03
「次、爆豪」

名前を呼ばれた彼はニタリと笑い、掌を数回爆破させ、その音に私はヒッと小さく悲鳴をあげた。


超人社会となった今日。学校の授業は個性についての法律やヒーローのこと、昔起こった事件や個性を悪用しない為の道徳みたいな授業など様々な内容に変化していった。

今、行なっているのは実際に個性を使用した実技の授業。私はこの時間が一番嫌いだった。皆に見せることで恐れられたり、離れていってしまうのが怖いからだ。だけど毎回休むことも出来ず、恐れられない程度に個性を扱っている。それに、このことはまだ誰にも言っていないのだけど、雄英のヒーロー科に入学しプロヒーローになるのが私の夢だったりする。

幼い頃からヒーローに憧れていたとかそういうんじゃない。どちらかといえば戦うのは嫌いだし、痛いのも嫌。怖いし、見ず知らずの人を助けたとしてその後どう接すればいいか分からない。キラキラとした笑顔を振りまくこともファンサービスも出来ない、子供達に夢を与えるようなことなんて出来やしない。

戦わない救助活動だって、火の中水の中に飛び込んだりしていかなきゃならない。昔のトラウマが蘇り火や水、暗闇、他にもたくさんあるけどそういったものを前にすると足がすくんでしまう。自分のことしか考えられない。私はヒーローには最も向いていない人種だ。



だけど、ヒーローは兄の夢だった。

六歳年上の兄は私が小学校三年の時に敵に襲われ、亡くなった。
私の家は人よりも金銭面に余裕がなく、母は私を産んで直ぐにこの世を去り、それからは父、兄、私と父方の祖母の四人で暮らしていた。父は友人との金銭トラブルが原因で借金があり、毎朝早く出て毎晩遅くに帰り、休日も仕事をすることが多い。
兄は小さい頃からヒーローに憧れていて、そのせいか極度のお節介焼きで、困っている人がいたら助けてしまう、考えるより先に体が動いてしまう、そんな人だったけど父の姿を見て「ヒーローになってお金をたくさん稼ぐ」と言っていた時のことは今でも印象に残っている。



その言葉通り兄は雄英に合格し、ヒーローに一歩近づいた。

そして入学する一週間前、事件は起こった。
その日は父の誕生日でいつも仕事を頑張っている父にサプライズをしようと、私が提案したのだ。兄と私が少しずつ貯めていたお小遣いから、父の好きな食べ物を作るための材料を買い、祖母、兄、私の三人で家に帰る途中。敵に襲われた。

一瞬の出来事だった。

突然誰かに背中を押されて振り向くとそこには兄がいて、胸のあたりに何かが突き刺さっていた。その何かは数メートルあり、ゆっくり視線を動かし元を辿ると人がいて、刺さっているものが腕だということに気づいた。銅色で太く、手先は刃物のように鋭い。聞いたことがあった。こういう個性の指名手配犯を。


祖母が兄の名前を叫び、我に返ると「なまえ、……お、おばあちゃん連れて、…はしれっ!!」と言われた。だけど、足がすくんで動かなかった。兄の胸からはドクドクと血が流れている。叔母を早く連れて行かなきゃいけないのに、早くヒーローを呼ばなきゃいけないのに。今いる場所は周りが田んぼや木くらいしかない所で人通りが少ないから、ヒーローもなかなか来てくれない。私が本気で個性を使えば、叔母を連れて逃げられるし、どこにヒーローがいるのかすぐに分かり助けも呼べる。頭では分かっているのに、体がいうことをきかなかった。

祖母は兄を助けようと色んな感情から血相を変えて近寄るが、来るな、皆やられる、の言葉に私の方を一瞬見てハッとした後、泣きながら「直ぐにヒーローを呼んでくるから」と手を引いて走り出した。しかし、そんなの敵が見逃すわけもなく、兄の胸から引き抜きこっちに目掛けて伸びてきた腕に気づいた祖母が私を庇った。

次に私の方へ伸びてくるのを意識が残っていた兄は力づくで止めようとしたが、血を流しすぎて普段の力の半分も出せず、最後に兄は「…俺は家族一人守れないのか」と泣きながら倒れていったのを今でも鮮明に覚えている。



その後のことはあまり覚えていない。
聞いたところによると、兄が倒れた直後ヒーローが駆けつけて敵を制圧したと後から聞いた。




父は泣いていた。私を抱きしめ、震えながら泣いている姿を見るのは初めてだった。
二人のお葬式をするも、大好きな祖母と兄がこの世にもういないという現実は小学三年生だった私には実感することが出来ず、ある日、家に帰宅しても笑顔で「おかえり」と笑う祖母も怖い顔でくしゃりと笑う兄もいないことに、一人ご飯を食べながら、二人は死んだんだと実感した。

仏壇に並んである二人の写真。その隣の母の写真を見て、母も私を産んで死んだことを思い出した。敵に襲われたときも直ぐに足が動いていれば、私がサプライズを提案しなければ、二人を死なすことなんてなかったかもしれない。


そうだ。皆、私のせいで死んだ。


「私が生まれてこなければ良かったんだ」


それを実感した時。祖母と兄が死んで初めて涙を流した。








授業が終わり教室に帰る途中、何か視線を感じその方向を見ると爆豪くんがこちらをじぃーと見つめていた。見つめるというより、睨んでいる??そして、ズカズカと私の方に向かってくる。ど、どうしたんだろう…?


「今の本気でやったんか」
「…え?」
「だァから!個性、あれが最大限かって聞いたンだよ!!」
「は、はいっ!……本気でやりました、けど」
「…ハッ、ただの没個性じゃねぇか」


見下す様に顎を上げ、それだけ言って満足げに戻っていく爆豪くん。その行動に疑問しか浮かばない。

皆から恐れられないように"本気"でやったが、"最大限"ではない。嘘をついてしまった。

この嘘が後々後悔することも知らずに。




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