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プレゼント・マイクの声と既に出来上がった会場の熱気。人の多さとたくさんの歓声に入場した途端、酔ってしまいそうな感覚になった。

「む、むりかも……」

こんな大勢の人に見られながら何かをするのは。私のことなんか誰も見ていないと思うけど、自分が意識してしまったら終わり。帽子の上から体操着に付いているフードを被り、顔を隠した。

そして、選手宣誓は代表である爆豪くんが「俺が一位になる」という自己の宣誓をし、皆からブーイングを受けていた。それから直ぐに第一種目が発表される。

「障害物競走」

画面に大きく映し出された種目名をそのまま口に出す。簡単な説明をされ、これまた直ぐにスタート位置に誘導された。今から始まるんだ。異常なまでに上がった心拍数に心なしか体調が悪くなってる気がした。それでも待ってはくれない。スタートの合図が鼓膜が破るほどの大きな音で放たれた。

始まって数秒後。轟くんの氷の個性が現れた。それを避けながら人混みを上手く避けて開放感に安堵すると、視界の端に紫髪の彼を見つけた。騎馬戦のように友達?に運んでもらっているみたい。支えている男の人達の目が据わってないのはきっと彼の個性の影響だろう。多分、考えられるのは洗脳、みたいな精神的な感じのもの。横目でそれを見ながら、後でお礼を言おうと心にに決めて前へと走り出した。


「こ、これは、本当に無理」

第一関門の入試用仮想敵は爆豪くんを参考に避けて突破したのだけれど、第二の方は無理。高い位置での綱渡り。高所恐怖症の私には渡れない。上位の方でここまで来れたというのに、暫く立ち止まってしまっている。その間に他の科の人を含め、どんどん抜かされていく。

「落ちても、痛くないよね」

四つん這いになり下を覗いてみれば、底が見えなかった。これ、落ちても大丈夫なの……?下、見なければ良かった。見たことにより、更に恐怖心が増す。

「あーあ、やっぱり渡れてないと思ったよ」

ガクガク、足が震えていると突然横から声をかけてきたのは幼なじみで。前を向いたままポンっと私の肩に触れ「ちょうど良かった」とだけ言い、その場から消えてゆく。

「あはははっ!こんなの渡らなくても跳べばいいんだよ」

短い距離のところはそのまま次の崖へ。距離が長い場合は一度綱に足を着いてから次の場所へ跳び立った。二つ進んだ寧人は首だけを後ろに動かし振り向き、私の方へ目を向ける。まるで、こうやるんだよ、と言っているみたい。いつもそうだ。いつだって寧人はこうやって助けてくれる。

ゴクリと唾を飲み込み、地面を思い切り蹴った。

「……来れた」

寧人の元へ行き、安堵の息を吐く。やってみると結構大丈夫と思っていたら、上から声が降ってくる。

「出来るなら早く行きなよ。お前は上位狙ってるんだろ?」
「うん。そうだけど、寧人は?」
「僕のことはいいから。ほら、早く。なまえなら、ここからでもあの二人を抜かせるよ」

そう言って、見えなくなった先頭の方に視線を移す。二人、というのは轟くんと爆豪くんのことだろうか。プレゼント・マイクの実況から先頭が誰だか知ることが出来る。

「寧人、ありがとうね」

それだけを伝え、地面を再び蹴る。あの二人を抜けると寧人が言ってくれた。なら、抜かしたい。なんて思ってしまうのは気持ち悪がられるだろうか。


「てめェ、宣戦布告する相手を間違えてんじゃねえよ」

最終関門に辿り着いた時に爆豪くんが轟くんを抜いた瞬間だった。この距離ならいける。地雷が埋められた場所も分かりやすい。その場で軽く体を伸ばし、深呼吸をする。帽子とフードを被り直し、一歩踏み出し、思い切り地面を蹴った。

《先頭二人がリードかあ!!!?………んぁ!?待て待ておい、あれは誰だぁ!?突然、二人の背後に現れたのは!?!?A組、 みょうじ!!なんつースピードだよ!?さっきまで後方にいたんじゃねえのかよおおおー!》

