05
ビビリ女と言われたあの日から爆豪くんの罵声は練習の度に続き、バトン渡しも二人三脚もクラスで一番速くなった気がする。慣れというのは恐ろしいもので、怒鳴られ続けた私は前ほどビクつかなくなった。しかし、彼への恐怖心が無くなった訳ではない。


そして、体育祭まで残り三日となった今日は予行練習が行われていた。
午後の授業を使って開会式から閉会式まで一通り流れを練習する。種目は時間を見ながらやったり、やらなかったりそれぞれだったが、二人三脚だけは毎年本気で行われる。この結果を踏まえ、本番に向けて順番を変更したり作戦を練るクラスがほとんどだ。

そして、私は今体力の限界がきている。炎天下の中、帽子を忘れ日光を浴びまくってしまっていたからだ。個性の性質上、日の光が苦手で普段は日傘を差して登下校をし、差さない時は帽子をかぶり日光を通さない特殊の服を着ている。長い時間じゃなければ日光を浴びても問題ないけど、三時間目から外で練習をしていた私の体は限界がきていた。

次の種目まで時間があるから、休憩をするため人目がつかない日陰へと移動する。その場所は夏にしては涼しく、おまけに体力的にも限界がきていたせいか、突然眠気に襲われた。







「…ぃ、おい!!」

突然上から聞こえてきた声に驚くと、どうやらその声の主は爆豪くんだった。「こんなとこで休んでんじゃねェ!!次、始まるだろーが」という彼に、どうやら少し眠っていたのかと悠長に考える。
そして、スタスタと歩いていく彼を追いかけようと立ち上がったその時、目の前が真っ暗になりグラッと頭が揺れそのまま倒れてしまった。







目が覚めると、見慣れた部屋の天井。外は真っ暗。あれ?さっきまで予行練習していたような。それで爆豪くんに起こされて、それから……、そのまま倒れたんだ。

「お、目が覚めたか!」

体の熱さとダルさを感じながら布団から起き上がり、居間に向かうとそこには冷蔵庫に何かを詰め込んでいる父の姿が。

「お父さん?今日遅いんじゃ……。あ、そっか。私が倒れたから。ごめんなさい」
「何を言ってんだ、なまえが倒れたというのに仕事なんてしてられるか。体調はどうだ??熱はまだ下がってないが、他に吐き気とかダルさはあるか?」

心配そうに私の顔を覗き込む父。小さい頃はよくこうやって倒れたり熱を出すことが多く、その時はいつも祖母がミルク粥を作って看病してくれた。

「大丈夫。二日くらい休めば熱も下がるよ」
「そうか。無理はするなよ。今日みたいに帽子を忘れたなら借りるなり、見学するなり、しなきゃ駄目だからな」
「うん。わかった」
「それとなまえが倒れた時、近くにいた男の子が保健室まで運んでくれたらしいんだけど、父ちゃん名前を聞き忘れちゃってな。ちゃんと先生に誰か聞いてお礼を言っておくんだぞ」

男の子??……もしかしたら。もしかしなくても、多分それは爆豪くんだ。ど、どうしよ。きっと怒ってるよね、迷惑かけたもん。保健室まで運んでもらった上に二人三脚も出来なかったんだ。それにどう頑張っても体育祭前日までに熱が下がらないから本番まで練習が出来ない。

「取り敢えず、謝るしかない…」

そう呟き、父の作ってくれたご飯を食べてから眠りについた。






翌日の夕方。体調が一向に良くならない。というか、悪くなっているような気がする。ひとまず頭の下にある水枕の中身を新しくしようと立ち上がった時、家のチャイムが鳴った。

誰だろう、と怠い体を動かしながら玄関を開けるとそこには思いもよらない人物が現れて驚きが隠せなかった。

「……ば、爆豪くん?」

名前を呼ばれた彼は、眉間に凄い数の皺を寄せてこちらを見下ろしている。

「………」
「………」

え、えっと……、ど、どうしたんだろう。こっちを見たままずっと黙っている。もしかして、お見舞いに来てくれたとかかな?いやいやいや、違う違う。自意識過剰にも程があるよ。
あ、怒ってる?家まで怒りに来たのかな……?いやこれも違うかも。そんな暇人みたいなことするわけない。先生に頼まれたのかな、だとしても彼が言うことを聞くとは思えない。分からない、謎すぎる。でも何か言わなきゃ。このままずっと見つめ合うのもなんか嫌だ。

「……ひま、だったの?」
「あ゙ァ?」

ひぃぃぃぃ……!間違えた、間違えた!今まで聞いた中で一番ドスの効いた声だ。

「……あっ、も、もしかして、それ持ってきてくれた、んですか?」

彼の手にはマッキーでみょうじと書かれたA4サイズの封筒があった。お便りかな。そう思っていると、封筒を思いきり押し付けられ、それを受け取ると同時に背を向け玄関から出て行こうとする。

