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最終種目。一回戦は緑谷くんとあの時助けてくれた紫色の髪をした彼だった。結果は、緑谷くんの勝利。それから順に二回戦、三回戦と続き、さっき爆豪くんと麗日さんの戦いが終わった。

「おーう。なんか大変だったな、悪人面!!」
「組み合わせの妙とはいえとんでもないヒールっぷりだったわ爆豪ちゃん」
「うぅるっせえんだよ、黙れ!!」
「まーしかし、か弱い女の子によくあんな思い切りの良い爆破出来るな」

クラス席に戻ってきた爆豪くんに各々言葉をかける面々。そんなクラスメイト達を一蹴し、ドカッと音を立てて端の席に腰を下ろした。

「どこがか弱ェんだよ」

小さく吐き捨てた言葉はすぐ後ろの椅子に座っている私の耳に届いた。どこがか弱い。それは麗日さんに向けてのもの。
今更、最終種目に出場出来なかったことが悔しく思えてきた。今までだったらそういう感情にすらならなかったと思う。必死に戦う同学年の子達を見て、私の意識が変わったのだろうか。ここに来て少しは成長しているのだろうかと思うも、そんなの周りの子達にとっては当たり前で、自分はまだスタートラインにすら立てていないのだと実感する。皆より何倍も遅れている。今だって、まだスタートラインに近づいただけ。ラインにすら乗っていない。

グッと手に力が入り、無意識のうちに拳を作っていた。






二回戦目の最初の戦いは轟くんvs緑谷くんだった。試合開始から止まることなく繰り出される氷結を自身の指を壊しながら防ぐ緑谷くん。そして、轟くんの体に霜が降り動きが鈍くなってから。試合の終盤に差し掛かったころ。緑谷くんの叫びがここまで届いた。


「君の!力じゃないか!!」


瞬間、轟くんの表情が変わった。いつも何かに恨み、憎みを持っていた彼の強ばった顔が崩れた気がした。左から炎が出る直前、彼を覆う色が晴れて、変わる。

私は感情が色として視える個性を持っている。父の個性が進化したもの。感情以外に、その人がどういう人物かも色として目に映る。そういうオーラはその人の本質が変わらない限り変色はしない。変わることすら珍しいのに、その瞬間を目にするなんて思いもしなかった。左側から炎が放たれる前、一瞬だけ見えた色の変化。


「すごい」


もう少しだけ視てみたい。初めてそう思った。相手に迷惑だとか失礼だとか、視てはいけない、視たくない……そういう感情が今はなかった。こんなの初めて。ただ、変色したこの綺麗な瞬間をもう少しだけ"視たい"と思った。

彼の父親であるエンデヴァーの激励のような叫びは耳に入ってこない。二人の衝撃音に反射的に瞼を閉じる。徐々に晴れていくステージに目を凝らした。


《轟くんーーーー……三回戦進出!!》


マイク越しに放たれた結果に観客席から歓声がドッと湧く。後に各方面から緑谷くんへの評価がザワザワ飛んでくるが、私はそれどころじゃなかった。緑谷くんがロボットで運ばれる反面、自身の足でステージを去ろうとする轟くんの姿から目が離せなかった。

今は、色が視えない。さっきまで視えていたものが視えなくなる。個性のコントロールが出来ていないから普段だったらこの現象に納得がいくのだが、例えコントロール出来ていたとしても視れるものじゃないものを視えてしまった私はもう一度あの色を確かめたいと彼を凝視した。

轟くんがステージからいなくなる直前まで。爆豪くんの後ろの席から腰を上げ、一人その場に立ち、体を傾けてまで彼を見ようとする。隣にいた障子くんが「みょうじ?」と不思議そうに名前を呼んでいることに気付かない程度には集中していた。

薄暗い入場ゲートに戻っていく轟くんの姿。もう少しと更に体を傾けると、流石に前列に座っていたクラスメイトも不思議に思ったのかこちらを見た。爆豪くんの隣に座っている耳郎さんにも名前を呼ばれるくらい不自然な動きをしていたのだろう。体の重みが上半身へと傾き過ぎた時、視界がグラッと歪んだ。

「!?」
「おわ!?」
「……」

声にならない叫びと共に心臓が大きな音を立てた。体を支えられなくなった私は頭から前席へと倒れ込んだのだ。驚き、体を支えようと手を出してくれたのは前列に座る耳郎さん。それから、障子くんが横から腰に腕を回してくれた。反射的に前に座っている爆豪くんの肩を掴み、掴まれている本人は無言。普段ならすぐに謝り、彼の顔色を伺うところだが、この状況になっても尚、私の意識は轟くんだった。

「みょうじ、さっきからどうしたの!?だいじょぶ!?」
「起き上がれるか?」
「…………いろ」
「は!?いろ??」
「色が、変わっ…………!?」

耳郎さんと障子くんからの心配の言葉が届かず、ただ心のまま口に出してしまった。いろ?とまたも不思議がる耳郎さんに、私は彼がいなくなったゲートを見たまま返答しようとした。しかし、「色」という単語に爆豪くんの肩がピクリと動き、爆発音で言葉を遮られる。