目立つのは嫌だ。それよりも今は一番を取ってみたい。ヒーローになるチャンスを広げるために。寧人の期待に応えるために。爆豪くんの前に立てるように。その気持ちは自分が思っているより力をくれた。二人を抜かせる。

「っってめェェェ!!!」

抜かして直ぐ。爆豪くんの怒鳴り声が少し後ろから聞こえ肩をビクつかせる。後ろを見ないように再び地面を蹴ろうとした時、爆音が鼓膜を揺らした。そして、頭上に現れたのは緑谷くん。色んなことに驚き、集中が少し失ったせいで下にあった地雷を踏んでしまった。

「っ!?」

凄い大きな音と派手な見た目にビビり蹌踉けると、もう一度違う地雷を踏んでしまった。そうしてる間に前にいる三人との距離はどんどん離れていく。それでも何とか追いつこうと足掻き、爆豪くんの背中を視界に入れながらゴール。結果は四位だった。






暫くして。予選通過者が決まり次の種目が発表された。やるのは騎馬戦。二人〜四人のチームを自由に組んで15分間、ポイントを奪い合うというもの。

「それじゃ、これより15分!チーム決めの交渉タイムよ!」

ミッドナイト先生の合図と共にそれぞれ一斉に動き出す。こういう自由に決める、というのは苦手。自分からいけない私が悪いんだけど、いつも余ってしまうから。仲が良いお友達が今まで出来たことがない。

「あ。爆豪くん」

仲が良いかは微妙だけど、初めてちゃんと出来た友達が爆豪くんだったりする。チラッと彼の方を盗み見ると、複数のA組のクラスメイト達が周りを囲っていた。

「人気だなぁ」

爆豪くんと組むのは無理そう。そもそもお友達だから組みたいという理由で彼が了承するとは思えない。そんなことを言ったらキレられそうだ。
他のクラスメイトの人は一緒に組んでくれるだろうか。緑谷くんはもう決めているかな……。今度はそっちに目を向ける。周りには誰もいなくて、まだ探している途中のようだったから意を決して足を踏み出した時、背後から名前を呼ばれた。

「僕という者がいながら一体なまえはどこへ行こうとしているんだい?」

振り返った先に目を細めこちらを見つめる幼なじみがいた。

「!!寧人!そうだ!寧人、同じ学校だった!忘れちゃってた!!組んでくれるの??」
「忘れちゃってたぁあ?」
「うん!」
「悲しいことをそんな元気に返事しないでくれるかなぁ?」
「組んでくれる?一緒に出来る??今まで同じ学校になったことないからこういう行事を一緒に出来たことなかったよね?楽しみ!」
「ちょっと落ち着きなよ。最初からそのつもりだったのにそっちが勝手に他探そうとしたんじゃないか。有り得ないんだけど」

あとの二人はうちのクラスのヤツらだから、と寧人の後ろから現れた人達に体が少し固まる。寧人のお友達。しっかり挨拶しないと、と自分の名前を告げて頭を深く下げた。

「こんな素直そうな子が物間の幼なじみ……?」
「素直すぎて色々危なっかしいけどね」
「俺は回原。よろしくな」

円場くんと回原くん。寧人が連れてくるお友達と話すのは初めてだから、緊張する。だけど、違うクラスの私を特に敵視するわけでもなく、迎え入れてくれるような雰囲気を出す二人に普段初対面で話す人より心が落ち着けている。
もしかしたら寧人はそういうところも考えて二人を選んでくれたんじゃないか、と思ったけど、自意識過剰な考え過ぎて急に恥ずかしくなった。寧人はこの戦いに勝てる個性を持った人達を選んだのだろう。勘違いしないように、そう何度も頭に叩き込んだ。



ヒーロー科B組ぼくらが予選で何故中下位に甘んじたか、調子づいたA組に知らしめてやろう皆」

寧人のこの言葉から数秒。戦いが始まった。目立つことなく、相手に気付かれることなくハチマキを奪い、7分が経過したところで本命に向かうと言って足を運んだ先は爆豪くんの騎馬だった。

