本気で一生懸命やれるところ

「お!みょうじちゃんだ。どうしたー?黒尾はまだ来てねぇぞ」
「木兎さんだぁ!!その言い方…私=黒尾先輩みたいな方式、最高ではありませんか!!…って!そうではなくて、何かお手伝いすることありますか?」

マネージャーの仕事も一通り終わり、各体育館で自主練をするとの情報を入手したため、私はこの第3体育館に来ていた。

「じゃあ、ボール出しお願いしますか?木兎さん」
「おう!ブロック跳んでほしいが、腕折れちゃうかもしれないからな!」
「かもではないと思います」

まずネットから手が出ないでしょう、と奥からやってくる赤葦くんに、元気よく返事をした。

「ねえねえ、赤葦くん2年生なんだよね?私もそうなの!同い年だったんだね!」
「うん、そうだよ」

副主将だからてっきり3年生かと思ってた!と言うと、よく言われると微笑みを頂いた。美しい…!
そんな赤葦くんからボールを受け取りコートの真ん中に立って、投げる準備をする。うわぁ、木兎さんのスパイクを同じコートの中から見れるのかぁ。仲間になった気分を味わえる!!

「じゃあ、投げますね!」

そう言って、ボールを投げた。





「黒尾さんっ!木兎さんのスパイク、ブロックするんですよね!俺もやります!!」
「あ?今日はレシーブ練だってさっきから言ってんだろ」
「えー」
「えーじゃねぇ」

黒尾はリエーフを連れてくるため、少し遅れて第3体育館に来た。
中を覗くと木兎、赤葦、そしてみょうじの姿が。その手にはボールを持っていてセッターに向かい投げようとしている。またあの時と同じ事になると思った黒尾は焦ったように大きな声を出した。

「ちょ!待て待て!」

止めに入った時にはもう遅い。ボールはみょうじの手から離れた。

「…………は?」

この間と同じようにエンドラインにいくと思っていたボールは綺麗に赤葦の頭上へと届く。黒尾達が来る前に、何本もやっていたのか。2人はそれを普通に上げ、普通に打つ。

「へいへいへーい!!来たなー!黒尾!ブロック跳んでくれ!」
「ちょっと待って。え、なに?みょうじちゃん、ちゃんとボール出し出来るようになったの?」
「本当だ!前は後ろに思いっきり投げてましたもんね!」

黒尾とリエーフの発言に木兎、赤葦は目をぱちぱちと瞬かせる。

「後ろって…。自分の後ろに投げるってこと、ですか?」

そんなことがあるのか、信じられないといった顔でみょうじの後ろを指差す赤葦。それに頷いた黒尾と同時にみょうじは嬉しそうに笑みを浮かべ話し出した。

「練習しました!!」
「……ボール出しの?」
「はい!部活中はマネージャーのお仕事で出来なかったので、学校で孤爪くんに手伝ってもらって!!雨の日も風の日も、孤爪くんがゲームをしている時も!!」

ずっと後ろにしか飛んでいかなかったので、孤爪くんは気にせずゲームをしてました〜。初めて前に飛んだ時は思いっきり孤爪くんの頭にぶつけて怖かったです…。へへ。と照れながら言うみょうじにぽかーんとする面々。
リエーフだけが、「あ!俺やってるとこ見ました!先生にぶつけて怒られてましたよねー!」と笑顔で言い放つ。

「学校…?まずボールはどうした?持ってなかったろ。…つーか、あいつ何も…」
「ボールは買いました!!こういう時のためのバイト代です!」
「は?買った?待て待て待て。ちょ、まって」
「黒尾さん、落ち着いて下さい」

