マネージャーの仕事

音駒高校、男子バレーボール部の全部員の前で挨拶をする。

「夏の長期合宿の間マネージャーを務めさせていただくことになりました、みょうじなまえです!趣味はたくさんあります!好きな食べ物もたくさんあります!好きなものもたくさんあります!特技は、………?」

あれ?私の特技はなんだ…?自己紹介といえば、趣味や好きなもの、食べ物は鉄板で特技もその中に入るだろう。自分の特技が分からず、孤爪くんに視線を向けると目を合わせないように俯いている。というか、ちょっと笑ってない!?

「と、特技は……特になし!!よろしくお願いします!」

部員達に頭を下げると黒尾先輩であろう独特の笑い声が聞こえた。ま、知ってる人多いし気にすることではない!


そうして放課後練が始まった。
よーし!気合を入れなくてはっ!!



が。数分前、意気込み力を入れた私は今、猫又監督のお隣に座っている。あれ?マネージャーのお仕事は…??監督と練習をしている部員達を交互にキョロキョロと見る。

「まずはウチがどういうチームなのか、今日はそれを知ってもらいたい」

練習風景を見て目を細め、「仕事はそれからでいい。マネージャーというのはそれだけじゃあないからね」と今度は私の方を目が見えないくらい細めて笑った。
なに、このミステリアス的な!こんな68歳いるの!?これが大人の魅力?!年齢は孤爪くんから聞いたけど、ぜんっぜん見えない。

「結婚してくださいっ!!」
「?!」
「って私がもっと早く生まれてたら言ってましたぁ」

あと黒尾先輩に出会わなければ。
発言にびっくりしたのか声なのか分からないけど、今度は目をまん丸に大きくする監督は可愛い。それと、コーチ含め全員が一斉に凄い勢いで振り向いたから、私もびっくりした。

「ほほっ。そう言われて喜ばない男はいないが、ウチには可愛い女房がいるからお断りするしかないな」
「はい!!」

これが大人の断り方っ…!愛妻家なんですね!!素敵!!

「そういや、研磨に誘われたんだって?」
「はい!」
「そうかそうか」
「?」

頷きながら楽しそうに笑う監督に首を傾げる。その目は部員というより、孫を見るようにも感じとれる。

「して、ウチのバレー部はどうだい?」
「えっと、バレーボールをこんなに長く見たことないんですけど、なんていうか流れるように、ふわあーさわーみたいな感じで!!あんな勢いのあるボールをコントロールして軽く上げている感じがもう、なんていうか!とりあえず凄いです!!」

バレー知識はないが、凄いのはわかる。コーチが打ったボールをみんな定位置に返すんだ。あ、どっか飛んでいった。背の高いリエーフ?くんが取ったボールは高確率でどっかに弾いてる。
今はレシーブ練らしい。バレー部のマネージャーをやると決めたから、馬鹿でもわかるバレーの基本という本を買って、レシーブは覚えた。他にもちょっとずつ覚えて始めている。

「どんなに凄い攻撃をされてもボールを落とさなきゃ負けない。バレーはコートにボールを落とした方が負けるんだ」

俺はそう思っているよ、と話す監督にこの人のプレーを見てみたいと興味が湧いた。

バレーのルールや今のプレーはこうだとか、隣で細かくわかりやすく教えてくれたから、見るのが凄く楽しかったし、知識もついた気がする。
やっぱり実際見た方がわかりやすいね!!本に書いてないこともたくさん教えてくれた。例えば、孤爪くんのサボる瞬間とか!親友(仮)(まだ本人からは認められていない)としては、是非弟子入りしたいものだ。

こうして、初めて部活をやっている姿を見るとやっぱりみんな学校にいる時とは違くて、孤爪くんなんかは走ってる!ジャンプしてる!頭より上に手を上げてる!みたいな感じだった。
常にボールがくるセッターというポジションで、そのセットは孤爪くんらしさが詰まっているような。ぎりぎりまで動かず、さっといきなりトスが上がる感じで。イケメン…!惚れ直したよ!と叫ぶのを堪えたくらい。監督さんに、みんなあんな風に上げるのかと聞いたら、違うと言っていた。確かに、もう1人のセッター子とは違っていた。というか、同じ人は1人もいない。


