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「あァ?誰がお兄ちゃんだ、目ェ腐ってンのか」
「ばく、ごうくん…?」

暗闇に急な光が入り眩しさで目を細める。いないはずの兄の姿を目にするも見間違いだったらしく一瞬で爆豪くんだということに脳が情報を処理する。機嫌の悪そうな声と表情をする彼は兄と同じく敵顔と言われるけど、助けに来てくれた時の表情は兄とは全然違う。爆豪くんは助けにきたわけではないと思うんだけど。けれど、物凄く安心する。

「ここ、扉開かなくなっちゃ、って。それで、」
「!」

困ってたの。ありがとう。起き上がりそう伝えようとするが、体に力が入らないみたいでそのまま後ろへ倒れそうになる。不味い。だけど、力が入らず耐えることが出来ないから、痛みを受けるしかないのだと瞼を閉じた。

「ってめ、何やってんだ…」

更に怒気を孕んだ面持ちをした爆豪くんが一歩こちらに近づいて腕と腰を掴み支えてくれた。それから腕を離して私は下にお尻をつく形で座る。

バタン。

「え…」
「あ?」

途端、また扉が閉じてしまった。

「あ、あっ…!」
「うるせえ!喚くなッッ!!」

扉の方を震えながら指差し、暗くなって見えづらくなった彼の方を見つめる。ガタガタ、と先程の私と同様、力尽くで開けようとするも動かず。もしかしたらこの扉、外からしか開かないのかもしれない。そのことに爆豪くんも気付いたのか盛大に舌打ちをして「クソがッ」そう吐き捨てた。

彼が気付いてくれたように、扉を叩いて誰かを呼ぶしかない。そう思ったけれど、部屋を見渡した爆豪くんがあるものに気付く。

「非常用ボタン…?」

暗闇に慣れてきた目に映ったのは非常用ボタン。それを押して、閉じ込められた、早く出せ、と荒々しく告げる彼にボタンの先にいる見知らぬ人は慌てて答える。どうやらサポート科の人が作ったものだったらしい。数分後行くと言われたが、爆豪くんは「今すぐ来いや!!」とキレていた。

こっちに来るまで時間がかかるようで。通話が切れると、この場はシンと鎮まり返る。乱暴に腰を下ろし、貧乏揺すりを始める彼の隣にゆっくり座り、曲げた膝を両腕で抱えた。

「……」
「……」

さっきと変わらない状況だけれど、隣に爆豪くんが居る。それが少しだけ気持ちを軽くさせたが、怖いのは変わらなくて震える体を隠すためにも自身をギュッと抱きしめた。

「……チッ」
「……」
「おい」
「!うぶっ…!?」

急な呼びかけに首を動かすと顔面に何かを投げられた。これ、タオル…?手に取り触ってみると、ふわふわしていて気持ち良い。さっき爆豪くんが首に巻いていたものだろうか。今、彼の首にはそれがない。

「それ被っとけ」
「え」

理解出来ないまま言われた通り大人しく頭にタオルをかけるとふわりと爆豪くんの匂いがした。こちらを見ず、不機嫌に眉間に皺を寄せて顰め面をしているのをタオルの端から見つめながら、彼の匂いはやっぱり安心する、なんて変態じみたことを考える。……あれ?このことを直接本人に伝えたことがあった気がする。おんぶしてもらった時。父の行方が分からず必死になって探していた日。もしかして、震えているのがバレた?暗闇が苦手なことを知られてしまった?だから、匂いがするタオルを貸してくれたの…?

「…ありがとう、爆豪くん」
「……」

怖いのは変わらないってさっきまで思ったけど、今は全然怖くないかもしれない。少しの柔軟剤の香りと、汗の匂いがするタオルの両端をギュッと握った。そこで、ふと考える。

「爆豪くん、汗いっぱいかいたんだね」
「は?」

柔軟剤の香りよりも爆豪くんの汗の匂いの方が強い。しかも少し湿っているし、体育祭に向けて練習していたのだから彼の個性上汗をたくさんかいたのだろう。でも、それが嫌なわけじゃないし、やっぱり落ち着く。なんていうのかな。……あ。

「なんか、爆豪くんに抱きしめられてるみたい」
「……」
「っわ!?」

思ったことをそのまま口にすれば、タオルをぶん取られた。

「か、貸してくれるって…!」
「ンなこと言ってねえ!!!!」
「言ってない…けど、被ってていいって言った…!」
「サブイボ立つよーなこと言うヤツに被らせるか!」

サブイボ立つようなこと?数秒考えて、自分が発したことを思い出した。

「!?ご、ごめん」
「……」
「じゃ、じゃあ、そっち近寄ってもいい……?」
「あ゛?」

普段ならこんなこと言わない。だけど、一瞬でも兄に見えてしまった爆豪くんに何故か甘えた態度を取ってしまう。兄に見えただけじゃなく、爆豪くんだからというのも多少はあるのかもしれない。返事を聞かず、強引に肩が触れる距離に腰を下ろす。

