コミュ力おばけ

「衛輔くん!」

その名を聞いた瞬間、ぐわんっと声のした方へ首を動かした。衛輔くん…だと!?なんだそのお母さんが子供の前で、お父さんのことを名前呼びしたような感じは!!

「みょうじ、どうした…?」
「??」

熱い視線を向けていたのに気づいたのか、夜久先輩は苦笑する。先輩と話していた烏野のリベロさん、西谷くんだったかな?が、きょとんとした顔で振り返った。

「いや…あの。夜久先輩のこと、名前で…!」

音駒の人は皆、名字呼びだから後輩の子が名前呼びで、しかもくん付けなんて…。そんな、普段の夜久先輩のギャップが!!それに、西谷くんの尊敬の眼差しが素敵すぎる…!まるで兄弟みたい。

「みょうじも名前で、呼ぶか?」
「!!いいんですか?!」
「おう。いいぞ」
「やったぁ、ありがとうございます!……やくもりさん!!」
「いや。衛輔、な」

いやぁ、やっぱり名前呼びだと親近感が湧きますなぁ。烏野の人達のお陰で発見できた。感謝感謝。

「西谷くんの下の名前は何ですか!?」
「俺か?俺は夕、西谷夕だ!」
「夕くん!かっこいい名前だぁ!夕って呼んでいい?」
「おう!」

くん付けだと、何だか彼氏感があるような気がして恐れ多いと思ったので、呼び捨てにしてみた。光り輝いた笑顔を見せる夕に眩しさで目がやられる。サングラス、サングラスはどこだ!?

「今日も第3行くんだろ?木兎に誘われてたもんな」
「はい!!ボール出しやります!」
「疲れたら上がっていいんだからな。まだ合宿は続くんだし」
「お母さま〜。ありがとうございます!!気をつけます!」
「おー」

頭を勢いよく下げ、自主練を始めているであろう体育館へと向かった。


今日も皆のお手伝いができる。ボール出しの練習をして良かった!気分が上がり、ぎこちないスキップをする。リズム良くスムーズにスキップが出来ないくらいの運動音痴である。

「ヅッギィィィイィ!!!」

すると、後ろの方から悲鳴のような奇声のようなものが聞こえ、スキップをしていた足が絡まり転んだ。な、何事!?声のする方に近づき、建物の陰に隠れる。

「最近のツッキーはカッコ悪いよ!!!」

あれは烏野の高身長美男子と、その子とよく一緒にいる子だ。自主練でサーブ…確か、ジャンプフローターサーブを練習していた選手。話に耳を傾けるとこのふたりが高校からの仲ではないことが何となくわかった。これは…修羅場!?!?聞かない方がいいのか!?でもでも、殴り合いの喧嘩とかになったらどうしよう!?止めれる自信がないぞ!慌ててしまう私を他所に話はどんどん進む。
 
「絶対に"一番"になんかなれない。どこかで負ける。それをわかってるのに、皆どんな原動力で動いてんだよ!?」
「そんなモンッ…プライド以外に何が要るんだ!!!」

黒髪の子が胸ぐら掴んで叫んだ瞬間、高身長美男子…ツッキーくんの顔が緩んだ。そして少し考えた後、早足でこちらに向かってくる。
こちらに向かってくる??え、こっち来る!?ここで盗み聞きしたのバレ…

「……あ」
「………」
「ごめんなさい」

バレました。バレて、それで冷たい目を向けられた。が、そんなの関係ない!!ツッキーくんは聞きに行くと言った。もしかしたら、

「黒尾先輩達のところに行くの?」
「……はい」
「そう!!私も行こうとしてたところなんだぁ。行こう!!ツッキーくん!」
「ちょ!?その呼び方やめて下さい」
「わかった!ツッキー!」
「………」

行こうとツッキーの右手を両手で掴み引っ張る。焦った声を出しているが、昨日のような顔をしていない。

「さっきの子、名前なんていうの?」
「…山口です」
「山口くん!!ふふ、かっこいいお友達だね」
「まあ、…はい」

腕を引っ張られながら下を向いた顔は、穏やかで。いつからお友達なのか、ふたりの相思相愛ぶりを"孤爪くんとの親友への道"の参考にしたく後で聞こうと心に決めた。


第3体育館の前に着いたところで、ツッキーの腕を離し背に回る。赤葦くんが初めに気づいたらしく、おや?と漏らし、それに続いて木兎さん、黒尾先輩が放つ。
ツッキーは昨日の事もあってか、気まずそうに質問をしていいかと聞き、それに3年生ふたりは潔く承諾した。その間にツッキーの後ろから赤葦くんの傍に移動する。

「連れてきた…訳ではなさそうだね」
「うん。なんかね、青春だった…!」
「??」

そしてツッキーが話し出し、先輩達はムカッとしたり赤葦くんが宥めたり、タダ・ノブガツくんの名が誕生したりした。確かに!!人名みたい!!おふたりとも素敵!!

「いや待て、ちげーよ!"たかが"部活だよ!」
「!!ぐあぁ!?そうか〜っ!人名になんね〜っ!惜しかった!」
「………。ツッ込んだ方がいいですか?」
「いいよ。限りが無いから」
「じ、人名になんなかった…!ならないね、惜しかったね……赤葦くん」
「そうだね。惜しかったね」

悔しそうにする木兎さんに、悔しさが移り赤葦くんのTシャツの裾を引っ張る。そして、木兎さんが何かを思い出したように大きな声を上げ、話し出した。最後に「"その瞬間"が来たら、それがお前がバレーに"ハマる"瞬間だ」と発した木兎さんからはオーラのようなものが見えた気がした。言葉だけでなく、背中ならぬ体から伝わってくる言葉。もう、なんていうか、かっこいい!!