夜久先輩や海さま、虎、福永くん、も知ってる人はみんな初めて見る姿ばっかりで。黒尾先輩だって、あ…今の腹チラ?とか、あ…腕の筋肉すごっ!とか、あ…今の首筋エロッとか、とかとかたくさんあって。
先輩はあんな風にバレーをやるんだ。ああいう目をするんだ、って。他のみんなもそうだけど、新たな一面を知れて、マネージャーに誘ってくれた孤爪くんに心の中で感謝した。絶対、知らずに卒業したら後悔してた!泣き叫んでた!!それを見越して、誘ってくれたのかもしれない。


だけど。なんか…


「遠いなあ」


知らない先輩のことをたくさん知れた気がするけど、それと同時に寂しさみたいなものが込み上げてくる。なんだろう。違う世界の人、みたいな。
私が入ってもいいのか、マネージャーとしてこの中に少しの間でも居ていいのか。たまに来る下を向く感情。だって、夜の黒尾先輩に釣られたんだよ!?風呂上りの!寝る前の!同じ屋根の下で寝れるなんて下心ありありで、この中に入ろうだなんて…!!

いやいや!
今からマネージャーをやる人間がこんな感情では駄目だ。みんなをサポートする!お手伝いする!部活の間だけ、将来結婚したい黒尾先輩のことを忘れよう。バレー部、主将の黒尾先輩としてみるのだ。よしっ!妄想禁止。





私が気合を入れ直している間に練習は終盤突入。休憩を入れた後、ゲーム形式で試合をすることになった。私はその間、得点板を任された。これは、初のマネージャーのお仕事だ…!よし、気合を入れるため、まずは用を足しに行こう。

頑張るぞー!るんるん、すっきり気分で体育館に戻ってくると何人かはボールを触っている。休憩中も休憩しないなんて…!!この休憩という練習においての優等生は君だね!孤爪くん!!体育館の端で膝を抱え座っているの姿に、懐かしむように安堵した。いつもの孤爪くんだぁ。

私は得点板〜得点板〜の女〜なんて口ずさみながら軽足で向かう。

「…あ、ぶなっみょうじ!」

突然聞こえたいつもより大きめの孤爪くんの声に横へ向くと、すぐ目の前に物体が。これは…ボール?理解した時にはもう遅い。勢いよく顔目掛けて飛んでくるボールに避けることも、手で受け止める体勢がとれるわけでもなく、ただぼーっと固まる。あ、こういう時動けないって本当なんだ。いや私だけかも知れない。ちなみに、運動神経は最悪に悪い。せめて目だけは瞑った時、ボールを弾く音が聞こえた。

「リエーフ!!危ねぇだろーが!!」

目を開くと、そこには大好きな黒尾先輩の背中が。片手でボールを弾き、それをリエーフくんに返す。どうやらジャンプサーブをしていたらしく、勢い余って反対側の壁までノーバウンドで飛んできたというわけだ。

「みょうじちゃん、大丈夫か?」
「…だ、大丈夫です。ありがとうございます」
「え、おい…」

振り向いて、私が怪我をしてないか聞いてくれたのを後退りながらお礼を言い離れる。

あんなのかっこよ死する。将来結婚したい先輩は忘れると誓ったのに、こんなことされたら抑えが効かなくなってしまうよ…!あんな近くで後ろ姿見ないし!背中はいつも遠くから見てるし!!凄い守られてる感あって…!背中があんなに大きいなんて知らなかった…!!そこからも漏れる色気!あなたは背中からも色気を出すのか…!!
うわあああああああ。

「みょうじさんんんんんん!すみませんすみませんすみませんっ!!」
「え、え?あ!大丈夫だよ!私こそ、あんなところのんびり歩いてたのが悪いし!それに、勢いがあって男らしいと思う!」
「??」

物凄いスピードで走ってきて頭を下げるリエーフくん。言っていることが理解できないようで、下げた頭を上げ、首を傾げる。その目は上目遣い。2m近い身長の子から上目遣いされるなんて…!萌える。

「いいものを見せてくれてありがとう!」とお礼を言って離れた後、後ろの方から「夜久さんどうしよう。みょうじさんの言っている意味が全然わかりません」「あいつの言うことは大体が意味不明だから気にすんな」と聞こえた。



「つーかリエーフ!レシーブも出来ねぇくせに何やってんだ。練習終わったらみっちりやるからな」
「え」