ひとつ屋根の下

「お…お、同じ部屋じゃ…ないの…?」
「うん」
「え、だってあの時…」
「同じ建物で寝れるとしか言ってないじゃん」

そうだったぁぁぁぁぁぁ!と頭を抱えて、自分の分しか敷いてない孤爪くんの布団の傍でうずくまる。離れたところで、「逆に、何故同じ部屋で寝れると思った」と虎が言っているのが聞こえた。言われてみればそうだけれども!!

「……他校のマネと仲良くなるんじゃなかったの?」
「そうだった…!」
「女子会するんでしょ」
「そうだった!ごめん!やっぱり私は華の楽園に行かなくてはならないのだ」
「そう。良かったね」

この会話を聞いていた芝山くんが、流石孤爪さんと呟いていたことには気がつかない。そもそも何故私が部員達が泊まる教室に来ているのかというとお風呂に入る前に孤爪くんに用があったからだ。ここには黒尾先輩だけがいなく、他の部員は全員揃っていた。

「そうそう!孤爪くんの鞄に荷物入れさせてもらってたじゃん?取ってもいい?」
「ん」

ゲームをしている最中だから、こちらに目も向けず返事をする。私の鞄に入りきらなかったんだよねぇ。孤爪くんは最低限のものしか持ってこないから入れさせて貰えたと目当てのものを取る。

「あった…!ここに入れたの忘れてて、持ってきてないかって焦ったんだよ〜。お風呂セット!!」

このまま行けるように全てひとつの袋にまとめてたんだよねえ。楽ちん楽ちんと口ずさんでいると、お風呂セットの言葉に虎がバフォッと何かを吐き出していた。…どうした?

「別に何入れてもいいけどさ、この大量のお菓子は邪魔だからやめて」
「はい!ごめん!」
「いいのかよ!?研磨、お前それでいいのかよ!?」
「は?…でも、あたりめとか入れてないだけマシか」
「意味わかんねぇ!あいつらなんなの!?俺がおかしいんスか、夜久さん!!幼なじみとかそんなんじゃないですよね?高校からの付き合いですよね!?」
「はは。大丈夫だ、お前は間違ってない」

最近の悩みが、女性とどうやって話せばいいのかという山本からすれば、年頃の異性のお風呂セットを鞄を入れさせるこのふたりは異常らしく。近くにいた夜久に切迫詰まった表情で同意を求めた。そんなやりとりを聞こえてないのかみょうじは続ける。

「帰りも荷物入らなかったら入れてもいーい?」
「うん」
「うわーい!ありがと!!助かる!」
「ん」
「じゃあ、お風呂入ってくるねー。おやすみ!だいすきー!」
「はーい」

ゲームから一切目を離さず興味なさそうに返事をする研磨と、皆さんまた明日ーおやすみなさい!と笑顔で、手を振り出て行ったみょうじに山本は目をカッと見開いた。

「夜久さん…なんなんですか?あれ。聞き逃したいけど聞き逃せない。やりとりがもう…熟年カップルみたいな」
「あいつら仲良いからな」
「そういう問題っスか!?」
「しかも、あいつは誰にでも言う」
「誰にでも!?」

「でも今のやりとり黒尾が見てたら、いくら研磨でも嫉妬してそうだな」
「確かに」

皆のやりとりを微笑みながら聞いていた海が口を開き、うんうんと隣にいる夜久が頷く。そして、山本の発言が気に障ったのか研磨はそこで初めてゲーム機から目を外し、眉を潜めた。

「おーい、みょうじ。ちゃんと髪乾かして布団かぶって寝んだぞー!水分取って、夜更かししないように!」
「はーい!わかりました!夜久先輩のそういうところ大好きー」

教室のドアから顔だけを出し、走っていくみょうじに声をかける夜久。

「ほらな?」
「いや、ほらな?じゃなくて!!」

マジかよ、と言葉を溢す山本とその他部員は夜久に対して、お母さんみたいと思ったが黙っていた。

「夜久さんって、みょうじさんのお母さんみたいですね!」

が、空気の読めないリエーフは思いのまま口に出す。

「やっくんに言ったみょうじちゃんの大好きは、母としてだよね〜」
「げ」

後ろから突然現れた黒尾は、詐欺師のような満面の笑みを浮かべてやって来た。それを見た3年と研磨は何かあったと察するのであった。







「うはぁー気持ちよかったね!」

仁花ちゃんっ!そう言って笑顔で振り向くと、ははははい!…他校のマネさんとお風呂に…!こんな貧相な体を見せてしまった…。などと慌てている。

「えーお肌真っ白でくびれあって綺麗だったよ!私も胸はない!!」
「わわわわわー!!」

ほら、と自分の胸に仁花ちゃんの手を当てる。あれ?これってセクハラ?変態?犯罪…!?