それから話し終えた面々はツッキーも加えて自主練を再開した。








合宿3日目の朝。食堂にて。まだ折り返し地点にも達していないのに、私の体は少し疲れてきていた。

「ふわぁ〜あ」
「なまえちゃん、大丈夫?今回の合宿が初めてなんでしょう。少し休んできたら?」
「め、女神さま…。はっ!!いいえ!大丈夫です!ありがとうございます!」
「(女神さま…?)」

優しい微笑みをする潔子さんに朝からクラクラ。ここにいるマネージャーさんは皆、可愛い!優しい!美しい!だ。幸せだ。目が覚めてから眠りに入るまでパラダイス。

「あ!翔陽くん、おはよう!」
「あっ!みょうじさん、おはようございます!!」

こちらも天使。食堂にオレンジ頭の天使がやってきた。それから烏野の1年生達が入ってくる。

「ツッキー!グッチー!おはよう!」
「…。おはようございます」
「お…おはようございます?(グッチー?)」

「とびとびー!おはよう!」
「はざっす」

とびとび。その名で呼んだ瞬間、烏野1年生は吹き出していた。ツッキーは黒尾先輩と似た煽りを見せ、とびとびと言い争っている。というか、とびとびがキレていた。




「烏野の1年、制覇してやがる」

遠くからその光景を見ていた夜久はボソッと呟いた。その隣で海がみょうじを見ながら微笑む。

「1年だけじゃなくて、全員と仲良くなってだぞ。森然とは一緒に水遊びしてたし、生川の奴らにもサーブベタ褒めして楽しそうに話してたしな。それに、梟谷も…」

そこまで言ったところでみょうじの声がふたりに届いた。

「木葉さん、木葉さん!これ、凄いです。どんなに暴れ回っても、走り回っても、頭を回しても崩れません!!」
「どんだけ回んだよ」

お団子、最強です!ありがとうございます!とガッツポーズをするみょうじに木葉が髪を結んだことを理解し、梟谷のマネージャーふたりは少し驚いた表情を見せた後「流石、器用貧乏」と言った。他の部員達とも仲良くする姿を見て、夜久は「流石、コミュ力おばけ」とまた呟く。

「ねえ、…電話かかってきてる」

そんなコミュ力おばけの親友(仮)が少し離れたところに置き去りになっていたスマホを本人に差し出した。

「うわ!待って、手が汚れてる!誰から?」
「……お母さん」
「孤爪くん、出てくれませんか!?」
「えー」

嫌な顔をしながらもスマホを耳に当てる。それには、ここにいる音駒メンバーもびっくり。夜久なんかは、友達のお母さんと話ができるのかと涙ぐんでいる。タメ口で世間話を入れながら話す研磨は慣れているようで。一部始終を見ていた人達は、ぎょっと目を見開いていた。

山本もそのひとりだろうと初日の晩のことを思い出し、夜久は目を向けるが、見慣れたのかスルー。いや、気にしないように意識しているだけか。
そんな山本が研磨の後ろを通り過ぎようとした時、通話を終えた研磨がみょうじに内容を伝え、気になることがあったらしくスマホを開いて確認して欲しいと言った。そして、慣れた手つきでロックを解除して、アプリを開く。

「は?!?!?!」

当たり前のようにみょうじの暗証番号を打つ姿に、流石に驚かずにはいられなかった山本が大きな声を上げる。それに研磨は肩をビクッとさせた。

「なんっ!?はぁぁあ?」
「なに?うるさい」
「お前、それ…ロック」

信じらないといった顔でスマホを震えた手で指差す。

「手が使えないんだから、しょうがないじゃん」
「しょうがなくねぇ…しょうがない、のか…?…しかも、みょうじの親と仲良過ぎだろ!」
「みょうじの母親は、結構強いから」
「は?何が!?」
「ゲームだよ!」

ひょこっと顔を出して笑顔で言うみょうじに、そうですかと考えることを諦めた。
そんな中、3年のふたりは途中からやってきた黒尾の方に視線を移す。練習中は変わらないが、昨日からみょうじに対して様子がおかしいのに気付いていたからだ。揶揄う頻度が減った、というか。その理由は、みょうじの長所ととれるコミュ力おばけが原因だろう。この合宿期間、まだ3日目の朝にしてほぼ…いや全員と仲良くなっている。多分、嫉妬。本人は無自覚だろうが、研磨はもちろん何人かは気づいている。

流石に研磨には嫉妬しないと思った2人だが、あのいつもより目が開ききっていない真顔からは感情を読み取ることは難しい。でも気分は良くないことはわかる。

「どういう訳か、黒尾が頭を撫でようとすると逃げんだよな〜」

平常心は保てないとしても逃げるまではしなかったのに、と楽しそうにケラケラ笑う夜久。

「好きがキャパオーバーする、とかの理由だと思うんだけどね」
「はは!言いそう!!」

煽り上手の主将が、計算なしの女子に振り回されてるのが面白い同期達。


「(はぁ〜今日も素敵。朝からありがとうございます。部活姿の黒尾先輩を見てから、よりイケメン度が上がり近づけない。好きがキャパオーバー)」