で軽くウインクをされた。上鳴くん、お友達多いんだろうな。私も見習わなきゃ。本当に一緒にご飯行ってくれるのかな…?同級生とご飯に行くことなんてほぼないから嬉しい。だから、

「一緒にご飯行くの、すごく楽しみ」
「……」

人見知りで緊張するけど、上鳴くんに対してはなんだか緊張よりわくわくが勝る。どこ行くのかな。お小遣い、少し使ってもいいかな。そんなことを考えると、嬉しさのあまり表情筋緩々で思いのまま口にしてしまった。また爆豪くんに食い意地張ってるって言われてしまうだろうか。こちらを見てパチパチ瞬きをする彼に、首を傾げ同じように瞬きをすれば両肩にソッと手を置かれた。

「みょうじ。そんな安易に男の誘いに乗っちゃダメだかんな」
「?」
「上鳴ちゃん、言ってることとやってることが矛盾しているわ」
「!!俺はいーの!」

近くにいた蛙吹さんの言葉にギクリと固まる上鳴くん。こちらを見ずに発した蛙吹さんは今度可愛らしい大きな瞳を私に向けて「断っていいのよ」と柔らかい声色で言う。途端、隣から沈んだオーラを感じた。断る、という返事は一ミリもない。けれど、二人の会話からここは断るのが普通なのかな。人付き合いをあまりしてこないで今まで生きてきた私は何が正解かよく分からない。兄だったら、きっと考える間もなく行くんだろうけど。性別が違うし。でも、上鳴くんとご飯行きたな。高校に入ったら友達を作るんだって決めてたから。色んな人と仲良くなりないって思っていたから。

「上鳴くん」
「っうはいッッ」
「わ、わたし……」
「うん?」
「あ、あの、一緒に、ご飯行きたいなっ……て」

だ、だめかな…?緊張と恥ずかしさで、俯き目線だけ彼の方に向けて控えめに伝えると、上鳴くんは唸り声を漏らし顔を後ろに引き眩しそうに手をクロスさせ目を隠した。

「いけないことしてる気分」
「なまえちゃんが心配だわ」
「あっ、あと、も、もし良かったら、蛙吹さんも一緒に……」

言っちゃった。聞いちゃった。初めて自分から誘えた。自分の心臓の音が大きくてふたりの声が上手く聞き取れない。ひとつだけ届いたのは、梅雨ちゃんと呼んで、という願いだけ。

「俺もみょうじが心配になったきた」
「そうね。爆豪ちゃんもこんな感じで目が離せないのかしら」
「爆豪が……?そうなん?えっ!爆豪って、そんな感じ??え!したら、俺殺されんじゃね?」

13号先生に案内され歩き出す中、二人の返事を上手く聞き取れず、自己嫌悪に襲われてる私の隣でそんな会話をしていなことなんて気付きもしなかった。





屋内に入り、初めに13号先生が自身でいうお小言をいくつか聞く。

「しかし、人を簡単に殺せる力です。皆の中にもそういう個性の人がいるでしょう」

その言葉にギクリと心臓が止まった後、速まり一気に血の気が引く。しかし、その後に「君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。助ける為にあるのだと心得て帰って下さいな」と続けられ少しだけ心が落ち着き、前向きになる。

しかし、それも束の間。またも知らない恐怖心が体を包み、全身が震え、全ての感覚が過剰に反応し、そして最後。視界いっぱいに何色にも混ざり濁った色が視えた。これは、あの時と似た色。兄と祖母を殺した敵と同じもの。

「……な、んか、くる」

絞り出した声。13号先生の話で周りは救助訓練への意欲が掻き立てられる中、一人相応しくない声が出た。全身に突き刺さる何かを感じ、それを紛らわせるため両手を爪が食い込むほど握る。

「……おい」

誰も聞こえるはずのない小さな震えた声は爆豪くんが拾ってくれた。声、というより私の異変に気付いて、なのかもしれない。彼がこちらに視線だけを寄越した時、相澤先生が異常を察知した。

「一かたまりになって動くな。13号!!生徒を守れ」

こんなところに敵が現れるわけがない。そんなの当たり前で、ここに襲撃する敵がいるなんて考えもしない生徒達は未だ状況が飲み込めていない。私もだ。でも、あれは間違いなく、