「明日は他のマネさんとも入りたいね!」
「!!…はい!!」

キラキラとした目で見つめるこの子に私の心はきゅんきゅん。可愛い〜と頭から抱きしめると、仁花ちゃんからブフォっという声が聞こえた。

「おやおや?お二人さん、楽しそうで」

俺もまぜてくんない?にやにやした笑みでこっちにくる黒髪の長身。その後ろから「なになに?俺も入れてー!」と白髪のまたも長身の男と「不審者っぽいですよ」とさっきまで一緒に自主練をしていた赤葦くん。
寝癖もセットもされていないふたりに仁花ちゃんは「誰だ誰だ」とあたふたしている。

「木兎さん、イケメンギャップ萌え。夜の木兎さん」
「イケメン?そーかぁ?俺ってイケメン?なあなあ、赤葦!セットしてない俺もイケメン?水に滴るいい男?」
「…はい。そうですね、木兎さんはいつでもイケてます」

ここで否定をすると夜だし明日のプレーに影響が出るかもしれない、と踏んだ赤葦は面倒くさがりながらも肯定する。現に自主練中、みょうじに褒められてからはスパイクの調子がとても良かった。


「私、このために来たの…。黒尾先輩の寝癖前の髪型、お風呂上がり姿を見るために。ていうか!赤葦くん!ずるい!黒尾先輩と一緒に入って!裸の付き合いをして!何で同じ学年なのに私はダメなの!!訳がわからない!!」
「それはみょうじが女子だからでしょ」
「そうだった…!」
「ブッ、ひゃひゃひゃひゃ」

私の反応と赤葦くんのツッコミを聞いて、黒尾先輩はお腹を抱えて笑う。そんな髪を下ろしている先輩はエロ度120%を突破していて、直視することができない。目を合わせない様にする私に気づいてか、先輩はこっちに近づき、私の両頬を両手で包み上へ向かせた。

「みょうじちゃんが楽しみにしていた黒尾さんですよー」

ニヤリと笑うその顔はまさに凶器。そのまま後ろに倒れた。

「うおっ」

倒れそうになった私を支えた先輩の驚いた声と他3人の色んな声が聞こえた。

「うわああああ!みょうじ先輩が倒れ、倒れ!!鼻…鼻!!血がああ!!」
「黒尾さん!何やってるんですか?!」
「セクハラだ…!!セクハラだ!!」

それを聞いたのが最後。私は意識を手放した。
多分、仁花ちゃんよりお風呂に長く入っていたから、のぼせたというのもあるだろう。






「とーらぁー」
「だぁー!!一回だけって言ったろ!」
「お願いします。もう一回だけ!」
「つーか!抱きつくなぁぁあ!!」

翌朝。練習が始まる前、体育館へ向かう渡り廊下で山本の腰にまとわりつくみょうじの姿があった。

どうやら昨日。意識を飛ばした後、朝まで起きることなく、そのまま寝てしまったみたいで。女子会をすると張り切っていたのもあり、朝から気分が落ちてるみょうじ。
そんなみょうじを木兎で慣れている梟谷のマネージャーふたりは上手くフォローをし、生川のマネージャー宮ノ下英里は自分とお揃いのツインテールを結んであげた。前の日に、ポニーテールをしていたみょうじだが、毛先が首に当たってチクチクすると言っていたのと、英里さんの髪かわいい〜とべた褒めしていたことを覚えていたのだろう。


そして、現在。

虎に纏わり付く理由はひとつ。そのモヒカン頭のもさもさの部分を触りたいからだ。
英里さんにツインテールにしてもらってテンションは上りに上っていた私だが、女子会はどうだったとソワソワしながら聞いてきた虎に悲しみの顔をしてしまった。今日やるからいい!と思ったけど、虎は申し訳なさそうに謝ってくれるから、代わりにモヒカン頭を触らせてもらった。

