数時間

合宿5日目。

「んんんん…お、重い…」

小休憩。ボトルの補充をし、リエーフが運ぶ手伝いに来てくれたが、途中いつになく真剣な顔をしたリエーフが「みょうじさん。うんこ、してきていいですか」と聞かれたので、それはもう行ってきてと背中を押した。
何度かひとりで運んでいるし、持てない重さではないと思ったけど、やはり重いものは重い。少し、背を丸め部員達のボトルの入った籠を運んでいた。

「なまえちゃん…」
「あ!お疲れ様です、旭さん!!」

後ろから、おずおずといった感じで声をかける旭さん。体の大きさと雰囲気に差がある。ギャップ、素敵。

「それ体育館までだよね?」

そう言って私の手からスクイズの入った籠を持つ。

「え!!大丈夫です!持ちます!」
「いや、気にし…あ。じゃあ、これお願いしていい?」

渡してきたのはボトル二本。二本しか持っていないのに、重いよね〜と言い、へらりと笑う旭さんは今日も素敵。こんくらいで重いわけないじゃないですか!はっ!私、今女の子扱いされてる!?え、どうしよう。胸が…

「うっ…」
「え!どうしたの?大丈夫!?」
「大丈夫です。この原因は分かっていますので」
「??」

きゅん死。その前の発作だ。あたふたする旭さん、可愛い。素敵。そんなことを考えていると、彼が口を開く。

「なまえちゃんはさ、俺のこと…怖がったりしないよね。最初から」
「はい!優しさが滲み出てます!!」
「そ、そう?そんなこと言われたの初めてだ。初対面の年下の子には大体怖がられるし、こんな顔なのに弱いってがっかりされるし、男らしくなろうとヒゲを生やしたり髪を伸ばしたら学生には見られないしで…」
「そうですか?…って、怖がるなんて勿体ない!!こんな優しくて、ギャップありありな癒しで、男らしくて!!あ!旭さんは男らしいですよ!全て!」
「う、うん。ありがとう…(なんか、言わせちゃってるようで申し訳ない。こんなキラキラした目で見られたら、罪悪感が。どことなく西谷に似ているんだよな…。それと、自分が駄目な人間に思えてきて)」
「ふふ。まだまだ頭の中にあるんですよ〜。旭さんのイケメンどころ」
「…そ、そう?でも、嬉しかったんだ。その…なんていうか、最初から怖がらないでくれたことが。だから、ありがとござマスッ!!」

合宿終わる前に言っておきたかった、と言う旭さんに、お礼を言われるようなことしたか。疑問に思いながらも元気いっぱい返事をした。こっちの方が多くのきゅんをありがとうってお礼を言いたいくらいなのに。

それから、少し他愛もない話をしていると孤爪くんがやって来て、旭さんを見るなり気まずそうに視線を逸らした。

「…それ…持ち、ます。すみません」
「あ。じゃ、じゃあ、お願いします」
「……はい」

音駒のものを、しかも他校の先輩に自分の高校のものを持たせていることに、気付いた孤爪くんは普段あまり聞かない敬語を使って、受け取った。去っていく旭さんにお礼を言えば笑って返してくれた。ほら!イケメン!!
そして下に置いてある籠に、手に持っていたボトルを入れ、孤爪くんと籠をふたりで持った。こういうところ孤爪くんらしいなと思う。

「そんな部活やってるクロ、カッコいいの…」

突然、出た言葉に一瞬ポカンとしてしまう。多分、黒尾先輩に近づいてない、隠れて見るわけでもない私の行動に不審に思ったのだろう。近づけないのは前にもあったとして、見ないのは初めてかもしれない。

「今まで、学校での先輩しか見たことなくて。ジャージ着て、部活やって、主将やって、他校の人とも一緒に自主練して、他校の後輩にも教えたりして。それがもう、先輩の新たな一面というか、知らなかった一面というか!もう二面も三面もあるわけですよ!もうお兄ちゃんなんです。後輩の面倒見てる時、お兄ちゃんなんです!一人っ子ですよね!孤爪くんに、とはまた違ったお兄ちゃん感。それだけじゃなくて、もうほぼずっと一緒にいるでしょ?お風呂後も、寝起き姿も、汗かく姿も見たことないもの見ちゃってるんです!私の心はキャパオーバー。いつ溶けてもわからない。はっ!!ちょっと待って!!今、ずっとジャージ姿見て部活姿見てるでしょ?これで学校生活…制服姿の先輩見たら、私…わたしはどうなってしまうの…?!」
「え、知らない」
「でもね、孤爪くん。前みたいに戻れないかもしれないの」
「なんで?」
「私、何かしちゃったみたいで、先輩の様子がなんか変なのですよ」