「近ぇ……!!」

首を反対に傾け、青筋を立てながら低い声で放たれていることにも気にせず満足気に口角を上げる。首から上は遠ざけようとしているのに体は離れようとせず、私を押し返すわけでもない彼の優しさが怖さを無くしてくれた。

「昔、こういう場所に何度か閉じ込められたことがあってから暗くて狭いところが苦手なんだ」

なんだろう。安心からか、それとも彼の匂いや雰囲気が落ち着くのか段々眠気に襲われ、正しい判断が出来ず昔のことを思い出しながら饒舌に話し出してしまう。

「何かある度にお兄ちゃんがいつも駆けつけて、必ず助けてくれてね…私にとってお兄ちゃんはヒーローなんだ」
「……」
「私はヒーローに憧れたことなんてないし、なりたいなんて思ったこと、なくて。どちらかと言えば、ヒーローの存在が、苦手…なんだぁ」
「……」
「でも、お兄ちゃんはヒーローに憧れて、なりたいって言ってたから。ヒーローになったお兄ちゃんのこと、苦手なんて思うわけないし、ヒーローの爆豪くんのことも、クラスの子も苦手って思わないから、だから私ヒーローの苦手意識がなくなったかもって、この間、思ったんだよね」
「……」
「……何言ってるか、分かんないね。自分でも分かんないもんなあ…」

回らなくなった頭と舌で呟く言葉に、隣からは「クソ意味わかんねえ」と声が聞こえる。

「何が言いたいかっていうと、ね。応援してるってこと、だ」

横を向いてそう言えば、不機嫌そうに「てめーの応援なんざいらんわ」と告げられる。

「一丁前に人のこと考えるたァ余裕だな、ビビリ女が」
「余裕、じゃないよ。だって、お兄ちゃんの代わりにヒーロー目指すんだから、結構必死だよ…」

私には到底届かない人だから。

「お兄ちゃんが、救うはずだった人を代わりに救うの」
「クソだな」
「あとはね、爆豪くんと戦うために、前に立つために、必死」
「……」

眠いなあ。最近あまり眠れなくて、疲れも取れていない。爆豪くんと話しているのに、彼の言葉が耳に届いてこない。ぼーっと何も考えず、口に出す。


「小さい頃、個性の制御が出来なかったから、私、ヴィランだったんだ。だからね、爆豪くん」
「……」
「私がヴィランになったら、倒してね」


どうしてこんなことを口にしたのか分からない。けれど、敵に襲われ、祖母と兄を亡くした日。その後から視える個性はほぼ使えなくなり、鬼の個性は格段に制御しやすくなった。もしかしたら、今の私は全ての力が出ていないのかもしれない。

個性が制御出来ず、ヴィランと呼ばれた幼い頃のようになったら。爆豪くんは友達じゃなくなってしまうのだろうか。そうじゃないといいな、と願いながら重くなった瞼を閉じた。




「……は?コイツ、寝やがった…!」

コテンと自分の肩に頭を預けるなまえに、目を吊り上げ怒りを露わにする。先程言われた頼みには何も答えずただ寝たことに対し、凶悪面で掌から数回爆破を繰り返した。

そこで、ようやくやって来たサポート科にブチギレ、眠っているなまえを置いて外に出る。その時、起き上がったことにより自分に寄りかかっていた女が床に凄い音を立てて落ちようが関係ない。スタスタ歩き出すと後ろでサポート科が慌て出し、それを無視するも小さく聞こえた「ばく、ごうくん…」という寝言に歯をギシギシ擦り合わせ振り向き、倉庫へ戻りなまえを乱暴に抱えた。

自分でも何故こんなことをしているのか理解出来ない行動、そして眠たそうになまえが饒舌に話した内容に更に苛立ちが込み上げてくる。

「……何がヴィランになったら、だ。言われねェでも全員倒すンだよ、俺は」


それは誰に届くわけもなく消えてゆくと思っていた。しかし、小鳥を見つけなまえ探していた口田がその光景を見ており、乱暴に担がれてるなまえに、爆豪と何かが!?と勘違いをしてふたりの前にたくさんの生き物を連れて現れてしまうのだった。




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