頭から溶けちゃうんです

お風呂も入ってさっぱり。後はあの花の楽園で女子会をして、あの花の楽園で眠りにつくだけ。なんという幸せ。その前にこの学校とも、もう少しでお別れなので外を散歩していた。

あと約2日。これが終わったらバレー部のマネージャーは終わる。体力的に凄く消耗してるけど、得たものがたくさんあった。あの時、引き受けてよかったな。あのままやらなかったら、こんな経験出来なかった。孤爪くんにも、仮のマネージャーを受け入れてくれた皆にも、他校の方達にも感謝だ。あと2日、全力で頑張るぞー!

「あれ?… みょうじちゃん?」
「く!くくくくくく黒尾、先輩!?」
「ハイ。黒尾先輩です」

後ろから届いた声に勢い良く振り向く。そして、その先にいたのは愛し愛しの黒尾先輩。外で辺りは真っ暗で姿は見えづらいが、大好きな先輩を間違えるわけがない。

「どうしてここに!?」

今いるのは、体育館前。さっきまで自主練で使っていた場所だ。

「ちょっと忘れもんを取りに」

まあでも開いてなかったけどな、と扉の方に目を向けた。横から見ても、イケてるお顔。しかもお風呂上がりの寝癖前。

「そうなんですね!で、では私はこれで!!」

こんな夜の時間にふたりきり。色々と危険だ。私ではなく黒尾先輩が、だ。勢いよくその場を離れようとした私の腕を先輩が掴んだ。

「え」
「あ。…いや…あー、その、なんだ」

歯切れが悪そうにして手を離し、乱暴に自身の頭を掻く姿を首を傾げながら眺める。

「俺、みょうじちゃんに…何かしちゃった…?」
「え?」

ポカンと口を開けることしか出来ない私を困ったように眉を下げる先輩。やっぱりいつもと違う。
先輩が私に何かをした…?そんなの生きているだけで、その存在だけで私に何かをしているのであって。私に対して何もしていない先輩はいない。どのことだろう。いや、これはそんなことを聞いているのではない。

そこで私はふと日中、親友(仮)から言われた「何もしてないのが何かしちゃってるんじゃない」の言葉を思い出した。

「いえ!先輩はなにも…!!」

私が何かしちゃってるから。何もしてないのが。

…ん?…どういうこと?私は何を言ってるんだ?孤爪くんは何を言いたかったのか。あれ、分からない。顎に手を当てて下を向いていると、頭に何かを察した。これは…

「!!」
「……」

また撫でられると反射で避けてしまった。凄いスピードで。私、こんな速く動けるのか。って、そんなこと考えている暇はない。また勿体無いことをしてしまった。でもお風呂上がりの普段見ることのできないレア姿で撫でられたら…!
あ。もしかして、孤爪くんが言ってた何もしてないことって…。

「あ…ごめ「はぁぁぁぁぁぁぁあ!?なんなの!?みょうじちゃんなんなの!?」え」
「先輩は何もしてないって言うのに何で避けるんですかぁぁあ?なのに、木兎には撫でられにいくし、烏野の奴らには名前で呼ばれてるし、赤葦には求婚してるし、木葉には髪縛ってもらって、男の髪を触るわ、森然とは水遊びするわ、その時ビショビショになってTシャツ濡れてたし、無防備だしさぁ、あなたは危機感ってものはないんですかねぇ!それに、あんな所で寝てて!烏野エースくんのことずっと見てて、佐藤先輩なんて言ってっし!俺には触れさせてくんねーのに、なんな………あ」

まるで木兎さんを煽ってる時のように声を上げる黒尾先輩に、一時停止。途中で話を止めた先輩は、やってしまったと顔色が悪くなっていく。

「いや、あの、これは…ごめ「…意識、しちゃうから」…え、」
「…好き、だから。合宿中の先輩見て余計に好きが増えて、近づけなくて、見ることもできなくて…」

頭で考えるよりも先に想いが口から出てしまう。けれど、恥ずかしくて、どんどん声が小さくなる。こんなの初めて。恥ずかしくなって、相手の顔を見れなくなるなんて。今まで一回もない。

