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体育祭から二日後。私はとある駅でクラスメイトと待ち合わせしていた。
「あ、おーい!みょうじーー!」
「か、上鳴くんっ!こんにちは」
待ち合わせ相手というのは上鳴電気くん。以前、口約束をしていた「一緒に飯行く」を果たす日。上鳴くんが事前にいろいろ調べてくれているみたいで、とりあえず俺に任せて!とのこと。
「みょうじっていつも日傘差してんのな。個性関連?」
「う、うん。あまり日に当たるのがよくなくて」
「ふぇー、体調崩したりすんの?」
「うん」
上鳴くんのコミニュケーション能力の高さでなんとか会話が続くけど、上手に話せている気はしないし、上鳴くんはこれで楽しいのかと会ったばかりで不安になる。
今回だってきっと社交辞令として誘ってくれただけなのに、私が真に受けてしまったから。こっちからご飯行きませんか?って誘ってしまったんだ。自分からお友達を作ろうと動いてはみたけど、誘われた時の上鳴くんは宇宙人を見たかのような顔で驚いていた。もしかしたら、迷惑だったかもしれない。
しかし、そんなのお構いなしに歩き出した彼はこちらに視線を向け、頭の後ろで手を組んだと思いきや歯を出し笑った。
「つーか、私服姿めっちゃかわいーね」
「えっ、えっ?あっ、あああありがとう…………?」
凄い。なんか上鳴くん、大人だ。こういうのサラッと言ったり、ご飯に誘ってくれたり。大人の余裕を感じる。商店街のおじさんみたい。
「すごい、お姫様になったみたい」
案内してくれた店内で用意してもらったのはお金を持った人が来るような食事だった。上鳴くん曰く、そんなことないらしいけど。私にとってはそう思えなかった。
本当にお姫様になった気分を味わえる見た目。昔読んだ絵本などに出てきそうな。
人生でこういうところにこれると思ってなかったからびっくりしてしまう。お金足りるかな、と考えたところで「ここは俺にゴチさせて」と爽やかな笑顔で伝えられた。表情に出ていたのだろう。慌てて口を開いた。
「それはだめ!」
「いーのいーの。最初からそのつもりだったし!」
「でも……」
「ほらほら、早く食おうぜ」
きちんとお金は持ってきたし、上鳴くんの負担にはなりたくないと納得のいかない顔をしていたら、なら連絡先教えてくんね?と聞かれる。続けて、気を遣われる方がヤだし、楽しく食べよ〜とへらりと笑われれば、有り難く受け取るしかない。お礼を伝えると、曇りない笑顔を向けてくれるから、これで良かったのかとホッとする。
ぱくり。一口食べてみると、あまりの美味しさに頬が落ちそうになった。
「お、美味しい……!!」
「おっ、良かった」
「凄く美味しい!こういうの初めて食べた!美味しいよ!上鳴くんっ!」
「お、おぉう……」
あまりの美味しさに興奮して前のめりになって感想を伝えると、若干引き気味に返事をされる。勢いが凄かったかもしれない。こういうのは爆豪くんにすることが多くて、同じことを彼にしたらきっと「うるせぇ」や「近ぇ」、もしくはスルーされるかのいずれかだ。
上鳴くんの反応に我に返り、落ち着いて再び食べ始めた。
「うへぇ〜、美味かったぁ〜〜」
「う、うん!美味しかったね!あのっ、本当にご馳走様でした」
「いーえ!みょうじがあまりにも美味しそうに食べるからなぁ。普段の倍美味かったわ」
結構ゆっくり食事をしていて、時間制限もなかったためかなりの時間店内にいたことを外に出て初めて知った。辺りは暗いわけではないけれど、集まった時間より気温の高さはあまり感じなかった。
上鳴くんとたくさんお話しできて楽しかった。先日の体育祭のことや授業のこと、普段何をしているかやお互いの好きなことの話など。上鳴くんの面白エピソードはたくさんあって、話も上手だから笑いが止まらなかった。
爆豪くんの話もたくさんした気がする。どういう経緯で仲良くなったの?から始まり、中学時代の彼の話まで。