頭に手を添え、いつになく混乱している黒尾に赤葦は珍しいと思いながらも声をかける。木兎はそんなみょうじの頭を思いっきり撫でた。

「自主練したのかー!全部、ぴったり赤葦に投げれてたもんな!えらいぞぉー」
「うわわわ。嬉しいです!ありがとうございます!!」

赤葦とネットを挟んで反対側にいる黒尾は、深いため息を吐き、研磨の言葉を思い出した。

みょうじの特技は人の良いところを見つけられることと、"本気で一生懸命やれるところ"だからね


「みょうじちゃんといるとさ、心が洗われる通り越して自分が濁った人間と思い知らされる」
「あぁ」
「研磨曰く、みょうじちゃんの特技は人の良いところを見つけられることと、本気で一生懸命やれるところらしいので」
「その、良いところを見つけられ「すっごく凄くかっこいいです!!」…」

るのはいいですね、と言おうとしたところでみょうじの声に遮られた。どうやら木兎と話が盛り上がっているらしい。

「背中で語るって感じで!どんなブロックも打ち砕くみたいな!全部のボールを打っていて!木兎さんはエースになるべくして生まれてきたような人ですね!!オーラが!天性のカリスマ性…!!」
「て、天性の…!!エースになるべくして、…生まれ……!!」

首を上下に振るみょうじは木兎のお気に入りのTシャツ"エースの心得"と似たようなことを言っていた。もちろんみょうじはそのTシャツは知らない。木兎はその言葉に震えながら天井を仰ぐ。

「みょうじ貰っていいですか」
「はぁぁぁあ?そんなの駄目に決まってますぅ〜。みょうじちゃんに求婚されないような男にあげるわけないですぅ〜」
「求婚って…」

裏表のないみょうじの言葉はすんなり心に入りしょぼくれモードの木兎対策にいいと、顔色一つ変えず言い放った赤葦に、黒尾は下から煽るような格好で断る。
ちなみに音駒で求婚されたのは、黒尾、夜久、海、研磨、芝山である。芝山はお嫁としてだが。そして、音駒の監督も数週間前に受けた。それを聞いた赤葦は、言われるのも時間の問題なのではと思ったが、黙っておくことにした。
同時に、黒尾さんも苦労してるんだな、と勝手に哀れんだ。今日一日見ただけで、みょうじが黒尾のことが大好きなのはほぼ全員わかっただろう。しかし、みょうじに負けず黒尾もなかなかということに気づいている者は少ない。赤葦はそのことに、いち早く気づいていた。



それから数分。黒尾はリエーフのレシーブ練、木兎ら3人はスパイク練をしていた。

「うあぁぁぁぁ!やっぱブロックねえーとつまんねぇ!!黒尾ー!!」
「えー」

今こいつの相手で精一杯、と言いながらそこらへんに誰かいねーのとドアまで近づき、お目当ての人物がいたのか声を上げた。

「あ!チャット、そこの!烏野の!メガネの!」
「!?」
「ちょっとブロック、跳んでくんない?」

黒尾が声を掛けたのは、烏野のMB 月島蛍だった。


「あっ、僕もう上がるので失礼しまーす」
「何!?」

誘われた月島は潔くお断りをし頭を下げたが、そこに木兎が付け加えるように頼み込む。

「ブロック無しでスパイク練習しても意味ないんだよー。頼むよー」
「なんで僕なんですか。梟谷の人は」
「木兎さんのスパイク練、際限無いから皆早々に逃げるんだよ」
「私も黒尾先輩にあんな風に手招きされて誘われたい…!」

木兎の後ろから顔を出して説明する赤葦と、その後ろから顔をひょこっと出すみょうじ。心の中では、僕って言った…!一人称、僕なの?!ギャップ萌え。などと考えている。
ひとりだけズレた発言をするみょうじを無視し、黒尾はリエーフを鍛えるのに忙しいと言う。それでも納得しない月島に黒尾は続けた。

「…見えないかもしんないけど、コイツ全国で5本の指に入るくらいのスパイカーだから、練習になると思うよ」
「え!?全国で5本…!有名人だ!!」
「3本の指にはギリギリ入れないですかね」
「ドンマイ」
「……ぅ」
「落とすくらいならアゲないで下さい!!!」