いや、前みたいに戻れなくても、突き進むしかないか!先輩のもとへ!!でも、何かしちゃったなら謝りたいし、原因を知らなくては。これは、そう……花嫁修行!!
取り敢えず、合宿中先輩には何もしないで大人しく、と孤爪くんに伝える。まあ、溶けちゃうから何もできないのだけれどね!

「何もしないのが、何かしちゃってるんじゃないの?」
「え?」
「撫でられに行ってみたら?頭。…溶けたら、回収くらい行ってあげてもいいけど」

そう言って孤爪くんは、今回だけね、とニヤリと笑った。

「…惚れちゃう」
「……」









合宿5日目の夜。(残り1日半)

「みょうじ、何やってるの?」
「…あ、赤葦ぐんんん〜」

第3体育館前の段差で蹲っている私に赤葦くんは不思議そうな顔をする。そして、私の足元を見てその理由を納得したようで。

「ほどこうか?…靴紐」
「お、お願いしますぅぅ」

今日も自主練!得点板!初めて一番乗りできたことに気分が上がって、体育館の入り口で気合を入れ直すため、靴紐を縛り直したのが間違いだった。直ぐ目の前に行きたい場所があるのに、いけない。この絡まった靴紐によって。数分、戦っていたけど勝てる気がしない。こういうのは情けないことに得意ではないのだ。

そんなところに救世主、赤葦くんがやって来た。瞬時に状況を理解し、私を石の段差の1番上に座らせる。階段になってない横に座っているから、地面に足は付かず、ぶらぶら状態。赤葦くんは片方の膝を地面につけて立て膝になり、自分の太ももに私の足を置いた。

「あ、ああああ赤葦さ、ま」
「…さま?」
「いやあの!汚いよ!私、しゃがむ!」
「はは、大丈夫だよ」

気にしないで、と言って、笑いながら紐に手をかける彼だが、ぜんっぜん気にする!

「だって何踏んでるかわかんないよ!トイレ行ったよ!!」
「……。洗濯するし、それにもう汚れてるから。フライングとかもしてるし」

本当に気にしていないみたいで。何を言ったら私が気にしないか少し考えた後、そう言った。ぅ…優男だ…。どこからどこまでも、この人は…!?それに、この格好なんかまるで…

「シンデレラ」
「は?」
「はっ?!赤葦くんは、もしかして王子!?」

の生まれ変わり?!貴方はもしかして、どこかの国の王子?!若しくは、その生まれ変わりですか?!

「うっわぁ…一回、姫って言ってみて!!」
「……(どうしてそうなったのか、言っている意味がわからない。木兎さんはまだ一緒にいる時間が長いのと、わかりやすいのとで理解するのに時間はかからない。何で服が汚れるからの、そうなった…?靴紐をほどいているから?…ああ、わかった。この格好か。この格好が、シンデレラ。王子ね)」

その間、0.5秒。みょうじの顔を見つめ、言っていることが理解できたことに何となく可笑しくて、口元が緩む。そして、言ってしまった。

「姫」
「!?」
「…………ごめん。今の忘れて。本当に忘れて」

みょうじが口元に手を持っていき、真っ赤になった顔を見た瞬間、自分がなんて恥ずかしいことを言ってしまったのかと後悔する。そんなことお構いなしなみょうじは上半身だけを横に倒した。

「…なにごと…王子だ…イケメンだ」
「だから忘れて。お願い」
「が、頑張るけど……ぐはっ。頭の中でリピートされている…!」
「…そんなに言われたいもんなの」
「そりゃあ!!女の子の夢ですから!姫になりたいと!プリンセスになりたいと!!何度願ったことか!」

ありがとござッス!!と勢いよく頭を下げるみょうじに、赤葦は黒尾さんがちょっかいを出す理由わかったかも…これはなかなか楽しいな。なんて自分の中にある悪戯心が揺らいだ。