私はなにかと爆豪くんに繋げて話をしていたらしく、上鳴くんに突っ込まれた。「ほんとに付き合ってねーの?」って。また中学の二の舞になってしまうと、全力で否定したら「ま、爆豪だもんな」ってUSJに向かう途中のバス内での上鳴くんと同じ顔をしていて、「爆豪くんがここにいたら、またキレられちゃいそう」って思わず笑ってしまったら、目を丸くして驚かれた。
それに不思議に思っていると、なんでもないとだけ返され、「みょうじ、ほいほいと爆豪以外の男についてっちゃダメだかんな」なんて、やれやれと首を左右に振りながらアドバイスをくれた。更に訳が分からず答えを聞きたかったけれど、教えてはもらえず。
そんな時間を過ごし、上鳴くんと今日はさよならすることになった。
「あ。これ、良かったら」
「えっ、なになに」
「いらなかったら断ってもらっていいんだけど、あの……クッキーを焼いてきたの。食べれる?」
「えっ、俺に!?いいの!?」
「うん」
「マジ!?嬉しっ!ちょっ、食べていい!?」
「う、うん」
「……うわっ、めっちゃうまっ!?」
待ち合わせした場所でお別れする前に、渡そうと思っていた手作りのクッキーを差し出せば喜んで食べてくれた。上手い、の言葉にホッと胸を撫で下ろす。ペロリと全て食べ終えた上鳴くんにびっくりしたけど、嬉しそうな彼を見て余計に持ってきておいたもう一袋を差し出せばまた声を上げて喜んでくれた。
「じゃあ、また明日なー!」
「うん、また。今日はありがとうね」
「こちらこそ!すっげー楽しかった!」
「私も……!上鳴くん、商店街のおじさんみたいでとっても楽しかった!!」
「……うん?…………ショウ、テンガイ?…………おじ、さん?」
「うん!」
手を振り歩き出す私が最後に発した言葉に口をぽかんと開ける上鳴くん。大人の人みたいでかっこよかった。爆豪くん以外の男友達の連絡先がスマホに登録され、浮き足立っていたため、今の発言が失礼に値することに気付けないでいた。
自宅の最寄駅に着き、家まで帰る途中。ポツリ、と傘に雫が落ちる音が聞こえた。瞬間、一気に降り注ぐ大粒の雨。晴雨兼用の日傘ではあるが、これほど大量の水を弾ききれないと思い、急いで近くにある公園までやってきた。
以前、爆豪くんがスマホの使い方を教えてくれた屋根付きのベンチ。大きい屋根の中にデーブルとベンチのセットが一つと、他に独立した二つのベンチが置いてある場所。
駆け足でそこへ向かい傘を閉じた時、先着がいたことに気付く。
「爆豪くん……?」
「あ?」
隣にいる彼を見る前に匂いで気付いた。伺うように、爆豪くんと名前を呼べば、鋭い眼差しがこちらに向く。
「爆豪くんだ!」
「……」
一歩近付き、再び名前を呼ぶ。さっきまで彼の話をたくさんしていた故に会えたことの喜びが爆発する。自分でも驚くくらい。
急にテンションが高い私を見て、爆豪くんは眉を顰め引いた目でこちらを見ていた。
「急に雨降って来たね!爆豪くんは走ってたの?」
「……テンションがウゼェ」
「あっ、ごめん。うるさかったよね。そうだ!これ作ったんだけど、良かったらどう?」
「……」
「クッキーなんだけどね。あ、でもちょっと甘めかもしれない」
確か爆豪くんは甘いものが苦手だった気がする。鞄から出したラッピング済みのクッキーを自分の元へ戻そうと、差し出した腕を引き戻そうとした瞬間、クッキーを掴まれる。
「え?」
「あ?」
「えっ、あっ、いや!あの、爆豪くん甘いの苦手だったよね?これ少し甘いかもしれない」
「誰も苦手なんぞ言ってねェ」
「えっっ!?」
「っるせえ!!!!」
「あっ、ご、ごめん!!」
発覚した新事実に大きな声を出して驚けば、注意された。新事実、というか、私が今まで勘違いしてただけ?でもホワイトデーの時に連れて行ってくれたバイキングでもあまり食べていなかった気がするし。
見るからにトレーニング途中の格好で、早速封を開けクッキーを口に放り込む爆豪くんに質問する。
「バイキング行った時、あまり食べてなかったよね?」
「あァ?……普通の量だわ。てめェが食い過ぎなンだよ」
「でも帰りはもう甘いの見たくもないみたいな感じで……」
「目の前でクソほど食べてるヤツ見てたら、もう視界にも入れたくなくなンだろ。普通」