「ってめェ、いつまで肩に手ェ置いてんだ!!」
「わっ、」
「ちょっと!!」

乱暴に肩に置いてある手を剥がされ、自席に体を投げつけられた。衝撃がこなかったのは障子くんが支えてくれたからだろう。そこで皆の視線を集め、自分がやってしまった失態に気付き、頭を下げて謝罪をした。


また、爆豪くんに助けてもらっちゃった。色のことを口に出してしまった事実に冷や汗を流しながら、各自動き出すクラスメイト達にバレないように耳元付近まで口元を近づけ、小さな声でお礼を伝えた。

「ありがとう」
「近ぇ……!!」

伝えると反対側にある掌で顔を押された。ごめんなさいっ!と再び謝り、離れた瞬間。視界の片隅に寧人がこちらの様子を伺うようにジッと見ていたのに気付き、二度見してしまう。

見下すように顎をあげ、眉を顰め、瞼を半分閉じて冷ややかな視線を送ってくる。自意識過剰かもしれないけれど、私の名前と「大丈夫」という単語が寧人の耳に届いたのだろう。コンクリートの仕切りから顔だけ覗かす幼なじみの姿に、なんでもない……!!と必死にジェスチャーで伝えた。






「しっかしまあーー……締まんねー、一位だな」

表彰台で拘束されている爆豪くんを見て、呆れを含んだ声色で発したのは切島くん。

個人戦。最終結果は、一位 爆豪くん、二位 轟くん、三位 飯田くんと常闇くんとなった。

敵より怖い凶悪面を見せる爆豪くんに普段なら一瞬身体を震わせてしまうけれど、今回に至っては恐怖の感情はどこにもなかった。ただ、決勝戦での彼の叫びが頭の中で反芻し、表彰台に立つクラスメイトを見据えた。



「虚仮にすんのも大概にしろよ!」
「俺が取んのは完膚なきまでの一位なんだよ!」
「勝つつもりもねえなら、俺の前に立つな!!!」
「何でここに立っとんだ。クソが!!!」



まるで自分に言われているようだった。爆豪くんや他の子達と接する度に、自分の志の低さに不安になる時がある。体育祭の前も最中も、頑張るという気持ちはあった。けれど、それは周りにとっては当たり前のことで私には必死さが足りないんじゃないかと自分に対し疑心暗鬼になってしまう。
私も彼のように強くなりたい。クラスメイトと肩を並べられるくらいになりたい。と思う反面、このままでいいのか。そんな疑念が心を渦巻く。

早くこの感情を自分の中で整理しないといけない。じゃないと、また私は何もできないまま大切な人を失うことになる。次は表彰台に立てるくらい強くならなくちゃ、そう心に誓った。







「……あっ」

つい口からこぼれ落ちた声に紫色の髪をした彼は足を止め、振り返った。各々更衣室に向かっている途中で、見知った後ろ姿を見つけ、声をかけてしまった。

「あっ、いや……そのっ、」
「……」

彼、心操くんと話す機会があった時用に用意していたお礼の言葉。何度も何度も心中で練習してきた言葉が喉に詰まって出てこない。彼の周りにいる普通科の方々からの視線が体にチクチク刺さり、一層のことこの場からいなくなりたいとさえ思ってしまう。「ヒーロー科がなんの用?」「心操、知り合い……?」「いや……」というやりとりが微かに聞こえてきた。

「〜〜っ入試の時!」
「……」
「助けてくれて、ありがとう、ございます……!」
「!!」

フードと帽子を取り、頭を下げた。そして、ゆっくり顔を上げた緊張で涙目になっている私の瞳を見て、心操くんは目を軽く見開き、驚いた。

「そ、それだけです。……ごめんなさいっ」

ただの自己満だ。お礼を伝えたいって自分の思いのまま声をかけた。

「あんたもパワー系の個性だったよな。あの巨大ギミックを簡単にぶっ壊しちまうような」

首裏に手を添えて、視線を地面に向けながらボソボソと放たれる。あんたも、というのは緑谷くんと同じという意味なのだろう。
踵を返そうと動き出した足を止めて体操服の裾に軽く指で摘んでいると、再び心操くんが口を開く。

「お礼言ってるようじゃ、すぐ足元掬われるぞ?ヒーロー科」
「!」

挑発的な眼差しで射抜かれ、背筋が伸びる。その目がどこか戦闘を楽しむ爆豪くんのものと似ていて、緊張が少し晴れ、柔らかい笑みが溢れた。

「あの時、本当に怖くて、心操くんに救われたの。ありがとう」
「……」

心操くんだって怖かったはず。瓦礫に下半身が埋もれて、痛みと恐怖でいっぱいだったはずなのに、助けてくれた。私なんかよりずっとヒーロー科に向いている。

相手がどういう人か分かれば怖さは薄れる。人見知りはするけれど、知らないという恐怖はない。いつか一緒に授業を受けてみたいな、なんて心操くんの忠告を無駄にするような考えをしてしまった。








そして、二日間の休み明け。黒板に表示された指名件数のグラフを見て絶句する。

 みょうじ 1

手元に届いた用紙、『オファーみょうじ宛』に書かれていた一人のヒーローの名に体が震え、呼吸が止まった。


エンデヴァー事務所


兄と祖母を亡くしたあの日。敵を制圧してくれたのが、エンデヴァーだった。




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