赤葦の悪戯心が揺らぐ中、みょうじは自分がもし何処かの国の姫になれたら言っているだろうと考える。

「結婚してください!!」

とね!!そしてその時、黒尾先輩に出会っていなければ!!なんて、続けて心の中で叫ぶ音駒マネージャー(仮)。

「…は?」

突然の求婚にいつもより低く間抜けな声を出したのは、いつの間にか靴紐をほどき終わった目の前の赤葦ではなく、みょうじの大好きな人の声。

くくく黒尾先輩!?と今の発言を聞かれて慌てているのではなく、昨日の事を思い出して焦っているみょうじの傍で、赤葦はまずいと思った。

"みょうじちゃんに求婚されないような男にあげるわけないですぅ〜"

合宿初日の自主練中、みょうじを貰っていいかと聞いた赤葦に向けて黒尾が言ったことである。結構誰にでも言っていることは黒尾の発言で何となく分かり、彼自身それをあまり気にしている様子ではなかったが、今はみょうじの行動に嫉妬しつつある。この状態でこれはまずい。いつもの赤葦ならこの状況を想定出来ただろうが、みょうじの緩さにそれが移ってしまった。

その後うるさい3人が勢いよく来たせいか、いつも通りの顔に戻り、自主練始めっかーとのんびりした口調で体育館の中に入っていった。





自主練が始まり、水分補給をしている時に烏野の1年生達へ黒尾先輩がアドバイスをする。それにツッキーは疑問を持ったようで質問をした。

「どうしてアドバイスまでしてくれるんですか…?」
「ボクが親切なのはいつものことです」

黒尾先輩がそう言うと、1年生のふたりは信じられないといった顔をした。翔陽くんがあんな顔するなんて…!!かわいい!!黒尾先輩が親切なのはわかる!先輩の後ろでウンウンと首を縦に振る。
その後"ゴミ捨て場の決戦"を実現させたいと。監督の念願なのだと、音駒の主将は気まずそうに照れ臭そうに頭を掻く。

「ゴミ捨て場の決戦…?」
「猫対烏、だからゴミ捨て場の決戦らしいよ。監督達が現役時代からの因縁の相手ってね。烏養コーチの祖父と猫又監督の」

隣にいた赤葦くんが教えてくれた。ゴミ捨て場の決戦。いやぁ!かっこいい!因縁の!猫又監督と鳥養コーチのおじいさんにそんな関係が…!?え、素敵。

「観たいなぁ…その決戦」
「そうだね。俺も聞いた話だから、黒尾さんとか孤爪とかに聞いたら詳しく教えてくれるんじゃないかな」
「聞いてみる!…ふふ、そっかぁ。私ね、黒尾先輩のああいう親切なところ大好きなんだ」

先輩の背中を見ながら笑うと、赤葦くんは微笑んだ。うわ!美しや…。

「そっか。……あのさ、まだ撫でられると溶けちゃいそうなの?」
「うん」
「勿体なくない?避けちゃったら」
「あ」

確かに…。確かに!?待って。私、黒尾先輩の頭撫でられサービスを何度無駄にした!?確実に、2回は避けた。なんて勿体無いことを…!

「く、あああああああああ」

頭を抱えて膝から崩れ落ちた私にリエーフが「え!みょうじさん、漏らしたんですか…!?」なんて言ってくる。

練習を再開して、木兎さんのリバウンドと発言に何かを得た翔陽くんはブロック3枚に対してブロックアウトを成功させた。それに、木兎さんは感動したと言って翔陽くんの顔を上下で挟んで撫で回した。…なにあの撫でられ方…。ぐりぐりされてる!!かわいい!!

翔陽くんが木兎さんから必殺技を教えてもらってから暫くして自主練は終了した。

「さっきからなんですか、その目は」
「え、え?目に出ちゃってる、かな!?」
「それ言うなら顔に出ちゃってるでしょう」

片付けをしている中、ツッキーがソワソワしている私に声をかけた。

「あのね…翔陽くんさ、木兎さんに撫でられてたでしょ?こう、ガバッと!羨ましいよね!」
「いや、別に」
「ツッキーも撫でてもらったら!?」
「遠慮します」

一瞬にして顔がスンッとするツッキーに絶対やられたら可愛いと思う。是非見たい…!

「なんだ、みょうじちゃんも撫でられたいのかー?いいぞいいぞー!」
「う、わわわわ」

ツッキーとの会話が聞こえていたのか、さっきの翔陽くんみたいに頭と顎を掴んでぐりぐりされる。新鮮だ!!それを見ていた赤葦くんが何故か慌てた様子で止めにきた。