ドンマイの言い方がツボだったのか体を震わせてしゃがみ込んだみょうじに赤葦が声をかける。

「… みょうじ、大丈夫?」
「ダメ。耳がとろける声」
「……そっか」

「それに君、MBなら少しブロック練習した方が良いんじゃない?」

そして、最後に言った黒尾の挑発的な一言で月島を体育館の中に入らせる事に成功した。赤葦の隣にいるみょうじは心臓を押さえ、「あんな挑発的な誘われ方したい。黒い笑顔、素敵」と丸まっている。それを見て赤葦は、これはスルーでいいとみょうじへの対応を学んでいくのであった。





それから何本もスパイクを打ち、私はボールを出し、烏野の高身長美男子はブロックをする。さっき赤葦くんの"際限ない"と言っていた意味が分かった。やっぱりブロックが無いのとあるのじゃ違うのかなあ。木兎さん、凄く生き生きしてる。スポーツマン!イケメン…!!

「じゃあ二枚でどーだ」

そう言ってやって来た黒尾先輩は汗を流し、相変わらずの色気たっぷり男。そしてきっちり木兎さんのスパイクを止めて、ウェーイと煽る。

「うーん、やっぱメガネ君さ、読みは良いんだけどこう…弱々しいんだよな。ブロックが。腕とかポッキリ折れそうで心配なる。ガッと止めないとガッと!」
「僕まだ若くて発展途上なんですよ。筋力も身長もまだまだこれからなんで」
「むっ!?」
「悠長な事言ってるとあのチビちゃんに良いトコ全部持ってかれんじゃねーの。同じポジションだろー」

黒尾先輩がそう言った瞬間、烏野の子の雰囲気が変わる。

……??

「「……?」」
「それは仕方ないんじゃないですかね〜。日向と僕とじゃ元の才能が違いますからね〜」
「?」

そして、その子は首に手を添え貼り付けの笑顔を見せた。途端、空気がピリつき誰かが何かを発する前に犬岡くんの明るい声が届いたのと同時に音駒の面々が続々と現れる。じゃあ、とまた愛想笑いをして体育館を出て行った後、梟谷のおふたりは黒尾先輩に言った。

「なんか…地雷踏んだんじゃないスか黒尾さん…」
「怒らした。大失敗じゃん、挑発上手の黒尾君」
「いや…だって思わないだろ」
「何を」

その後、黒尾先輩はその訳を話した。




自主練を終わりにして全員で片付けをしている最中、赤葦くんが黒尾先輩の後ろから声を掛ける。

「さっきの気にしてます?」

その言葉に先輩の肩がギクッと上がる。気にしてるんだなあ。こういう姿を見るの初めて。レアだ。

「いや…まあ…他校の後輩だからな」

取り敢えず、明日烏野の主将には言っておくわと言う先輩はやっぱりいつもと違くて、赤葦くんの後ろから小走りで、先輩の隣に並び顔を覗き込んだ。

「あの高身長美男子くんは、孤爪くんと少し似てる気がしますよね!」
「…?」
「隠れ負けず嫌いなところが!」

ふふ。だから大丈夫そうですねぇ、と両手で口元を覆う。すると、「……ほんと、そういうとこ」と前にも聞いたことのある台詞を言い、私の頭へ手が伸びてきた。その瞬間、これは撫でられる…!と危機察知能力が働き、瞬時に赤葦くんの背に隠れる。

「……」
「……」

頭に乗せる事のできなかった先輩の手は宙に浮き固まり、180超えの男が無言で見つめ合う状態に。そうしていたら、奥から夜久先輩の「おい!そこ、サボってんじゃねぇ!早く片付けろ」という声が聞こえてきた。



「何で後ろに隠れたの…?」

喜んで撫でられに行きそうなのに、と心の中で思いながら黒尾には聞こえないようにボソッと言う赤葦。

「いや……あの。…頭から溶けちゃいそうで」
「……ああ」

黒尾さん、あれ絶対ヤキモチ焼いてる。と思う赤葦であった。