積み重なっていく

合宿二日目。森然高校の父兄の方から差し入れをいただき、小休憩も兼ねて全員でスイカを食べることになった。

「っな!?…ななななな!!脱い、で…ぬぬぬぬぬ」
「あ」
「あっ!何でみょうじ、ここにいる?!」

夜久先輩の驚いた顔と、その奥でヤバと呟いた黒尾先輩が、じょ…じょじょ上半身裸の状態でいた。見てしまった…先輩の上半身を見て…!また鼻から血が出てしまうと身構えるが、目は逸らせない。本能が逸らしては駄目だといっている。鼻血が出ると思ったその時、孤爪くんと虎がサッと私と先輩の間に入り、誰かの手が目を覆った。

「おお!2年組ナイス!!」

夜久先輩の声が聞こえたので、この手は福永くんということがわかった。

「み、みんなぁ…ありがとう。鼻血は堪えられた!」
「出された方が面倒だし」
「そうだな」
「流しすぎると貧血起こす」

手を離し、私の前に来て貧血を起こすと心配そうに言う福永くんに、優しさと可愛さで膝から崩れ落ちた。
どうやら、今までも着替えをする時はあったが、私がいない時や見てない時を見計らって黒尾先輩は着替えていたらしい。「俺は見られても全然構わないんですけど〜」なんて楽しそうに言う先輩に皆が反対した。確かに他の人達の着替え姿は見たけど、黒尾先輩のは見たことなかったな。いつだ、いつだと構えていたけど、どうりで見れないわけだ。



そんなこんなで皆のお陰で鼻血を阻止できた私は、売り子さんのような気分で部員達が座っている間を回っていた。これ、楽しい…!

「スイカは〜いらんかね〜。スイカのゴミは〜ないんかね〜」

数人で固まって座っている人達の間を抜けながら、周りを見渡す。ちなみに、手にスイカは持ってなく、ゴミ袋だけだ。頂戴と言われてもあげられませんなぁ。

「ん!?」
「「…あっ!!」」
「……うわー」

色んなところをぐるぐると回っていた私は、いつの間にか孤爪くん達3人組の前を通り過ぎようとしていた。そしたら突然、右方向からほっぺに何かが飛んできて、その方向を向くとリエーフと翔陽くんの青ざめた顔があって。

「うっわあああああああ!!!すみませんみょうじさんんんん!」
「ティッシュティッシュ!あ、俺持ってない?!タオル…タオルもない!!」
「……」

どうやらリエーフがスイカの種を飛ばしているところに丁度前を通ってしまったらしく、種が顔についたみたいで。こ、これは…。衝撃的で思わず俯く。

「け、研磨さん。どどどどうしましょう…。みょうじさん、お、怒って…」
「ウエットティッシュを持ってきた方がいいか?!」
「ふたりとも落ち着いて…大丈夫だから。これは、多分…」

「ほくろ!!!!」
「「……え」」

流石にみょうじも自分の口から出したものを顔に付けられては、怒ったと思ったリエーフだが、そんなことなんてお構い無しに勢い良く顔をあげて言うみょうじに間抜け面をする1年ふたり組。

「孤爪くん孤爪くん。これ、ほくろみたくない?なんかチャームポイントみたくない?!良くない??」
「良くないから。早く取りなよ…汚い」
「はーい!」

顔についた種を払い、青冷めるリエーフに大丈夫だからね〜と手を振り、ゴミを回収する旅に出た。


「みょうじさんって怒ったことあるんですか…?」
「んー。…1年の時から一緒にいるけど、ないね」
「そうなのか!?一体、何をしたら怒るんだろう…」
「さあ?それは俺にもわからない」




「お!なまえちゃん、ゴミお願いしてもいい?」
「スガさん!!はいっどうぞ!」

おおお、みんなよく食べるなぁ。袋を覗くと食べ終わったスイカがたくさん。流石、スポーツマン!!
そろそろ練習が再開されるのか食べ終わった人から体育館に入っていく。始まるぞーと烏野の人達に声をかけるスガさんの後ろから、ゴミをもらうよう駆け寄った。

「どうぞどうぞ〜」
「あ。ありがとう、なまえちゃん……。…あ」
「〜っ名前呼び!!」

東峰さんからまさかの名前呼びをしてもらい、私の心の中は踊り出している…!烏野の人達は名前で呼んでくれるのか!?嬉しい!!

