俺達は血液だ

審判から始まった音駒は、次が最初の試合。そのせいかは分からないが、みんな気合が入っている。対戦相手は、ここにいる学校の中で一番強いであろう梟谷学園。数週間前に行った合宿では、負けたチームに課せられるぺナルティをほとんどしないで済んだらしい。翔陽くんがいる烏野が一番多かったと孤爪くんが教えてくれた。


一試合目ということで、円陣を組む部員達を後ろから見つめる。
うわぁ。初めて見る…!運動部だ!それに、孤爪くんも円陣してるよ〜!レア〜レア〜!
わくわくしながら見つめていると、いつもより真剣な、それでいてみんなの気持ちを上げるような声を出す黒尾先輩。主将の顔だ。そんなお姿も素敵。ここは漫画とかドラマとかでやる、いくぞー!とか、勝つぞー!とかそれとも、主将らしいかっこいい台詞を言うのだろうか。ひとつも聞き漏らしたくなくて、耳を澄ませた。

「俺達は血液だ」


……。


血液…??

え?今、血液って言った…?


「滞りなく流れろ」

……滞りなく?流れろ??

「酸素を回せ」

酸素…!?

「脳が、」

脳!?

「正常に働くために」

正常に働くために…??


「……。ふむ」

ふむふむ。
分かったぞ。俺達は血液と言った。ということは音駒の人は血液なのだ。滞りなく流れ、酸素を回す。脳が正常に働くために…。

ということは…!

「脳は誰ですか?!」
「え!えーっと…孤爪さんです…?」

近くにいた芝山くんの方をバッと振り向くと、半歩下がりながら教えてくれた。こ、孤爪くんだとぉぉぉ!?てことは、ということは!

「孤爪くんの中に黒尾先輩の血液が…。よし、血をもらおう」
「え…」

私の本気の目に芝山くんの顔が引きつった。そんな顔も可愛いよ!そして、レギュラー陣にも聞こえていたらしく。

「だからみょうじの前でやりたくなかった…」
「はは」
「あいつはどこにいてもブレないな」
「いや、夜久さん。既にあいつの思考回路がブレブレであります」
「でもいると場が明るくなるよな」
「(コクコク)」


「黒尾さんだけじゃなくて、俺達もついてきますよ!血液なんで!」
「あ!そうか!!そんなの…大歓迎だよ〜」

後衛から始まるためベンチに向かったリエーフとみょうじの会話に監督、コーチ含め全員が苦笑いをした。






そうして始まった練習試合も二巡目。二試合目も梟谷に負けた音駒はペナルティ、さわやか!裏山深緑坂道ダッシュ!!をこなしていた。走り終わった部員達にボトルを渡し、隣のコートでまだ終わっていない烏野の試合を見る。
練習試合を初めて見て思ったが、それぞれの高校によって戦い方が全然違う。チームの色が違うのだ。
烏野は、良い意味でごちゃごちゃしてるというかなんていうか…。あ、全員の個性が強いというのがしっくりくる。
翔陽くんはあまりスパイクを決めていないけど、あの速いのが決まったら凄そうだなと思う。孤爪くんは、そんな翔陽くんを楽しそうにじっと見つめていた。多分、無意識なんだろうなぁ〜。って言ったら怒られそうだ!

走り終わったようで私の隣で試合を眺める孤爪くんの方をチラッと見たら、凄い音が聞こえた。どうやら、東峰さんがスパイクを決めたらしい。あんな強烈なスパイクを打ち、エースといわれるポジションで、それでいて普段がああいうマイナスイオンを放出させている雰囲気。

「ギャップありありですなぁ」
「…それって、烏野のエースの人?」
「そ!」
「……あの先輩に似てるよね、ちょっと」
「だよね!孤爪くんもそう思う!?」

私が佐藤先輩と言った時、孤爪くんはいなかったけど、同じように思っていたみたいで、共感できて嬉しい気持ちになる。顔とかは似てないんだけど、ギャップとか雰囲気とかがなぁ。

「はいはい。みょうじちゃんもちゃんと水分取りなさいよー。東京じゃなくても、暑いんだから」
「わわ!!ありがとうございます!」

どこからか現れた黒尾先輩は、背後から家から持ってきた持参の水筒を私の頭上を通し、目の前でチラつかせた。嬉しい!!嬉しいけども、前が見えない…!

「あ。今、東峰さん決めた!?」
「いや、アウトだね」
「本当だ」

後衛に回った東峰さんのサーブはコートの外。ラインズマンの旗は上に上がった。あれは、アウトの意味だよね。
わかるぞ。実戦で段々考えなくてもわかるようになってきたぞ!これもあの、猿でもわかるバレーの基本のお陰だ!ん?猿だっけ?あれ、馬鹿だったかな?まあいいか。そんなことより、黒尾先輩が持ってきてくれた水筒を飲もう。思いっきり口に含んで、それを一気に飲み込もうとしたその時。


「っブフォッッ…」
「……あ」
「……」

横から黒尾先輩の片手が伸びてきて両頬をつままれた。飲み物が入ってパンパンに膨れている頬は押されたら、それが出てくるわけで。盛大に吐き出してしまった。

「えええ!だ、大丈夫ですか?!」
「う、ん…ゴホッ…ご、ごめんな…ゴホッ、い!!」
「またてめぇか!黒尾!!」
「ホント、すみませんでした」
「………ねえ、かかったんだけど…」