そしたら、なんということでしょう。触り心地が素晴らしいではありませんか。ふさふさした感触が癖になり、病みつきになってしまう癒しのモヒカン。一度触っただけでは足りるわけがない。もう一回と虎の腰に抱きつき、引きずられていたら前から誰かが歩いて来た。

「と…虎…!?お前、…女子に抱きつかれてる、だと!?」

やって来たのは烏野の虎のお友達。確か昨日も虎と話をしていたら、女子と話をしている、だと…!?って今と同じ反応をされた。

「龍之介!今は危険だ!!今すぐ去れ!!」
「?何言っ「おー田中ー!今日も触り心地最高いえーい!」て、起きてから何回触るんスか…スガさん」

虎のお友達、龍之介の後ろから烏野の泣きぼくろが素敵!爽やか3年生、スガさんが坊主頭を撫で回した。凄く気持ち良さそうに触るから、その頭も気になってきた。

「私も、触りたい…です!!」
「ちょ!?」

今にも龍之介の方へ目掛けて飛び出しそうな私を虎が服を掴んで抑える。

「田中のは気持ちいいぞ〜ほら」
「スガさん…」

坊主頭を触りながら言うスガさんに、これは私も触っていいのか!?ソワソワしてしまう。龍之介も慣れているのか苦笑しながら、少し屈んで頭を差し出してくれた。う…嬉しい!!
そーっと頭に触れる。

「!!!…なにこれ!?楽しい!!」
「だべ〜」

どこを触っても同じ感触で撫で回したい衝動に駆られる。

「…。(この体勢、なんつーか…目の前に、その。胸があって…。ちょっと頭触れてるっていうか!あああ!!駄目だ駄目だ。俺には潔子さんという人が)」
「お、おい龍之介。…大丈夫か?」
「いや、ちょっとこれは…」

楽しい!と何度も撫でるみょうじの傍で小声で話す被害者2名。それを何となく察した菅原が、みょうじの為にもと終わりの声を掛けた。満足したのか、すんなり離れたみょうじにふたりはホッとする。

「ありがとう!龍之介!!」
「お、おう?(…龍之介?)」
「あ!虎がそう呼んでるから、名前呼びしちゃった!!嫌だった?」
「別に嫌ではないが」
「そっか!かっこいいね!龍之介って名前!」

ひひっと歯を見せて笑うみょうじに顔が緩む。なんか日向みてーだと心の中で思った。

「そういえば、今日は髪型違うんだね」
「はい!生川の英里さんにやってもらいました〜、お揃いです!!」
「そっか。似合う!なまえちゃん」

そう言って手でツインテールを表す菅原にみょうじは目を光らせた。

「え!!名前で呼んでくれた!!」
「…あ。清水のがうつったわ。ごめんごめん」
「いや!そのままでお願いします!嬉しい!嬉しいんで!男の人に名前呼びされないんですよ!」
「え、それ。俺呼んじゃっていいの?」
「はい!!」

わーいわーいと手を上げて喜ぶ姿に、「じゃあ、俺が名前呼び一号か」と爽やかに笑う菅原だった。




ようやく体育館に辿り着いた山本は、研磨にさっきまでの出来事を話す。

「前から思ってたが、あいつなんなの!?あいつには危機感というものがねぇの!?」
「それは、虎が信頼されてるってことだよ」
「信頼…!う、嬉しいけど、なんていうか…違ぇ」
「……」
「抱きつかれた時も、頭触られた時も、なんか当たるんだよ。柔らけぇのが!!」
「……」
「なんだその目は?!…違う!そういう意味で言ったんじゃねえ。…おい!研磨!!」

引いた冷たい目で距離を取る研磨に焦り出す。そんな山本の後ろから主将の声が聞こえた。

「おーい。そろそろ始めんぞー」

ビクッと肩を上げる山本は研磨の近くまで行き耳打ちをする。

「い、今の黒尾さんに聞かれてねぇよな」
「あんな大声で言ってて聞こえない方がおかしいでしょ。普通にしてるけど、あれは相当……ふっ」
「何だよ!?怖ぇよ!なんだよ!?おい!」
「今まで気にもしてなかった小さいことでも、それが積み重なるといつか爆発するよねってこと」
「はぁあ?」