「いや!ごめん!!その、スガのが移っちゃって…」
「うわぁうわぁ!!嬉しいです!!旭さん!!」
「う…(こんなキラキラした目で見られると、もう名前で呼ぶしかない)」

スガさんの時と同じように体を使って喜びを表す。

「はい、大地さんもどうぞ!」
「ああ、ありがとな。…俺の名前知ってたのか?」
「はい!みんなそう呼んでたので!!ねっ龍之介!」
「おう」

龍之介の方を見て同意を求めるとまだ食べ終わってなく、勢いよくスイカを頬張っていて、食べながら返事をする。なんか、リスみたいだ。可愛いぞ!また今度、頭を触らしてもらおう。

「!!」

く、黒尾先輩!?誰かの陰に隠れていたのかそこには先輩の姿が。ここには烏野の人しかいないと思っていたのと、旭さんが名前で呼んでくれた嬉しさと、最初は海さま達と食べてたからここにいたことに驚く。先輩がどこにいるかは1番初めに把握するのが本能でしてしまうことだから、今回はそれが裏目に出てしまった。というか、こんな近くにいても気付かないなんて初めてだし、一生の不覚…!!

あまりのショックさに、おずおずと先輩からもゴミを貰うため近づく。すると、近くを通った仁花ちゃんにそのゴミをいつものニヤニヤ揶揄うような顔で渡した。

「???」

ん?あれ…?目が合ったような気がしたけど。…??





あの時の黒尾先輩の行動に少し違和感を感じながら、お昼が過ぎる。なんていうかあの時、もやっというか、ずきっというか。そんな言葉では表せないような何かを感じた。なんだろ…。はっ!?も、もしかして!?これは、生理の予兆!?嘘でしょ!?私、生理用品持ってきてない。だって一週間前に終わったもの。ど、どうしよう。

ひとりで自動販売機の近くでぐるぐると回って考える。それにしても、ここには飲むゼリーはないらしい。昨日から色々探していて、ないことがわかった。ここが最後の希望だったのに…!トボトボと下を向きながら、その場を離れようとする。

「あの。これ、落としました」

少し歩いたところで呼び止められたのは、烏野の孤爪くんと同じポジションの…あ!セッターの影山くんだ!そうそう影山くん。翔陽くんの相棒さん。拾ってくれたのはバレーの本だ。

「ありがとう!!」
「いえ」

本を渡した後、自動販売機を見て「ここにもないのか…」と悔しそうにする影山くん。少し汗をかいていたのでさっきまで自主練をしていたのだろう。昨日も早くお昼ご飯を食べてひとりで練習をしていた。飲み物、何か探してるのかな?

「何が飲みたいの?」
「……ぐんぐんヨーグルトッス」
「ああー!!それ!ある場所わかるよ!」
「…ほんと、ですか」
「うん!」

私の大声に一瞬肩をビクつかせた後、嬉しそうに口を尖らせる。か、かわいい。翔陽くんやリエーフとはまた違う弟感。こっちこっちと言って腕を引っ張る。

「それ美味しいよねぇ」
「ッス。ご馳走様です」
「いーえ!」

私もぐんぐんヨーグルトは一時期ハマっていてよく飲んだものだ。自分も飲みたくなったので影山くんのとふたつ買ってふたり並んで飲む。やはりここは男の子なのか、それとも喉が乾いていたのか一瞬で飲み干していた。あ、そうだ!

