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「なまえ、個性強化したりした?」
「?してないよ?でも、あまり制御しないようにはしてるけど…?」
「ふぅん」

体育祭へ向けて今日は寧人と一緒に練習をしている。お互いの個性を使用しての戦闘練習。即ち、鬼の個性を持った寧人と戦っている。自分ではやらない個性の使い方をする幼なじみに毎回学んでばかり。そんな幼なじみからの意外な問いに首を傾げた。

「強く、なってる……?」

無自覚だった故、不安になる。私にとって制御出来ていないということが何よりも不安で、恐ろしいから。心中に湧き出てきたそれらの感情を瞬時に察した寧人は眉を少し下げ、ため息混じりにこう言った。

「個性を使う頻度が増えたんだ。誰でも多少は強くなるさ。個性を制御せず使っているなら尚更」
「そ、そうかな」
「それよりも、なまえのお友達のことを教えてよ」
「え?」
「爆豪勝己、くん…だっけ?」

企みのある悪い顔をしながら聞いてくる寧人に嫌な予感しかしない。そもそも、寧人に爆豪くんの名前は伝えていない。お友達が出来たってことしか言ってないような……。

「彼と登下校一緒だよね。他にも、なまえが電話で話してた人と特徴が似てるし。あとは、ほら。彼、有名人だし?」

確かに、爆豪くんは色んな意味で存在感がある。良い意味でも、悪い意味でも。未だ爆豪くんと一緒に歩いていると、あの事件のことをひそひそ言われてたりもするし。

「爆豪くんがどんな人かってこと?」
「うん。まあ、そんな感じのこと。性格でも、長所、短所でも、普段どんな会話をするかとか何でもいいから」
「……なんか、悪いこと考えてない?」
「あはははっ!何を言ってるのさ、人聞きの悪い!自分の大切な幼なじみが仲良くしてるっていう初めてのお友達なんだから知りたいに決まってるだろ」
「……」

若干、嘘。でも、ここで教えても教えなくても二人の相性は悪そう、だと感じる。それに私の言動で動かせるような人達じゃない。
……爆豪くんの性格かぁ。長所、短所。頭の中で彼の姿を思い浮かべる。けれど、考えれば考える程、爆豪くんがどんな人か、どんな性格か、分からなくなっていく。言葉で表すには私には難しい。

「爆豪くんは……」
「……」
「どんな人なんだろう?」

顎に数本の指の背を添えて俯く。前から、はぁあ?それってもう友達でも何でもないんじゃないのぉ?と何故か挑発されたように言われてしまった。

「と、友達だよ!友達になってくれるって言ってくれた…!」
「はいはい。それって向こうから言ってきたの?」
「お願いしたのはこっちからだけど…」
「へぇ」

意味深に頷く寧人に慌てる私。爆豪くんは友達になりたくなかったらそう言うだろうし、きっと大丈夫。何が大丈夫か分からないけど、大丈夫。寧人は別に友達について否定しているわけではないんだろうけど、何か探っているような気がして挙動不審になってしまう。……あ。もしかして。

「寧人、心配してくれてる…?大丈夫だよ?爆豪くん、良い人だから」
「は?別にそういうんじゃないけど」
「そっか。そういうのじゃなっかったかぁ。ごめんね、勘違いしちゃった」
「本当だよ、まったく」

どうやら私の勘違いだったらしい。ちょっとだけ恥ずかしい。やれやれ、と手のひらを上に向け、首を振り、眉を下げて息を吐かれてしまった。でも、

「あまり相手が勘違いするようなこと言わないでね」
「……」

不安げに下から見つめるように言うと、寧人の纏う雰囲気が微かに変わり表情もスっと消えた気がした。

「それって爆豪に?」
「爆豪くんだけじゃないけど」
「珍しいじゃん。なまえがそんな風に言うの。ていうか、初めてじゃない?その爆豪くんって人、気に入ってるんだ?」
「気に入ってるっていうか、好き、だよ?」
「へー」
「なぁに、その顔」

目を半分伏せ、露骨に不快感を露わにする寧人が体育祭で一つの作戦として嫌な役をすることは予想がつく。けれど、幼なじみが指摘したように「言わないで」と口にしたのは初めてで、どうしてそんなことを言ってしまったのか自分でも分からない。無意識だったから。故に、向こうもこんな顔をしてしまったのだろう。

「昨日、一人で練習してる時にね。暗くて狭い倉庫の中に入って出れなくなっちゃったの」

急に違う話を始めたからか、それともその内容にかは分からないけど、寧人は眉をピクリと動かした。

「その倉庫、外からしか開けられなくてね。こういう時、いつもお兄ちゃんが助けに来てくれてたなって思ってたら本当に来てくれたの」
「は?」
「あ、違くて。来てくれたのはお兄ちゃんじゃなくて爆豪くんだったんだけど。扉が開いて顔を上げた時、お兄ちゃんと見間違えちゃったの」
「……」