たくさん口の中に含んでいたため、床はびしょびしょ。それにいち早く気づいた芝山くんと、私の保護センサーでもついているのかいつも気づいてくれる夜久先輩が、タオルを持って拭いている。音駒のリベロ様達にこんなことをさせるなんて…!芝山くんなんて、まるでシンデレラのようだ。
孤爪くんは腕にかかったらしく顔を顰めてその場から少し離れる。ごめんなさい。


「なにやってんの…クロ」
「いや…今のは無意識っていうか、勝手に手がっていうか…うん。ゴメンナサイ」
「……」
「(あんなに頬っぺた膨らませてさ、それを上から見るとさぁ…。ほんと、なんなの)…はぁぁぁ」

深いため息を溢し、そうさせた張本人は慌てながら一生懸命床を拭いている。

「お二人共、ごめんなさい…。ありがとうございます」
「気にすんな。あいつには俺がやり返しとくからな!」
「ええええ、そんな!しなくていいですから!」
「俺も全然!!もう苦しくないですか?」
「苦しくない。なにもう優しい。ほんとシンデレラ」
「シ、シンデレラ…?」



少し離れた場所で、その一部始終を見ていた梟谷学園の面々は。

「なまえちゃんって、なんとなく木兎に似てる気がするんだよね…」
「あーそれ、私も思った〜。つい世話焼いちゃう感じの妹感」

木兎に対しては世話焼きたくないけどね、と笑いながら話すマネージャー達。それを近くで聞いていた赤葦は、そう思っているのは俺だけじゃなかったと安心した。

「「「「…マジか」」」」

更にそれを聞いた木兎以外の3年達は、なるべく関わらないようにしようと思うのだった。何故なら、あの夜久のように、世話を焼いてしまいそうだから。焼きたくなくても、自分の意思関係なく焼かなくてはならない状況に陥りそうだから。








お昼。各校のマネージャーは部員達のお昼ご飯を作り、練習終わりの彼らに配っていた。

「おーやってるやってる」

一通り部員達に渡し終わった後、色気たっぷり大好きな…もうほんっと大好きな声が聞こえた。先輩の隣には孤立くんもいる。うわぁ、ホーム感が凄い。少ししか離れてないのに、安心する。

「は〜〜12時の黒尾先輩…」
「え、どういう意味?」
「俺に聞かないで。疲れる」
「はい!今日はハンバーグです!!」
「ありがと。…どう?慣れてきた?マネージャー」
「はい!…はっ!いやしかし。他校のマネージャーさんの可愛さにはまだ慣れていません!」
「あ、そう。まあ、何かあったら黒尾さんにすぐ言いなさいよー」

そう言って私の頭を撫でて席の方へ向かって行った。

「……ど、どどどうしよう孤爪くん。頭から溶けてしまう」
「いいから早くご飯くれない」


そしてまた、その現場を見ていた梟谷のマネージャー達は、あの音駒の主将がねぇと楽しそうに顔を見合わせるのであった。

「恋の予感…」
「仁花ちゃん、よそ見してると危ないよ」
「うわ!!すすすすすみませんッッ!!」


そして、また数分後。翔陽くんとリエーフがやってきた。

「おっ昼ー!めっしー!ごーはんっ!」
「よく食うのに、なんで日向の体は成長しないんだろうな!」
「んなっ!?うるせえ!そんなの俺が聞きてぇーよ!!」

悪気のないリエーフの純粋な疑問に翔陽くんはぷんすか怒る。うううう…可愛い。

「翔陽くん、すっごく跳んでたね!!びっくりした!」
「あああああありがとうございますッ!!!(やっぱり、近い…!!)」
「みょうじさん、あざーっす!!」

午前中見た翔陽くんの動きを思い出し、興奮しながら2人にお昼ご飯を配る。上半身を後ろに反らし、顔の前で手をブンブン振りながらお礼をいう翔陽くんと猫背で受け取るリエーフに、弟がいたらこんな感じなのかと感動する。それにしても、音駒にはいないタイプだなあ。

「まるで、天使の羽でもついているかのようだった…!」
「…??…天使…のは、ね?」
「あ。みょうじさんの言うことは、大体が意味不明だから気にすることないらしい。夜久さんが言ってた!」
「そ、そうなのか」

楽しそうに話しながら席に向かう後ろ姿を見て、他校と仲良いのが胸にきますなぁなんて呑気に考えていた。

「それと距離感馬鹿とも言ってた!」
「た、確かに。話す時、顔が近い…」



そして、黒尾の隣に座った研磨は。

「……ねぇ」
「あ?」
「ああいうのやめなよ。みんないるんだし、目立つ」
「は?なにが?」
「(うわぁ…無意識なんだ。みょうじも大概だけど、クロもなかなか…)」
「??」
「………こわ」
「え。なに?ほんとなに?ちょ、研磨クン。…おーい無視しないで」


黒尾がみょうじの頭を撫でた時、何人かから凄い視線を感じたのが嫌だった研磨。