特技は親友の方が詳しい

初のマネージャーとしての練習は終わり、みんな各々片付けをし始める。
この後、自主練をしてから帰る人が多いみたいだ。日は延びてきたのに、外は真っ暗。こんな時間まで練習をしているなんて知らなかった。孤爪くんは部活の話あんまりしないからな。私が黒尾先輩のことを好きになってからは、話す回数が増えたと思うけど。

私もせっかくだから自主練のお手伝いをすることにした。虎達がスパイク練をするらしく、そのボール出しを任命されたのだ。
トスは1年生の手白くんが上げて、虎と福永くんがスパイク。それを海さまと犬岡くんがブロックすると説明してくれた。犬岡くんはここ最近レシーブ練ばっかりだったらしく、久しぶりにブロックの自主練だーと張り切っていた。ちなみに、夜久先輩とリエーフくん、芝山くんはレシーブ練をするみたいだ。


「らんらんるーん。…あ!手白くーん!!」

モップ掛けをした後、ボトルを洗っている手白くんを見かけ声をかけると、返事をして振り返ってくれた。

「こっちはまだ洗ってない?」
「はい」
「了解です!」
「……自分がやるんで大丈夫ですよ」
「えーやらせて!マネージャーっぽいし!ボトル洗うの!!」
「はあ」

表情が変わらない手白くんはなんだか孤爪くんに似ているような気がする。セッターはこういう人がやるのか!?

「……」
「??どうしたの?」

他の高校のセッターも見てみたいと、どんな人がいるのか悶々と考えていたら手白くんから視線を感じた。私の顔じゃなく、ボトルを洗っている手に。

「いや、なんでもないです」
「え!凄く気になる!!」
「…その。…ちゃんと洗えるんだなと思って」
「そう?嬉しい!!ありがとう!」
「……」

これでもバイト先で洗い物してるからね〜と言って、手白くんの方にドヤ顔をしながら蛇口をひねったら、逆に回したようで水が勢いよく出てきた。その水がボトルに当たり私の顔に直撃。

「ぶわっ」
「!?」

手白くんはそれを見てぎょっとし、素早い動きで近くに置いてあったタオルを渡してくれた。

「あ、ありがとう」
「いえ」
「ねえねえ!あのさ、たまたまって呼んでもいい??」
「は?」
「球彦くんだから、たまたまって!!可愛くない?!」
「…可愛くないです。やめて下さい」
「えー。じゃあ、名前で呼んでいい??球彦くんって!」
「はあ…」

孤爪くんは嫌なことがあると表情豊かになるが、球彦くんは何を言っても崩す気配がない。嫌がってはいないのかな…?名前呼び。嫌ならはっきり言いそうだもんね!

この時球彦くんが、あの孤爪さんがよくこの人と一緒にいれるな。こういうタイプの人は苦手そうなイメージなのに。と思っていたことは、この先も知ることはないだろう。





体育館に戻ると自主練はすでに始まっていた。手前のコートでレシーブ練をしている人達の後ろを通り、奥側に行こうとした時、リエーフくんが叫んだ。

「みょうじさんんんんんー!俺も、俺もブロックやります。そっち連れてってくださいぃ…」

まるで命乞いをしているような土下座をするリエーフくん。そんなに嫌なの?!

「行っていいわけねぇだろ!」
「夜久さん〜、犬岡だって今日はあっちだし俺も…」
「だーめーだ!ほら、やるぞ!」
「うう…。みょうじさんもブロックバンバン止めてる俺の方がカッコよくて見たいですよね?」
「え、え?」

夜久先輩に後ろから服を引っ張られ、連れて行かれながらこっちを見て言われたから、リエーフくんの方へ歩いた。

「確かに!リエーフくんがブロック止めてるのかっこよかった!!」
「でしょでしょ!?スパイクもたくさん決める俺カッコいいですよね?!」
「うん!」

練習中に見たリエーフくんのスパイクもブロックも凄くかっこよかった。

「でも、夜久先輩もかっこよかった!かっこいいスパイクとブロックをしないのに、すっごくかっこよかった!みんながいいところに打っても、腕が吹っ飛びそうな強いスパイクを打っても、決まったって思うようなボールも全部、夜久先輩拾ってた!!レシーブもかっこよかった!ほんっとにかっこよかったの!!惚れちゃうの!」

