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臨時休校明け。相澤先生は復帰してきた。全身包帯でグルグルの担任の安否を確認する中、先生は「まだ戦いは終わってねぇ」と口にする。
「雄英体育祭が迫ってる」
その一言にクラスは、クソ学校っぽいの来たあああ!!と騒ぎ出す。全国のトップヒーローがスカウト目的で観る祭り。年に一回、計三回のチャンス。ヒーローを志すなら絶対に外せないイベントだ。
皆が気合いを入れるのを眺めながら私は、目立つの嫌だな、とこの場に相応しくない思考になった。
「何ごとだあ!!!?」
放課後の教室。麗日さんの叫びが響く。廊下に目を移すと他クラスの生徒がたくさんいた。
「出れねーじゃん!何しに来たんだよ」
「敵情視察だろ、ザコ」
教室から出るべく歩みを進める爆豪くんはやって来た他クラスの生徒をザコ呼ばわりする。そんな彼の発言に人混みを割って前に出てきたのは紫髪の男子。
あ…。あの人、入試の時助けてくれた人だ…!やっぱり入学してたんだ。でも、言い方的にヒーロー科じゃなくて普通科っぽい。数日前にも寧人に聞いてB組にはいないって言ってたもんなあ。あの時のお礼をしたい、と伝える相手を見つけることが出来て思いが高まるけれど、受かった人間がそうじゃない人に何かを言っていいものか、それと大胆不敵に宣戦布告してきた彼にお礼を伝えられる勇気が私にはなかった。
そして帰ろうとする爆豪くんを「おめーのせいでヘイト集まりまくった」と言って止める切島くん。それに対し、関係ねえよ、と落ち着いた声色で放つ。
「上に上がりゃ関係ねえ」
前だけを見据えて。真っ直ぐ放たれた言葉。彼の言うことはいつも私の心にすーっと落ちて溶け込んでいく。上に上がれば関係ない。目立つの嫌だな、なんて思ってしまった自分に嫌悪感を抱く。初の戦闘訓練があった帰り。自分の力も出すことが出来ねぇ舐めたヤツは俺の前に立つなと言われたのを思い出す。
そうだ。私はここにヒーローになるために来たんだ。目立つのは嫌だし出来ることなら避けたいことだけれど、兄の代わりにヒーローになる、その思いは変わらない。頑張って目立ってプロへの一歩を踏み出すんだ。数ヶ月前の私ではあり得なかった思考に、緊張と不安で心がざわつくけれど、それでも精一杯やろうと思った。
それと、ほんの少しだけ、爆豪くんの前に立ちたいと思ってしまった。彼に認められたい、と。
「なまえちゃん」
「?」
「爆豪ちゃん帰っちゃったけど、いいの?」
「あっ!……わ、私帰るねっ!またね…!」
「ええ、また明日」
人差し指を顎に添えながら声をかけるあす…つ、梅雨ちゃんに挨拶をしてから後ろの扉を抜けて爆豪くんを追いかけた。
翌日から各々体育祭に向けて準備が始まった。
始まったのだけれど。
「……う、猫…」
外で体を鍛えた後、着替えるため更衣室に戻ろうとした時、道を塞ぐようにこちらをジィっと見つめる猫が居た。動物は苦手。まだ個性がコントロール出来ない頃、危うく怪我をさせてしまいそうになってから極力触れないようにしている。それに、動物が何を考えているか分からなくてどう接すればいいのかよく分からない。
視える個性は物と生き物に対応しているからもちろん動物の色も視えていたんだけど、この能力があやふやになったあの日から動物に関しては一切視えなくなった。だからという訳ではないけれど、とにかく苦手なのだ。
「…よこ、通ってもいいですか…」
射抜くような瞳に遠慮気味に質問するも答えなんて返ってこない。お、怒るかな…?なんでこっち見てるんだろう。どうしたらいいか分からず、オドオドするだけ。そんな時、ある声が耳に届いた。
「こちらに来なさい」
その言葉に後ろへ振り返った猫がそのままトテトテ歩く。私も猫に沿って視線を辿るとそこには同じクラスの口田くんがいた。確か、生き物とお話したり出来る個性だったような。
「あ、りがとう…ございます」
お礼はちゃんと顔を見ながら言わないとと相手を見つめながら伝える。けれど、視線は合わない。口田くん、凄くオドオドしてる。もしかして、人見知りだったり。私と一緒なのかな。そんなことを考えていたら目の前の彼はとても小さい声で、それでいて控えめに口を開いた。
「……みょうじさん、足っ……大丈夫…?」
「え?」
さっきまで泳がせていた黒目は私の右足をしっかり捉え、今度は手や表情を忙しく動かす。その動きはまるで猫が教えてくれた、と言っているようで。もしかして、さっき転んだ時に付けてしまった傷のことだろうか。ずっと猫がこちらを見ていたのはこの傷に気付いてくれたから…?
