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結果発表と昼休憩の時間をマイク越しに知らされる。各自、会場を出ていこうとする中、幼なじみの背中に向けて手を伸ばした。
騎馬戦で私は何も出来なかった。何もしなかったどころか足を引っ張った。あのまま寧人が個性を使って振り払えば、ハチマキを奪われずに済んだかもしれないのに。

「ご、ごめんなさ「くそっ、あの男があそこまで粘着質とは……。今回は獲られてしまったけど次は分からない!」……」

後ろから投げた謝罪の言葉は伝わっただろうか。右手を額に、左手を大きく広げて話す幼なじみは振り向きこちらに寄ってきた。そして、そっぽを向きながら無表情のまま、ぽんぽんっと優しく頭に手を乗せる。まるで、いいよ、気にしてないとでも言われているよう。

「悪かったよ、人に使おうとして」
「ううん」

私が攻撃として人に個性を使うことを嫌がってることに気付いている寧人は、コピーしても対人に使用したことはなかった。そもそも個性使用禁止の決まりがあるから日頃使うことがあまりないのだけれど。
さっきの騎馬戦の時みたいに使っちゃ駄目だと大きな声を上げたことが前にも一度だけあった。幼い頃、男の子達に個性を使って痛みを与えられていた時。寧人が駆けつけてきてくれ、私を庇うために鬼の個性を使おうとしたのを止めた。

そのことを思い出し目を細める。寧人は頭の撫で方が少しお兄ちゃんと似ている。落ち着くと口元に弧を描けば、頭上にあった手がそのまま横へ移され、サイドの髪を指に絡めては毛先をくるくる遊び始める。そして、そこをジッと見つめてから幼なじみは言った。

「髪、切ろうか」
「え?」
「さっきも言ったけど、その髪似合ってないんだよねぇ。だから切ろう。今すぐ切ろう」
「えぇ…」
「前髪は切ってるけど、全体は爆豪に切られたままだろ?いつもならこんな伸ばさないのに」

確かにこのくらいの長さまで伸ばしているのは初めてかも。今までだったらもっと早い段階で寧人に頼んでいた。なのに、そうしなかったのはきっと爆豪くんが切ってくれたからだと思う。ただ切ってくれただけなんだろうけど、髪に触れる度、なんだか強くなれる気がする。そのことを彼に伝えたらきっと気持ち悪がられるかな。
もう少しだけ。このままでいたいだなんて。

「もう少し伸びたらお願いしたいな」

寧人から離れた髪を今度は自分で手に取り、同じようにくるくる遊ばせながら視線を横に逸らして伝えれば、納得いかないような顔をされた。





円場くん、回腹くん、優しかったなぁ。あの後、少し寧人達と立ち止まって話をしていたから会場を出るのが皆よりちょっとだけ遅くなってしまった。食堂混むだろうな。皆が食べ終わってからでいいか、なんてのんびり考え歩いていると、ポケットに手を突っ込んで壁に背を預けている爆豪くんの姿が数メートル先にあった。軽く頭を下げて前を過ぎ去ろうとすると……

「っぐぅ……!?」

首裏付近の服を引っ張られた。変な声が出ると、今度は片手で口を塞がれる。いきなりのことで驚く暇もなく、壁に背中を預ける形で動かされ大人しくその場に固まった。

「どう「話って……何…?」

爆豪くんへ放とうとした「どうしたの?」の質問は聞き慣れた声によって止まる。緑谷くん……?誰かと話してる?

「気圧された。てめぇの制約を破っちまう程によ」

次に聞こえてきた声は意外な人のものだった。緑谷くんと轟くん。入学してから今まで二人の接点は体育祭が始まる前にあったあの宣戦布告しか印象がない。ただの会話ではない緊迫した空気の中、轟くんは言葉を紡ぐ。

「なァ……オールマイトの隠し子か何かか?」
「えっっっ!?」

考えもしなかった"隠し子"という轟くんの発言に驚きで声が溢れてしまった。オールマイトの隠し子?緑谷くんが?そ、そうなの?私は血の繋がりを感じなかったけど、そうなの?思わず驚いて声を出してしまい、咄嗟に口を両手で覆えば、右上から「黙ってろ」の意味を込めた睨みを向けられた。

「違うよ、それは……」

否定する緑谷くんにホッとする。けれど、完全に否定するわけではなく動揺しながら言い訳をするように説明をする彼に私もドキドキする。爆豪くんの方へチラッと視線を移してみるけれど、特にそれには反応していなかった。きっと次に語られた轟くんの事情がそのことを上回ったからだろう。

オールマイトを超えるため、No.1になるため。自分ではオールマイトを越えられないエンデヴァーは個性婚をし、子供を作り、自身の野望を子へ託した。轟くんの左側の火傷の痕は母親に浴びせられたものだった。父親を見返すために左を使わず一番になる。轟くんの境遇と決心に喉の奥が小さく鳴った。

雄英に来てまだそんなに経っていない。自身の個性で人々を救おうと、役に立とうとするため、集まったヒーローを目指す最高峰の学校でこんなに早くこの考えが頭を過ぎるとは思わなかった。


「個性なんてこの世からなくなればいい」


個性が発現してから何度も頭に降りる言葉。それでも、この学校に来てからはクラスメイト達の姿を見て一度も考えたことはなかった。下を俯き、低い声が出る。目から光が消える。二人が居なくなったのかも確認しないで。爆豪くんが隣にいたのも忘れて。個性が存在しない世界を思い浮かべながらその場から去った。




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