「ねえねえ、影山くんと翔陽くんがやってる攻撃はこれのこと?動画でも観たんだけど、あんなに速い攻撃なくてさ!」
「あの速攻は動画とか本には載ってないと思う…ッス。このクイック、ブロードとかを超速攻で攻撃している感じなんで」

ふたりの攻撃は本にも動画にも、ここにきているチームの中にもいないから本を開いて直接聞いてみた。コートの中に、攻撃の名称が図として描かれているページを指差しながら教えてくれた。その後、「早くあの速攻を使いもんにしねぇと」と眉間に皺が寄っていく。それにしても…

「指、綺麗だね。爪も」
「え。…ああ、メンテナンスは欠かさずやってるんで」
「指のメンテナンス…!!かっこいい!」
「……(なんか小学生と話してるみてぇだ)」
「じゃあさじゃあさ、髪もやってるの?メンテナンス!」
「いや(何で髪…?)」
「すっごくさらさらだよね!何のシャンプー使ってるの?トリートメントとかやってる?」
「家にあるやつ使ってるんで、なんのやつかはわかんないです」
「そっかぁ。あ!髪、ちょっと触ってもいい!?」
「あ、はい」

髪を触っていいか聞くと素直に頭を下げてくれた。え、何これ。ぎゅんってきた。これが母性本能というものですか?!そっと触るとやっぱりさらさら。うわ、凄いっ!!
それから何度も触らせてもらい、お礼を言って手を離し、ふたりで体育館の方へと向かった。

「下の名前はなんていうの?あ!私はみょうじなまえっていいます!」
「みょうじさん。…飛雄です」
「飛雄くん!…んー、とびとびって呼んでいい?!」
「……」

あ。固まった。嫌だったかぁ…申し訳ない。

「じゃあ、と「それでいいッス」………え!!!いや、いいんだよ!?そんな断って!!」
「大丈夫です。それで、あの…ひとつ聞きたいことがあって」
「え?なになに?」

改まってこっちを向く、とびとびにゴクリと唾を飲む。私が答えられることかなぁ?

「音駒のセッター………孤爪さんとどうやったら話せますか」
「え?」







「あ、いたいた。丁度いいところに。おーい!孤爪くーん」

体育館に入る前に孤爪くんを発見。とびとびを連れて大きく腕を振ると一度こっちを見てサッと居なくなった。はやい。こういう時の孤爪くんは凄く速いのだ。

「え、っと……どうしたの…?」

孤爪くんの前まで行くと、目を合わせないように逸らしながら言う親友(仮)は、人見知りモードだ。懐かしい。久々に見たとじっと見つめた。とびとびの方を見ると、こっちもさっきより顔を強張らせていて、どこか睨んでいるようにすら見える。

さっき聞きたいことあるって色々話してたよね!?少し練習したよね!?頑張れ!!
ど、どうしよう。とびとびは何も話さないし、孤爪くんは早くここから離れたそうだし。はっ!!いいことを考えた!とびとびの服を引っ張り、こしょこしょ話をする時のように手で口を隠しながら、伝えた。こういう時は本題じゃなく違う話題から!その方が話しやすいかもしれない!とびとびは頷き真剣な顔で口を開いた。

「音駒の主将のスリーサイズは何ですか!」
「他校の1年に何言わせてんの」
「スリーサイズは!」
「知らないよ」

とびとびの後にもう一度聞く私に「もういい。行く」と言って背を向けようとする親友(仮)に謝ろうと近づいた時、奥の方から木兎さんに呼ばれる。どうしたんだろう??ふたりに、ごめんとだけ言って走った。

「なんか…ごめん」
「いえ」
「…困ったことがあったら、なんでも言って」
「!!…はい!」
「……(みょうじのことでって意味なんだけど。絶対、違う意味で捉えてる)」
「(なんでも聞いていいってことか?みょうじさん、スゲェな)」

セットアップについてやゴールデンウィークで聞けなかった事を知りたかった影山だが、研磨の一言でテンションが上がり聞きたいことを聞かず、午後の練習に気合を入れ直した。そして、みょうじのコミュ力に尊敬の眼差しを向けた。