「………」
「……先輩に、撫でられたら…」

顔が上げられない。撫でられた訳でもないのに溶けそうだ。

「撫でられたら、なに」

一気に距離を近づけたため、下を向いていた私の視界に先輩のシューズが入り込む。声も何故か近い。久しぶりの距離感と声に、手で顔を隠し膝から崩れるようにしゃがんだ。それに合わせて先輩もしゃがみ、顔を隠してる手に触れて、顔を見ようとする。

「あの、だ…駄目です」
「うん」

それでも手を離さない先輩に震えながら言った。

「と、溶けちゃうんです…先輩、に撫でられると」
「……は?」

溶ける。そう言った瞬間、頭を撫でられた。驚いて顔から手を離し先輩の方を見たから、目が合った。

「…本当だ」

溶けそう、なんて真顔で呟いた後、大きなため息を吐いた。ヤンキー座りをして頭を下げているため、普段見ることのできない頭のてっぺんが見えた。あ、ツムジ。セクシー。かっこいい。

「はぁ…ほんっと、意味わかんねぇ」
「…?え、っと、溶けるっていうのは頭から液状になるということで!」
「いや、そういう意味じゃなくてですね」

ウン。そうだよね、みょうじちゃんはそういう子だよね。逆になんで気付かなかった。色んな奴らと仲良くなりすぎてて焦ったのか。…だっせぇ。

黒尾先輩がそんなことを考えているなんて知る由もない私は、そりゃあ自分のところにくる動物が急に来なくなったら変な感じするよなぁ。孤爪くんの言っていた意味が分かった!などと考えていることに、先輩もまた知る由がなかった。


脱力したように隣に座った黒尾先輩が気まずそうにしながら吐き捨てる。

「あんまり避けられるとですね、黒尾先輩も寂しくなっちゃうので、ですね」
「か…かかかーかーか」
「え、カラス?」

か、…かわいい…。か、可愛い…カワイイ。これも、ギャップ…?初めて。先輩のことをかわいいと思ったのは。

「それに、何かあったら言いなさいって言ったでしょーが。ボトルひとりで運ぶの大変なんだから、スマホでもいいから頼んなさいよ」

ヤケになったのか。足の間に顔を埋めてブツブツと話し出した。か、か、可愛い。って、スマホ!?

「連絡していいんですか?!」
「いいんです。何のために交換したんだよ。俺も連絡してなかったけど、みょうじちゃんからあり得ないほどくると思って覚悟してたんですケド」

悲しーなぁーなんて棒読みで天を仰ぐ姿に、これはもしかして拗ねている…?でも連絡していいのか!嬉しくなって速攻、文字を打ち込み送信ボタンを押した。
隣でスマホが鳴ったのに気付いた先輩が今?と苦笑いをしたので、スマホで口元を隠して、ふふと笑うと、笑い返してくれた。そして、画面を見た先輩がまたひとつため息を吐き、私の方へ視線を向けた。

「もう少し俺への愛を抑えてくれませんかね」
「…え」
「うそうそ。ごめん」

衝撃的でこの世の終わりを告げられたかの様な顔をした私に慌てて訂正と頭を撫でた。

それから少しして、先輩が行くかと立ちそれに続こうとしたが足に力が入らない。

「先輩。あの、腰抜けて立てません」
「は?」
「黒尾先輩がかっこよすぎて、色っぽすぎて、ずっと一緒にいなかったからこんなに長い時間いるの久しぶりで。信じられないギャップと出会って、立てませんんんんんん!!」
「なら仕方ねぇな。じゃあ、行きましょうか。お姫様」
「っ!?!?!?」

耳元で囁いた後、背中と膝裏に手を滑らせ、所謂お姫様抱っこをされている状態。あの時、赤葦くんとの会話を聞いていたらしい。それより、顔が近い…!?死ぬ。

「みょうじちゃん?…は?…気絶した」


黒尾に届いたメッセージはシンプルに、"だいすきです"の文字。色々と我慢をしている黒尾にそれは無差別攻撃で…。なけなしの理性で耐え抜いた。