「あの!ちょっと、待っ…」

昨日のお礼も言いたくて後ろから腕を掴んだ瞬間、視界が揺れ爆豪くんの背中に寄りかかるように倒れた。

「……お腹…すいた」

そして、口から出たのは自分でも想像してなかった言葉。ずっと寝ていたせいで朝からなにも食べていないことを思い出した。





「クソッ……ンで俺が!!」

吐き捨てながら台所で手際よくご飯を作ってくれている爆豪くん。私はというとテーブルに頬をつけて彼の後ろ姿を見ている状態。なんだ、この有り得ない状況は。

数分前。倒れかかった直後。必死で体を戻し、謝ろうとした私は後ろに戻る勢いが凄くて、今度は背から床へと倒れそうにしまったのだ。爆豪くんが腰と後頭部に手を回して止めてくれたのだけど、その時私の首に少し触れたみたいで、あまりの熱さに目を見開いていた。そして片手でもう一度首を掴み、「食べねぇと治るもんも治んねぇだろうが!!てめェ、治す気あンのか!ぁあ゙!?」とブチ切れられた。

素直に治す気があることと謝罪をしたら、少し黙った後、食べるもんはあるのかと聞かれたため、父が昨日なにかを冷蔵庫に詰め込んでいたのを思い出し、急いで向かって中を覗いてみたら私の好きなケーキや甘いものが入っていて。
父の優しさに感動はしたけど、熱を出している人間にこの甘いのは……と思いつつ、ケーキなんて滅多に食べることがないから嬉しさのあまり「ケーキだぁ!」なんて喜んでしまったら、玄関先で「ケーキだァ?」と物凄い血相で睨まれ、今に至る。

まさか彼が自分の家で手料理を作ってくれる日がくるとは数ヶ月前の私は想像もつかなかっただろう。これも体育祭で一位を取るためだと言っていた。


「食え」

ドンとお盆に乗せられて運ばれてきたのはお粥。何が食べれるか聞かれた時、熱で頭が回らないせいか昔祖母が作ってくれたミルク粥と答えてしまった。

当たり前だけど祖母が作るのとは見た目が全然違くて、これが爆豪くんのミルク粥かぁなんて考えながら、いただきますと言って口に運んだ。爆豪くんって料理出来るんだね、意外。お家でお手伝いとかしてるのかな…。当の本人は体を台所の方へ向かせ、胡座をかいて頬杖をついている。表情はとても険しい。


「……お、美味しい」

なんだろう。おばあちゃんとは違うけど、凄く美味しい。

「ハッ、ったりめぇだろ。誰が作ったと思ってんだ」
「……料理とか、するの?凄く手際が良いなって思って」
「あ?普通だろ、あんなん」
「そ、そうなんだ。ミルク粥とか作ったことあるの?食べた事とか」
「ねェわ!!!ンな甘ったるそうなもん!!」
「ご、ごめん」

いきなり大きな声を出されたからびっくりした。調子に乗って色んなことを聞いてしまった。確かに作りながらスマホを見てた気がすると今更思い出す。

「……薬は?」
「え?」

パクパク食べている途中、突然凄く小さな声で言われたから聞き取ることが出来ず首を傾げてしまう。

「だから薬は飲んでんのかって聞いてんだ!!」
「あ、薬!!薬はね、飲んでないの!」
「あぁ!?」
「ち、ち違くて、薬が効かないの!個性の関係から出てる熱なの!そのせいかよく分からないんだけど、昔から解熱剤とか色々飲んでもあまり下がらなくて。飲んでも変わらないなら飲まなくてもいいかなぁーって」
「…………」
「日光をね、浴びすぎると体に良くなくて。たまたまあの日は帽子を忘れちゃったから」

必死に説明をしていると爆豪くんが舌打ちをしたから思わずごめんなさいと謝る。

「……うぜェ」
「え?」
「謝んのだ。いちいちいちいちうぜェ。次、謝ったら殺す」

爆豪くんはそれだけ言って立ち上がり、玄関の方へ向かって行く。

「あ、あの!爆豪くん!!」

慌ててその場に立って呼び止めると、少しだけ振り返ってくれて。

「ありがとうね」

保健室まで運んでくれたのも、今日来てくれたのも、お粥を作ってくれたのも。なんだか凄く嬉しくてお礼を伝えると彼はケッとだけ吐き捨てて出ていった。
玄関がバタンと閉まり、台所を見ると使った調理器具達は綺麗に洗ってあって、不思議と苦笑いをしてしまった。実は少し前から敬語を使かわなくなったのも練習中にウザイと言われてやめたのだ。


もしかしたら爆豪くんは優しい人なのかもしれない。




prev | back | next