「単純なんだよ、A組」

そう言ってまたも後ろからハチマキを奪い取った寧人に爆豪くんは「返せ殺すぞ!!」と怒号を上げた。そんな彼にこれまでの戦略を説明し、最後にはしっかりと煽りを入れ、向こうもきちんと煽られる。「人参ぶら下げた馬」の言葉からプツンとキレた爆豪くんの表情は強ばっていく。
それから、もう一度煽りを忘れない寧人はある事を口にする。

「あ。あとついでに君、有名人だよね?"ヘドロ事件"の被害者!今度参考に聞かせてよ。年に一度敵に襲われる気持ちってのをさ」
「寧人……!!」

これは相手を挑発させるために言っていることは分かっている。それでも、そのことは言っちゃ駄目だと幼なじみの名前を叫び、目で訴える。すると、騎手に隠れて見えていなかった左騎馬である私に気付いた爆豪くんがキレた凶悪面のままこちらに視線を移した。ぱちり、と目が合う。その瞬間、あまりの怖さに「ヒッ…」と小さな悲鳴が出てしまった。肩が跳ね上がったのと悲鳴に気付いた寧人は息を吐き、言う。

「ちょっとなまえを怖がらせないでくれる?」
「あ゛?」
「ああ。それとこの髪、君が切ったんだってね。なまえにこの切り方は似合わないよ」

再び爆豪くんを挑発する幼なじみに声を上げる。と同時に物凄い殺気を感じた。

「デクの前にこいつら全員殺そう…!!」

お、怒っ……物凄くキレてる…!怒りで目がいってる爆豪くんを前にして手に力が入る。こんな風に殺気立っているのを真っ正面から見るのは初めてで。緑谷くんに対してのものとはまた違う。

そうして始まった爆豪くん達との戦いはB組の人により中断され、直ぐにそこから離れた。離れる直前にもちゃんと爆豪くんへ煽りを忘れない寧人に眉を下げる。

「あ……」

数メートル進んでから、思わず口から声が零れてしまった。何を見て零れたのか。それは振り返って見えた爆豪くんの表情と「俺がとるのは完膚無きまでの一位だ」の声が聞こえたせい。彼の纏うオーラが、中二の体育祭で視たリレーで追い抜いた時と同じ色だったから。


獲られる


そう思った。


「二位か…。ちょっと出来すぎかも。まぁ、キープに専念だ」
「寧人。違う。来る」
「?」

後ろを見ながら単語だけを並べて伝えた。瞬間、「待てって!」という切島くんの叫びが耳に届いた。

「!はぁ…しつこいなあ。その粘着質はヒーロー以前に人として…」

寧人の言葉に被さるように、勝手すなぁあ!爆豪ーー!!!の声。そして爆豪くんが跳んできた。円場くんのガードで一度は防ぐことが出来たが、二回三回と叩かれては破かれてしまう。ガラスの割れる音と共にハチマキを二本失った。

「くそっ…」
「大丈夫だ、四位だ!拳藤は凍らされて動けないから…」
「ああ…!この一本死守すればもう確実に…」
「違う!完膚無きまでの一番なの!もう一回来る!寧人!!」

絶対、来る。獲りに来る。彼がとるのはいつだってただの一番じゃないから。寧人の左腕を握り揺らして必死に訴える。爆豪くんは絶対に……

「!?」

突然横に現れた瀬呂くんのテープ。そして、直ぐ。爆豪くんの姿が背後に。

大きく振りかざされた右腕。一瞬で円場くんのガードが破られる。自分の方へ伸びてきた爆豪くんの腕を寧人は鬼の個性を使って思い切り振り払おうとした。

「だっ、だめ!!!!」

私の叫びに寧人の手が止まる。その一瞬でハチマキは奪われ、爆豪くん達は氷の山へ向かって行ってしまった。


《タイムアップ!!!!!》


そして、最後。ポイントを失い、他を狙う間もなく終わりを告げられた。




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