顔の前で両手をグーにして一気に話したら、夜久先輩が頭を掻きながらリエーフくんの後ろから顔を出した。

「なんだよ〜みょうじ。そんなに何度もカッコいいて言うなって。照れるだろ。明日何か奢ってやるからな」
「え!どうしてですか?!いいんですか?!わーい、嬉しい!…あ。それで!だからね!リエーフくんがレシーブ上手になったら、今の倍かっこいいなって思った!」
「今の倍…」
「うん!!きっとモテモテだよ〜。100人中100人振り返るイケメンだね!」
「モテモテ…イケメン…。夜久さん!早くやりましょう!!何やってるんですか!」
「はあ?!お前が逃げ出そうとしたんじゃねーか!」

そう言って今度はリエーフくんが夜久さんの背中を押す。

「みょうじさん、見てて下さいね!バンバン拾うカッコいい俺を!!」
「らじゃ!」
「基礎も危ういのに何言ってんだ!」
「あ!リエーフくんリエーフくん!」
「はい?」
「私もみんなみたいにリエーフくんのこと、リエーフって呼んでみたい!呼んでいい?!」
「そんなの全然いいっスよ!」
「やったやったぁー!リエッフー」
「あ、リエッフーじゃなくて、リエーフです」

嬉しいなぁ。カタカナの名前かっこいい!くんって入ってたらカタカナじゃなくなっちゃうもんなぁ。




「みょうじちゃんは天然煽上手だな」
「息をするように人を褒めるからね、みょうじは」


体育館の隅で今のやり取りを見ていた研磨と黒尾はそんな話をしていた。

「つーか今日はこっちでやんだな。いつもは部室で待ってるか先帰んのに。ね、研磨クン」
「………クロ、ウザい」

自主練をほとんどしない研磨は、黒尾を待つため部室でゲームをしているかそのまま帰るかのどちらかだが、今日は体育館の隅に座りそこでゲームをしていた。その理由を察していた黒尾だが、ニヤニヤと愉しそうに煽る幼なじみに顔をしかめる。

「その顔やめて。…… みょうじを誘ったのは俺だから。一応、…責任とか、あるし…」

気まずそうに照れているような、そんな風に言葉を紡ぐ研磨にまたウザい顔をする。それにまた睨みをかけた時、スパイク練をしているであろうコートから大きな声が聞こえた。



「うわああああああ!ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ」
「最初は難しいからね、気にすることないよ」
「そ、そうっスよ!意外と難しいですから!」

声の主はみょうじで、さっきのリエーフのように土下座をして謝っている。それを海、犬岡がフォロー。山本は引きつったように苦笑いをし、福永は目をぱちぱちと。手白はいつもと変わらず無表情。


「私、私…自主練してきます…!」
「さっきのはたまたまかもしれないし、もう一回やってみようよ。ね?」
「はい…」

海にそう言われみょうじはボールを持つ。そしてコートの真ん中からセッターの手白へとボールを投げた。
投げた。が、セッターに向かうはずのボールはエンドラインの方へ投げられた。

「は?」
「………」

その光景を見た黒尾は口を開け研磨は、あ。と何かを思い出したような顔をする。

「こんなことも出来ないなんて…!私、壁に向かって練習してきます。前にボールを投げる練習を!!」
「気にすることないよ。じゃあ、みょうじがその練習をするなら俺も一緒に」
「なんてお優しい!!ああ!光が見える!!…はっ!?いや、いいんです!!そんな、海さまは自分の練習をしてください。お願いします!!ちゃんと出来るようにします!!」
「そう?」
「はい…」

しょんぼりしながら俯き、コートを出ていくみょうじ。そんな姿を初めて見た福永はみょうじの視界に入り頑張れとガッツポーズをする。

「ありがとう、福永くん。頑張るね…」

それでも肩を落としているため、山本も見かねて声をかける。

「みょうじ!こういう時こそ、気合だ!根性だ!」
「…………。それ、孤爪くんがあんまり好きじゃない言葉だ」
「〜っ今は関係ねえだろ!」
「そうだね。だから、私はこういう時こそ愛の力だと思う」
「…それも研磨は好きじゃねえだろ」
「よーーし!では!根性入れて頑張るね!」
「愛の力じゃねぇのかよ!!」