「これは、ちょっと擦り剥いただけなの、でっ!」
体を鍛えてる途中、転んだなんて恥ずかしい。顔に熱がこもるのが自分でも分かる。……でも、そっか。心配してくれてたんだね。なんだか、動物に対して少しだけ苦手意識が減った。
「口田くん、ありがとう。猫さんも、ありがとう」
「!」
ふたりとも優しいな。再び、オロオロする彼を見て頬が緩む。だからいつもの悪い癖が出てしまった。
「口田くんの髪、凄く可愛くて、好きだなって前から思ってたんだ」
「……」
前から思ってた。ヒラヒラしてるの、可愛い。口田くんが話しかけてくれた?から、つい嬉しくて調子に乗ってしまった。そのことに気付いたのは、石化したように固まる彼を見たから。
「!?あ、ご、ごめんなさい…!」
また私はなんてことを…!男子に可愛いは禁句だと寧人に言われたことがある。多分、ある。あれ…?禁句、までは言われてないかな?喜ばないって言ってたのかな?とりあえず、不快にさせたと思うから必死に謝罪すれば、手と首を左右にブンブン振られる。いいよって言ってくれてるのかな。高い位置にある瞳を上目遣いで見つめていたら、そんな彼の顔の横に小鳥がやって来た。
そして、急に顔付きが変わる口田くん。その変化に嫌な予感がして聞いてみると、怪我した仲間がどこにいるか分からないとのことで。個性も使って探し出そうとする彼に私も探すと申し出て、その場から離れた。
何が出来るか分からない。けれど、あらゆる感覚を研ぎ澄ませ体を動かした。
「なかなか見つからない」
自分から申し出たくせに役立たずだ。口田くんの方はどうなんだろう。見つけられたかな…。そういえば、見つけた時の対応を聞いてなかった。彼の返事もあまり聞かず、探し出してしまった自分の行動に段々マイナスな気持ちになってくる。これで良かったのかな、考えなしに行動してしまうことはいつだって後悔する。それよりも早く見つけないと。
「……あ」
そう思った時、木々の間にポツンと建てられた倉庫のようなものが目に入った。小さい物置みたいな。扉が何か荷物に挟まって少しだけ開いている。こんなところにいるだろうか。そんな疑問を抱きながら、挟まっているものを退けて中を覗き一歩入ると、近くでボンッッッという爆発音が背後から聞こえてきた。爆豪くん、ここら辺で訓練しているのかな。音のした方を振り向こうとしたその時。バタン、と扉が閉まった。
「びっ、くりした…」
あまり大きくない倉庫。小窓が一つあるだけで扉が閉まれば、ほぼ真っ暗。こういうところは苦手、というか怖い。昔、狭く暗い空間に閉じ込められたことがあったから。その恐怖心が湧いてくる前に、ここから出ようと引き戸式の取手に手を掛ける。
「……え」
開かない。開かない。……どうして?グッと力を込めても微動だにしない。個性を使っても、だ。その事実に急に呼吸が荒くなる。なんで、開かないの…?故意的に閉じ込められた訳じゃないし、誰かに抑えられている訳でもない。分からない、ということに更に不安になり、焦る。
ドンドン。思い切り、叩いても動かない。思い切りと言ってもさっきよりは力が出ない。恐怖で震えて力が入らないのだ。
「だ、大丈夫だよ。うん、大丈夫」
こんなことでヒーロー志望が怯えるなんて情けない。爆豪くんの言葉、それと、USJ時に襲撃してきた主犯格の言葉を思い出す。ヒーローになるんだから。こんなことで。
「……怖い」
怖い。真っ暗で、結構な数の物が置かれていて、埃もある。扉は開かないし、こんな場所にポツンとあるから誰も通らないだろうし、ここに何で倉庫があるのかも分からないしで、凄く怖い。昔は閉じ込められて家に帰ってこない私を心配して兄が助けてくれたんだ。兄はもういない。父も夜遅くまで仕事だし、爆豪くんとは帰る時間が違くなるだろうから気にしないで、とこれから朝だけ一緒に登校することになった。だから、もしかするとこのままここで一日過ごすかもしれない。
頭の中で、閉じ込めた子達の笑い声が響く。楽しそうに、私が敵だから自分達は周りを守るため善として閉じ込めた。悪意がないことが不気味で、恐怖心は増すばかり。その時のことを思い出せば、過去の嫌な出来事の数々も脳裏を過ぎる。そして、最後はいつも助けてくれる兄の姿が思い浮かぶんた。光のような、私のヒーロー。でも、もういない。私のせいで死んだ。私がいなくなれば良かったんだと扉を軽く叩き、力が抜けるようにヘタッとその場にしゃがみ込んだ。
ガラッ
「……」
急に差し込んだ光と軽く音を立てて開いた扉に顔を上げた。そこに居たのは、
「……お、にいちゃん」
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