念願のマネージャー

テストが終わり、烏野も加わった梟谷グループの二日間合宿が終わった火曜の朝練後。

山本猛虎は嘆いていた。

「なんでッッ!!なんでウチにはマネージャーがいないんですか!?ゴールデンウィークまで1人しかいなかった烏野にまたマネージャーが加わってふたりになってんのに!!何でウチだけッ!!うおおおおおおおおおお!」
「うるせえ!!山本!」

理由はひとつ。梟谷グループで唯一マネージャーがいない事についてだ。今からでは新しくマネージャーを見つけるのは困難。主将の黒尾も探すのが面倒というのと探す時間があれば練習をしたいというバレー馬鹿である。
山本は昨日、黒尾に了承を経て女子マネージャーを勧誘すべく、手当たり次第クラスを回ったがやってくれるという女子はいなかった。その前に、山本は女子に話かけられなかったのだ。そのことを烏野の田中に相談するも解決策はみつからず、絶望し叫んでいたわけだ。

「………」

しかし、音駒の脳は静かにあることを考えていた。







「再来週の一週間?」
「うん。バイト入ってる?」
「まだシフト出てないからわかんないなぁ。でも今日言ったら空けて貰えるかも!!どうかしたの?あ!もしかして「違う」…まだ何も言ってない!!」
「どうせお祭りの誘いだとか、海の男とかそういうのでしょ」
「う、」

合ってる。孤爪くんが遂に海の男に?それともお祭りのお誘い?なんて聞こうとしてた。だってびっくりするじゃん!孤爪くんの方からバイト入ってるかなんて!!

「その一週間、合宿があるんだけど…仮でマネージャーやらない?」
「………マネージャー?えーっと、バイトの方がどうにかなったとしても、孤爪くん来ないでって言ってなかった?」
「んー…双眼鏡持って来なければ別にいい」
「え!そこ!?孤爪くんが来ないでって言った理由双眼鏡なの!?」
「マネージャーがそれ持ってたら変でしょ」
「確かに!!」

マネージャーになれたら双眼鏡なくても近くで見れるしなぁ。マネージャーかぁ。黒尾先輩がいる中で仕事ができるか心配なんだよなぁ。正直、迷っている。

「合宿はウチ合わせて5校くるんだけど、殆ど県外の学校だから県外の友達、出来るかもね」
「えっ!!」
「他はマネージャーいるし、3年生が多かったと思うから学年が違う友達になるかも…」
「…!」
「烏野来るから翔陽もいるし」
「噂の翔陽くんが…!」
「一週間、クロも一緒だし。いつも他校の人と遅くまで自主練してるから、そういうのも見れると思う」
「…夜の黒尾先輩」
「寝癖つく前のクロを見れるんじゃない?」
「それって…お風呂上がりの!寝る前の…!」
「うん。それに、同じ建物で寝れるよ」

な、なんと!!黒尾先輩と同じ屋根の下で。

「やらしてください。マネージャー」








バイトが1週間休みをもらう事が出来て、仮のマネージャーをやれるようになった。
しかし、合宿期間だけお手伝いとはいえ仕事に慣れていない人がいきなりやるのは逆に足手まといになってしまう。そのため、合宿まで毎週水曜日のバイト先が定休日のこの日だけお手伝いをすることとなった。

そして、水曜日。孤爪くんの後について行き、部室の前までたどり着いた。中から話し声が聞こえ、少し緊張してしまう。まだ誰にも言ってないみたいだし、マネージャーいらないって言われたらどうしよう。いや、いらないと言われたら双眼鏡持って見学しにいこう!!1週間、お休み取ってしまったのだから!

「……ふ、緊張してんの?」
「なんか、してるの!転校生の気分くらいしてる!!」
「ほとんどみょうじが知ってる人だし、大丈夫だよ」

そう言って躊躇なく部室のドアを開けた。



「おー研磨」
「今日は、いつもより遅かったな」
「ん」

研磨は黒尾、夜久に返事をしながら周りを見渡すと、中には海、山本、リエーフ、犬岡、芝山の姿があった。そして、3年生のいる方へ目だけをそっちに動かして言う。

「今度の合宿の間だけ、仮でマネージャーやってくれる人連れてきたんだけど」

やってもいい?と聞く前に、山本が勢いよく研磨の方に来てガシッと肩を掴んだ。

「お前…お前ってヤツはッ……ありがとう!ありがとよお」
「離して。暑苦しい」

不機嫌に顔を顰める研磨に黒尾と夜久は小さく呟いた。

「まさか」
「まさか、な」
「やったー!!マネージャー!」
「うん!!」
「猛虎さん、良かったっスね!!」

そのふたりの呟きをかき消すように犬岡、芝山は歓喜の声を上げ、リエーフは山本の隣に行き両手でガッツポーズをする。


「早く、こっち」

マネージャーがいるであろう方向を向き、手招きをする。どんな女子生徒が来るか期待を寄せ、1年生達は目をキラキラさせて、山本はギラギラ。3年生は微妙な顔をしている者達と、いつも通りニコニコと汚れない笑顔をして見つめる者。