「ミルク粥は?」
「寝込んでる時に食いたくねー」
「わたあめは?」
「……食いたくなかったんだよ」
あ、嘘だ。お祭りの時に私の分と言って渡してくれたわたあめ。その時「ンなクソ甘ェもん食えるか」と言っていた気がする。もしかして、私にくれるために言ってくれたの……?なんて都合の良い解釈をする。
お腹が空いていたのか。サクサク口の中で食する爆豪くんはいつもより落ち着いたトーンで会話してくれた。普段なら怒ったりしそうなのに。しかも、体育祭で彼の怒りに触れてしまったのに、だ。
一瞬で食べ終えたのを見て、心の奥がふわふわした気持ちになる。さっき上鳴くんも同じことをしていたのにあの時とまた違う感情。爆豪くんだけが違う。胸に手を当てて考え込んでしまっていると訝しげにこちらを見つめる爆豪くんに気付き、慌てて顔を上げた。
「雨、止まないね……!?」
「……」
通り雨な気がするのに一向に水量は減らずさっきより酷くなっている気がする。匂いも、空気も、きっと驟雨のはずなのに未だ止む気配はない。でも、もう少し爆豪くんと一緒にいれる理由が出来たから嬉しくなった。
いつもはこんなに話す方じゃない。爆豪くんといる時だって無言の方が多い。けれど、上鳴くんの影響を受けたのか家族と話す時みたいにペラペラ口から言葉が出てくる。私は上鳴くんほどの喋る能力がないのに。
「さっきね、上鳴くんとご飯に行ってきたんだ」
私はフレンドリーな訳でも、コミュニケーション能力が高いわけでもない。「上鳴くん」という名に爆豪くんの纏う雰囲気が変わったことにも、必死になって話す私は気付けなかった。相手がイラつき出したことにも。
「行ったことないようなお店に連れて行ってくれたんだけど、お姫様になったみたいで凄い豪華で!!お店の中も、食べ物も美味しくて!!」
話す度、爆豪くんの表情が曇っていく。顔も険しくなっていく。普段なら気付けることも、心を許しているからなのか、お友達と思っているからなのか、必死に話そうとしているからなのか。爆豪くんだからなのか、分からないけど、私が言葉を発するごとに向こうは不機嫌になっていく。そんな爆豪くんに私は気付けないでいた。
「このクッキーも上鳴くん……………えっ、え?爆豪くん?」
「帰る」
急に傘も差さず、首から下げているタオルもそのままにして頭に被るわけでもなく、歩いて行ってしまう爆豪くんに慌てて日傘を差し付いていく。
「雨に濡れちゃうよ」
「……」
さっきまで普通に話せていたのに。何か無意識のうちに私は爆豪くんが不快になるようなことを言ってしまったんだ。だから私はダメなんだ、と慌てて日傘を彼の頭上に持っていく。早足で歩く爆豪くんに置いていかれないよう小走りで隣に並んだ。
「ご、ごめんなさい」
「ってめェ、そのいちいち意味分かってねェくせに謝んの、うぜェっつってんだろ!」
「っ」
怒号と共に傘を持っていた手を振り払われた。それと同時に鈍い雷の音が光と共に聞こえ、肩を跳ね上げた。
「爆豪くんっ、雷鳴って」
「〜っ上鳴上鳴、うるっせェェンだよ!!!!」
「ゎっ、」
雷鳴ってるからどこか入ろう。と言い切る前に再び爆豪くんの元へ伸ばした傘を待つ腕を振り払われてしまう。さっきより力が強かったため、反動で持ち手から傘が飛んでいった。
そして、飛んでいった傘は道路にコロコロ転がり、大型トラックの下敷きになって骨組みが剥き出しになる程崩れる。それを一緒に見ていた爆豪くんは目を軽く見開き、盛大に舌打ちをした。
「あっ、爆豪くんっ、あの違う……!」
「……」
「ごめんね、私手が滑っちゃって!それともうこれはボロボロだったから新しいの買おうとしてたんだっ」
風のお陰で再び歩道に戻ってきた傘を拾いそう言えば、更に顔を顰めさせてしまった。居心地が悪そうな、苛立ちと不愉快、不理解、そういった感情が籠った顔。
「ふざけんな」
小さく零したその言葉を最後に前を向き、歩き出して行く後ろ姿をただ眺めることしか出来なかった。
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