「動くな。あれは」
「敵だ!!!!」「……敵」

先生と被って同じことを言う。敵と言ったのも、爆豪くんには届いていたらしく、一度広場に向けていた視線を私の方へ戻した。眉を顰めて。


相澤先生は皆に指示をしてから、広場に飛び降りる。言われた通り、13号先生と共に震える足で出口に向かう。けれど、そう簡単に逃げれるわけもなく。

「させませんよ」
「……っ」

モヤ状の敵が目の前に現れた。その人は、悠々と自己紹介、オールマイトを殺すという目的を明かす。ヴィラン連合?息絶えて頂きたい?この人は……、ていうか、この敵は……。

「人、なの……?」

視たことない。こんな色。人でも動物でも視たことのない生き物を目の当たりにして脳がショートする。そもそも生きているのか。どちらかといえば、物と似てる色だった。

「ダメだ、どきなさい。二人とも!!」

13号先生の叫びにハッとする。隣にいた爆豪くんはいつの間にか先頭に立っていて、黒いモヤに包まれている。反して私は無意識の内に恐怖心から身を後ろに引き、敵から遠ざかっていた。情けない、情けなさすぎる。そう考えても体が前へ動いてはくれない。敵の個性はきっとワープのようなものだと思う。他の場所に連れて行かれたらもう外には出られない。早く皆でここから離れないと、と考えているうちに相手の個性によって暗かった視界は晴れ、土に埋まった建物が移り、そして半分凍ったコスチューム……轟くんの背中が目の前にあった。

「子供一人に情けねぇな。しっかりしろよ、大人だろ?」

他の情報を得るために視線を彷徨わせると、既に敵は凍らされていた。そうさせた本人、轟くんはゆっくり相手に近づいていく。

「!」

それをただ後ろで見ていることしか出来ずにいると、背後から気配を感じて振り向けば敵が既に氷になっていた。

「え……」
「突っ立ってねぇで後ろに居ろ。危ねぇ」
「ご、めんなさい」

さっきまで前にいたはずの轟くんは一瞬で敵を行動不能にした。あまりの速さに息を呑む。と同時に、同じヒーロー志望として扱われてない自分が情けなくなる。また、守られてる。さっきだって爆豪くん達が敵に向かっていく中、一人だけ逃げようとした。暗闇にいて何も見えなかった時、飯田くんのエンジンの匂いがした。きっと彼はクラスメイトを守るために、数人を抱えてワープさせないようにしたんだ。

「あのオールマイトを殺れるっつう根拠……策って何だ?」

未だくよくよ悩んでる私を他所に轟くんは次の行動に移す。彼の問いに、敵はオールマイト殺しを実行する人物を教えた。それ以外は知らない、と。私達を殺すのがこの人達の役目らしい。嘘はついていない。それを彼も感じ取ったのか、数秒間を置いて走り出した。私も後を追う。ヒーロー志望だから。兄の代わりにヒーローになるって決めたんだ。怖いし、今すぐにでも逃げ出したい。だけど、兄だったらこうするから。そう考えれば、さっきまで竦んでいた足は動く。


「……何でお前ついてきてんだ」

広場に向かうため走る彼に続けば、少し驚きを含んだ瞳をこちらに向けられ、そう言われた。きっと広場には向かわず、敵が居ない土砂ゾーンを出た辺りにいた方が安全だからそこに留まると思ったのだろうか。出来ることならそうしたい。今にも腰が抜けそうなくらい怖いから。兄の代わり、兄ならこうする、と考えれば体は動くけれど、それだけじゃない。

「……誰かが、傷付くのは、嫌だから」

スっと胸の内にある思いが口から出る。周りより人一倍ビビりで臆病で怖がり、意気地無しだし、根性もない。痛い思いも怖いのも嫌いだから、他の人に同じ思いをして欲しくない。誰かが傷付き、いなくなってしまうのも同じ。それは痛い、怖い、よりももっと恐ろしく大嫌いなことだから、今こうやって体が動く。結局は自分勝手な考えなんだ。人のためじゃない。自分が嫌だからという理由で行動するのはとてもヒーローがする考えじゃない。

控えめに相手の目を捉えると、数回瞬きをして再び前を向き走る轟くんは納得したのか分からない。私はただ足を動かすことだけに集中した。




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