自分でもびっくりした。と紡ぐと無言でこっちを見つめられる。

「どんな人かって聞かれたら上手く応えられないけど、お兄ちゃんと間違えちゃうような人、かな?」
「ぜんっぜん、答えになってないんだけど」
「そうだよねえ」

ははっ。小さく苦笑いを零し首を傾ければ、幼なじみはそっぽを向いて「それって二人とも敵面だからなんじゃなぁい?」と言ってくる。確かに似てるねって心中で呟き口元を緩ませてしまったら、苦虫を噛み潰したような顔を向けられた。
それでも何も言わず、帰る準備をするため校舎の方へ戻って行く寧人は私の答えに納得してくれたのだろうか。昔から前にいるその背中に小走りで追いかける。

「ああ、それと」
「?」

隣に並ぶ寸前。寧人は何かを思い出したかのように後ろを振り向いた。そして、意地悪く目を細めて一言。


「なまえの髪、その爆豪くんが切ったんだってね」

ああ、なんだか嫌な予感がする。









体育祭当日。控え室で待機していると、バンッバーンと派手な音が耳に入ってきた。ついさっきまでは会場前に連なっている屋台に意識が向いていたが、開催を知らせるその音に一瞬で体に緊張が走る。

朝早く父は仕事へ行った。休みが取れなかったと悔しそうにしていて、何度も録画予約がされていることを確認し、仕事の休憩中に見るからな!と意気込んでいたのを思い出す。
そうだ。この体育祭で良い結果を出してヒーローになるチャンスを広げるんだ。緊張はするけど、そのせいで何も出来なくなるのは嫌。兄の代わりにヒーローになる。これが私の原点。その思いを心に据えて戦おう。ゆっくり息を吸って吐きながら緊張を解していたら飯田くんの声が部屋全体に響き渡った。

「皆、準備は出来ているか!?もうじき入場だ!!」

すると、突然轟くんが緑谷くんの元へ近寄り、宣戦布告をした。場の雰囲気が一瞬にしてピリつく中、緑谷くんの返した言葉は「僕も本気で獲りに行く」というもの。
控えめでいつも身を縮めている印象が強いけど、知り合ってから今まで、彼は私が想像しているよりもずっと自分の芯を心中に持っていて、それを伝えることが出来る強い人。
こんな強い人がたくさんいる学校で少しでも上を目指していかなきゃヒーローにはなれない。頑張って結果を出そう、と胸に手を当てた。

それでも緊張はする。入場するため控え室から出た足は震えている。隣をふと見ると峰田くんが小さな声でずっと手のひらに「人」を書いて飲み込んでいた。

「人人人ヒトひと…………ん?みょうじも緊張してんのか?」
「えっ、あっ、う、うん」
「気持ち、分かるぜ。緊張しない方が可笑しい。お前もやった方がいいぜ!」
「……う、ん」

話しかけられると思っていなかったのと、緊張で早口、そして目がどこかにいってしまっている峰田くんに少し驚いてしまった。ほら、と自身の手のひらに人を書いて飲み込み、見本を見せてくれる。

「みょうじ、やったことないのか?」
「あ、あまり、やったことないかも」

峰田くんと会話をするのは初めて。人見知りである人間からすると、初めて喋る人とは誰でも緊張する。動揺して、「あまり」と言ったけど本当はやった記憶がない。ヒーロー科の人はコミュニケーション能力が高い。ほとんどの人が人見知りをしないことに感心すると同時に自分はやっぱりヒーローに向いてないんだと実感する。

「ほら、こう」

そう言って、手のひらをこちらに向けながら「人」の文字を指で書いていく。優しいな、って心が温まり、それを食べればいいのかと顔を峰田くんの手の方へ近づけ、食べようとした。私は初めての人との会話で緊張している。ゆっくり口を開け、峰田くんの「人」を食べようとした時、勢い良く体に何かが巻き付いた。

「なまえちゃん、違うわ」
「え?」

巻き付いた何か、というのは梅雨ちゃんの舌だった。

「自分の手のひらに書いて食べるの」
「あっ、そ、そっか。ご、ごめんなさい、峰田くん。……峰田くん?」

理解能力がなくて申し訳ない気持ちになりながら峰田くんに謝るが、謝罪を受けた当の本人は固まっている。そ、そうだよね。いきなり自分の手を食べようとするなんて気持ち悪いだろう。しかも、今から大事な体育祭が始まるというのに。もう一度、謝ろうとしたけれど、それは本人によって遮られてしまう。

「イイッ!!!!」
「!?」
「遠慮することはねーぜ?ほらッ、ガブッと!オイラの手を咥え……ぐぇ」
「なまえちゃん、こっち来て」
「う、うん……?」

親指を立てて目を見開く彼の勢いに後退ると、梅雨ちゃんが峰田くんの言葉を遮るように攻撃した。これも上手に理解できないまま梅雨ちゃんに言われた通り峰田くんから離れて歩く。謝罪は出来ただろうか。心の中でまた謝罪をしてから、見えてきたステージの入口に目を向けた。




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