そして、姿を現したマネージャーは…

「こんにちは!初めまして!合宿の間だけお手伝いさせていただくことになりました、みょうじなまえと申します!!よろしくお、…お…黒尾先輩の生着替え………ぶはっ…」

元気な挨拶と共に愛しの先輩の生着替えを目の当たりにして、鼻血を出しながら倒れた。

待ち望んでいたマネージャーを前にして部員達の行動は様々。

「…マ、…マネージャーって、みょうじ…かよ…」
「研磨が連れてきた時点で何で気付かねえんだよ」
「あれ?みょうじさんって研磨さんの彼女さんですよね?」
「ああ!いつも研磨さんと一緒にいる!」
「彼女ではないって言ってなかった?」
「リエーフ、違うから」
「うわぁぁぁぁみょうじ大丈夫か!?」
「夜久、俺のティッシュも使って」

山本はこの世の終わりかのように膝から崩れ落ち、それを横目に黒尾は呆れたように言う。1年生の間でもふたりの関係は噂になっているようで、みょうじが現れると目を輝かせた。近くにいた研磨すら倒れたみょうじを無視してリエーフに反論するが、一早く夜久が慌てて駆け寄り、それに海が続く。


「おまっ、上向くな!」
「鼻の付け根、抑えて」
「夜久先輩と……海さま」
「は?さま!?」
「ああ、気にしなくていいよ」
「いや、気になるわ!!」

変な呼び方をするみょうじにふたりが関わりを持っていることに驚く。そんな夜久に笑顔を見せる海だが、その後ろから鼻血を出させた張本人、黒尾がのこのことやって来た。

「く、黒尾先輩が、ネクタイに…手を。緩めてて、ネクタイを…」
「おい!しっかりしろ、あれはただのトサカだ」

鼻血を止めさせるため、夜久は必死にトサカだトサカだと呪文のように言い聞かせる。その夜久の服をぎゅっと掴み、片方の手で鼻の付け根を抑える。

「あー、女子はこういうの好きって言ってたわ。みょうじちゃんは特別なんで、近くで見せてあげましょうか?」

そう言ってみょうじの顎をクイッと上げ、至近距離でネクタイをほどいた。

「…っ!!」
「ってっっめええええ!ふざけんじゃねえ!!上向かせんじゃねえっつってんだろーが!!つーか、きっしょいからこっち来んな!向こうで大人しくしてろ!」
「ハイ、スミマセンデシタ。調子に乗りました。向こうで大人しくしてマス」

マジギレする夜久に黒尾は少し肩をビクつかせ、それを見て「今のはクロが悪い」と研磨がぼそりと呟いた。そして、後から来た福永がこの現場を見て一言。


「……密室殺人」







夜久先輩と海さまに手当てをしてもらって鼻血は止まり、主将の黒尾先輩からマネージャーの許可が下りたので、部員達の前にバレー部の監督、コーチの了承と挨拶をしにいくこととなった。付き添ってくれるのは孤爪くんではなく、主将の黒尾先輩で緊張はピークだ。

「そんな緊張しなくても、大丈夫だぞ」
「きききき緊張しますっ…だって、だってなんかこれって、結婚の挨拶みたいじゃないですか?!」
「えーと…。どこが?」
「うわああ、息子さんを下さいって言えばいいんですか?」
「いや普通にマネージャーやるって言って」

教官室前に着き、挨拶とノックをしてドアを開けた。その先輩の後ろをついて中に入ると、猫のような年配の方と20代くらいの男の人がいた。黒尾先輩が事情を説明すると猫のような方……監督って呼んでいたな。その監督さんが私の方を暫く見つめた後、ニィッと笑い「よろしくな」と言う。え、イケメン…。その言葉にマネージャーの了承を得られたのだと思い、深く頭を下げた。


「2年3組、みょうじなまえです!孤爪くんに親友と認められたく日々生活をし、黒尾先輩の未来のお嫁さんになるべく日々妄想していますっ!!バレー部のマネージャー、短い間ですが精一杯務めていきますのでよろしくお願いしますっ!!!」
「……」
「ほっほっほ」
「…えっと、コーチの直井学です」
「よろしくお願いします!!」


こうして、バレー部マネージャー(仮)になりました。