そうして、壁に向かって練習始めたみょうじ。

体育館の隅では。

「なにあれ。研磨クン」
「ぶふっ……ふふ」
「いや、笑ってないで。面白いけども」
「みょうじ、有り得ない程の運動音痴って忘れてた」
「そういうレベルじゃねぇだろ!あれ!」

みょうじを指差し、訴える。マネージャーとしてああいう仕事もあるかもしれないと心配をする黒尾だが、研磨は指差した方を目を細めて見つめた。

「大丈夫だよ。みょうじの特技は、人の良いところを見つけられることと、本気で一生懸命やれるところだからね」
「……」

研磨は挨拶の時、みょうじが自分の特技を分からず焦っていたのを思い出し無意識に口角を上げた。

「……ところでさ、今日みょうじちゃんに避けられてる気がするんだけど、気のせいですかね」
「気のせいじゃないんじゃない?」
「……」





帰宅時。

な、ななななんでッ!黒尾先輩がいる!?しかも隣にいる!?

帰りは暗いからと孤爪くんと黒尾先輩が送ってくれているんだけど、先輩が私の隣を歩いている。いつもは黒尾先輩、孤爪くん、私の順で孤爪くんが真ん中を歩いているが、今日は黒尾先輩が真ん中。
どどどどうして!?まだ、いつもの様な頭じゃない!!部活終わりでマネージャーを家まで送ってくれるということは、これも主将の黒尾先輩なのだろうか!?わからない。どっちだ、脳内の私よ。

「もういいんじゃない。息吐いて」

私の頭を覗いたのか、それとも親友(仮)の絆なのかどっちかはわからないけど、孤爪くんがいいと言った瞬間スイッチが切れた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……黒尾先輩がかっこ良すぎて、いや色気?エロさ?少年のような目?キラキラしてて。悔しそうな時もあった。あといつものような煽る感じもあって。本当に人間ですか?!え、なんなんですか?!もう私は倒れないように必死でした。鼻血を出さないように、かっこよ死、エロ死、いろんな死から耐えるように必死で。先輩のことは主将として。私はマネージャーとして。決して将来夫婦になるなんて関係は置いといて。そうして頑張っていたのにッ!!あの、あれはなんですか?!ボールが飛んできた時。あそこで止めてくれるのが黒尾先輩だなんて!少女漫画じゃないんだから!!もうっ!ほんっとうに…………妊娠したかもしれません」
「………」
「………」


あ。やってしまった。
息を吐き捨てて良いと言われ思いっきり吐き過ぎたら、孤爪くんはそんなに我慢していたのかと引き気味に黒尾先輩は目をぱちくりとさせた。あ、素敵。

って、そんなこと思ってる場合じゃない。これは流石に、引かれ…

「…ぶ、ひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
「「!?」」

突然、いつもの倍の大きさで爆笑する黒尾先輩に、2人で肩をビクつかせた。

「なんだよ。いつものみょうじちゃんじゃん」

焦るわーと私の頭を乱暴に撫でた。

「え、…え?」
「ふっ」

混乱の中、先輩の奥で笑う孤爪くんに更に訳がわからなくなる。だけど、先輩の安堵した表情に自然と口から溢れた。

「大好きだなぁ」

「……ほんと、そういうとこ」
「……」

心の内をそのまま表に出せば、ため息混じりに呟かれた。そういうこと、の意味はよく理解出来ないけれど、先輩のこの顔はは初めて見た。頭の中に記憶しておこう。

「そういえばさ、海とは知り合いだったの?」
「はい!海さまはバイト先の常連さんなんですよ〜。お母さまもよくいらしてくれて」
「あーだから、さまね」
「そうなんですけど、それだけじゃなくて仏様みたくて。いつも助けてくれるんですっ!」
「あー」

どうやら俺の同期ふたりはこの子から目が離せないらしい、と思う黒尾であった。